カオスアニマ -脳筋おじさんと生者見習いの女子高生-

椎名 総

生者見習いの元女子高生、無茶振りおじさんに怒りを覚える





「…なにこれ、ねぇ?」




 旭は顔を引きつかせ驚愕している。
 現在時刻は現世なら午前10時、しかし彼女に日は当たっていない、
 大きな物陰が彼女を覆っているからだ。




「なんなのこれっ、めちゃくちゃBOSSっぽいんですけどっ、
 上から見ても下から見ても横から見てもBOSSっぽいんですけどっっ」




 彼女、朝凪 旭の眼前にそびえ立つのは
 昨日のオーガなど比ではない大きさのBOSS、
 『始まりの狩人と亡者の森』に出現するBOSSの一つ、
 名も無き亡者達の集合体『巨人デビウス』である。
 その風体は、名も無き亡者を何倍にもした巨人、と言えば想像できるであろうか、
 胸の中心部は青く輝いている。
 その青く輝く核が名も無き亡者たちを一つの巨大な名も無き亡者として、
 BOSSとして成立させている。


 薄ピンク色の筋肉、筋は白、頭は骸骨、
 肩から先がない胴体だけに掛かったボロボロの布服と大きな生者のベルト、
 下半身を隠す短い汚い茶色の腰布、
 ヒザ下から始まる汚い茶色のブーツ、両手には手甲冑、
 そして『巨人デビウス』の全長は8メートルはある、
 しかもその巨躯が手に持つは『巨大極剣グラヴィウス』、
 この世界では敵だろうと生者だろうと装備している武器の名称は把握できる。
 『巨大極剣グラヴィウス』はBOSSしか装備できない、
 それは大剣の大きさを遥かに超える、刃の部分が灰色で、
 腹の部分が黒の、なんの柄も装飾もない無骨な剣である、


「おまえ古い映画(ドラマとも言う)知ってるんだな、
 俺と同じ時期に2016年あたりに死んだんだろ? 珍しい」


 流石にBOSSなのでBOSSと戦うフィールド内で索敵範囲外はない、
 巨人デビウスの攻撃を躱しながら
 龍人は大剣ヴォル・ファング片手に涼しげにケラケラと珍しいと言い放った、




「珍しいとかどうでもいいから早く答えなさいよっ」




 旭は必死に未知の巨人の攻撃を冷や汗をかきながら避けている、




「その質問な、そりゃ、あたりまえだ。見紛うことはない、
 どっからどう見ても下から見ようが上から見ようが横から見ようが
 正真正銘『BOSS』だからな、
 俺から言えることは一つだ朝ガキ、
 ともかく死ぬなっ、ファイトッ」




 『巨人デビウス』を一応警戒してか移動しながら右手でヴォルファングを持ち右肩に乗せ左手を自身の胸辺りにやり、ぐっとガンバレを表現する。




「ファイトじゃねぇぇぇぇッッ、集めたアニマでレベルあげてないんだけどっ、
 おかしいんだけどっ、
 私っこの前17才になったばかりのピチピチの女子高生なんだけどっ、
 この世界2日目のか弱い乙女なんですけどッッ」




「ほらほら頑張れ、俺に攻撃が向くときもあるんだ、
 難易度は低いと思うぞ~、がんばれ☆がんばれ☆」


 龍人は両手を胸にやり、大剣ヴォルファングを片手に持ちながらも
 手をがんばれ☆がんばれ☆と上下させエールを贈る、
 勿論旭はそれを見ている余裕など無い、
 だがその腹立たしい雰囲気は確実に伝わる、嫌でも伝わる、




「くそぉぉぉぉッッ龍人ムカつくっ、後で絶対ぶん殴るっ」
「おお、怖い怖いっ」




 憤る旭を尻目に自身に攻撃の刃が及んだため、龍人は軽快に右に回避行動を起こし回避する、慣れたものである、




「(落ち着け、落ち着けっオーガと一緒だ、大きさは段違いだけど、
 やることは変わらないっオークは索敵範囲はそこそこだったけど
 離れてたからあいつに目もくれなかったけど、今回は違うっ、
 そういった意味じゃ昨日とイーブンいや、ちょっとこっちのほうが辛いくらい…かな)」




 昨日と同じ要領で、旭自身に敵意が向いた時も、
 そしてに龍人に攻撃が向いた時も観察を怠らない、




「ッッッ(よしっいけるっ)」




 龍人に意識が向いた時近づき、短剣で3連撃を行なう、見事攻撃はヒットし、
 後方に後転、スタミナ回復のため距離を取る。


『巨人デビウス』は、初歩的なBOSSである、
 巨大な剣をもつが、
 回避行動を取らなければ攻撃を食らってしまう追尾する3連撃右下打ち下ろし、
 左下打ち下ろし、最後に真正面の打ち下ろし、か、
 最後の3発目に右に剣を構え横になぎ払う攻撃のパターンが主軸である。
 その他に、単発の右横に構えて横なぎ払い、
 走り寄り片手で打ち下ろす攻撃、
 これだけである。
 基本的に向かって右回りに移動し、
 攻撃を誘発したら打ち終わりを狙うだけで倒せる。


 だが、言うは易し、行なうは難し、
 あれだけの巨躯が放つ剣撃、衝撃、風圧、
 足の奏でる地面に転がる骨や枝木が折れる音、
 少し腐ったような鼻を突く匂い、迫力、威圧感、殺意、
 それは二日目の彼女にはやや『酷』である。




「ッッッ(嘘でしょッ)」




 見事3連撃を決めスタミナ回復を図り、
 次の攻撃を伺っているかのように見えた旭だが、
 驚愕の声を心のなかで上げた、何が『嘘』なのか、
 それは『手応え』、即ち『感触』である、 
 『テラ・グラウンド』ではゲームのように『敵』の体力数値、
 体力のシークバーが見えるわけではない、
 道具や武器などはゲームのように、
 ○らえ○んの4次元ポケットの如く大量の持ち物を出し入れできる使用になっている。
 メニューを開きたい、と思えばメニューが視野の下の方に展開され、
 装備したい武器に視線をやり思うだけで選択が可能である。
 だが戦闘中は気をつけなければ注意力が散漫になる為、
 攻撃を貰う十分な隙になるので注意しなければならない。


 彼女は今、ザクっザクっといい音を立てて『巨人デビウス』に
 短剣を片手持ちで3回斬りつけたわけだが、
 その時に武器から伝わる『感触』を通じて感じることによって、
 その敵の、BOSSの体力を教えてくれる使用なのである。
 昨日のオーガも10分程度戦ったわけだが、
 彼女が『巨人デビウス』感じた体力は、おそらく数倍、いや、10倍、
 いいや、そんなものは遥か超えた体力の感触があったのだろう、
 当然ではある、なぜなら――、




「初期装備、レベル1、即ち初期筋力、そして、『俺』が一緒、意味はわかるな」




 旭の表情から察した龍人はそう言い放つ、『わかるだろ?』と、 
 それを聞いた旭の血の気は一気に引く、




「ッッッッッ嘘でしょッッ」




 龍人は憎たらしい顔を止めない、追い打ちをかけ続ける、




「そして、この指輪、装着」




 龍人の取り出した指輪は、リング部分はシルバー、
 センターストーンの部分には『バツ』、十字、掛け算の×、
 おそらく遮断を表しているのであろう銀色の金物のようなものが付いていた。 
 『指輪』はこの世界で1つだけ常時装備できるアイテム、
 龍人は普段一つもつけていなかった。
 だが、彼は今わざわざ装着した、旭は悪い予感しかしない、




「なによそれぇぇッッ、なんの指輪なのよぉぉッッッ」




「BOSSからの索敵を遮断する指輪、正式名称『遮断の指輪』だ。
 攻撃した場合は無効だが、俺はまだ『こいつ』に攻撃していない、
 超上級者がやっとのことで手に入れることのできるかなりレアな指輪だ。
 ちなみに持っているのを俺以外見たことはない、と言っても俺は結構ぼっちだし、
 実は皆持ってるかもしれない、そんな指輪だ」




「ッッッッッ」




 旭は驚愕するしない、龍人に驚愕せざる得ない、
 何を考えているんだと、その発言を一瞬で察した旭のその表情は実に面白い、
 ここまでわかりやすく語る表情ができる旭は感情豊かなのだろう。
 『嘘でしょ?冗談でしょ?』その顔はまだ現実を受け止められていないという表情だった。




「まぁ俺が攻撃したら攻撃したでお前の取り分は微々たるものになる、
 それじゃつまらないし、
 かと言ってこのまま半々の攻撃対象になり続けても
 お前の成長に余りつながらない、
 的になり続けるならそのうち攻撃したと判定されるやもしれない。
 『上級者が一緒で体力増し増しだけど、
 初心者一人で戦って全取りして一気にパワーアップ大作戦』、
 普段倒して得られるアニマはごく一部、
 俺が一緒でお前が一人で倒せれば最上級のアニマを一気に手に入れることができる、
 まぁ一回限りの技でもあるし、
 大体のBOSSは体力上限は増えないがこいつは最弱のBOSS、
 よかったな増えるぞっ、安心しろ朝ガキ、俺は待つぞッッ、」




「安心なんてできるかぁッッッ。何時間掛かると思っているのよッッッ」




「たとえ夜明けを迎えようとも、私は一向に構わんッッッ」




 龍人は気配を完全に遮断したとはいえ攻撃が当たれば食らう、なのでこのBOSSステージの床に骨などが散乱していない比較的綺麗な茶色の地面が除く隅の地面に腰を下ろした。




「構うわァァァァ死ねぇぇぇぇ龍人ォォォッッッ」




 その様子を一見した旭は龍人の死を本気で願った、
 これから倒すためにどれほどの剣撃を躱し、
 どれほどの回数の剣撃を相手に与えなければならないのか、
 先ほどの『感触』からではまだ正確な数も、
 おおよその数もまったく予想がつかない様子である、




「安心しろ、骨は拾ってやる」




 目を閉じ頭を両手で支え、木々と空を見上げながら寝転ぶ龍人は、
 今の旭の現状など知りもしない微動だにしない晴天の空に向かってそう言い放った。




「くそがぁぁぁぁぁぁッッッ」




 なまじヤケクソの旭の汚い言葉がこのステージにこだました。














「はぁッはぁッはぁッはぁッはぁッ」




 BOSSステージの藁や、草、葉、骨、枝木、
 様々なものが敷き詰められた清潔、綺麗、とはとても言いがたいかけ離れた地面に旭は短剣を片手に大の字になって空を見上げながら荒い呼吸を繰り返している。
 もはや夜中、現世で言う0時だろうか、月明かりがあるので真っ暗ではない、
 その旭の視野に一つ黒い何かが見上げる美しい満点の星空を欠かした、




「おまえ、すごいな」




 その黒い物体はただ賞賛する、旭はそれに目を向ける体力もなくただ星空を見つめ続けている、


「はぁッはぁッはぁッはぁッはぁッ」


 心の体力はもうないのか、言葉を発する余裕がまだ戻ってきていないのか、
 旭はただ呼吸を整えることに終始する。
 だがそれを知りながらお構いなしに黒い物体こと龍人は続ける、


「おそらく体力は通常の20倍どころじゃなかっただろうからな」
「渡してあったいろんな使ったことのない初期武器を使い、
 闘いながら取り替えて武器を何周したか知らんがでよくやったよ」


 龍人が言うのは『耐久値』のことである、武器、防具、指輪には耐久値があり、
 耐久値を使い切ると『それら』は壊れ状態になり、元の性能の7分の1になってしまう。
 その場合、修復アイテムを使うか鍛冶屋で修理してもらうか、
 技術力があれば『鍛冶屋の資格の金槌』で
 所持しているアニマを消費することにより元に戻る、
 耐久値は壊れなければ時間経過に伴い徐々に回復していく使用である。
 事前に龍人は所持していた複数の初期装備を旭に譲渡していた。
 多少旭は嫌な予感はしていたが貰えるものならと喜々として受け取っていた。
 その複数の武器をローテーションし、壊さずに倒したのである。




「あんたっ、はぁはぁはぁ、いったいっ、はぁはぁ、何レベルなのよっ、はぁはぁはぁ」




 多少は整ってきた呼吸の合間に、龍人に目をやらず旭は疑問を投げつける。




「さあな、俺がここに来て何年なのかも、俺が何レベルなのかも、
 …100から先はもう数えちゃいない、
 ここに来て何年なのか確認する方法があるのか知らんが、
 もしあったとしても知りたくもないな」




 地面に大の字のままの、仰臥ぎょうがしたままの旭は、
 視線を少しだけ自身を覗き込んでいた黒い物体、
 龍人の顔が恐らくあるであろう場所にやった。
 その顔は、やはり薄黒く、暗がりでほとんどわからなかったが、
 少し、ほんの少しだけ、旭の目に儚げに映った。





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