《完結》異世界最強の魔神が見えるのはオレだけのようなので、Fランク冒険者だけど魔神のチカラを借りて無双します。

執筆用bot E-021番 

第6-6話「学院祭 Ⅵ」

「この先だ」
 と、ガルシアは言って、立ち止った。



 そこは本校舎5階の生徒会室だった。ケネスにとっては行きなれた場所だ。行きなれたというよりも、むしろこの部屋の主と言える。取得する単位ももう足りているので、最近は講義もすくない。よくここに入り浸っている。



「第一皇女のルキサさまが、ここに?」
「ああ。開けるぞ」


 そう言うと、ガルシアは部屋のトビラをノックした。どうぞ、と部屋の中から聞きなれぬ声がした。鼓膜をすーっとすり抜けていくような、澄んだ声音だった。ガルシアが部屋のトビラを開ける。ケネスも続く。



 生徒会室は、クロノが会長をやっていたときから、その様相を変えていない。多くの植物が育てられている。捨てるのもモッタイナイと思って、手入れをしている。



 なかには傷薬の原料となるポポコの花や、精神刺激薬の龍の葉もそろっている。このまま薬剤店でも開けそうな彩だ。なかでも白く丸く咲くポポコの花が、ケネスのお気に入りだった。



「ケネス・カートルドをお連れしました」
 と、ガルシアがかしずいた。



 左足のヒザを床につけて、右手を胸元に当てている。帝国軍人の敬礼だ。尊敬する人や目上の人にたいしての礼なのだろう。ケネスもそれにならった。



「ご苦労。ガルシアは外に出ていてください」
「はっ」



 ガルシアはケネスにたいして、軽く視線をやると、そのまま部屋を出て行った。



 ひとりになった途端に、緊張してきた。なにせ目の前にいるのは、帝国のトップである皇族なのだ。ふつうに生活していて会える人ではない。声を聞いただけでも、ありがたいと思っていた。



「どうぞ。お顔をあげてください」
「は……しかし……」



「ここには他に誰にもいません。遠慮なさらず」
「はい」



 顔を、あげた。


 そこには冗談みたいにキレイな女人が座っていた。普段はケネスが座っている会長席に腰かけている。



 前髪は切りそろえられており、後ろは長く伸ばしている。髪は青白く澄んでいる。バートリーのような濃い青でもなくて、白髪というわけでもない。



 きっと日々の手入れによって生じた艶なのだろうと思った。目元はくりくりとしており、鼻梁が通っている。ぷっくりとふくらんだ唇はまだ少女のようだ。可憐だとも、妖艶だとも思わなかった。凄みもなければ、儚げでもない。作り物めいている。無機物と対しているかのようだった。帝国のお人形さんは、庶民が着るようなブリオーを着ており、照れ臭そうに微笑んだ。



「お忍びですから、こんなカッコウですみません」
「いえ。構いません。オレのほうこそ、こんなカッコウですし」



 学生規定のトンガリ帽子に外套姿だが、手入れをしないのでホコリまみれのシワクチャ状態だ。



 ふふっ、と第一皇女は笑った。
 口元に手を当てて笑うその仕草たるや、さすがは皇女の品格だ。



「どうぞおかけください」
 と、皇女はイスを手のひらで示した。皇女と対等に座って話すということに抵抗を覚えたけれど、「どうぞ」という微笑みに押し負けて、腰掛けることになった。



「あの――。今日はどのような用件で?」



「これは失礼。ケネス・カートルド。あなたには是非、一度お会いしたいと思っておりました」



「それは……なんというか……光栄なことです」



 異性を相手にするときの緊張とは、また違ったものを覚える。自分の価値を品定めされているような感覚とでも言うべきか。一挙手一投足を観察されている気がして、手汗をにぎることになった。



「ケネスには、申し訳ないことをしました」
「何がです?」



「ゲヘナ・デリュリアスを撃退した件では、何か褒美をあげるつもりだったのですが、いまだ何も与えられていないようで」
 と、第一皇女は眉宇をくもらせた。



「いえ。その件は、オレのほうが爵位授与式から逃げ出してしまったので」



「爵位でなくとも、礼金は渡すべきでした」



「いえいえ。学院ではアド・ブルンダ学院長に世話になっており、今のところ生活に困るようなこともないので」



「それに、王国領からバートリーとフーリンの2人を助け出したのも見事です。バートリーから聞いたところ、ケネス1人でソルト・ドラグニルを倒したというではありませんか」



「運が良かっただけです」
 さっきからホめちぎられているのだが、何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。



「ずいぶんと御謙遜をなさります」



「それに、《帝国の劫火》という二つ名もいただきましたし、帝国12魔術師の1人に任命されたことも光栄に思っています」



 第一皇女は席から立ち上がって、ケネスに近づいてきた。ヴィルザ以外の女性に心を動かされることのなかったケネスだが、さすがに皇女を前にすると揺らぐものがある。ケネスのその揺らぎを、敏感にかぎとったようで、ヴィルザが物凄い顔で睨みつけてきた。



「お顔をもっとよくお見せくださいな」
 と、皇女は白くて細い指で、ケネスのアゴをもちあげた。



「あ、あの……」
「良い顔立ちですね」
「そうでしょうか」



「シュネイ村の故郷のこと、申し訳ありません。守ってあげられなくて。バートリーをやったのですが、ソルトの部隊に押し負けたようですね」



「……」
 驚いた。
 故郷が焼かれてから、そのことを言及してくる人はいなかった。



 シュネイの村がケネスの故郷だと知っている者が少なくて、触れてはならぬものだと思われていた節もある。ガルシアはたぶん、気にもしていない。あの人はケネスのことを、強い人間だと思っているだろうから。



 はじめてだった。
 故郷のことを気遣われたのは。



「いえ」



 両親が殺された。
 そしてヴィルザにあやつられたケネスは、幼馴染のロールを殺すことになった。あの惨劇が脳裏をよぎった。



「その人の心や経験は、顔に出ます。ケネスの顔は、悲しくて辛い顔をしています。心をあずける相手を間違えてはいけませんよ。私で良ければいつでもチカラになりますからね」



 ヴィルザが悪魔ならば、この人は天使だ。8大神の愛弟子たちと言われるのが、天使、だ。美しい人などを称するときに使う言葉でもある。ケネスは悪魔と歩んで行くことを約束した。いまさら天使とは手を結べそうになかった。



(今からでも、遅くはないか?)
 と、感情がよぎる。



 ヴィルザとの縁を切るのも選択肢ではある。故郷は戻らない。ロールも戻らない。ヴィルザは封印されたまま。



(そりゃないな)
 と、思い直した。



 ヴィルザに操られていたとはいえ、幼馴染を自分の手で殺した所業は、魔神と連れそうにふさわしい。



 それに、決めたのだ。
 ヴィルザを更生させるのは、オレの役目だ――と。



「ええ。大丈夫ですよ」
 と、ケネスは微笑んだ。



「そうですか。ならば良いのですが」
 と、第一皇女の指が、ケネスのアゴから離れた。よくやったと言わんばかりにヴィルザは何度もうなずいていた。ハンバーガーが大好きで、ずっと見まもってくれているこの魔神のことを、ケネスは見捨てれそうになかった。



「オレをここに呼びだしたのは、派閥争いのことでしょう?」
「ガルシアから聞いたのですか?」
「ええ」



「その通りです。ケネスには卒業した後に、ぜひ私の警護役になってもらいたいのです」



「警護ですか」



「身辺警護です。私は常にあなたを手元に置いておきたい。それだけあなたの功績は、輝かしいものです」



「しかしオレは、卒業した後にガルシアさんの副官になるように言われているのですが」



 まあ、と第一皇女は口元に手をあてて、のけぞった。



「そんな話。ガルシアから聞いておりませんでした。まさか、ガルシアがもうツバをつけていたなんて」



「それも決まったわけではないですが」



「ガルシアの副官と、私の身辺護衛の両方というのも、悪くはありません。ケネスの立場に関しては、おいおい考えましょう。ケネスには第一皇子であるヘイストンからも声がかかるかもしれません」



「そのときには、お断りすれば良いんですね」



「よろしくお願いします。より良いデラル帝国のために」



 こんな陶人形みたいな人が、貴族や政治のドロドロとした争いのなかで生きている人とは思えなかった。マジマジとその顔を見ていると、第一皇女は照れ臭そうにうつむいたのだった。

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