《完結》異世界最強の魔神が見えるのはオレだけのようなので、Fランク冒険者だけど魔神のチカラを借りて無双します。

執筆用bot E-021番 

第3-9話「ロールの告白」

 村からそう離れていない、丘のふもとに、白いテントがいくつも張られている場所があった。テントはキノコみたく頭をふくらませて、夜風を受けてはやわらかくなびいていた。



 天幕のひとつで、ケネスたちは夕食を振る舞われた。野草の煮物や、キノコのスープなどが振る舞われた。ここ最近、ケネスは学院の決まりきった物ばかり食べている。果物とか、ハンバーガーとか、それはそれで美味しいし、満足はしている。でも、野営地で出される料理には、非日常の味がして美味しかった。ケネスとロビンとロール。それからバートリーと、その付き人たちと食事をとった。その輪を、天幕の天井からつるされたカンテラが、ホワホワと照らしていた。



 ロビンはしきりに、バートリーに話しかけていた。バートリーは美しい女性だったし、田舎にはない品格があった。ロビンがそのバートリーの品性に惹きつけられているのは、傍から見ていても明らかだった。



 バートリーはロビンの話を適当にいなしながら、身動ぎしている。ケネスと二人きりになりたくって仕方がない――という心が丸わかりで、ケネスはケネスで居たたまれなかった。



 ロールはロールでずっと不機嫌そうに、スプーンをかじっていた。



「バートリーさんは、どうしてこんな田舎村においでになられたのですか」



「この辺りは、国境が近いのです。ケリュアル王国軍が国境を越えてくるかもしれないということで、その警備の増援にやって来たのです。特にこの村には、何があっても被害を出さないようにと、ガルシア魔法長官からの命令がありまして」



 そう言うと、バートリーはチラリと、ケネスに視線をおくってくる。



 なるほど。
 ガルシアさんが、ケネスに気をきかせてくれたのだろう。ガルシアもまた、魔神の魅力にとり憑かれている。



「心配はいりませんよ。この村にはオレがいますからね。こう見えてもオレはEランク冒険者で、ケネスよりもひとつ上ですからね。ケネスなんか1人で帝都に行ったくせに、まだFランクなんですよ。笑っちゃうでしょう」



 と、ケネスを貶して、自分の評価をあげようとロビンは必死のようだ。バートリーは相変わらずの無表情だ。



「ッたく、聞いてられねぇ」



 ひとりボソッと呟くと、ロールは天幕を出て行った。バートリーには申し訳ないが、もう少しロビンの相手をしていてもらうことにした。ケネスはコッソリとロールを追いかけた。



 ロールは煙草をくわえたまま、火打金で火種を作ろうと躍起になっていた。暗いのでうまくいかないようだ。ケネスは《ライト》の魔法を発した。指先の魔法陣から、小さな火がともる。それをロールの煙草の先に当てた。



「サンキュ」
「いや。これぐらいなんてことないよ」



「魔法。使えるようになったんだな。さすが魔術学院の生徒さまだ」



 ロールは煙草のケムリを、ケネスに吹き付けてきた。その香ばしいとも、臭いとも判じかねる臭いにケネスはむせた。



「そんな言い方よせよ。ただの生徒だ」



「ロビンのヤツ。バートリーって女を見たら、一発で惚れちまいやがった。見てて恥ずかしくなってくるぜ。バートリーの気を惹こうと、ペラペラ軽い舌を必死に回してやがんの」



 くくっ、とロールは暗く笑う。
 闇の中で、煙草の先が、虫の心臓みたいに脈動していた。



「ロビンはでも、良い男だ。カッコウ良いし」



「でも、バートリーって女も、ただのメスだよ。同じ女が見てりゃわかる。ロビンのことなんて、チッとも気にしちゃいない。ケネスと2人になりたくて、ウズウズしてやがる」



 あさましい――と、ロールは吐き捨てた。



「そんな言い方はよせって。バートリーさんは、帝国魔術部隊の副長官なんだ。悪口言ってたら、良くないよ」



 処罰までとはいかなくとも、ここにいるのはその部下たちだろう。厭な印象をあたえることになる。



「覚悟はしてたよ」
「え?」



 岩場があった。ロールはそこに腰かけて、足をくんでいた。ケネスもその隣に座った。涼をはらんだ夜のなかに、ロールの体温がまじっているのを感じた。空を見上げると、今日は3つの月が浮かんでいた。



「帝都って言えば、こんな田舎村よりキラキラしてるんだろ。バートリーを見りゃわかる。品性が違うもんな。上品な女だ。あんな女がイッパイいるんだろ。チヤホヤされてきたのかよ」



「チヤホヤなんてされてないよ」



「良いじゃないか。ウソ吐くなよ。久しぶりにケネスを見て、私はすぐに気づいたよ。あんた、気づいちゃないだろ?」



「何に?」
 ロールはケネスの顔を覗きこんできた。



「あんた、女の臭いがする」
「え……」



 着ていた外套の襟を引っ張って、臭いをかいでみた。何も感じない。自分のカラダの臭いがしただけだ。



「女には、わかるんだよ。しかも、ケネスからするのは、トビッキリ悪女の臭いだ。あんた、たぶらかされてるよ。女と遊びまくってたんだろ。卑らしい」



 そんなこと言われても、女遊びなんてしたこともない。



 せいぜい《可視化》を使って、女性の下着を見ていたぐらいだ。ケネスに付きまとってる女と言えば、1人しかいない。



 後ろ――。
 ケネスとロールを見下ろすようにして、ヴィルザがニオウダチになっている。まるでこの男女の組み合わせが、相応しいかそうでないかを審判するかのように、険しい表情をしている。



「そんなんじゃ……ないよ」



 女がずっと、傍にいる。
 そのロールの勘は間違えていない。だから、ケネスも強くは否定できなかった。



「ぐすっ」
 と、ロールは鼻をすすっていた。寒いのかと思った。泣いているのだった。人差し指と中指のあいだにはさまれた煙草が、悲しげにケムリを発していた。



「どうしたんだよ?」
 女の涙に、ケネスは焦った。



「私も、あさましいよなァ。ケネスにはもう彼女がいる――ってわかってるんだ。私の立ち入る余裕なんてないんだって。でも、私はまだあんたのことが好きなんだよ」



「え……」



「2年前だっけ。もう少し前か。ケネスがシュネイの村から消えた。帝都に行っただろ。置いてかれたと思った。ホントウは、連れて行って欲しかった。ショックだったよ」



「ゴメン。でも、連れて行くなんて、そんなこと出来ないだろ」



 まだ子供だった。
 今でもまだ、子供だ。



「わかってるよ。わかってるけど、ショックだったんだ」



「ゴメン」
 謝ることしか出来なかった。



 当時のケネスは、ロールに惚れていた。可憐な少女に魅了されていた。そのロールの告白を受けていたのが、過去のケネスだったら、その手を取って告白し返していたかもしれない。



 でも――。
 今は、そこまで熱がなかった。



 久しぶりに会った幼馴染は、ずいぶんと雰囲気が変わっていたし、今では恋のことしか考えられない青年じゃなくなっていた。



 ヴィルザのこともあるし、ガルシアとの約束もある。恋のことだけ考えていれば良いという立場ではないのだ。



「悪りぃな。シンミリしちゃってさ。戻ろうぜ。バートリーに、ロビンの相手をさせてるのも申し訳ないしさ」



 アッケカランとした調子で、ロールはそう言った。たった今まで、しんみりとした話をしていたと思えない乾燥だった。何もかも忘れたように、ロールは天幕に戻っていった。



「女を振ったな。私は、こうしてコゾウの成長を見て行くことになる。それはそれで面白い。女に恋したり、振ったり、振られたりして。またひとつ、前へ、前へ――な」



 小さな保護者が、歌うように囁いていた。

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