異世界転移の覇王譚

夜月空羽

01 異世界転移

「はぁ……はぁ…………はぁ…………」
前もよく見えない薄暗い視界の中で彼―――唯我影士ゆいがえいしは息を切らしながらも走っていた。呼吸が苦しくても、足が悲鳴を上げてもそんなことを気にする余裕すらなく、ただひたすらに逃げていた。
「ギャギャ!」
「グルルルルルル!」
後ろから聞こえてくる唸り声。その声から獲物を追いかけることに楽しんでいる愉悦が交ざっているようにも聞こえたがそんなこと影士には関係なかった。
後ろに振り返ることもせず、ただひたすらに前を見て走り続ける。
そうでなければ殺される。後ろにいる獰猛な化物達に食い殺されてしまうから。
「どうして、俺ばかり………ッ!」
悲憤染みた愚痴を溢しながらほんの少し前のことを思い出す。


影士はよく言えば一匹狼。悪く言えばボッチ。孤独を好み、他者と距離を取る。そんな人間だった。その理由は中学時代の虐めが問題だった。
暴力、恐喝、脅し………etc。ニュースで騒がれる虐め問題は一通り受けたと言っても過言ではないほど酷い虐めを受けて、今でも彼の身体にはその痕がある。
だけど、その虐め問題で一番に応えたのは誰も助けてはくれなかったということだ。
それまで友人だったと思っていた人も、自分を産んで育ててくれた両親も、皆に慕われている教師でさえも助けてはくれなかった。
ああ、人間関係って紙より薄っぺらいんだな……………。
虐めを受けて達観したかのようにその考えに至った彼は他県の寮がある高校に入学。家族とも距離を取って寮で生活をしていた。
そんな彼がいる教室でそれは現れた。
――――教室に白銀色に輝く幾何学模様の紋様、俗に言う魔法陣が出現した。
そして気がつけば彼、影士はここにいた。
視野の悪い薄暗い洞窟。夥しい数の獰猛なモンスター。まるで世界、神が影士に苦しんで死ね。と言われたかのようにここに転移された。
…………………………そして。
彼は背後から自分を食べようと襲いかかってくるモンスターから死に物狂いで逃げている。
右も左もわからない。そもそもここがどこかさえもわからない。それでも死にたくない、生きたい為に彼は逃げている。
「――ぃぐ!」
躓いて激しく転倒する影士。そんな影士を嘲笑うかのようにモンスターの声が聞こえる。それでも立ち上がって足を動かす。
「俺が、何したってんだよ……………ッ!」
何も悪いことをした覚えはない。それなのにこの仕打ちはあんまりだ。
誰でもいい。だれでもいいから助けてくれ。と懇願するもすぐにそれは届かないことを知る。
自分を助けてくれる人なんていない。それは中学の時に身をもって知ったから。
「ガウッ!」
「ぐっ!」
モンスター達は獲物を追いかけるのに飽きたのか、腹が減ったのか。遂に影士を捕食しようと襲いかかってくる。
二つの頭を持つ狼のようなモンスターに腕を噛みつかれて態勢を崩して思わず転倒。それを好機かのように一斉に群がってくる。
「やめ、やめろ! クソ! 離せ! 離せって言ってんだろ!! ちくしょう!!」
両手両足、身体全体を動かして必死に抵抗するもそれでも狼モドキ達は離さない。腕、足、肩、横腹と噛みつかれ、激痛が影士を襲う。
それでも死にたくない為に抵抗するも次第にその力は弱まっていく。
眼前に広がる狼モドキ。鼻腔を擽らせるのは獣臭と血の匂い。全身から感じていた痛みも神経がおかしくなったのかもう感じない。
「……………ん、で……………」
―――こんな酷い死に方をしないといけない?
その言葉を最後に影士の意識は途絶えた。



「……………………あ、れ?」
だけど影士は生きていた。
「どうして、俺は確かに…………?」
狼モドキに食い殺されたはず。自分が生きていることに困惑しながら自身の身体を確認するも噛み痕一つ残っていない。けれど制服は血塗れで噛み千切られた箇所もある。
「蘇生能力……………? んな馬鹿な…………」
一回死んで生き返りました。なんてことがあるはずがない。けれど、実際に自分はこうして生きている。疑念と疑問が尽きない彼だけどモンスターの声に肩を震わせる。
「……………離れねえと」
どうして生きているのか、という疑問は一旦放置。今は逃げることだけに意識を集中させる。
また喰われるなんて御免だ。彼はモンスターの声が聞こえる反対方向へ走る。
《―――おい、人間》
「!?」
すると不意に頭の中に声が聞こえた。
「だ、誰だ!? どこにいる!?」
周囲を見渡しても誰もいない。いるとしたらモンスターぐらいだ。
《落ち着け。今は貴様の頭に直接語りかけている。そんなことよりも死にたくないのなら今、貴様がいる場所から左へ真っ直ぐ進め。そこに扉がある》
「……………………左だな」
突然頭に直接語りかけてくる怪しさ満点の何かに何も思わないわけではない。けど、死にたくないのならという言葉に今は縋るしかなかった。
どの道このままここにいてはまた食い殺されてしまう。もうそれだけは嫌だった。
彼はただ言われた通りに左に真っ直ぐ進んでいくと、確かに扉があった。
高さ五メートルはある巨門。その扉には素人目でも美しいと思える装飾が施されていた。
《開けよ》
ゴクリ、と生唾を飲み込んで扉を開ける。そこはまるでゲームに出てくる魔王の神殿。その奥にあるのは玉座ではなく一本の剣。
武器としては長剣の類に入るも漆黒に覆われた如何にも禍々しい剣。けれど、影士は不思議と恐怖を抱くことなくその剣に歩み寄る。
『よく来た。人間の小僧』
今度は頭からではない。さっきの声が影士の耳から聞こえた。けれどここには誰もいない。いるとしたら影士と一本の剣だけ。
「お前、なのか……………?」
影士は恐る恐ると剣に声をかけてみる。すると。
『ああ。貴様をここまで誘導したのは我だ』
剣が喋った。そのことに驚くも剣は勝手に話を進める。
『我を抜け、小僧。さすれば貴様に覇王の力を授けてやる』
「は、覇王?」
『然様。我にはそれだけの力を有している。無論、貴様にとっても悪い話ではあるまい?』
「いや、ちょっと待ってくれ! そもそもここはどこなんだ!? 何で俺はこんなところにいる!? 覇王の力ってなんなんだよ!?」
多少落ち着いたのか、これまでの疑念を全て剣にぶつける。
『……………なるほど、小僧。貴様は転移者だな。つい先ほどこの魔窟ダンジョンにまで届く強力な魔力の反応があったが、小僧もその一人か」
「何か知ってんのか!?」
『詳しくは知らん。だが、数百時、数千の年月に一度女神が気紛れに異世界の扉を開けて別世界の人間をこの世界に召喚するという伝承がある』
「………………なら他のクラスメイトも、いや、それならどうして俺だけこんなところに?」
『知らん。自身のステータスでも見てみるといい。ステータスと口にしてみろ』
「ステータス」
すると何もない空間に文字が浮かび上がる。


唯我影士 年齢:17歳 性別:男
Lv:1
体力:16
筋力:18
耐久:35
敏捷:30
器用:20
魔力:5
魔法:呪詛魔法
スキル:物理耐性4/10 苦痛耐性6/10 逃走1/10 脚力強化1/10 夜目1/10
アビリティ:魂縛
ギフト:冥府神の寵愛

「……………………ゲームか」
思わずツッコム。
『見えたようだな』
「そうだけど、魔法やスキル、アビリティやギフトについて教えて欲しいんだが………」
剣はめんどくさそうにするも教えてくれた。
魔法とは生まれたその時に何かしらの魔法を持っており、それ以外の魔法は使えない。
スキルは何かしらの行動により、一定以上の経験値を獲得するとステータスに加わる。それからも熟練度を上げていれば最大10。スキルの最高値にまで到達する。
そしてアビリティはその者に宿す潜在能力。
ギフト、これは神々が人間に与えるもの。加護、祝福、寵愛。数多の神々が気に入った人間に与える称号のようなもの。
物理や苦痛耐性が高いのは虐めが原因だったと思うとなんとも言えない。
『冥府神か…………貴様はろくでもない神に好かれたようだな』
「それはどういう意味だ?」
『冥府神は死を司る女神。その加護を受けた者は死ぬことはできない。どれほど死を望もうとも死ぬことは許されない。それが寵愛とまでなると不老不死と言ってもいいだろう』
「……………………嘘だろ?」
『このような嘘をついて我に何の得がある。恐らくではあるが貴様が魔窟ダンジョンに召喚されたのもこの女神の仕業であろう。そのくらすめいと、とやらとは別口で召喚されたのであろうな』
つまり、影士以外のクラスメイトはその冥府神とは別の女神に召喚されて影士だけは冥府神によってここに召喚された。
どのような目的かはわからないし、不老不死と言われても実感がわかない。
けど。
「死にたくはない…………けど、どうして俺だけこんなめに……………」
死にたくはなくとも、不老不死になんかなりたくはなかった。死を恐れる心配がなくなった代わりに永遠に生の苦痛を味わうことになるから。
生まれてこのかた良いことなど碌になかった。そう考えれば長生きすれば多少は良いことあるかもしれないとは思える。けど、それならあのまま狼モドキに食い殺された方がマシだった。
『嘆くか、小僧? だがそれは貴様が悪い』
自分の不幸に嘆く影士に剣は唐突に語り出す。
『己の運命を嘆くか? 自身の不幸を呪うか? 世界を憎むか? 自分以外の全ての生物を恨むか? 違う。何が悪いと問うのならそれは弱い貴様が悪い』
語るその言葉に一瞬怯えるも影士は鋭い眼差しを剣に向ける。
「お前に俺の何がわかる!? 俺の何を知っている!? 俺がどれだけ…………ッ!」
『知らん。興味もない。しかしこれだけは言える。この世の全ての理不尽、不条理は己の弱さが招いた結果に過ぎん。強い者が自由を手に入れ、弱い者は淘汰される。それが世界の理。そして弱肉強食の理論だ。故に弱い貴様が悪い』
戯言、暴言、無茶苦茶な理論と言える言葉は頭に思いつくも語られるその言葉の重みに何も言い返せれない影士は悔しくて手を強く握りしめる。
「なら、どうすればいいんだよ……………」
『簡単だ。我を抜け。そして何者にも負けない覇王となってしまえばいい』
抜かなければいけない。そのことに選択肢はないのだろう。影士は直感でそう思った。
何が目的でこの世界に召喚されたのか。
冥府神がどうして影士を不老不死にしたその理由も。
何もかもわからない。もしかしたらこうなる運命だったのかもしれない。
弱肉強食。確かにそうかもしれない。
弱いから虐めを受けた。弱いから何もできなかった。弱いから耐えることしかできなかった。
だけど、もし、万が一に強かったのなら違っていたかもしれない。
痛みも苦しみも惨めな思いさえもしなくて済むのならどこまでも強くなってやる。
影士は強くなるその一歩を踏み出す為に剣を抜いた。
『よくぞ我を抜いた。新たな覇王よ。我は貴様の剣としてこの力を存分に振るおう』
「ああ」
『我が名はアルガ。小僧、貴様の名は?』
「影士だ」
『そうか。では影士よ。先程の扉から出て魔物達を惨殺し、地上を目指すぞ』
「ああ。まずはレベル上げだな」
こうして新たに覇王となった影士の物語が始まった。

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