《完結》異世界最強の魔神が見えるのはオレだけのようなので、Fランク冒険者だけど魔神のチカラを借りて無双します。
第3-25話「ロールの宝物」
ケネスの意識は暗闇のなかにあった。
故郷が壊されていたこと。両親が殺されたことが、意識に緞帳をおろしていた。
そしてなにより……。
どうしてもう1日はやく、家に帰らなかったのか。両親に会おうとしなかったのかという悔恨があった。そんなケネスの傷を癒すように、ヴィルザはずっとケネスのことを抱いてくれていた。そのつつましい乳房で、ケネスの頭を抱き寄せてくれていた。ヴィルザのカラダ。あたたかい。
「私の可愛いケネスよ。もう少し魔法陣を展開したままでいろよ。そうすれば、悲しくなくなるからな」
「うん」
何も考えずに、ヴィルザにすがっていた。
そんな意識の暗闇に、注ぎ落ちてくる声があった。
「やっぱり悪い女に騙されてやがったのか」
周囲を見渡しても、暗闇ばかり。目の前にヴィルザの紅色の髪が揺れるばかりで、何も見えはしなかった。
「トンデモナイ性悪女にとりつかれてやがる。ケネスはヘッピリ腰だから、すぐ女につけ入られるんだよ」
「この声……」
ロールの声だ。
もともと楽器を奏でるような声だったのに、煙草を吸うようになったからか、大人になったのか、ちょっとガラガラっとしてる幼馴染の声だ。
「そろそろ目を覚ませよ。いつまで寝てんだ」
額。
何か熱いものを押し付けられた。
煙草の熱だとわかった。
その感触で、ケネスの意識は現実に戻ってきた。依然として火に包まれたシュネイの村にいた。周囲一帯が死体で埋まっていた。血と肉と骨の大地と化していた。ケネス自身ももはや原形のない肉片の上に立っていた。
ケネスは魔法陣を展開していた。その魔法陣からは真っ赤な腕が伸びていた。そしてその腕がつかんでいるのは、ロールのカラダだった。
「な……っ」
言葉を失った。
真っ赤な巨木のような腕が……ロールを握りこんでいる。見間違いではない。しかもその腕は、ケネスの魔方陣から伸びている。その景色を理解するのに、しばらくの間を要した。
「なんだよ、これッ!」
あわてて魔法陣をしまう。それに合わせてふしくれだっていた腕は、ずずーっと吸い込まれるようにして、魔法陣のなかに戻って行った。
ボトッ
巨大な手がにぎっていたものを、地面に落とした。ロールの肉体だった。腕や足が変な方向に曲がっている。ケネスはチカラの入らないカラダで、ロールにすり寄った。辺り一帯に死肉が散乱しており、ブヨブヨとした感触が、這いずっている際に伝わってきた。
「よォ。やっと目が覚めたのかよ。ッたく、頭がイカれちまったのかと思ったぜ」
瀕死のロールはかすれる声でそう言った。
虫の息だ。
「なんだ? いったい何がどうなったんだ?」
「なんにも覚えてねェのかよ?」
「わからない」
ダンジョンに潜っていて、村に戻ってきた。村は王国軍に襲われていて、大変なことになっていた。両親も殺された。そして、王国軍に殺されそうになって……そのあたりから、ハッキリしない。
「ケネスが、王国軍を追い返したんだ。あいつらケネスの魔法にビビり散らかしてやがったぜ」
「オレの魔法?」
魔法なんか、使った覚えもない。
「いや。ケネスの魔法じゃねェーな。ありゃ、ケネスの中にいる、変なバケモノの魔法だった」
「ヴィルザのことか」
「ヴィルザってのか。お前に付いてる女の名前」
「ヴィルザが見えるのか?」
「なぁんにも見えやしないよ。けれど、お前が出してた魔法陣から、腕が跳び出してるのは見えてたからな。女だろ。ケネスから臭ってる女の臭いと、同じ臭いがしやがった」
「たしかに、ヴィルザは女だけど」
「その女に騙されんじゃねェぞ。トンデモナイ性悪女だ。王国軍を追い返して、逃げ遅れた王国軍や、村の連中も見境なしに殺しはじめた。私もこのザマだ」
へっ、とロールは笑った。
「か、回復薬があったはずだ。チョット待ってて」
ダンジョンに潜るさいに持ち込んだはずだ。どこかで落としたのか、身につけてはいなかった。
すぐに探し出そうと思ったのだが、ロールは生きているほうの腕で、ケネスの手をつかんできた。
「よせ。見りゃわかんだろ。回復薬なんかで、治るかよ」
「でも……」
冷静に考えればわかることだ。癒術だって治りそうにない。生きているのが不思議なぐらいだ。
「回復薬なんかより、煙草を吸わせろ。最後の一服だ」
「うん」
失われようとしている命が、目の前にあるのに、ケネスにはどうしようもなかった。混乱とか、悲懐とかがあったけれど、不思議と穏やかなロールの雰囲気に惹きつけられていた。カラダがグチャグチャになっているのにロールの顔は、清々しくて、かつてケネスが村を出て行く前の、清らかな彼女が戻って来ていた。
「私の右のポケットのなかに、シケモクが入ってやがる。それを、くわえさせてくれ」
「吸いがらで良いのか?」
「大事な、吸いがら、なんだよ。私の、宝物」
探ると、たしかにもう小さくなってしまった、吸いがらがあった。もう短くなってしまった煙草を、ロールは思い出を慈しむように口にくわえた。
「がんばれよ。私の小っちゃい勇者」
「火はいらないのか?」
「……」
もう、死んでいた。
穏やかな顔をして、ロールは息をひきとっていた。それを見て、ケネスは頬に涙がつたうのを感じた。
魔神に食われそうになっているケネスのことを、こっちに連れ戻してくれた。命をかけて連れ戻してくれた。そんなロールのことを殺してしまったのは王国軍なんかじゃなくて、ケネス自身なのだった。
ロールの懐をあさると、まだ新しい煙草が残っていた。左手の人さし指と中指でつまみあげる。口にくわえる。右手で魔法陣を発して、小さな火を灯す。ポッと命の灯火みたいに、煙草の先端が光る。ケムリがユラユラ悲しそうにたちのぼる。吸う。苦い。悲劇の味がした。
「うわぁぁぁぁぁぁ――ッ」
故郷が壊されていたこと。両親が殺されたことが、意識に緞帳をおろしていた。
そしてなにより……。
どうしてもう1日はやく、家に帰らなかったのか。両親に会おうとしなかったのかという悔恨があった。そんなケネスの傷を癒すように、ヴィルザはずっとケネスのことを抱いてくれていた。そのつつましい乳房で、ケネスの頭を抱き寄せてくれていた。ヴィルザのカラダ。あたたかい。
「私の可愛いケネスよ。もう少し魔法陣を展開したままでいろよ。そうすれば、悲しくなくなるからな」
「うん」
何も考えずに、ヴィルザにすがっていた。
そんな意識の暗闇に、注ぎ落ちてくる声があった。
「やっぱり悪い女に騙されてやがったのか」
周囲を見渡しても、暗闇ばかり。目の前にヴィルザの紅色の髪が揺れるばかりで、何も見えはしなかった。
「トンデモナイ性悪女にとりつかれてやがる。ケネスはヘッピリ腰だから、すぐ女につけ入られるんだよ」
「この声……」
ロールの声だ。
もともと楽器を奏でるような声だったのに、煙草を吸うようになったからか、大人になったのか、ちょっとガラガラっとしてる幼馴染の声だ。
「そろそろ目を覚ませよ。いつまで寝てんだ」
額。
何か熱いものを押し付けられた。
煙草の熱だとわかった。
その感触で、ケネスの意識は現実に戻ってきた。依然として火に包まれたシュネイの村にいた。周囲一帯が死体で埋まっていた。血と肉と骨の大地と化していた。ケネス自身ももはや原形のない肉片の上に立っていた。
ケネスは魔法陣を展開していた。その魔法陣からは真っ赤な腕が伸びていた。そしてその腕がつかんでいるのは、ロールのカラダだった。
「な……っ」
言葉を失った。
真っ赤な巨木のような腕が……ロールを握りこんでいる。見間違いではない。しかもその腕は、ケネスの魔方陣から伸びている。その景色を理解するのに、しばらくの間を要した。
「なんだよ、これッ!」
あわてて魔法陣をしまう。それに合わせてふしくれだっていた腕は、ずずーっと吸い込まれるようにして、魔法陣のなかに戻って行った。
ボトッ
巨大な手がにぎっていたものを、地面に落とした。ロールの肉体だった。腕や足が変な方向に曲がっている。ケネスはチカラの入らないカラダで、ロールにすり寄った。辺り一帯に死肉が散乱しており、ブヨブヨとした感触が、這いずっている際に伝わってきた。
「よォ。やっと目が覚めたのかよ。ッたく、頭がイカれちまったのかと思ったぜ」
瀕死のロールはかすれる声でそう言った。
虫の息だ。
「なんだ? いったい何がどうなったんだ?」
「なんにも覚えてねェのかよ?」
「わからない」
ダンジョンに潜っていて、村に戻ってきた。村は王国軍に襲われていて、大変なことになっていた。両親も殺された。そして、王国軍に殺されそうになって……そのあたりから、ハッキリしない。
「ケネスが、王国軍を追い返したんだ。あいつらケネスの魔法にビビり散らかしてやがったぜ」
「オレの魔法?」
魔法なんか、使った覚えもない。
「いや。ケネスの魔法じゃねェーな。ありゃ、ケネスの中にいる、変なバケモノの魔法だった」
「ヴィルザのことか」
「ヴィルザってのか。お前に付いてる女の名前」
「ヴィルザが見えるのか?」
「なぁんにも見えやしないよ。けれど、お前が出してた魔法陣から、腕が跳び出してるのは見えてたからな。女だろ。ケネスから臭ってる女の臭いと、同じ臭いがしやがった」
「たしかに、ヴィルザは女だけど」
「その女に騙されんじゃねェぞ。トンデモナイ性悪女だ。王国軍を追い返して、逃げ遅れた王国軍や、村の連中も見境なしに殺しはじめた。私もこのザマだ」
へっ、とロールは笑った。
「か、回復薬があったはずだ。チョット待ってて」
ダンジョンに潜るさいに持ち込んだはずだ。どこかで落としたのか、身につけてはいなかった。
すぐに探し出そうと思ったのだが、ロールは生きているほうの腕で、ケネスの手をつかんできた。
「よせ。見りゃわかんだろ。回復薬なんかで、治るかよ」
「でも……」
冷静に考えればわかることだ。癒術だって治りそうにない。生きているのが不思議なぐらいだ。
「回復薬なんかより、煙草を吸わせろ。最後の一服だ」
「うん」
失われようとしている命が、目の前にあるのに、ケネスにはどうしようもなかった。混乱とか、悲懐とかがあったけれど、不思議と穏やかなロールの雰囲気に惹きつけられていた。カラダがグチャグチャになっているのにロールの顔は、清々しくて、かつてケネスが村を出て行く前の、清らかな彼女が戻って来ていた。
「私の右のポケットのなかに、シケモクが入ってやがる。それを、くわえさせてくれ」
「吸いがらで良いのか?」
「大事な、吸いがら、なんだよ。私の、宝物」
探ると、たしかにもう小さくなってしまった、吸いがらがあった。もう短くなってしまった煙草を、ロールは思い出を慈しむように口にくわえた。
「がんばれよ。私の小っちゃい勇者」
「火はいらないのか?」
「……」
もう、死んでいた。
穏やかな顔をして、ロールは息をひきとっていた。それを見て、ケネスは頬に涙がつたうのを感じた。
魔神に食われそうになっているケネスのことを、こっちに連れ戻してくれた。命をかけて連れ戻してくれた。そんなロールのことを殺してしまったのは王国軍なんかじゃなくて、ケネス自身なのだった。
ロールの懐をあさると、まだ新しい煙草が残っていた。左手の人さし指と中指でつまみあげる。口にくわえる。右手で魔法陣を発して、小さな火を灯す。ポッと命の灯火みたいに、煙草の先端が光る。ケムリがユラユラ悲しそうにたちのぼる。吸う。苦い。悲劇の味がした。
「うわぁぁぁぁぁぁ――ッ」
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