カオスアニマ -脳筋おじさんと生者見習いの女子高生-

椎名 総

とある男との出会いと旭の決断





「そろそろか」




 『リディアの港』で『海を眺める達観おじさん』を興じていた龍人は、
 旭が順調に攻略したのならおそらく決着がついているであろうことを口にする。




「(そろそろ帰ってくるのなら装備も改めておくか、何やら人の気配もするしな)」




 『海を眺める裸族の達観おじさん』を止め、
 装備をいつもの黒々マントおじさんに変更した刹那、
 そのそばを通りかかった男の生者3組の一番小柄な一人から声が掛かる。




「少し良いですか?、あなたが『最古参』って噂あるけど本当でしょうか?」




「あ? だれだあんた」




 突然の会話に、警戒し、ぶっきらぼうに答える龍人、




「おっとこれは失礼失礼。私は『理道りどう』と言います、
 そこそこの古株なんですがね、あなたのことずっと気になってまして、
 今まで近寄りがたい雰囲気で声を掛けづらかったんですが、
 今見かけて今なら行けそうな気がして、それで声を掛けてみたんです」


「…『吾妻』だ、で、理道、なにか用か?」




 些細な変化なのだろうか、たしかに龍人はここ数日旭と出会い、
 共に過ごすことで他者を受け入れやすい雰囲気になっていたのかもしれない。




「そんな怖い顔しないでください、
 なに、僕も一応『転生』は目指してる一人です。
 いずれ相手してもらう時のための『面通し』をしておきたくて、
 まぁ今はまだ、あなたには敵わなそうですから、よしておきますけど。」




 『理道』を名乗る男は言葉を続ける。




「参考までに聞かせて欲しいんですが、
 あなたは何年、この世界にいるのでしょうか? 
 わたしは『300年』程いますが、教えていただけないでしょうか?『吾妻さん』」


「…数えていない」




「はい?」




 数字が来ると思ったのか理道は聞き返してくる、




「『100年』から先は、数えていない」




 龍人は明確に覚えている年数を追加し応える。




「ははは、そうですか、明確には教えていただけないですか、
 なるほどそうですよね、情報は大事です。
 自分を殺そうとする相手に教えるわけはありませんよね」




 理道という男は皮肉混じりにそう言う。




「まぁ千年はいるだろう、2千年かな? 3千年かもしれない、
 どの道もうわからねえよ、数えていないのは本当だが、
 正しい数を俺が引き出せようとも、どの道、
 信じる信じないはお前次第だ」




 龍人も負けじとではないが言葉を続ける。




「本当かどうかはしらんが、自己申告は『300年』なんだろ? 
 1000年は確実にいる、お前より長くいる、
 これなら君のルールではフェアかな?、
 そうじゃないならもっと記憶を辿ってみるが、どうだろうか『理道くん』?」




 客観的に見て人の良い整った顔立ち、鋭い目、
 髪の毛は襟足が長くクルンとなっている、生前はモテたであろう。
 そう龍人が称した理道の顔は、一間置いた後、
 整った顔立ちを台無しにするほどに気持ちのいいほどに悪の笑顔となる、




「言うね、気に入ったよ『吾妻さん』、まぁ『以後お見知り置きを』、」




 そう言いながら手を差し出した理道の左手を、龍人も不敵に握り返す、
 このカルマ、地獄の異世界、
 通称『テラ・グラウンド』で転生を目指す二人は不敵に見つめ合う。


 少しの間の後、理道が手を離し『面通し』は終了する、




「いきましょう」
「ああ」
「おう」




 そう声がけすると理道とその仲間はこの場を去っていった。




「(理道…か、さて、殺り合う日なんて来るのかな、まぁ期待しないで待つか。
 ともかくそろそろ
 『カオスアニマ』集めは始めないといけない気はしているからな、
 ある意味ありがたい)」




「今話してたの誰、」






「!? びっくりしたぁっ、旭ガキかっ、脅かすなよ」






 旭だ、『黒鉄の騎士長オルガルド』を倒してきたのだろう、
 かなり肌や服が薄汚れている、軽く全身に目をやると、
 やはりこの格好は目には毒だと改めて龍人は思った。




「どうだった、『黒鉄の騎士長オルガルド』は、
 まぁこの時間でくるってことは、勝ったんだな? 大したやつだよお前は」






   「「「そんなことはどうでもいいっ」」」






 龍人は旭の予想外の反応に面を喰らう、
 『黒鉄の騎士長オルガルド』はギリギリで勝てるか、
 もしくは最悪一度死ぬ、6:4と龍人は予想していた程の相手だったからだ、




「あいつの名前くらい聞いたんでしょっ、知ってるんでしょッ、」




 あまりの旭の迫力に、龍人は思考停止して今あったことを答えることになる。




「お、おう、『理道』、とか言ってたな、
 一応『転生』を目指してる自称『300年』戦士らしい、
 まぁ俺もだいぶ前にも見かけたことはあるから嘘ではないだろうな」




「そう…、」




「真面目な整った顔して、顔の通り律儀なやつだ、
 いつかやり合うための面通しをしたかったらしい。
 まぁ奴もまだ勝てる気はしないと言っていたが、
 まぁ現状はそうだろうな、
 だが、いつ来ても負ける気しないな」




「『理道』…確かにそう言ったのね」




 旭の様子は明らかにおかしい、
 肩は震え、拳を握りこみ、その瞳は、怒りしか感じない、
 普段の旭や、戦っている旭の表情とも明らかに違った、




「…朝ガキ、おまえ、」




 心配そうな顔をする龍人を尻目に旭は言う。




「なんでもないわ、なんでもない、なんでもないから」




 龍人に心配をかけまいとしているのだろうか、
 どう見ても逆効果に見えるその発言は
 明らかに『なんでもある』と龍人に伝えていた。
 龍人もそれはわかっていた、だが、旭が言わないのなら、
 今は聞くのをよそうと龍人はそれ以上言葉をかけるのをやめた。








「本当になんでもないのか?」




 もう日も暮れ、リディアの港にある小屋の一つで『不可視の休息』を使用し、
 寝る段階になったわけだが、さすがの龍人も一応念を押す、




「なんでもないって言ったでしょ、なんでもないよ、しつこいなぁ」




 旭はしつこいと言うが、様子が変わってから一度も追求はしなかった、
 寝る前の最低限の龍人の気遣いだったのだが、




「そうか、明日も早いからな、よく寝とけよ」




 怒りもせず龍人は今日はここまでだなと、言葉を引っ込める。




「…わかってる」




 旭は一応、龍人の気遣いを感じてはいるのだろう、
 そこまで彼女は馬鹿ではない、むしろ優秀である。
 少し間を置いて彼女は小さな声音でそう返事を返した。




 数時間後、まだ夜分ではあったが、旭は行動を始める。
 龍人を起こさぬよう、物音をできるだけ立てないよう細心の気遣いをした。
 海のせせらぐ音が僅かに常に聞こえる、
 獣の遠吠えがたまに聴こえる中、一通り準備は済み、
 彼女は左腕を枕変わりに横になって寝ている龍人に聞こえぬように、
 ほんの僅かだけ、殆ど聞こえない程の声で、口だけを動かしてるかのような、
 届かぬ言葉を発した。








   「ありがとう、そして、さよなら、龍人、」








 彼女はただ、そう告げて、足音をなるべく立てないようにこの場から去っていった。
 龍人はただ、彼女が去った後、
 閉じていた瞳を開けて、その決断を尊重するしかなかった。
 だが、数日の、僅かばかりの付き合いではあったが、龍人は怒っていた。
 期待していた、大きくなっていた、旭という存在が、
 龍人も、まだ気づきもしない、深層心理の奥で、
 彼女の存在は『大きくなりすぎ始めていた』のだ。
 だからこそ、口にする他はない。






 「ばかやろう」






 龍人も近くに人にがいても、聞こえぬ程の声でそう、
 誰にも届かない声を発したのだった。
 その声は、声音は、色はない、だがたしかに、
 感情にあふれた、彼女を思った、言葉だった。










「(今どの辺りに居る?
  ここで会ったってことは、この辺りを生業としている可能性は高い)」




 旭は走る、思考は常に邏らせる、




「(この『リディアの港』はアイテールと、灼熱の黒鉄城、
  そして『仄暗い野盗達の楽園』に繋がってる、
  もしかしたら野盗の一味になっている?)」




「(でも灼熱の黒鉄城は、
  ほとんど裸装備じゃないと熱くてやってられないはず、
  防具の装備はしっかりしてた、
  今まで6日とは言えアイテールでほとんど見かけたことはなかった、
  なら、『仄暗い野盗達の楽園』に向かってると考えるのが妥当、)」




「(とすると、ここ『リディアの港』を攻略しないと、いけないっ)」




 眼前には獣たちが目を覚ます、夜中の、旭のたった一人の『リディアの港』の攻略が始まった。




「(邪魔っ、邪魔ッッ)」




「(どこ、何処にいる、理道ッッ」




 旭は『堅牢な斧』で近寄るモンスターを粉砕していく、
 昼間に黒鉄城のBOSSを初見で倒したのだ。
 もはや、多少ゴリ押しでも余裕だろう、
 だがやはり冷静さを欠いているようにも見える。
 普段なら喰らわない攻撃を幾つかもらっているのである。
 しかしそれでもあっという間にBOSSまで辿り着く。


 『リディアの港』のBOSS、
 港の狼『ウルフクラウド』である、
 『黒鉄の騎士長オルガルド』よりは1段階、
 いや確実に2、3下手をするなら4段階は劣る、
 理由は体力が少ないからである。
 その代わりここの門番として僅かなアニマで復帰してくるので
 何度もここを行き来するのなら戦う羽目になる厄介さと、
 復活サイクルの早さ故の獲得できるアニマ量の少なさ、
 名の如く『風』を操る攻撃が多少厄介なのが挙げられる。
 その風体はまさに狼、縦に2.8メートル、全長8・5メートル、
 幅は2・5メートルといったところだろうか、
 黒き瘴気を放ち、鋭い爪が見える、
 むき出しの歯は噛まられることを想像したくないはない、




「「「オオオォォォォォッッッ」」」






「……、邪魔」




 その『港の狼ウルフクラウド』の咆哮にも涼しい顔で旭は相対する。
 そう、もう『この獣』は、今の彼女の敵ではない。





コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品