運命の名はギア・ララド・トップスティンガー

　緊急事態。　ノアの精神は異常をきたす。

　頭を殴られたような――――いや、精神そのものを痛めつけられたように――――だが、わからない。

　おそらく私――――いや、俺が14才の頃の姿。　今、ノアとして暮らしている年齢と同じ歳くらい？

　小柄な体。　細い手足。　何度と性別を間違えられるくらい中性的な顔。

　間違いなく過去の俺《ノア》がそこに立っていた。　

　「あの～　どうかしました？」

　そいつは、まるで普通の人間のように話しかけてきた。

　心配する様な素振りで、爽やかに。

　それが酷く不気味に感じられた。

　「あの……貴方は？」と喉の奥から絞り出すノア。

　「失礼。いきなり話しかけられた驚かせてしまいましたか？　俺はギアと言います。　正確にはギア・ララド・トップスティンガー」

　稲妻に打たれたような衝撃にノアは陥った。

　その名前は聞き覚えがある。その名は、この世界そのものである――――

『どきどき純愛凌辱シリーズ　魔法学園のエッチな私たち』の主人公の名前だ。
　
（そ、そうか……エロげーの主人公はプレイヤーの分身というお約束が反映されているのか……いやいや、よく思い出せ！　俺は、コイツに――――）

　性奴隷に堕とされる。　
　
　全身の毛穴からあふれ出るような嫌悪感。

　気がつかないうちにその拳は固く握られていた。　

『覚悟を決めるよりも早く打て』

　心の中で叫ばれるのは師の教えの1つ。だが――――

「私の名前は、ノア・バッドリッチです。実は、この子は迷子のようでして」

　自分は運命を知っている。　けれども、自分の存在意義は、その運命を、その未来を覆すためにある。　ならば、ならば……いずれ敵となる相手でも、その未来は――――まだ決まってなどいない。

「なるほど、ではお助けしますよ」

ギアは子供の手を取り、

「すぐにママに会わせてあげるよ。ん？　一緒に来たのはパパだって？　あはっ、それはどうも！」

とおどけた様子で泣いていた子供をうまくあやした。

「それで、どうやってこの子の親を探すつもりなのですか？　もしかして魔法を？」

「いやいや、俺にできる魔法なんて知れてますよ。こうやって……」と子供を肩車して――――

「どなたか！　どなたか、この子の両親を知りませんか！　迷子です！」

シンプルな大声。　そのまま歩き始めた。

「いや、その子供が怯えて……」と止めないと思っていたノアだったが……

「すいません！　この子の父親です！」

　男が走ってきた。

「よかった」とノアは胸を撫でおろすが「いや待てよ」と駆け寄って来る男の姿を二度見した。

　上半身裸で、背中に巨大な斧を装備。さらにスキンヘッドで片目を眼帯で隠している。

　「ヤバイ！不審者だぁぁぁ！」

　反射的に拳を叩きこもうとするも――――

　「パパ！　パパだ！」と迷子がキャッキャッと笑みを浮かべていたので寸前で留まる事に成功した。

　・・・
　
　・・・・・・

　・・・・・・・・・　

　「それではありがとうございます」と男は見た目に反して丁寧な対応。

　念のために身分証明になる物の提出を求めると冒険者としてランクを示すカードを見せてくれた。

　なぜ、冒険者がカードを？　と思う人もいるだろうが、アメリカ軍人の認識票《ドッグタグ》と同じで、故人の判別が不可能のなった……いや、今はやめておこう。

親子の再会に死を連想させる辛気臭い話はよくないと思うノアだった。

「それじゃ！またね！　お姉さん！お兄さん！」と父親に連れられ迷子はいつまでも手を振っていた。

2人の姿が見えなくなると――――

「さて、本題はここからだね」とギアは不気味な笑みを浮かべていた。