挫折した召喚勇者は転生勇者の師匠になりました (タイトル変更)
装備しないアイルさん
「いやよ! そんなの……絶対に嫌ッ!」
夜、屋敷のにアイルの叫び声が響いた。
「アンタは……他の誰もなく、アンタなら、そんな事を絶対にしないって信じてたのに……」
場所は寝室に隠された扉の奥。 秘密の部屋だ。
もっとも、この広い屋敷にいるのは俺、アイル……そしてメイドの3人だけ、それをわかっているはずのアイルは叫び続ける。
「いやなの……それだけは……本当に許して……許してください」
彼女らしからぬ弱きな姿勢。 頭を下げて言葉遣いも丁寧なものに変えている。
「……何がそんなに嫌なんだよ」
普段とは違う彼女の様子に加虐心をくすぐられ、ついつい不満げな強い口調になってしまう。
それにアイルは怯え「ひぃ……」と短い悲鳴を上げた。
「お願いします。 そんな鞭で私を戦いないで!」
「いや、この鞭でも売れば、この屋敷3つは購入できる超高級品だから……」
「え? マジ?」とキャラがブレたような声で真顔になったアイル。
「お前、嫌がるにしても、もう少し淑女としてだな…… それに、そんな大げさな演技してもメイドは助けに来ないぞ」
思惑を言い当てられたのか「ちぃ」とアイルは舌打ちをした。
「絶対に私は嫌だからね!」
「だから、何がそんなに嫌なんだよ?」と俺は後ろを指差した。
後ろには、国宝級の防具の数々。
秘密の部屋。 その正体は宝物庫だった。
明日はダンジョンに行くとアイルの意思を尊重した。
しかし、その条件として出したのは装備を整えるというものだが……
ご覧の通り、断固拒否された。
「そんな、鎧とか盾とか可愛くない!」
「……そりゃそうだ」
可愛い鎧や盾ってなんだ? もふもふしたぬいぐるみでもつければいいのか?
「せっかく、10代で可愛らしい容姿になれたのに、こんな鎧なんてきたら無骨じゃない!」
「お前、前世の容姿にコンプレックスでもあったのか?」と思わず聞きかけたが、寸前でこらえた。 言っていたら、怒りで大爆発していただろう。
「いや、逆に考えてみろ。これなんてお前に似合っているじゃないか?」
俺がアイルに手渡したのはバトルアックスだった。
小柄な彼女の身長の約2倍の長さの得物。
「そうそう、それを肩に担いで、ヤンキー座りして…… うわぁ、ドン引きするくらい似合ってる!」
「わかったわ! そのド頭をかち割ってほしいのね!」
「おいやめろ! それは地の精霊とチャンネルが繋がってて……ぎゃあ! 投げんな!」
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「ふぅ……剣呑剣呑、危うく近隣周辺が地盤沈下するところだったぜ」
「それ、冗談じゃなさそうなのが笑えないわ。個人が管理していいレベルの兵器じゃないわよ」
「まぁ、コイツは昔の仲間だったイケメンドワーフから預かってる武器だからな。誰かに管理してもらうってのも違うんだよな」
「ふ~ん、昔の仲間ね」と何やら含みを持った言い方をされた。
「なんだよ?」
「別に……ちょっと憧れみたいなのを感じただけよ」
「憧れか……」
昔の仲間に憧れをもたれるのは悪い気分ではなかった。
「昔の仲間って言うと、その武器も仲間の物だ」
「え? ちょっと、なんで日本刀が、異世界にあるの? アンタが誰かに作られたの?」
「いや、残念ながら」と首を横に振った。
元の世界の知識で武器や道具を再現するのも異世界の醍醐味なのかもしれないが、あいにく現代科学無双なんてジャンルをやったのは俺じゃない。
「俺よりも前に日本人が召喚されたみたいだ。戦国か、江戸かは知らないが、侍文化が異世界に残ってるらしいぞ」
「あぁ、そう言えば聞いた事あるわね。アンタの仲間にサムライがいたとか……」
「え? ……いや、そうだな。 サクラって名前で……」
「ちょっと待って、私たちより先に召喚なり、転生してきた人がいるなら帰る方法もわかるんじゃない!」
アイルが食いつき気味に言う。しかし、俺は否定しなければならなかった。
「そういうのは、俺も調べたよ。 けど、正確な記録は残っていなかった」
「そう」とあからさまに落胆した様子で返事が返ってきた。
「分かっている事はダンジョンにヒントがあるって事だけさ」
「……」と無言のアイル。俺は、どう声をかけようかと悩んだが、なにやらアイルの様子がおかしい。
「あれ」と顔を青くして指差している。 彼女の指刺す方向に視線を向けた。
そこでは――――
カタカタカタ……と日本刀が揺れていた。 誰も触ってないにも関わらずだ。
「……ねぇ? あれも精霊か、何かが動かしてるの?」
「いや、妖刀だから、怨霊とか幽霊とか動かしてる。というか意思があるみたいなんだ」
「心霊現象!?」
その後は、まるでゴキブリを見つけたかのような騒動だった。
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