《完結》異世界最強の魔神が見えるのはオレだけのようなので、Fランク冒険者だけど魔神のチカラを借りて無双します。
第2-29話「ヨナの見た悪夢」
「はーははははッ。ついに、ついに手に入れた!」
ヨナは腹の底から笑い声をあげた。この世界に8つしかないと言われている《神の遺物》。
《神の遺物》についてはいろいろとウワサがあるけれど、ひとつだけ確実なことは、人間の手に入れて良いものじゃない――ってこと。天が地となり、右が左となってしまうようなチカラだ。
不利だった盤面もいっきにひっくり返った気分だ。
「形勢逆転だな。謎の騎士め」
正面に立っている騎士に杖先を向けた。いったいどこから何をしに現れた騎士なのか、よくわからない。顔をヘルムで隠してしまっている。サイズが合っていないから、見ていて滑稽だ。滑稽なのだが、怖ろしく強い。騎士の中身は、この魔術学院長であるアド・ブルンダかとも思ったが、それにしてはカラダが小さいようにも思う。
それに――。
ブルンダとはまた別種のものを感じる。見ていると、その滑稽な騎士の中に、異様なモンスターが息を潜めているような感覚におちいるのだ。マディシャンの杖を手に入れてもなお、その素性のわからぬものに恐怖する感覚は払拭されなかった。しかし、負けるはずがない。杖から魔力がカラダに送り込まれてくるのがわかる。チカラを振るいたくて仕方がなかった。
「水系最上位魔法。《絶対零度》」
本来ヨナ自身のチカラでは、発することのできない魔法だった。はるか、高みにある魔法だ。
石造りの廊下には、いまだ黒い炎が燃えていた。しかし、その廊下をすべて凍らせてしまった。ロレンスも黒い騎士も氷漬けになっている。
「すごい……。これが、神のチカラ……」
杖のチカラに惚れ惚れした。
ヨナは戦災孤児だった。長きにわたる帝国との戦争によって、両親を失うことになった。王国騎士として志願した。王国は各国の領主が騎士を保有しており、ヨナも生まれの国の領主に仕えることになった。
武芸も魔法も秀でた点のなかったヨナだったが、情報を収集することには長けていた。諜報員として仕立て上げられることになった。まだ子供だからこそ諜報員として、周囲からの疑念を買うこともなく活動できることもあった。それに、ヨナの外見からは、少年としても少女としても動くことができた。そんなヨナに与えられた任務が、マディシャンの杖を手に入れることだった。
そして今――。
その杖を手に入れたのだ。
両親を殺した帝国は、ヨナにとっても敵だった。なるべく目立たぬように学院内では過ごしてきたつもりだが、帝国への憎しみを隠せないこともあった。
とくに帝国魔法長官の弟であるロレンスにたいしては、憎悪を隠しきれなかった。個人的に何か恨みがあるわけではないのだが、帝国の中枢に近い人間だと思うと、敵視してしまうのだった。
ロレンスは、そんなヨナの存在に違和感を覚えたのだろう。いがみ合うことが多かった。ヨナは目立ちたくなかったので、やり返すことをしなかった。そのせいで、一方的にやられているように見られていたのかもしれない。
杖を手に入れて、神のチカラを振るい、悦に浸っていた。
しかし。
パキッ。
と、そのヨナの陶酔を破る音が響いた。漆黒の騎士を覆っている氷に亀裂が入っていた。ピキッ。パキッ。亀裂はどんどん大きくなってゆく。そしてついに、漆黒の騎士を封じていた氷が砕けた。
勝利の陶酔がいっきに醒めた。
「バ、バカなッ。《絶対零度》から抜け出すなんて!」
ありえない。
マディシャンの杖を使っての魔法だったのだ。すなわち、神のチカラによる魔法だったのだ。それを防ぐということは、かつての8大神と対等と言えるほどの魔力があるということになる。
……ミシッ。
氷漬けになった騎士が、カラダについた氷片を払いのけながら、踏みしめるようにして歩み寄ってくる。その1歩に異様に迫力があった。
「く、来るな! 何者だ。貴様! ブルンダ学院長か? それともハグル教諭か? 顔を見せろッ」
マディシャンの杖。8大神に匹敵するほどの魔力の持ち主が、この学校にいるとは思えない。
そもそも、たかが魔術学院の教諭ごときが、神と対等になれるわけがないのだ。
何かの間違いだ。
そう思ってもう一度、もう二度――《絶対零度》の魔法を放つ。マディシャンの杖は、ヨナに無限の魔力を与えてくれる。そのたびに周囲一帯を氷漬けにするのだが、漆黒の騎士はひるむ様子すらない。
「なんだ? なんなんだ……」
悪夢を見ているかのようだ。
「火系最上位魔法。《溶解》」
漆黒の騎士が魔法陣から魔法を放った。周囲の氷が一瞬で蒸発してゆき、水蒸気につつまれることになった。あまつさえ、煮えたぎるマグマが津波のようにヨナに押し寄せてくる。さっきの黒い炎は、水の魔法で打ち消すことができた。これは、ダメだ。いかなる魔法をもってしても、抗うことはできない。そう察した。
「ひッ」
押し寄せるヘドロに、マディシャンの杖先が浸かってしまった。木でできた杖はたちまち燃え移ってしまう。
「杖が……杖がッ……!」
どんどん燃えてゆく。熱くて持っていられなくなった。世界に8つしかないと言われている《神の遺物》が、灰塵と化して煮えたぎるマグマのなかに散っていった。
マグマは、人の手をかたどって顕現していた。 マグマの手が、ヨナに襲いかかってきた。
「うわぁぁぁッ」
これは、きっと、悪夢だ。
ヨナは腹の底から笑い声をあげた。この世界に8つしかないと言われている《神の遺物》。
《神の遺物》についてはいろいろとウワサがあるけれど、ひとつだけ確実なことは、人間の手に入れて良いものじゃない――ってこと。天が地となり、右が左となってしまうようなチカラだ。
不利だった盤面もいっきにひっくり返った気分だ。
「形勢逆転だな。謎の騎士め」
正面に立っている騎士に杖先を向けた。いったいどこから何をしに現れた騎士なのか、よくわからない。顔をヘルムで隠してしまっている。サイズが合っていないから、見ていて滑稽だ。滑稽なのだが、怖ろしく強い。騎士の中身は、この魔術学院長であるアド・ブルンダかとも思ったが、それにしてはカラダが小さいようにも思う。
それに――。
ブルンダとはまた別種のものを感じる。見ていると、その滑稽な騎士の中に、異様なモンスターが息を潜めているような感覚におちいるのだ。マディシャンの杖を手に入れてもなお、その素性のわからぬものに恐怖する感覚は払拭されなかった。しかし、負けるはずがない。杖から魔力がカラダに送り込まれてくるのがわかる。チカラを振るいたくて仕方がなかった。
「水系最上位魔法。《絶対零度》」
本来ヨナ自身のチカラでは、発することのできない魔法だった。はるか、高みにある魔法だ。
石造りの廊下には、いまだ黒い炎が燃えていた。しかし、その廊下をすべて凍らせてしまった。ロレンスも黒い騎士も氷漬けになっている。
「すごい……。これが、神のチカラ……」
杖のチカラに惚れ惚れした。
ヨナは戦災孤児だった。長きにわたる帝国との戦争によって、両親を失うことになった。王国騎士として志願した。王国は各国の領主が騎士を保有しており、ヨナも生まれの国の領主に仕えることになった。
武芸も魔法も秀でた点のなかったヨナだったが、情報を収集することには長けていた。諜報員として仕立て上げられることになった。まだ子供だからこそ諜報員として、周囲からの疑念を買うこともなく活動できることもあった。それに、ヨナの外見からは、少年としても少女としても動くことができた。そんなヨナに与えられた任務が、マディシャンの杖を手に入れることだった。
そして今――。
その杖を手に入れたのだ。
両親を殺した帝国は、ヨナにとっても敵だった。なるべく目立たぬように学院内では過ごしてきたつもりだが、帝国への憎しみを隠せないこともあった。
とくに帝国魔法長官の弟であるロレンスにたいしては、憎悪を隠しきれなかった。個人的に何か恨みがあるわけではないのだが、帝国の中枢に近い人間だと思うと、敵視してしまうのだった。
ロレンスは、そんなヨナの存在に違和感を覚えたのだろう。いがみ合うことが多かった。ヨナは目立ちたくなかったので、やり返すことをしなかった。そのせいで、一方的にやられているように見られていたのかもしれない。
杖を手に入れて、神のチカラを振るい、悦に浸っていた。
しかし。
パキッ。
と、そのヨナの陶酔を破る音が響いた。漆黒の騎士を覆っている氷に亀裂が入っていた。ピキッ。パキッ。亀裂はどんどん大きくなってゆく。そしてついに、漆黒の騎士を封じていた氷が砕けた。
勝利の陶酔がいっきに醒めた。
「バ、バカなッ。《絶対零度》から抜け出すなんて!」
ありえない。
マディシャンの杖を使っての魔法だったのだ。すなわち、神のチカラによる魔法だったのだ。それを防ぐということは、かつての8大神と対等と言えるほどの魔力があるということになる。
……ミシッ。
氷漬けになった騎士が、カラダについた氷片を払いのけながら、踏みしめるようにして歩み寄ってくる。その1歩に異様に迫力があった。
「く、来るな! 何者だ。貴様! ブルンダ学院長か? それともハグル教諭か? 顔を見せろッ」
マディシャンの杖。8大神に匹敵するほどの魔力の持ち主が、この学校にいるとは思えない。
そもそも、たかが魔術学院の教諭ごときが、神と対等になれるわけがないのだ。
何かの間違いだ。
そう思ってもう一度、もう二度――《絶対零度》の魔法を放つ。マディシャンの杖は、ヨナに無限の魔力を与えてくれる。そのたびに周囲一帯を氷漬けにするのだが、漆黒の騎士はひるむ様子すらない。
「なんだ? なんなんだ……」
悪夢を見ているかのようだ。
「火系最上位魔法。《溶解》」
漆黒の騎士が魔法陣から魔法を放った。周囲の氷が一瞬で蒸発してゆき、水蒸気につつまれることになった。あまつさえ、煮えたぎるマグマが津波のようにヨナに押し寄せてくる。さっきの黒い炎は、水の魔法で打ち消すことができた。これは、ダメだ。いかなる魔法をもってしても、抗うことはできない。そう察した。
「ひッ」
押し寄せるヘドロに、マディシャンの杖先が浸かってしまった。木でできた杖はたちまち燃え移ってしまう。
「杖が……杖がッ……!」
どんどん燃えてゆく。熱くて持っていられなくなった。世界に8つしかないと言われている《神の遺物》が、灰塵と化して煮えたぎるマグマのなかに散っていった。
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