戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

決裂、そして脱退


「――おまえ、俺を騙してたのか?」


 およそ人間が住むのに適さないほどの、荒んだ荒野。
 時折り吹くカラカラに乾いた風が、俺の口内の水分を奪っていく。


「はぁ……やれやれ。今更かよ。相変わらずトロいんだな」


 そう言って、俺の目の前の男勇者がわかり易く肩をすくめて見せた。


「おまえ言ってたじゃないか! 『俺は脇役でいいから、おまえが真の勇者になって世界を救ってくれ』って! 俺はおまえを信じて、必死こいて魔法を勉強して、色々な付与魔法を習得したんだぞ!」

「知ってるよ。だからこうして、必死におまえを引き留めてるんじゃねえか。……なぁ、悪いことは言わねえ考え直せ。俺のパーティに残れ。おまえほどのエンチャンターは他にはいねえ。見たことがねえ。ハッキリ言う、おまえのその力は規格外だ。……それに、他のやつらが上手におまえを使えると思うか? だから俺と、俺らと一緒に、この大勇者時代のてっぺんを目指そうぜ? な? 悪い話じゃねえはずだ」


 男はそう言いながら、爽やか不愉快な笑みを浮かべた。今まで、多くの人間がこの笑顔に騙されてきたし、これからもこいつは騙していくのだろう。
 そして、俺もそのうちの一人だったようだ。
俺を使う・・・・』だと?
 フザケるな。
 俺はおまえの道具なんかじゃない。
 俺はおまえの言いなりになど、なりはしない。
 俺は勇者になる男なんだ。
 勇者にならなくちゃいけない男なんだ。
 おまえなんかじゃない。
 それが、本物の勇者だった・・・・・親父との約束。
 だから――


「ダメだ。おまえのことはもう信用できない。このままパーティを……抜けさせてもらう」

「……どうしてもか? こんなに頼んでるじゃねえか」

「ああ。もう決まったことだ。未練はない。これ以上は付き合いきれないし、付き合う気もない」

「……抜けて、どうするんだよ。おまえを拾ってくれるパーティなんて、どこにもいない。いままで俺たちが、どれだけの事をしたか解ってるのか? どのくらいの人間の怨みを買ったか……」

「もちろんわかってる。自分たちが一番になるために、他の実力派パーティをいくつも潰した。色々なことを、おまえに命じられるままやった。評判も悪い。どん底だ。いまやどの町、国に行っても俺は後ろ指をさされる存在だろう。こんな状況から脱出するのは、魔王を倒して世界を救うくらいだ……けど、それをいまさらほじくり返して、おまえのせいにするつもりもない。たとえ命令されていたとしても、加担していたのは事実だからな。罪は罪。どう足掻いても消えはしない」

「だったらひとりでやっていくつもりか? おまえはエンチャンターだろ。無理に決まってる」

「ああ、エンチャンターは他がいてはじめて輝ける職業だ。一人では何も出来ない。一人では生きていけない。だから俺がこのパーティを抜けたとしても、自力でここから帰ることは難しいだろう。それに、万が一なんとかして、どこかの町や村に辿り着いたとしても、今度は俺を……俺たちを恨んでいるやつらから報復されるかもしれない」

「だったら――」

「だとしても、だ。これ以上、俺はここでやれないし、やりたくもない。わかるだろ?」


 俺がそう尋ねると、男は腰に手を当て、大きくため息をついた。


「……どうやら、おまえの意志は固いようだな」

「辟易するくらい長い間一緒にいたんだ。わかるだろ」

「ああ、まぁな……」

「だったら――」

「……だったら、俺がこのまま、おまえを抜けさせるとも思ってないよな?」


 男の声に呼応するようにして、パーティの二人が姿を現した。
 どいつもこいつも、反吐が出るような顔をしている。
 俺はいままで、こんなやつらとパーティを組んでいたのか……自分の迂闊さ、頭の悪さに心底嫌気がさしてくる。


「はは……だよな。お前はそういうやつだし、俺もお前をそういうやつだと思って接してきた。なにも不思議なことはない。なにも疑問には思わない。でも……それにしても待ち伏せとはな。さすが、この時代のトップを独走する勇者様だ。その溝鼠みたいな精神、俺も見習いたいですよ」

「何とでも言え。このパーティは、もうおまえがどうのこうの出来る規模じゃねえってことだ。俺も最初に比べて丸くなった。大抵のことは笑って許してやれる。……けどな、パーティを去ることだけは許さねえ。――いいか、選択肢をやる。簡単なやつだ。ここで死ぬか、俺のパーティに残るかだ」

「この期に及んで選択肢までくれるのか。おまえにしてはずいぶん悠長だな」

「だろ? ……ただまあ、戻るにしても、もう二度と俺に逆らえねえように、一度、きっついお灸を据えてやらなきゃならねえけどな」


 ――どうしたものか。
 状況としては非常にまずい。
 こいつらは腐っても、一人一人が現存するパーティの中では最強格。戦闘面でもトップクラスの面々だ。かなり腕が立つ。
 くわえて勇者アイツだ。
 性格の悪さと、勇者とは思えない狡猾さを除いても、その実力は他の二人を遥かに凌ぐ。
 それはパーティの俺が一番知っている。
 こいつらと戦って勝てる確率は、控えめに言ってゼロ。
 このまま逃げられる確率も……限りなくゼロに近い。
 絶望的すぎる状況。
 進むにしても、退くにしても、俺を待っているのは絶望しかない。
 選択しろ。
 進退が叶わないなら、横道へ逸れればいい。
 あいつ外道の言うように屈服か、服従か、ではない――ただ死ぬか、誇りを抱き、一矢を報いて死ぬかだ。

 ガラガラガラ……。

 小石の崩れる音。
 それも耳を澄まさなければ、聞き逃してしまうほどの小さな音。
 しかし、極限までに集中し、感覚を研ぎ澄まされていた俺は聞き逃さなかった。
 ――視界の隅。
 なにか動くものが……アレは――
 

「フッ」


 驚いたことに、この状況で俺の口からは自然と、笑みがこぼれていた。
 皮肉にも、この絶望的な状況下において、俺は、俺自身が一段階成長していることに驚きと喜びを隠せないでいたのだ。
 当然、目の前のあいつらは困惑している……というよりも、気味悪がっている。
 それはそうだ。
 こんな絶望的な状況で笑っているんだ。
 よっぽど、頭のおかしいやつに映っているだろう。
 ただ、おまえらを出し抜く算段はついた。
 あとはその頭のおかしなやつに、一杯食わされるだけだ。
 覚悟しろ。これが俺の奥の手だ。
 俺はその場から少しだけ後退すると、膝をおり、両手のひらをついて、額を地面に擦りつけた。


「すんまっっっっっせえええええええええええええええええええええええん!!」


 俺に残された選択肢。それは――
 DOGEZA土下座であった。


「ほんと、ナマイキ言ってすんまっせええええええん! パーティ抜けませんからァ! まじ、なんか調子乗っちゃって……ほんと、ほら、昨日読んだアレ……アレのせいっすよ! なんかあの……自己啓発本てきな? アレ読んだから、なんか自分も強くなったって錯覚しちゃったって言うか、自己に陶酔しちゃったって言うか……仮初の全能感に浸ってたって言うか……アレっすよ、まじ、すんませェん! ……え? ちょ、ほんと、なに怖い顔してんすか? いつまで僕をビビらせてくるつもりですか? やだなぁやだなぁ、この僕が裏切るわけないじゃないっすか! もぉ~言葉の綾っすよ! ……え!? ちょちょちょ、まじでもう許してくれない空気なんすか? これ? いやあの、自分、靴でもなんでも舐めますから! なんなら、炊事洗濯肩もみとか、その他雑用とかばっちりこなしますからああああ! だから……、だから! 痛いことだけはしないでえええええええええええ!!」


 喉がつぶれそうなほど叫んだ。
 額に血が滲むほど、地面に額をこすり付けた。
 必死に許しを請えば、きついお灸をすえられずに済む。
 それが俺に残された、たったひとつの道!
 笑えよ!
 笑うがいいさ!
 そうさ!
 俺は死ぬのが……そして、痛いのが何よりも怖い!
 それを回避できるなら、いくらでもこんな土下座してやる!
 いくらでも地面に頭を擦り付けてやる!


「ぷっ……ハッハッハ、見ろよこいつ。無様にもほどがあるぜ! やっぱおまえはそうじゃねえとな! いやぁー……ははは、なかなか笑かせてくれるじゃねえか!」

「こんなみっともねえやつが、史上最強のエンチャンター? 笑えるぜ。どんだけ他のエンチャンターが使えねえんだよ」

「おいおい、そんなに言ってやるなよ。こんなのでも、俺たちのパーティの要だぜ? なあ、ユウト?」


 三人が各々に、言いたいことを言い、笑いたいように笑うと、後頭部に鈍い痛みが走った。
 硬いゴムみたいなものが乗せられる。
 靴底だろう。
 俺の後頭部をグリグリと、なじるように踏みつけている。


「ああ、懐の深い勇者様が、そのバカみたいに綺麗な土下座に免じ、許してやるよ」

「ま、マジっすか!?」

「なに、そんなに感謝しなくていいって……な!」


 今度は頭頂部をドガッと足蹴りされる。
 俺はその衝撃で、カエルの様にひっくり返ってしまった。


「……く! こ、これで本当に許してくれるんですよね?」


 俺は痛みを我慢しながら、再び同じような姿勢になる。


「ハッハッハ! ダッセェやつ! でもま、一度言っちまったことだ。許すにしても、お灸はきちんと据えてやるぜ? おまえが二度と、こんなみっともねえ真似しないようにな!」

「そ、そんな……!」

「……ただ、その前にやることがあるよな?」

「へ?」

「これもおまえの言ったことだ。忘れたとは言わせねえ……」


 俺の目の前に勇者の靴が、ずいっと差し出される。


「――俺たち全員の靴を舐めろ。それも丁寧にだ。汚れのひとつでも付いてたら、お灸をもっとキツイやつにしてやるからよ!」

「………………」


 もはや、やるしかない。
 ここまで来たら、後には引けない。
 覚悟を決めろ、迷いを捨てろ。
 俺はおそるおそる勇者の靴を手に取ると、舌を出し――


「べろべろべー! だァれが舐めるか! バカ! アホ! 迂闊なんだよ、ボケナス! 不用心に靴なんて出しやがって! このマヌケ勇者め!」


 と、捲し立てた。
 我ながら言動が幼稚だと思わなくもないが、それはそれ。


「なッ!? しま――」

うぉそい遅い! くらえ、能力上昇スキルブースト

「うおおおおおおおぉぉぉぉおぉぉ――…………!?」


 まるで、火山が噴火するように、勇者の体ごと上空へ跳び上がる。
 勇者はぐんぐん高度を上げると、そのまま見えなくなった。


「お、おまえ! なにを――」
「覚悟しやが――」


 残った二人は多少動揺したものの、すぐに排除すべき対象として、俺に詰め寄ってきた。
 その形相はまさに、悪鬼修羅が如く。
 怖い!
 怖いけど……俺はもうすでに次の手を打っている。
 さきほど視界の端で動いていた、手乗りサイズの蜥蜴リザードだ。
 土下座は布石。
 本命はこいつを掌に握り、隠すのを悟られないようにするためだ。
 そして、今からこいつに――


歪な進化論ミッシングリンク!!」


 俺が付与魔法を唱えると、蜥蜴がみるみるうちにデカくなった。
 蜥蜴は、五メートルほどの大きさまで進化すると、二人の前に立ちはだかった。


「てめえ! この程度のトカゲで足止め出来ると思って――」

「ねえよ!! 皮膚鋼化ガードポイント!」


 二人のうち、ひとりがすぐさま爆発魔法を唱え、トカゲの排除を試みる。
 激しい爆音。熱気。風圧。
 普通なら跡形もなく霧散しているが、俺の付与魔法でその魔法は無効化された。
 無傷のトカゲは二人に襲い掛かるべく、太く、大きな腕を振り上げた。


「ナメるな! その程度の攻撃が通用するとでも思って――」

「ねえよ!! 筋力凶化アタックポイント!」


 筋骨隆々の男戦士は両腕をクロスして、攻撃に備えた。
 普通なら、どのような衝撃にも耐え得る肉壁が、ミシミシと音を立てながら大きく後方へ弾き飛ばされた。
 その様子を見て、呆気にとられていた魔法使いも、不意にきたトカゲの尻尾に叩きつけられ、地面に埋まった。
 ――いける! 勝てる!
 いくら二人が強くても、勇者さえいなれば――


「キレたぜ……!」

「跡形もなく消し飛ばしてやる……!」


 なんて思っていたのも束の間。
 二人はゆらりと立ち上がると、静かに戦闘態勢に移行した。


「ば……バーカ! 一生そいつと遊んでろ! この悪人面で、顔面凶器の、世紀末覇者共があああああああ!! ひゃっはああああああ!!」


 全速力のダッシュ。
 背後からなにやら、怒号や怒声の類が聞こえてくるが、俺は一切振り返らない。
 振り返るつもりもない。
 怖いから。
 いや、やっぱり怖くない。
 いま振り返ってしまうと、腰が抜けて立てなくなってしまう危険性があるのだ。
 これは……そう! 戦略的撤退だ。

 ――ていうか、俺、こんなに速く走れるのかよ!
 あと、気のせいか、空を飛んでいるような気もする。
 いや気のせいじゃなかった。
 事実、なぜか俺は今、浮遊している。
 足を必死に動かしているので、それで浮遊しているのか……はたまた、俺は俺が気付いていないだけで、じつは鳥だったとか。
 ふむ……なんだ、鳥だったのか俺は。
 知らなかった。
 しかし、あいつらを撒いたところで、これからどうしたものか。


「……ま、とりあえず帰ってから考えるか」


 俺はこうして、とくに深くは考えず、魔王の目と鼻の先、ここ『ジャバンナ』から、一路、俺の故郷を目指した。

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