異世界転移の覇王譚

夜月空羽

17 復讐姫

水谷沙織を始めとするかつてのクラスメイト達は天城正義を中心にこの世界に順応しようとしていた。不慣れなサバイバル生活も正義のカリスマ性と統率力。そして異世界に対するオタクの知識やサバイバル技術を持つクラスメイト達全員の力を合わせてどうにか生活できる状態になっていた。
しかし、彼等彼女等は元は現代社会を生きるただの高校生。
理不尽に対する怒り、不慣れな生活に対するストレス、元の世界に帰れるかどうかの不安などは確実に彼等彼女等の心を蝕み、ある日を境にそれは限界を達した。
一部のクラスメイト達は人から獣へと堕ちた。
己の本能を赴くままに、欲望のままに略奪、強奪、破壊、強姦、殺人などを実行する。
そんな獣をどうにかしようと立ち向かう者もいれば、助かりたい一心で逃走する者も、恐怖で動けない者もいる。
大半のクラスメイトは逃走に成功したとしても犠牲となった者も少なくない。そして彼等彼女等は次の獲物を求めて森をさ迷い続ける。
そして自分達の拠点だった場所に極上の獲物が訪れた。
これまでに見たことのない美貌を持つ美女美少女と彼女等を取り囲む一人の男性。ハーレムかよ、と醜い嫉妬を剥き出しにするも、それならそれでその男性の前で女達を楽しめばいいとゲスな考えに至る。欲望のままに女を貪ることを想像しながら女と金目の物を奪おうと姿を見せる彼等は知らなかった。
その男性はかつてのクラスメイト。転移した際に一人だけいなかった唯我影士に元は同じクラスメイトである遠藤篤紀えんどうあつきは彼の存在を偶然にも思い出して仲間の一人がその影士に瞬殺された。
瞬く暇もなかったほどの瞬殺劇。仲間の一人の首がきょとんとした顔で胴体から離れて地面に落ちて仲間の生暖かい血が飛び散る。
そこでようやく気付いた。自分達は狩る側ではなく狩られる側だったということを。
――――死にたくない。
死の危険を察知した彼等は生存本能が働き、迷うことなく逃走を選択した。異世界に転移してからずっと拠点として活動していたこの森なら逃げられると踏んで個々で逃走を試みる。
だが、彼等とではレベルに差があり過ぎる。
「ひっ!?」
「お主は運がいい。妾に発見されたのだからな」
深紅の髪に白銀の長杖ロングロッドを手にするエルギナが彼よりも圧倒的速さで追い越して前に立つ。そして無感情の瞳で杖の先端を彼に向ける。
「神の玩具としてこの世界に召喚されたお主等には同情する。獣に堕ちるのも仕方がなかろう。だが、あの男、影士の言葉を借りるのであれば妾達より弱いお主達が悪い。せめて苦痛なく逝くがよい」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」
放たれる業火に包まれた彼は獣染みた悲鳴と共に灰も残らずこの世を去った。
そして別の所では……。
「ころして、ころしてくれ……ッ! 死なせて……!」
「あらあら、堪え性のない殿方はモテませんよ? ふふふ」
魔具アーティファクトである剣で四肢を切り落とし、出血死しないように斬り口を焼いている。芋虫状態となっている彼は激痛で意識を失い、激痛で意識を覚醒するという終わることのない激痛を受けている。
始めは助けてくれ、と懇願していた彼も今では殺してくれ、と懇願している。しかし、生殺与奪の権利はエルザが握っている為にそれは許されない。弱者を思うがままにいたぶることができるのも強者の特権だ。
また別の所では……。
「よぉ」
「唯我!?」
篤紀が逃げる方向に姿を現す影士に足を止めて剣を手にする。それを見て影士は少しだけ感心の息を漏らした。
「へぇ、殺る気か? いい根性してるじゃねえか」
もし命の懇願をしていたのなら影士は躊躇うことなく殺していた。だが、まだ心が折れていない篤紀を見てチャンスを与えようと思った。
「遠藤。お前にチャンスをくれてやるよ」
「チャンス……?」
「なに簡単なことだ。後ろにいるそいつを殺せばお前だけは見逃してやる」
篤紀は後ろに振り返るとそこには影士が新しく仲間げぼくしたクラスメイトである水谷沙織。影士の仲間げぼくになったことで容姿は変化したが、沙織が彼等に抱く憎悪と殺意は変わらない。
「見た目は変わってはいるが、そいつは水谷沙織だ。そいつを殺せばお前は自由だ。ああ、安心しろ、俺は一切手は出さねえ。なんなら沙織に勝てたら金一封ぐらいくれてやるぞ」
「……本当だな」
「ああ、俺は弱肉強食を信条にしている。そうなったら沙織が弱かっただけの話だ」
そう言って木に背を預けて観戦に入る影士に篤紀は了承した。どの道、このままでは逃げられない。それならばまだ逃げられる可能性に賭ける。
「……」
沙織も憎悪に満ちた瞳で剣を手にする。そして命を賭けた戦いが始まる。
「あああああああああああああああああああああッッ!!」
先に動いたのは沙織だ。影士から貰った魔具アーティファクトの剣を強化されたステータス頼りに振るうも、篤紀はそれを防ぐ。
「ぐっ! 本当にこいつ水谷かよ!? けどよ! そんな力任せの剣が俺に通用するかよ!」
「うぐ!」
篤紀の膝蹴りが沙織の腹部に直撃する。けど、その程度で止まるほど沙織の憎悪は弱くはない。再び、斬りかかろうと足に力を入れるも……。
「ウィンドカッター!」
今度は風魔法によって生み出された風の刃が沙織に直撃するが、身に付けている防具によって軽傷で済んだ。
「へぇ……」
影士は篤紀の戦い方に感嘆の声を漏らした。
篤紀の動きは明かに戦いに慣れた、いや、喧嘩慣れした戦い方だ。元々日本で何かしらの武術や格闘技を身に付けていて喧嘩の日々を過ごしていたのかもしれない。
ステータス的にはアルガの力で強化された沙織に多少有利だけど、元々喧嘩などしたことがない素人が強い武器や防具を持ったことろで宝の持ち腐れ。この勝負は沙織が不利だ。
だが、もし、沙織が篤紀に勝るものがあるとすればそれは……。
「ああそういや、水谷と関谷は親友だったな……」
沙織が自分よりも弱いと踏んで余裕が生まれたのか、何かを思い出したかのように口を開いた。
「関谷のやつ、何度もお前のことを呼んでいたぞ? 何度犯してもうわ言のように沙織、沙織ってこっちが鬱陶しく思えるぐらいにな。まぁ、最後は壊れちまったけど今思うと少し惜しいことをしちまったな。お前を捕まえてお互いの目の前で同時に犯すのも良かったかもな」
自慢でもするかのように得意げに語る篤紀に沙織のなかで何かが壊れた気がした。そして次に膨れ上がったのはどこまでもドス黒い憎悪であった。
「お前ぇぇええええええええええええええええええええええええええッッ!!」
内から溢れ出る憎悪という衝動のまま剣を振るう沙織だが、所詮は素人の剣。かじりとはいえ武術の経験を持ち喧嘩慣れしている篤紀には通用しない。その剣は弾かれて組み伏せられる。
「はい、マウントポジション♪」
「離れろ! よくも、よくも静葉を! この外道!」
組み伏せられるも抜け出そうとする沙織だが、篤紀はそれを許すほど愚かではない。なによりこのまま放置していたら殺されるのは自分だ。手を抜くわけにはいかない。
「本当は一度は水谷ともヤッてみてえが俺の命がかかってるからこのまま終わらせてもらうぜ。ああそうそう、関谷の死体ならこの近くの洞穴にあるからそこにお前も置いてやるよ」
短剣を取り出して沙織の首元に添える。沙織は視線を影士に向けるも本人は退屈そうに欠伸交じりに見ているだけだ。仮にここで沙織が死んでもそれは沙織が弱かっただけの話だ。影士が助ける理由にはならない。
「あばよ」
短剣で沙織の喉元を斬り裂こうとする篤紀だが、沙織はその腕を掴んで止める。
「お前だけは……ッ! お前だけでも……ッ!!」
ここで死んだとしても眼前にいるこいつだけでも道連れにしてやると、掴む腕に力を込める沙織。
すると……。
「いぐっ! て、てめぇ……ッ! なにしやがった!?」
不意に篤紀が沙織から離れる。その顔は苦痛に歪み、握られていた腕を押えている。
「……?」
沙織は自分が何をしたのか理解できていない。しかし、篤紀を握っていた手のひらを見てようやく気付いた。
「なにをしたかって訊いてんだよ!?」
拳を振るう篤紀。しかし沙織はその拳を避けて腕を掴むとその腕が破裂した。
「あああああああああああああ腕が、腕がぁああああああああああッッ!!」
まるで内側から破裂したかのように爆発した篤紀の腕を見て沙織はようやく確信した。
「……沸騰」
沙織のアビリティには沸騰。水をお湯にする能力がある。これまで何度もこの能力で身体を洗うお湯を作っていたが、こんな使い道があるとは思いもしなかった。
「……そっか。人間の身体の半分以上は水でできているもんね。それなら」
それならその能力は殺人技に変貌する。
沙織は篤紀に近づくと篤紀はつい先ほどまでの勝気な態度が一変して生まれたての小鹿のように身体を震わせている。
「ま、待ってくれ……。俺が、俺が悪かったから……許してくれ……」
命乞いをする篤紀に沙織は静かに告げる。
「お前は私の親友を手にかけた。けどそれは私が弱かっただけの話。弱者は強者に何をされようとも文句一つ言えない。それは静葉も同じ」
「なら――」
篤紀の顔に希望が差した、次の瞬間。
「だから、私がお前に何をしようとも何も問題はないってこと」
そっと篤紀の顔に手を当てる沙織。それだけで篤紀は何をされるのか想像して顔面蒼白する。
「死ね」
脳みそを沸騰させて沙織は篤紀を殺した。
無様に地面に横たわる篤紀だった肉の塊を見下ろしながら人を殺した自身の手を見る沙織に影士が声をかける。
「気分はどうだ?」
「……不思議。初めて人を殺したのに何も思わないし、憎しみも晴れない。少しは気分がすっきりすると思ったのに」
「そうか」
「けど、するべきごとはできた」
沙織は自身の手を強く握りしめる。
「私は元クラスメイトを殺す。そしてこうなった原因を作り出した神も殺す。その為に私はもっと強くなる。文句はある? 影士」
邪魔をするならお前も殺す。殺意に満ちたその瞳がそう語っている。それを見た影士は口角を歪ませて嗤いなら言う。
「いいやねえよ。むしろそれぐらいしてもらねえとこっちが困る」
日本にいた時の水谷沙織は死んだ。ここにいるのは復讐にその身を捧げた復讐姫は親友がいる洞穴へと向かう。

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