異世界転移の覇王譚

夜月空羽

09 対人戦闘

強くなる為に迷宮ラビリンスに潜り、階層を降りて行く影士とエルギナであったが、二人は二十一階層の迷宮ラビリンスで歌い、踊りながら魔物を殺していたエルザ・ユリシアと名乗る女性と遭遇して影士はそのエルザと激しい剣舞を披露している。
「ふふふ、ふふふふふふふふ」
上品にだけどどこか不気味に笑うエルザの剣技は蝶のように舞い、蜂のように刺すという言葉が適切だろう。現に戦っている影士自身もそれ以外に例えようがない。
時に速く、時に遅く、時に鋭く、時に緩やかに。フェイントを交えた予測不可能の奇妙な動きはそれこそダンスのようだ。けど、その手に持つ赤い剣は容赦なく影士を切り刻もうと迫りくる。
やりにくい。それがエルザと剣を交えて最初に思った影士の感想だ。
元々、戦いとは程遠い日本からこの世界に転移してきた。転移してからはずっと魔物相手と戦っていた為に対人戦闘はこれが初めてだ。
今もこうして斬り合えているのはレベル差のおかげだ。影士とエルザにレベル差があるから今は問題はないが、それでもエルザのレベルは影士ほどではなくても十分に高い。
影士個人の推測でもレベルは80は超えている。
「ハッ」
上等だと嗤う影士。その動きはエルザに比べれば野性味が強く荒々しい剣技。魔物を殺し続けて経験を積み重ねてきた合理的に敵を殺す剣技。エルザのように洗練されたものは感じられない。無骨すら言えるものだ。
対極ともいえる二人だが、二人はそんなことはお構いなしにただ殺す為に剣を振る。
「……………………」
それを壁に背を預けて観戦に徹しているエルギナは手を出すつもりは一切ない。
仮にここで影士が敗北し、アルガに見限られたとしてもそれは影士が弱かっただけの話でエルギナ本人には関係のない話だ。
エルギナは自分の目的の為に行動する。それだけだ。
漆黒の剣と赤い剣は何度も衝突しては高い金属音と共に火花を散らす。すると、エルザが口を開く。
「ああ、ああ! 楽しいですわ! こんな激しいダンスは久しぶりですの!!」
恍惚した笑みを浮かべて息を荒くするエルザは声を弾ませながらそう言った。
「もっともっともっともっともっと! 踊りましょう! 熱く! 激しく! 時間も余韻も何も感じられなくなるぐらいほどもっと!!」
凶笑を深めながら嬉しそうに叫ぶエルザに影士も口角を歪ませる。
「いいぜ。付き合ってやる。途中でへばったら容赦しねえぞ?」
その言葉にエルザは両腕を抱きしめ、身を震わせる。それは決して恐怖からきた震えではない。
歓喜の震えだ。
「ええ! ええ!! 容赦も情けも必要ありませんわ! 荒々しく、獲物を貪る獣の如く激しい方が私の好みですわ!!」
「マゾが。調教してやる」
ここからが本番だと気を引き締める影士。するとエルザの剣が赤く輝き出す。
それだけではない。その輝きが強くなるにつれて強烈な熱が帯びているのがわかる。
『ほう。魔具アーティファクトか』
魔具アーティファクト?」
初めて聞く単語に訊き返す。
魔具アーティファクトとは特殊な力を持つ道具のことだ。契約することでその力を発揮する』
「なるほどな。ならお前もその魔具アーティファクトってやつなのか?」
『我はまた違う存在よ。それよりも来るぞ』
アルガの言葉に意識をエルザに向けると、エルザは赤い輝きを放つ剣で攻撃を仕掛けてくる。
「行きますわよ!!」
「きやがれ!」
それに対して影士も前に出て応戦する。
剣を交えるたびに強烈な熱が触れずとも影士の皮膚を焼き、火傷を負わせる。
「あらあら。勇猛ですわね。この剣は触れずとも強力な熱によって相手を焼き尽くす魔具アーティファクト。今は火傷程度で済んでおりますが、徐々に皮膚は爛れ、血を沸騰させて骨を剥き出しになりますわよ?」
「そうかよ!」
強引に剣を払って距離を取る。エルザの言っている通りこのままではジリ貧。鍔迫り合いになれば魔具アーティファクトの力で火傷を負ってしまう。
「……………………人が相手だと読み合いや化かし合いが必要になる意味がわかるなぁ」
漫画で読んだその意味が実際に人と戦ってどれだけ重要なのか身を持って知った。
常に全力を出して殺しにかかってくる魔物とは異なり、人は先を読むという予測、駆け引きを持って度々戦闘に臨んでくる。
魔物とばかり戦ってきた影士にとって今もっとも戦いにくい相手はまさにその人だ。
「まぁ、いずれは通る道か」
むしろこれからのことを考えれば魔物より人と戦う機会が増えるかもしれない。なら、少しでも早く対人戦闘に慣れた方がいいが、あの魔具アーティファクトをどう対処すればいいのか頭を悩ませると。
「………別に近づく必要はなかったな」
手を伸ばして影士は風の弾丸を放つ。それを察知して回避するエルザに影士は魔法による遠距離攻撃を行う。
「特訓の成果を出すいい機会だ!」
近づかなければいい。そんなごく単純な対処方法を失念していた影士は魔法を繰り出す。
アビリティの魔食によって魔力を増やしてきた影士は次々に魔法を繰り広げてエルザを攻撃する。圧倒的とも言える魔法の数々に攻めきれないエルザ。しかし、その顔から笑みは増すばかり。
「素晴らしい魔法の数々ですわ。数も威力もこれまで私が見てきたなかで断トツですわね。では私もとっておきをお見せしなくては」
エルザの赤い瞳が影士を捉えた瞬間、影士の肩から炎が出現する。
「っ!? チッ!」
影士は咄嗟に炎魔法で吸熱を行い、肩辺りの温度を一気に氷点下まで下げて冷気を発生させて炎を消す。しかし、いきなりの炎に怪訝しているとエルザが口を開く。
「ふふふ。如何でしょうか? 私の魔眼の力は」
「魔眼………?」
「ええ、私の瞳は視界に映した箇所に炎を出現させることができますの。発火の魔眼と私はそう呼んでおりますわ」
ご丁寧に魔眼の解説までしてくれるエルザに漫画でよく出てくる石化の魔眼の発火バージョンのようなものかと納得する。しかし、ただ発火させるだけなら特に脅威ではないと思っていると。
「ああ勿論、今のはほんの挨拶代わりですわ。発火させる火力は私の意思一つで自在でしてよ」
「ッ!」
危険を感じて横に跳ぶと影士がいた場所には人一人が呑み込めるほどの炎が出現した。流石の影士もそれを喰らえば丸焼きになってしまう。
冥府神の寵愛で死ぬことはなくても痛みは当然ある。物理耐性と苦痛耐性のスキルの熟練度が高いから大した苦痛にはならなくても痛いものは痛い。
「魔眼とか羨ましいな、おい!」
愚痴を叫びながらも魔法で応戦する。動きを止めれば魔眼の的にされてしまう為に動きながら魔法を発動させて攻撃を行うが、魔法をイメージするには集中力がどうしても必要になる為に先ほどに比べて魔法のイメージの鮮明さが欠けて精度、威力が落ちてしまう。
それに対してエルザの魔眼から魔法とは違ってイメージに集中力を必要としないせいか威力が弱まることはない。
近づけば魔具アーティファクトの熱で損傷ダメージを受け、離れれば魔眼による発火の餌食になってしまう。
本当に面倒な相手だと、影士はギリっと歯を噛み締める。
『苦戦しているな』
交戦しながらアルガが人の気も知らずに暢気にそんなことを言ってくる。
「そう思うなら力を貸しやがれ」
『我の力はあの娘が持つ魔具アーティファクトとは違い、直接的な戦闘能力は皆無に等しい。貴様の力でどうにかするしかない』
「チッ」
舌打ちする。
アルガの能力は剣から因子を流し込ませて支配する。エルザ持つ魔具アーティファクトのように熱を発することもできないし、魔法のように攻撃することもできない。
使えねぇ剣だな、と内心そう愚痴る。
「腹を括るか………」
このままでは負ける。そう確信した影士は防御を捨てた。
無謀、無策、愚行にも真っ直ぐにエルザに向かって突貫する影士にエルザは勝利を確信したかのように笑みを深める。
「終わりですわ!」
最大火力で発火の魔眼を発動させる。魔眼の力で生み出された炎は影士を呑み込む。
しかし、影士は止まらない。
その身が炎で焼かれようとも一瞬の怯みすらみせずにエルザに迫る。
そんな影士にエルザは初めて笑みを消して驚愕の包まれるも、すぐさま笑みを作り返り討ちにしようと魔具アーティファクトである赤い剣を構える。
「勇敢な殿方は好みでしてよ」
赤い斜線を走らせながら振り下ろされる剣を影士は掴んで止めた。
「………悪いな、調教してやる余裕がなくて。これで終わりだ」
炎に包まれながら剣の切っ先を向ける影士にエルザは満面の笑みを見せる。
「ええ、私の負けですわ」
エルザは敗北を認めて迫るくる漆黒の剣を受け入れる。
エルザの身に貫かれる漆黒の剣。影士はアルガの因子をエルザに流し込む。
エルザの身に黒い線が走り、それが全身に広がっていくと影士はアルガを抜いてエルザを解放するとその場に倒れるように地面に寝転ぶ。
「全身が痛ぇ………」
全身大火傷。普通なら間違いなく重症で日本なら確実に病院送りで長期の入院生活は確定だろう。それどころか死んでいてもおかしくはない。それでも影士は冥府神の寵愛のおかげで死ぬことはなく、火傷の徐々に回復しつつある。
初めての対人戦。お世辞にもかっこよくとは言えないけど勝利は勝利。今はそれに喜ぼう。
「エルギナ。俺は寝る。後は頼む」
「任された。ゆっくりと休むがよい」
予想以上に心身を消耗した影士は回復に専念する為に眠りにつく。

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