《完結》異世界最強の魔神が見えるのはオレだけのようなので、Fランク冒険者だけど魔神のチカラを借りて無双します。

執筆用bot E-021番 

第7-8話「バートリーの御茶」

「よくやったな。人間の身で、天使を殺すとはな」
「ヴィルザの魔法を使ったけどな」



 森林を吹き抜ける風には麗らかささえ感じるが、ケネスの目の前に広がる湖は、大猿の流した血によって、凄愴たる朱色に染め上げられていた。大猿の生首がゴロンとケネスの足元に転がっている。



「4つ目。『デデデルの大槌』を壊すぞ」
「頼む」



 ケネスが魔法陣を展開する。ヴィルザの魔法によって、大槌は解かされていった。解けた鉄のカタマリが呪いのように黒く染み渡る。4つ目の呪痕が破壊されたのを確認した。疲れたケネスはその場に座り込んだ。ケネスの発した残り火が、まだ火の粉を散らしていた。



「『アースアースの鉱石』を破壊し損ねたけど、かわりに、都合良く4つ目の呪痕を破壊することが出来たな」



「うむ。これでようやく、折り返し地点じゃ」
「あと4つか……」



「当時よりもケネスは、うんと強くなった。強くなったぶん、素早く見つけ出すことが出来るはずじゃ」



「それにしても、この大猿。何か言いたげだったな……。何を言おうとしていたんだ?」



 大猿の言葉を思い出そうとしてみたのだが、疲れているせいか頭がボーッと霞がかって、蘇らせることができなかった。



 ヴィルザも首をかしげる。



「私にもわからん。もしや……」
「もしや、なんだ?」



「いや。こやつは8大神のひとりデデデルに仕えていた天使だそうじゃからな。何か、8大神にしか知らんことを、知っていたのやもしれん」



「ふぅん」
 と、ケネスは素っ気なく応じた。



 ヴィルザは、ウソをついている。
 もう、それを見極められるだけの付き合いだ。ヴィルザも何か、秘密を知っているのだ。けれど、知らないフリをするということは、教えてはくれないのだろう。ケネスが、この目で、見極めるしかない。



「帰るか」



「ずいぶん疲れておるが、大丈夫か? 明後日には帝都で大会が控えておるんじゃろう?」



「ユックリ休めば、なんとかなる。それより、これを持ち帰るほうが大変そうだ」



 大猿の生首。
 何かを訴えかけるような表情が、張り付いている。



「持ち帰っても良いのか? 天使を殺したことになるが」



「こんなのが天使だなんて、誰もわからないだろう。それに、これを駆除するのがクエストだったんだし」



 よほど神話に明るい者なら、この大猿が天使だとわかるのかもしれない。でも、これを討伐しろというのがクエストなのだ。咎められることはないと思いたい。



「大槌のことは?」



「それは黙っておくことにする。まさか《神の遺物アーティファクト》を壊しました――なんて言えないしな」



 ケネスは立ち上がった。
 生首から伸びている毛をムンズとつかんで、引きずって帝都に戻ることにした。



 ムディ村まで、大猿の生首を引きずって行った。村では荷車を出してくれて、生首を運んでくれた。帝都につくと、村人たちは村に戻って行った。運んでくれた分の賃金を払うと言ったが、村人たちは受け取らなかった。もともと村人たちが帝都の冒険者組合に申請したクエストだから――ということだ。



 生首をあずかり、帝都に入った。城門棟の兵士が「おおっ」とたじろいでいた。帝都に入ると、みんながケネスを見た。巨大な生首を運んでいるのだから、そりゃ目立つというものだ。



 生首からはまだ血がドロドロと流れており、血の轍を引いていた。ケネス自身も返り血にまみれていて、都民たちを畏怖させることになった。



 畏怖や尊敬などの瞠目をかいくぐって、冒険者組合の入口にたどりついた。ドーム状の冒険者組合から、ケモミミ族の受付嬢が何人も出てきて、呆気にとられていた。



「これがクエストにあった大猿だ。クエスト通り、退去させるのが難しかったから、討伐してきた」



「お、お見事です……」



 受付嬢たちは我に返ったように、テキパキと動きはじめた。大猿の遺体はモンスターを研究している機関に引き渡すということだった。報酬の金貨20枚と、アダマンタイトでできた鶸色のプレートを受け取ることになった。



「アダマンタイト……。A級冒険者か」



 ホントウにこんなアッサリとA級の称号を手に入れても良いのだろうかと思った。大猿との戦いは、楽勝とまではいかなくとも、思いのほか淡泊だったように思う。



「ケネスが目指してきたのは、ガルシア・スプラウドやヘッケラン・バートリー。それに、なによりこの私のような面々なのだ。常に上を見てきたから気づかぬかもしれんが、ケネスはすでに、A級程度を簡単にこなせるほどの者になっておるということだ」
 と、ヴィルザが言った。



 一段、また一段。ケネスは階段を上がってきた。ただただ目の前に迫る試練をガムシャラに乗り越えてきた。結果、気づかぬあいだに、ケネスはもうずいぶんと高い位置にまで上って来ていたのだった。



「ヴィルザ。ちょっとトイレに行ってくる」
「どこで待っていれば良い?」
「冒険者組合の前で待っててくれ」
「うむ」



 はじめて会ったころは、トイレに行くたびに、置いてくでないぞ、と寄る辺ない子供の顔をしていた。最近では、もう置いてかれるなんて露ほども考えていないようだ。



 トイレに行くとウソを吐いて、ケネスは帝都の広場に来た。人気のない給水泉でカラダを洗って、予備の外套に着替えた。身だしなみを整えて、宝石店に行った。



 ヴィルザが見ていた結婚指輪には、金銭的に及ばない。大猿の報酬で都合に合うものを買って店を出た。黒い箱に包まれた結婚指輪を、外套のポケットにしまった。



 冒険者組合に戻ると、「遅かったではないか」とヴィルザに一言文句を言われた。



「悪い。チョット着替えも済ましてきた」
「とりあえず宿泊する宿でも探すか?」
「そうだな」



 帝都の宿を探したのだけれど、どこも満員だった。闘技大会に備えて、みんな部屋を予約しているらしかった。宿のことを考えていなかったケネスは帝都中の宿を探すことになった。



(指輪……買ったけどさ……)



 いつ、どのタイミングで渡せば良いんだろうか、と悩んでいた。なんの前触れもなく、トウトツに渡すのは、あまりに無骨だろうと思う。懊悩しながら歩いていると、不意に《通話》が入った。



「誰からじゃ?」
「バートリーさんからだ」



 宿が開いていないようだったら、城に来てくれということだった。内郭内の来賓宿舎を貸してくれると言う。お言葉に甘えて城に行くことにした。帝都の城の周囲は小高い山になっている。前衛塔バービカンが建っており、それを通過すると中に入る城門棟が見えて来る。



 城門棟にいた衛兵には話が通っていたらしく、「どうぞ、こちらに」と素直に通してくれた。



 城外郭の内側には厩舎や穀物庫などが建っている。さらに主城門を抜けて、内郭の中に入る。内郭を入ったところに、練兵場が広がっており、バートリーが待っていた。



「お久しぶりです。ケネスさま」
 バートリーは髪をすこしだけ伸ばしていた。相変わらずの片メガネをしている。



「こちらこそ、お久しぶりです」



「その節は御世話になりました。無事に、ハーディアル魔術学院は卒業されたようですね」



「はい」



「おめでとうございます。こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ、こちらに」



 バートリーは練兵場を迂回するように歩いた。時間帯の問題なのか、それとも今日は休みなのか、練兵場は静まりかえっていた。屋根付き歩く廊アリュールを抜けると、別棟に入った。



「ここが来賓用の棟になっております。1階から3階まであり、各階層に8部屋ずつあります。1階最奥の部屋を、ケネスさまのために開けております」



「すみません。わざわざ」



「いえ。お話したいこともありましたので。御茶を淹れますから、どうぞごゆっくり寛いでいてください」



 部屋に通された。
「うわ」
 と、思わず声をあげた。



 さすが帝都の来賓室というだけはある。白い絨毯の敷かれた居間があり、奥にはキッチンが見受けられる。寝室とシャワー室までついているようだった。



 窓の外を見る。城そのものが小高い丘の上にあるために、帝都の景観を眺望することができた。闘技大会は明後日。それまでお邪魔させてもらっても良いのだろうか。自分には似つかわしくない部屋に思えて、不安になった。



 居間の木造四脚イスに腰掛けていると、「お待たせしました」とバートリーが御茶を持ってきてくれた。



「どうぞ」
「ありがとうございます」



 バートリーが正面に腰かける。



「帝都に来てさっそく、Aランク相当のクエストを片付けられたそうですね。さすがです。ケネスさまならAランク相当など、簡単でしたでしょう」



「ははは」
 と、ケネスは適当に笑ってごまかした。



 ケネスが、ソルト・ドラグニルを殺したところを見ている。あのときはヴィルザの魔法に頼っていた。あれがケネスの実力だと考えているならば、たしかにAランクなど簡単だと思われても仕方がない。



「どうぞ。御茶を」
「ありがとうございます」



 すする。
 不思議な味の御茶だった。



 片メガネの奥で、バートリーの青い瞳がジッとケネスのことを見つめていた。その瞳に不穏な気配を感じた。



「いかんッ」
 ヴィルザが叫ぶ。
 同時に、ケネスの視界が歪んだ。

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