異世界転移の覇王譚

夜月空羽

03 魔王

「魔王………? それにお前の半身って………?」
アルガに導かれて入った部屋。そこには水晶に閉じ込められている一人の女性。アルガはその女性を魔王と呼び、己の半身と語った。
『元魔王で、前の我の使い手であった。数千年も前の話ではあるがな』
「それがどうしてこんなところに?」
『元々この魔窟ダンジョンは我とエルギナを封印する為に一柱の女神が創り上げたものだ』
アルガは語る。
それは数千年も前のこと―――
それはまだ人間、魔族、亜人族が戦争を繰り広げていた時代。一人の魔族の少女が魔族を守る為に力を求め、アルガを抜いた。
アルガの力で魔族を導き、勝利を収めて次第には魔王とまで呼ばれるようになった彼女だが、そんな彼女とアルガの前に女神が現れた。
女神はアルガの力を恐れて封印。その使い手であるエルギナも封印して誰の手も届かない場所、魔窟ダンジョンの最下層に封印した。それから数千年の月日が流れて現在に至る。
「女神がねぇ…………」
どうして女神が戦争に介入してまで彼女とアルガを封印したのか? その理由は定かではない。
けど一つだけ確かなのはアルガは女神ですら恐れられる存在だということだ。
「お前っていったいなんなんだ?」
『我自身のことについては追々説明する。今はエルギナの封印を解く。そして影士、貴様の下僕にするがいい』
「はぁ?」
唐突の言葉に怪訝する。
『エルギナは魔法にも剣にも秀でている。実力も申し分ない筈だ。貴様の手足となって働く価値はあると思うが?』
「いや、それならお前、俺じゃなくてまたこの女の使い手になった方がいいんじゃねえか?」
少なくとも封印から解いたら今の影士よりも確実に強いはずなのにアルガはそれを拒んだ。
『確かにエルギナは強い。あの時も女神さえ現れなければ恐らくはこの世界を魔族の世界に変えていたかもしれん。だが、エルギナは女神に敗れた敗北者。女神より弱いエルギナが悪い』
「それが………?」
『我はもうエルギナを見限っておるということだ。またこの女の半身になろうとは思わぬ。それに我はエルギナよりも影士、貴様の方が我と相性が良い』
負けたから見限った。それが魔王と呼ばれた彼女であろうとも、相手が女神であったとしても敗北した者に戻るつもりはないようだ。アルガにはアルガの弱肉強食のルールがあるのだろう。しかし――
「それでもこの女が俺の下僕になるとは限らねえだろ?」
封印を解いた代わりに下僕になれ、と言われてなる者なんていない。向こうの方が実力者なら尚更。下手に封印を解くよりも放置することを影士は選ぶ。
『案ずるな。エルギナは聡い女だ。己の立場と状況を冷静に分析して条件付きで貴様の下僕となるだろう。そこで騙されたら、それはそれで貴様が無知弱かっただけの話だ』
手は貸してやるがそこからは貴様の責任だ。そう遠回しに言われている気がする。だが、アルガを抜いた時同様に影士には選択肢がない。
強くなる為にはやるべきことが沢山ある。レベル上げ、ステータスの向上、知識、この世界に関する情報。そして下僕なかま
隣に立つ仲間なんて幻想なものはいらない。いるのは手足となって動く下僕か手駒で十分。
全ては強くなる為。強者となる為に魔王の封印を解く。
アルガを水晶に突き刺す。すると切っ先から黒い液体のようなものが水晶を浸食していく。
「……………俺の時もこんな感じだったのか?」
『そうだ。我に触れたものは我の因子を流し込み浸食させ、支配する。浸食が終えたら破壊することも意思無き道具として操ることもできる』
「………………それなら俺はお前の操り人形か?」
『そうしたいのはやまやまだが、それはできぬ。貴様が我を手にした時点で我の能力の支配権は貴様にある。故に我は使い手を利用することも、支配することも叶わぬ。貴様には我の因子を流し込んで我と同一化したぐらいだ』
あくまで支配権は影士にあるからアルガは影士を操ることは出来ない。そして、アルガの因子が体内に宿ったことで同一化し、肉体とステータスが強化されただけだと知ると安堵する。
「なるほど。つまり俺とお前は一蓮托生ってことか。というか、お前の能力を上手く使えば死を恐れない軍隊も作ることができるか?」
『可能だ』
即答する。
なるほどそれは確かに恐ろしい。アルガの能力によって何千、何万の死を恐れず、その身が滅びるまで戦い続ける凶戦士の軍隊が誕生することができる。
本当にこの剣はなんなんだ? と疑念を抱きつつも水晶の殆どは黒く染まり、アルガが支配しつつある。
『流石は我をこの魔窟ダンジョンに封じた女神。なかなか骨が折れる。だが、流石に数千年も経っていれば弱まるのも道理か』
そして水晶が漆黒に包まれた時、水晶に巨大な罅が生じる。その罅は徐々に全体に広がっていき、儚い音と共に砕け散る。
そして、封印されたいた魔王を抱きとめる。
間近で見れば見るほど思わず見惚れてしまうぐらいの絶世の美女だ。そんな美女を腕の中で抱き止めていることに心臓の音が激しい。
「……………………う、妾は確か…………」
閉ざされていた瞼が開き、瞳を覗かせる。その瞳も髪と同じ炎のように赤い瞳。
永い眠りについていたせいもあってまだ意識がはっきりとしていない彼女は呆然としながら影士を見つめている。
「目が覚めたか?」
腕の中にいる彼女に声をかける。すると、エルギナは一瞬目を見開くとすぐに鋭い眼差しを影士に向けて突き飛ばして離れる。
「お主、何者だ!? もしやあの女神の手先か!? 今度こそ妾を始末する気か!?」
手の平から炎を出現させて戦闘態勢を取るエルギナにどう声をかければいいのか悩むと、代わりにアルガがエルギナに話しかける。
『久しいな、エルギナよ』
「………………その声、アルガか」
『ああ、お互い永い眠りから目覚めて何よりだ』
知っているアルガの声に炎を消して戦意を消すエルギナは影士に視線を向ける。
「なるほど、そやつがお主の新しい半身か…………見たところ人間のようだが?」
『元人間だ。余りにも弱いので我の因子を流し込んだ』
「そういうことか。道理でお主と似た気配がするはずだ」
影士を置いて勝手に話が進んで納得する。そして旧交を温め合うとアルガは早速本題に入る。
『エルギナよ。この者の下僕になって働く気はないか?』
「何を言い出すかと思えばそんなものお断りに決まっておる。あの忌々しい女神の封印から解放してくれたことには多少なりの恩義はあるが、見ず知らずの男の下僕になるつもりはない」
想定通り断られた。
「アルガよ。お主は妾を見限ってその者を新たな半身に選んだのは文句は言わん。お主の言葉を借りるのなら女神より弱い妾が悪いのだからな。しかし、いくら元半身の頼みでも下僕になる気は微塵もない」
だろうな、と影士も同意する。
影士も同じ立場ならきっと同じことを言う。
「だが、永き眠りについていた妾には何かしらの協力者が必要なのも事実。故に対等な関係者としてなら共に行動することを約束する。アルガが選んだお主ならこちらも文句はない」
アルガの言葉通り条件を付けてきた。だけど、下僕としてではなく協力者として共に行動することを約束して。聡い女というアルガの前情報通り、封印から解かれたばかりだというのに今の自分の状況などを考えて条件を付けてきた。
しかし――
「断る」
影士はアルガの力を使うとエルギナの全身からアルガの因子が黒い線となって浮き上がる。
「ぐっ………! こ、これはアルガの……………!」
苦痛のあまり膝をついて呼吸を乱すも鋭い眼差しは影士から逸らさない。
『ほう、よく我がエルギナの体内に因子を流し込んでいたことに気づいたな』
「お前と同一化しているせいか、なんとなく感覚でわかったんだよ」
「なにが、不服だと言うのだ……………? アルガの半身よ………」
エルギナは互いにとって悪くない条件を出したことの何が気に入らなかったのか影士に問いかける。
「俺が必要なのは俺の命令に従う下僕か奴隷か駒だ。仲間や協力者なんて信用できるか。いざという時に裏切られてもたまらん」
「………………命令に従う忠実な下僕だけを欲すると? 愚かな、それでは人形と変わらぬ。真に人を従えるのなら信用を得らなければならん。強制的に従える手段を取るのは愚策の愚策だ」
かつては魔王と呼ばれた彼女の言葉は確かに正論だ。無理に従えても何の意味もない。
だけど、影士は信用と言う言葉は紙より薄いということを知っている。
「それがどうした? 信用も信頼などそんなものはいらない。そして仲間もな。お前が俺に従わないというのなら弱肉強食の糧にするまでだ」
口腔を大きく開けて影士はエルギナの首筋に獣の如く齧りつく。
「いぐっあああああああああああああああああああああああああっっ!!」
歯が皮膚を破り、筋肉の筋を強引に噛み千切る。その激痛に悲鳴を上げるエルギナを無視して噛み千切ったエルギナの血肉を飲み込む。
「さっきの狼より食べやすかったな…………さて、ステータス」

唯我影士 年齢:17歳 性別:男
Lv:9
体力:730(+500)
筋力:675(+500)
耐久:950(+500)
敏捷:620(+500)
器用:530(+500)
魔力:2000(+500)
魔法:呪詛魔法 炎魔法 風魔法 土魔法 闇魔法 変身魔法 複合魔法 
スキル:物理耐性7/10 苦痛耐性8/10 逃走1/10 脚力強化1/10 夜目2/10 状態異常耐性2/10 恐怖耐性1/10 悪食1/10 
アビリティ:魂縛 魔食 
ギフト:冥府神の寵愛 


「魔力が一気に上がって魔法も増えたな。なるほど、これが魔食の力か…………」
先程の狼モドキでは魔力しか上がらなかったが、どうやら魔食は食べた対象の魔力と魔法を手にすることができるアビリティのようだ。スキルまで手に入らなかったのは残念だがそれでも十分に使える能力に思わず笑ってしまう。
弱者を喰らい、強者の糧にする。これはまさにそういう能力だ。
「…………はぁ、はぁ………お主、妾を喰らうつもりか? それなら本当の意味で人間を辞めておるな……………」
「……………そうだな。だけど、これこそが自然の摂理だと俺は思う。弱い奴は従うしかない。それが嫌なら強くなればいい。だから俺は全てを喰らいどこまでも強くなる。誰にも従うことも奪われることもない最強の存在に」
「覇王になると………?」
「結果的にそうなるのならそれでいい。それで? 俺に従うか? それとも糧になるか? 好きな方を選べ」
選択を強いらせるエルギナは一度瞑目して口を開いた。
「………お主、名は?」
「影士だ」
「そうか。では影士よ。妾と取引せよ」
「取引だと?」
「そうだ。妾の全てをお主に捧げる。命令に従い、絶対に裏切らぬと誓う。死ねと言うのなら死のう。貞操を捧げろというのなら喜んで捧げる。代わりに一つだけ妾の力になって欲しい」
「なんだ? 聞くだけ聞いてやる」
「現在の魔族の行方の捜索と生存の確認。そして魔族の誰もが安全に暮らせる生活の保障。それに力を貸して欲しい」
それを条件に己の全てを差し出すエルギナに影士はまぁ、それぐらいならいいかと了承する。
「わかった。お前は俺の下僕になる代わりに魔族に関することには力を貸す。それで取引成立だ」
「ああ、異論はない」
アルガの能力を消して拘束を解除する。
こうして影士は元魔王であるエルギナを下僕にすることに成功したのであった。

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