《完結》異世界最強の魔神が見えるのはオレだけのようなので、Fランク冒険者だけど魔神のチカラを借りて無双します。
第5-7話「クロノの勧誘」
切羽詰っていた。
期末テストが3日後に迫っているというのに、魔術実践学のヒントがマッタクわからないのだ。考えても、頭が熱くなってきて、目が回る。
本校舎5階にあるバルコニーで、ケネスはいつものように倦怠感を丸出しにして、煙草をふかしていた。
ケムリが忙しなく、天に昇ってゆく。壁から生えている樹木のおかげで日影になっているけれど、空は青い。その青い空にケムリが吸い込まれてゆく。ケムリを見ていると、空虚な眠気がおそってくるけれど、眠っている場合ではない。1本。2本。3本目に手を出したときに、ヴィルザが声をかけてきた。
「スッカリ中毒なっておるな。コゾウ」
ケムリの向こうに、ヴィルザの顔がけぶって見える。
「吸ってると、落ち着くんだよ。腐った平和の臭いがする」
「あの女の臭いじゃろうが、ロール・ステラとかいう……。まさか、私への当てつけではあるまいな?」
「当てつけ?」
「その……。私があの娘を殺したから、それで、私にたいする当てつけというわけではないじゃろうな?」
人を殺すことにイッサイの躊躇も感じないヴィルザであるが、ケンカのことはいまだ気にしてるらしい。すこし言葉によどみというか、申し訳なさのようなものが感じられた。
「当てつけなんかじゃないよ。ただ、吸いたいから吸ってるだけだ。それに、生き返らせてくれるんだろ。みんな」
「おう。それは任せておけ。私の封印を解いてくれたら、故郷も幼馴染もすべて生き返らせてやる」
「ベルモンド・ゴーランも?」
「うむ。そう言えば、そんなヤツもいたのぉ。ついでに生き返らせてやる」
生殺与奪を自在にあやつれるのならば、いちいち人の死に動揺しないヴィルザの神経にも合点がいく。
しかし――とヴィルザは顔を寄せてきた。
「その約束は、条件付きであるからな。私の八角封魔術を解いてくれたら――だからな」
「世界征服は?」
「しない、しない」
と、ヴィルザはその紅色の髪をぶんぶん振り乱して否定した。
「それなら、ちゃんと協力する。封印は解く。8つのうち、あと6つだろ。でもその前に――だ」
期末テストだ。
魔術実践学のヒントがいまだ解けていない。ヒント以前に、まず3人の協力者を集められないでいた。友達がいないのが、ここにきて響いている。
《帝国の劫火》の名で有名になったから、誰かからスカウトされるだろうと思っていたのは、少々、傲慢だったのかもしれない。逆に、遠慮されているようだ。
「頭、痛くなってきたな」
木造の四脚イスの後ろの脚を支柱にして、足は机上に乗せたまま、ユラユラと前後に揺らす。
「期末テストのことか? 魔術実践学なら余裕であろう。イザというときは、私もチカラを貸してやるし、それにコゾウ……」
と、ヴィルザは、ケネスの右手に目をうつした。
「ん?」
「コゾウには、すでに私の魔力の一部が流れ込んでおる。それを上手く利用すれば、学院のテストなど余裕であろう」
「これか」
ケネスも右手を見た。
何もしていなければ、ただの人間の腕だ。が、《可視化》のスキルで見ると、いまだ右腕は赤黒く染まっている。ヴィルザの魔力が注がれている影響だ。
「私の魔力を与えてやったのだ。感謝せよ」
と、ヴィルザは机上に乗って、胸を張っていた。封印を解いたら成長するとか言っていたくせに、その胸はまったくもってペッタンコだ。
「感謝せよとか言って、この魔力はもともと、お前がオレを乗っ取ろうとしたからだろうが」
「うっ……」
「今度、乗っ取ろうとしたら、マジで絶交だからな」
軽く脅したつもりだったのだが、ヴィルザはその眼をかっ開いて、紅の双眸に涙を浮かべていた。
「また、そうやって私を泣かせる」
「じょ、冗談だ。だから、泣くな」
「うむ」
と、ヴィルザは目元を着衣しているブリオーの袖でこすっていた。
ヴィルザとはもう2年弱の付き合いになるが、いまだにその心を読むことができない。何を考えているのか、わからない。無垢な少女のように、笑ったり泣いていたりするかと思えば、平気で残酷なことをしでかすこともある。警戒を忘れちゃいけない相手だと思うのだが、そういう幼い仕草のせいで、油断してしまう。
(もしや、子供っぽい挙動は演技だったりして?)
「泣き女なんか向いてるんじゃないか?」
と、厭味をとばしてやった。
泣き女というのは、帝国のオエライサンの葬式を盛り上げるための女性だ。泣いて、悲劇を演出する効果がある。
「酷い。酷いぞ。ケネスよ。私の涙が演技だと言いたいのかッ」
「魔神なら、それぐらいの演技はやりそうだと思ってな」
「泣き女よりも、むしろ私は娼婦のようなものじゃ。男に飽きられたらポイと捨てられて、目に涙を浮かべつつ、悲哀とともにまた次の男を探すことになる」
「うっ」
と、ケネスは詰まった。
今のところヴィルザを視認できるのは、ケネスだけだ。が、仮にもし、他にヴィルザのことを視認できる者があらわれたとすれば、そのときヴィルザは浮気してしまうかもしれない。
それは、ケネスにとっては、あまり愉快なことではない。他の男とヴィルザが並んで歩く姿を想像すると、なぜか胸が焼けるような気持ちになった。
「くひひっ。まだまだ甘いのコゾウ」
と、ヴィルザは口元を手でおさえて、楽しそうにカラダを揺すっていた。
「あっ。やっぱり泣きマネだったのかよ」
「この魔神を言い負かせられると思うなよ。年季が違うんだ。年季が」
「言ってくれるよ」
今のは、泣きマネだったのかもしれない。けれど一度は本気で、泣いていた。ケンカして、仲直りして欲しいと言ってきたときは、目元に泣きはらした痕跡があった。多少は、信用しても良いんじゃないかな――とは思う。
「って、そんなことじゃなくて、期末テストだって! とりあえずパーティを組んでくれるヤツを、見つけておかないとな」
『生徒会なら、チカラになってあげられるけど』
急に目の前に、黒いドレスの少女が現れた。クロノだ。いったいいつからいたのか、マッタクわからなかった。羽根ペンと紙を持っており、そこに文字が書かれていた。急に現われるものだから、イスにもたれかかっていたケネスは、あわやそのまま後ろに倒れ込みそうになった。
「急に出て来ないでくださいよ。ビックリするじゃないですか」
『失礼』
と頭をペコリと下げる。
「いったいいつからいたんです?」
ヴィルザとのヤリトリを聞かれていたんじゃないか、と思って不安になった。ヴィルザの声は誰にも聞こえないが、ケネスが1人でブツブツ呟いていたのは、聞かれているかもしれない。
《通話》だと思ってくれれば良いけれど――。
『今、来たとこ』
「そうですか」
『生徒会。入ってくれたら、そのお礼に、魔術実践学の期末テストに協力してやっても良い』
クロノは羽根ペンでカリカリと文字をつづってゆく。
ケネスは、クロノのことが好きだ。恋愛的な意味ではなくて、人として好感が持てる。常人にはない静けさを持っているからだ。しゃべるときも筆談で、ひとつひとつの挙措から発せられる物音も、トテモ静かだ。時間が止まったような錯覚をおぼえる。
「生徒会ですか……」
『ケネスのチカラが必要。この学院には、王国のスパイがうじゃうじゃいるはずだから』
「でも、期末テストが近いんですよ。生徒会の活動なんかに専念できませんよ」
『テスト終わってからでも良い』
「しかしですねぇ……」
いまはスライムの手でも借りたいところなので、クロノの申し出はありがたい。だが、生徒会には、あのサマルがいる。なぜかはわからないが、ケネスのことを嫌っているようだった。
そのことを話すと、
『大丈夫。サマルには納得させる』
「それなら、生徒会に入っても良いですけど……。言っときますけど、見ての通りオレは風紀は守れないかもしれませんよ」
煙草だ。
「それぐらいなら大丈夫。吸いすぎは良くないけど、龍の葉はもともと精神刺激薬と同じ成分だから」
「わかりました。じゃあ、よろしくお願いします」
この際、誰でも良いから、組んでもらえるだけありがたい。
期末テストが3日後に迫っているというのに、魔術実践学のヒントがマッタクわからないのだ。考えても、頭が熱くなってきて、目が回る。
本校舎5階にあるバルコニーで、ケネスはいつものように倦怠感を丸出しにして、煙草をふかしていた。
ケムリが忙しなく、天に昇ってゆく。壁から生えている樹木のおかげで日影になっているけれど、空は青い。その青い空にケムリが吸い込まれてゆく。ケムリを見ていると、空虚な眠気がおそってくるけれど、眠っている場合ではない。1本。2本。3本目に手を出したときに、ヴィルザが声をかけてきた。
「スッカリ中毒なっておるな。コゾウ」
ケムリの向こうに、ヴィルザの顔がけぶって見える。
「吸ってると、落ち着くんだよ。腐った平和の臭いがする」
「あの女の臭いじゃろうが、ロール・ステラとかいう……。まさか、私への当てつけではあるまいな?」
「当てつけ?」
「その……。私があの娘を殺したから、それで、私にたいする当てつけというわけではないじゃろうな?」
人を殺すことにイッサイの躊躇も感じないヴィルザであるが、ケンカのことはいまだ気にしてるらしい。すこし言葉によどみというか、申し訳なさのようなものが感じられた。
「当てつけなんかじゃないよ。ただ、吸いたいから吸ってるだけだ。それに、生き返らせてくれるんだろ。みんな」
「おう。それは任せておけ。私の封印を解いてくれたら、故郷も幼馴染もすべて生き返らせてやる」
「ベルモンド・ゴーランも?」
「うむ。そう言えば、そんなヤツもいたのぉ。ついでに生き返らせてやる」
生殺与奪を自在にあやつれるのならば、いちいち人の死に動揺しないヴィルザの神経にも合点がいく。
しかし――とヴィルザは顔を寄せてきた。
「その約束は、条件付きであるからな。私の八角封魔術を解いてくれたら――だからな」
「世界征服は?」
「しない、しない」
と、ヴィルザはその紅色の髪をぶんぶん振り乱して否定した。
「それなら、ちゃんと協力する。封印は解く。8つのうち、あと6つだろ。でもその前に――だ」
期末テストだ。
魔術実践学のヒントがいまだ解けていない。ヒント以前に、まず3人の協力者を集められないでいた。友達がいないのが、ここにきて響いている。
《帝国の劫火》の名で有名になったから、誰かからスカウトされるだろうと思っていたのは、少々、傲慢だったのかもしれない。逆に、遠慮されているようだ。
「頭、痛くなってきたな」
木造の四脚イスの後ろの脚を支柱にして、足は机上に乗せたまま、ユラユラと前後に揺らす。
「期末テストのことか? 魔術実践学なら余裕であろう。イザというときは、私もチカラを貸してやるし、それにコゾウ……」
と、ヴィルザは、ケネスの右手に目をうつした。
「ん?」
「コゾウには、すでに私の魔力の一部が流れ込んでおる。それを上手く利用すれば、学院のテストなど余裕であろう」
「これか」
ケネスも右手を見た。
何もしていなければ、ただの人間の腕だ。が、《可視化》のスキルで見ると、いまだ右腕は赤黒く染まっている。ヴィルザの魔力が注がれている影響だ。
「私の魔力を与えてやったのだ。感謝せよ」
と、ヴィルザは机上に乗って、胸を張っていた。封印を解いたら成長するとか言っていたくせに、その胸はまったくもってペッタンコだ。
「感謝せよとか言って、この魔力はもともと、お前がオレを乗っ取ろうとしたからだろうが」
「うっ……」
「今度、乗っ取ろうとしたら、マジで絶交だからな」
軽く脅したつもりだったのだが、ヴィルザはその眼をかっ開いて、紅の双眸に涙を浮かべていた。
「また、そうやって私を泣かせる」
「じょ、冗談だ。だから、泣くな」
「うむ」
と、ヴィルザは目元を着衣しているブリオーの袖でこすっていた。
ヴィルザとはもう2年弱の付き合いになるが、いまだにその心を読むことができない。何を考えているのか、わからない。無垢な少女のように、笑ったり泣いていたりするかと思えば、平気で残酷なことをしでかすこともある。警戒を忘れちゃいけない相手だと思うのだが、そういう幼い仕草のせいで、油断してしまう。
(もしや、子供っぽい挙動は演技だったりして?)
「泣き女なんか向いてるんじゃないか?」
と、厭味をとばしてやった。
泣き女というのは、帝国のオエライサンの葬式を盛り上げるための女性だ。泣いて、悲劇を演出する効果がある。
「酷い。酷いぞ。ケネスよ。私の涙が演技だと言いたいのかッ」
「魔神なら、それぐらいの演技はやりそうだと思ってな」
「泣き女よりも、むしろ私は娼婦のようなものじゃ。男に飽きられたらポイと捨てられて、目に涙を浮かべつつ、悲哀とともにまた次の男を探すことになる」
「うっ」
と、ケネスは詰まった。
今のところヴィルザを視認できるのは、ケネスだけだ。が、仮にもし、他にヴィルザのことを視認できる者があらわれたとすれば、そのときヴィルザは浮気してしまうかもしれない。
それは、ケネスにとっては、あまり愉快なことではない。他の男とヴィルザが並んで歩く姿を想像すると、なぜか胸が焼けるような気持ちになった。
「くひひっ。まだまだ甘いのコゾウ」
と、ヴィルザは口元を手でおさえて、楽しそうにカラダを揺すっていた。
「あっ。やっぱり泣きマネだったのかよ」
「この魔神を言い負かせられると思うなよ。年季が違うんだ。年季が」
「言ってくれるよ」
今のは、泣きマネだったのかもしれない。けれど一度は本気で、泣いていた。ケンカして、仲直りして欲しいと言ってきたときは、目元に泣きはらした痕跡があった。多少は、信用しても良いんじゃないかな――とは思う。
「って、そんなことじゃなくて、期末テストだって! とりあえずパーティを組んでくれるヤツを、見つけておかないとな」
『生徒会なら、チカラになってあげられるけど』
急に目の前に、黒いドレスの少女が現れた。クロノだ。いったいいつからいたのか、マッタクわからなかった。羽根ペンと紙を持っており、そこに文字が書かれていた。急に現われるものだから、イスにもたれかかっていたケネスは、あわやそのまま後ろに倒れ込みそうになった。
「急に出て来ないでくださいよ。ビックリするじゃないですか」
『失礼』
と頭をペコリと下げる。
「いったいいつからいたんです?」
ヴィルザとのヤリトリを聞かれていたんじゃないか、と思って不安になった。ヴィルザの声は誰にも聞こえないが、ケネスが1人でブツブツ呟いていたのは、聞かれているかもしれない。
《通話》だと思ってくれれば良いけれど――。
『今、来たとこ』
「そうですか」
『生徒会。入ってくれたら、そのお礼に、魔術実践学の期末テストに協力してやっても良い』
クロノは羽根ペンでカリカリと文字をつづってゆく。
ケネスは、クロノのことが好きだ。恋愛的な意味ではなくて、人として好感が持てる。常人にはない静けさを持っているからだ。しゃべるときも筆談で、ひとつひとつの挙措から発せられる物音も、トテモ静かだ。時間が止まったような錯覚をおぼえる。
「生徒会ですか……」
『ケネスのチカラが必要。この学院には、王国のスパイがうじゃうじゃいるはずだから』
「でも、期末テストが近いんですよ。生徒会の活動なんかに専念できませんよ」
『テスト終わってからでも良い』
「しかしですねぇ……」
いまはスライムの手でも借りたいところなので、クロノの申し出はありがたい。だが、生徒会には、あのサマルがいる。なぜかはわからないが、ケネスのことを嫌っているようだった。
そのことを話すと、
『大丈夫。サマルには納得させる』
「それなら、生徒会に入っても良いですけど……。言っときますけど、見ての通りオレは風紀は守れないかもしれませんよ」
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