電気使いは今日もノリで生きる

歩海

初戦闘は苦い思いとともに



それはもはや一方的な戦いだった。


「グギャアアアア」


熊が爪を振り上げ、体を回転させて振り回している。ブオンブオン音が聞こえて来る。幸い、少しだけ距離があったのでかわすことはできた。でも、怖くて恐ろしくて何をすればいいのかまったくわからなかった。


「落ち着け!みたところタダの熊だ。俺たちは地球にいた頃とは違う。こういうときになんとかなるスキルを手に入れたんじゃないか」


角先の声に励まされるも、それでもなお、僕の足は動かない。お願いだよ・・・動いてよ、動いてくれよ


「天衣。目くらましとかできないか?」
「もうやってる・・・でも砂が全然巻き起こらないんだよ」


風を使って砂を巻き上げる。目くらましとしては有効な手段。『風使い』を使って地面に風をぶち当てても砂は地面から離れようとしない。


どうしてだ?ここの土地は重い砂だとか?それで風の力が弱いから巻き起こらないとか。


「紅!危ない」
「?!・・・ぐえ」


見えない力で急に吹っ飛ばされた。そのまま近くの木に激突する。衝撃で意識が飛びかけた気がしたが今ここで飛んでしまってはそれこそ死んでしまう。


飛ばされた理由は自分が元いた位置をみれば明らかだった。またしても熊にの爪がその場所に振り下ろされている。天衣が風で吹き飛ばさなければ、僕は死んでいた。助けられたこれで二度目だ。


振り下ろされた爪が地面と接触したときに電気がほとばしっていた。・・・と言うことはこいつは地球にいたただの熊ではない。電気という属性を持ったモンスターだ。


「なんなんだよこの熊」
「俺たちの思ってる熊じゃない・・・でも、属性が電気なら戦いようがまだある」


そう、これが火や水なんかだったらもう終わっていただろう。こちらは戦いなんて無縁の生活を送っていた高校生だ。スキルを手に入れたとしても普通の動物に対して強く出られるくらいで、相手も同じようにスキル《力》を手に入れていたらもう手も足も出ない。


普通小説ではいきなり強敵との戦いなんてない。最初に弱いモンスターなどと戦って経験を積む。でも、僕らはこれが初めての戦い、初めての出会いだ。動物と遭遇しなかったことは幸運だと思っていたけれどいざ直面してしまうと不幸なことだと思ってしまう。せめて最初は弱い敵が良かった。


だが、さっきも言ったが相手の属性は電気。つまりは角先が圧倒的に有利な属性だ。熊がどんだけ電気を使ったとしてもそれを全て吸収してしまえば結局はタダの熊だ。


「よし、まずは、爪にまとってある電気を吸収する!あれがなくなれば攻撃の範囲が爪だけになるから避けやすくなるはずだ・・・でも向こうの方が早いから注意しろよ」
「了解!まずは動きを止めてやるよ・・・『鎌鼬』」


熊の足元に向かって風の刃が切り込んでいく。足をやられてしまえばどんな生き物だって立っていられない。そうすれば当然隙が生まれる。それに崩すことができれば逃げることも可能だ。


でもそれはきちんと攻撃が「効いた」ときの場合


「なんで傷一つつかないんだよ」


熊の足に刃はちゃんと命中していた。でもその足には傷一つ付いていない。よくみればそこにも電気がかすかに見える。どうやらこの熊、僕と同じで全身に電気を纏わせているようだ。


「爪だけが全身になったところで変わらないよ。俺が吸収するからもう一度頼む」
「そうだな!熊め。こっちに電気吸収の能力者がいたのが運の尽きだな」
「避雷針」「鎌鼬」


熊がまとっていた電気が角先の方に向かって移動し、吸収されるーことはなく、代わりに地面・・から出てきた電気が角先の方に向っていっていた。


「なんで?」
「どういうことだ?」


なぜ・・・なぜ地面からも電気が出てくるんだよ。まさか地面にもう一体別の魔物が潜んでいるというんだろうか。そうだったらもう終わりだ。


「グギャアアアアアア」


もう一度咆哮をあげる。そして血走った目をこちらに向けて、爪を掲げた。


「ま、まじかよ」


地面から今度は黒い物体が出てきた爪にまとわりついていく。そしてそれは爪に沿って形を作っていき、そのまま爪の長さを伸ばす感じでー付け爪みたいな感じで落ち着いた。


「なんだよあれ・・・この世界の熊ってあんなことまでできるのかよ」
「くそっ。あれのせいでリーチが長くなって・・・がぁ」


「あ・・・・」


急にリーチが長くなったことで、熊の攻撃範囲を見逃してしまっていたのだろう。熊の右のかぎ爪が角先の左の脇腹を切り裂いていた。


「角先!」


切られた衝撃でそのまま地面を転がっていく。大丈夫か?・・・ああ、よかった傷が浅かったのか、立ち上がろうとしている。


角先はやられても歯を食いしばって立ち上がろうとしているっていうのに僕は・・・僕は一体何をしているんだ。


「動け・・・・動いてよ。僕の足!お願い・・・お願いだから僕も戦わせてよ・・・」
「紅・・・」


助けなきゃ、僕も戦いに加わらなきゃいけないって頭ではわかっているのに僕の足は先ほどからずっと震えているだけで動く気配が全くない。


動け、動け。このままじゃ・・・角先が、天衣がみんなが死んじゃう。


「無理するなよ紅」
「てん、い?」


僕と角先を守るようにして立っている。


「戦いたい奴が戦えばいい。言ったろ?俺の目的は『誰かを助けること』だって。お前らの命を助けたい。そう思ったら恐怖を乗り越えられるんだよ」


強い。風呂の時も思ったけど、強い。目的があるだけで、人はここまで強くなれるのか。僕とはえらい違いだ。僕は何も目的を持っていない。それにいざという時の今だって僕は動けずにいる。


「そう・・・だな」
「・・・」
「俺の目的は『自分を変えたい』だ。こうしてみんなのリーダー的なポジションに落ち着いてはいるが、そんなの地球にいた頃じゃ全く想像してなかったよ」


「だから、俺は今ここで立ち向かう。ここで逃げたらまた同じだからな・・・だから」
「だから紅」


「「お前は逃げろ」」


そして二人は振り向くことなく、熊に向かっていく。短い時間だったけれどもわかったんだろう。僕たちではこの熊には勝てないと。戦いが始まって時間が経っていないからそんなに怪我をしていないがきっと戦闘が長引けば・・・


逃げよう。二人も言ってくれたじゃないか。逃げろって。だから、逃げよう。それが一番だ。


熊が吠え、あたりに電撃が撒き散らされる。角先が吸収しようにもどうやら吸収しきれなかったようで二人ともダメージをくらっている僕よりも強いあの二人がこんな簡単にやられているんだ。僕が立ち向かったところで僕も一緒にやられてしまうのがオチだ。だから逃げよう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・逃げよう


・・・・・・・・・・・・・逃げなきゃ


・・・・・・・逃げるのが正解だよ


・・・・・・・・・・・・




・・・・・ほんとうに?










本当に逃げるのが一番なのか、この状況において一番なことなのだろうか。


この瞬間倒れて動かなくなった二人に爪が突き立てられようとしているこの瞬間に逃げるのが一番正しい選択なのだろうか。


助けるべきなのだろう。それでも僕の足は、手は、体は動かない。


こんな時まで動けない自分に嫌気がさしてくる。二人の勇姿をみたというのになんてザマなんだろう。


ーここで逃げたらまた同じだからなー


あの時、角先はなんて言った?同じじゃないか。逃げてしまったら。


自分が何をしたいのか。この世界に生きる目的なんてわからない。でも、それでも、これだけは思う


「目の前で友人が死ぬのだけは、嫌だああああああああああああ」


「『電撃thunder』!!!!!!」


あらん限りの大声で叫ぶ、とにかくこっち側に注意を向けさせて仕舞えばいい。限界なんて関係ない。思いっきり電気を放電する。




ドッカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン


自分でも驚くくらいの電撃が飛び出し、あまりの量に視界が光で埋め尽くされて何も見えなくなった
















どうなったんだろう。眩しくて何も見えない。そうか閃光弾みたいな感じになったのかな








うっすらと視界が回復してくる。目の前に一つの影が見えた。そんな、熊がまだそこに立っているのか。僕の力では倒すことができなかったのか








影は全く動く気配がない。倒したのだろうか。でもそれだと倒れないのは不自然だ。・・・・それに?熊ってあんな影をしていたっけ


影の形は熊と違っているようにも見える。まず、4足歩行・・・・じゃないだろうか。熊は確かに4足歩行でも動くけど・・・獲物を狩る時は基本的に二足で立ってなかったっけ?それになんだかサイズも小さいような


「・・・・!!」


視界が完全に回復して目の前の景色がはっきりと見えるようになった。そして僕が見たものは


『ようやく視力が回復しましたか。全く無茶をしたものですね』


悠然と立っている一匹の獣の姿だった

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