《完結》異世界最強の魔神が見えるのはオレだけのようなので、Fランク冒険者だけど魔神のチカラを借りて無双します。
第3-26話「亀裂」
「ヴィルザ」
「なんじゃ」
「どうして、ロールを殺した?」
ロールは王国軍に殺されたのではない。ケネスの魔法陣を通して、ヴィルザが殺したのだ。それは実質、ケネスが殺したも同然だった。
ロールの屍のかたわらに座り込んで、ケネスはモクモクと煙草のケムリを吸いこんでいた。龍の葉でできた煙草は、ケネスの肺に活力を注ぎ込んできた。生きろよ――とロールに言われているようだった。
「その女は、ケネスに色目をつかっておった。色目どころか、好きだと言っておったではないか」
「だから、殺したのか」
「なんじゃ、怒っておるのか?」
「怒るだろ。オレの幼馴染なんだぜ」
「だから殺した。ケネスは私のものだ。私だけのものだ。コゾウには私がいれば充分であろう。他の女など、邪魔でしかない」
悪びれずに言う。
悪いことをしたという自覚がないのかもしれない。この魔神は、もともと人を殺すことにたいする罪悪感が欠落しているのだ。怒鳴りたいところだが、グッとそれを押し殺した。他にも尋ねたいことがあったのだ。
「もうひとつ尋ねるが」
「なんだ?」
ヴィルザはケネスの周囲をふわふわと浮かんで、煙草から立ち上るケムリを、無邪気に追いかけまわしていた。
「これは、なんだ?」
左手は煙草を支えているケネスの手だった。右手はだが、呪いでもかけられたように、赤黒く変色していた。痛くはない。カユくもない。色だけが変わってしまっている。それに、自分のものではない特殊な魔力を感じた。
はじめてヴィルザの表情に、動揺が見受けられた。
「それは……その、私はケネスのことを守ろうとしてな。ほれ。王国軍がケネスのことを殺そうとしてきたであろう。だから……な?」
「だから、なんだ?」
「……」
ヴィルザは下唇を噛みしめると、目をそらした。
「オレの肉体を、奪おうとしたな? 絶望に夢中になってるあいだが、チャンスだと思ったか?」
なんとなく、わかってしまった。
ヴィルザは、ついにケネスを介しているだけじゃ物足りなくなってきたのだ。肉体を奪おうとしてきたのだ。
この右手にヴィルザの魔力が宿っているのを感じる。
「ち、違うぞ。奪うとか、そういうのではなくて、チョット肉体を借りようとしただけで」
「はぁ」
ケムリとともに、ため息を吐きだした。
「わ、悪かった! それに関しては謝るッ。気の迷いがあったんじゃ。コゾウの肉体を奪えば、私は孤独じゃなくなる。そのカラダを使って、自在に動くことができれば、殺戮を楽しむことができる。であろう?」
その場逃れの謝罪には見えなかった。ホントウに申し訳なさそうに、ヴィルザはケネスの前で土下座していた。
「前から、気になってたんだが」
「うん?」
「現実に出て来られたとしても、人を殺しまくっていたら、孤独じゃないのか?」
「違う。それは違うぞ」
出会ったヤツを片っ端から殺していたら、孤独と同じことだろうと思う。
「どう違うんだ?」
「恨まれ、憎悪される。憎悪されることで、私は人とつながりを持てる」
たしかにそうかもしれない。
だが、それはあまりに哀しい理屈だ。
「そんなにガンバって人を殺すことに、何か理由でもあるのか? 戦う理由が」
ケネスの心の奥は、いつもサラッとした水のように穏やかだった。貶されたり、笑われたりしても、それはその場かぎりの、疎ましさや恨めしさとなって風化していった。
でも、今は違う。
あんなにも澄み切っていた心の奥には、いまや漆黒の炎が燃え上がっていた。その炎の名は、憎悪。触れると思わず、手を引っ込めてしまうような熱を持っている。ケリュアル王国に、故郷を奪われた。両親を殺された。それが、着火物となった。戦う、理由を見つけてしまった。この感情と似たようなものが、ヴィルザのなかにもあるのだろうかと思った。
しかし。
「ない」
と、ヴィルザは言いきった。
「り、理由がないのに、人を殺すのか」
「私の名を、言ってみよ」
急に重々しい、威厳さえ感じられる口調となって、ヴィルザは尋ねてきた。
「は?」
「私の名。言ってみよ」
「ヴィルザだろ。魔神ヴィルザハード」
もう何度も、聞いた名だ。
「不条理に、理由もなく、人を殺し、殺戮を楽しむからこその、魔神。何か理由があって、人を襲っているのならば、それはただの人じゃ。理由がないから、魔神なのであろうが」
「この大悪党め」
「ありがとう」
ずっとここまで旅をしてきた情けが、ケネスとヴィルザのあいだには、まとわりついていた。助けてくれた。愛の出来そこないみたいな感情で、仲良くやってきた。
けれど、これからは――。
「絶交だ」
「え?」
「今日で終わりにしよう。オレと、お前の関係は」
「な、なに? どういう意味だ?」
ユックリと煙草を吸う。ケムリを肺腑へ送り込み、心臓から吐き出す。心臓で、憎悪の炎が黒く燃えている。これは、その炎があげるケムリだ。
「だからさ。悪いけど、別のヤツのところに行ってくれ。オレはもう、お前と口もききたくないんだよ」
ケネスはユックリと立ち上がった。
許せるはずがない。
幼馴染を殺した。村人だって手にかけた。無邪気だったのかもしれない。でも、ケネスのカラダまで乗っ取ろうとしてきた。
右手は今も、うずく。赤黒く変色している。でも、この右手は傍からみれば普通なのだろう。《可視化》のスキルで見たときにだけ、変色して見える。ヴィルザの名残だからかもしれない。
歩みを進める。
死体を踏みわけてゆく。
「どこへ行く?」
「……」
ヘッケラン・バートリーを連れて行かれた。それに、故郷を潰された礼をしに行かなくちゃいけない。
ソルト率いるケリュアル王国軍の、後を追いかけるつもりだった。
「なんじゃ」
「どうして、ロールを殺した?」
ロールは王国軍に殺されたのではない。ケネスの魔法陣を通して、ヴィルザが殺したのだ。それは実質、ケネスが殺したも同然だった。
ロールの屍のかたわらに座り込んで、ケネスはモクモクと煙草のケムリを吸いこんでいた。龍の葉でできた煙草は、ケネスの肺に活力を注ぎ込んできた。生きろよ――とロールに言われているようだった。
「その女は、ケネスに色目をつかっておった。色目どころか、好きだと言っておったではないか」
「だから、殺したのか」
「なんじゃ、怒っておるのか?」
「怒るだろ。オレの幼馴染なんだぜ」
「だから殺した。ケネスは私のものだ。私だけのものだ。コゾウには私がいれば充分であろう。他の女など、邪魔でしかない」
悪びれずに言う。
悪いことをしたという自覚がないのかもしれない。この魔神は、もともと人を殺すことにたいする罪悪感が欠落しているのだ。怒鳴りたいところだが、グッとそれを押し殺した。他にも尋ねたいことがあったのだ。
「もうひとつ尋ねるが」
「なんだ?」
ヴィルザはケネスの周囲をふわふわと浮かんで、煙草から立ち上るケムリを、無邪気に追いかけまわしていた。
「これは、なんだ?」
左手は煙草を支えているケネスの手だった。右手はだが、呪いでもかけられたように、赤黒く変色していた。痛くはない。カユくもない。色だけが変わってしまっている。それに、自分のものではない特殊な魔力を感じた。
はじめてヴィルザの表情に、動揺が見受けられた。
「それは……その、私はケネスのことを守ろうとしてな。ほれ。王国軍がケネスのことを殺そうとしてきたであろう。だから……な?」
「だから、なんだ?」
「……」
ヴィルザは下唇を噛みしめると、目をそらした。
「オレの肉体を、奪おうとしたな? 絶望に夢中になってるあいだが、チャンスだと思ったか?」
なんとなく、わかってしまった。
ヴィルザは、ついにケネスを介しているだけじゃ物足りなくなってきたのだ。肉体を奪おうとしてきたのだ。
この右手にヴィルザの魔力が宿っているのを感じる。
「ち、違うぞ。奪うとか、そういうのではなくて、チョット肉体を借りようとしただけで」
「はぁ」
ケムリとともに、ため息を吐きだした。
「わ、悪かった! それに関しては謝るッ。気の迷いがあったんじゃ。コゾウの肉体を奪えば、私は孤独じゃなくなる。そのカラダを使って、自在に動くことができれば、殺戮を楽しむことができる。であろう?」
その場逃れの謝罪には見えなかった。ホントウに申し訳なさそうに、ヴィルザはケネスの前で土下座していた。
「前から、気になってたんだが」
「うん?」
「現実に出て来られたとしても、人を殺しまくっていたら、孤独じゃないのか?」
「違う。それは違うぞ」
出会ったヤツを片っ端から殺していたら、孤独と同じことだろうと思う。
「どう違うんだ?」
「恨まれ、憎悪される。憎悪されることで、私は人とつながりを持てる」
たしかにそうかもしれない。
だが、それはあまりに哀しい理屈だ。
「そんなにガンバって人を殺すことに、何か理由でもあるのか? 戦う理由が」
ケネスの心の奥は、いつもサラッとした水のように穏やかだった。貶されたり、笑われたりしても、それはその場かぎりの、疎ましさや恨めしさとなって風化していった。
でも、今は違う。
あんなにも澄み切っていた心の奥には、いまや漆黒の炎が燃え上がっていた。その炎の名は、憎悪。触れると思わず、手を引っ込めてしまうような熱を持っている。ケリュアル王国に、故郷を奪われた。両親を殺された。それが、着火物となった。戦う、理由を見つけてしまった。この感情と似たようなものが、ヴィルザのなかにもあるのだろうかと思った。
しかし。
「ない」
と、ヴィルザは言いきった。
「り、理由がないのに、人を殺すのか」
「私の名を、言ってみよ」
急に重々しい、威厳さえ感じられる口調となって、ヴィルザは尋ねてきた。
「は?」
「私の名。言ってみよ」
「ヴィルザだろ。魔神ヴィルザハード」
もう何度も、聞いた名だ。
「不条理に、理由もなく、人を殺し、殺戮を楽しむからこその、魔神。何か理由があって、人を襲っているのならば、それはただの人じゃ。理由がないから、魔神なのであろうが」
「この大悪党め」
「ありがとう」
ずっとここまで旅をしてきた情けが、ケネスとヴィルザのあいだには、まとわりついていた。助けてくれた。愛の出来そこないみたいな感情で、仲良くやってきた。
けれど、これからは――。
「絶交だ」
「え?」
「今日で終わりにしよう。オレと、お前の関係は」
「な、なに? どういう意味だ?」
ユックリと煙草を吸う。ケムリを肺腑へ送り込み、心臓から吐き出す。心臓で、憎悪の炎が黒く燃えている。これは、その炎があげるケムリだ。
「だからさ。悪いけど、別のヤツのところに行ってくれ。オレはもう、お前と口もききたくないんだよ」
ケネスはユックリと立ち上がった。
許せるはずがない。
幼馴染を殺した。村人だって手にかけた。無邪気だったのかもしれない。でも、ケネスのカラダまで乗っ取ろうとしてきた。
右手は今も、うずく。赤黒く変色している。でも、この右手は傍からみれば普通なのだろう。《可視化》のスキルで見たときにだけ、変色して見える。ヴィルザの名残だからかもしれない。
歩みを進める。
死体を踏みわけてゆく。
「どこへ行く?」
「……」
ヘッケラン・バートリーを連れて行かれた。それに、故郷を潰された礼をしに行かなくちゃいけない。
ソルト率いるケリュアル王国軍の、後を追いかけるつもりだった。
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