うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?

慈桜

77話


『ご覧下さい。何処までも続く長蛇の列! 近年話題となっている東北地方の新年大宴祭の会場に来ておりますが、撮影クルーですら中に入れないほどの人の列です』

 毎年来場者数を増やし続けている大宴祭であるが、今年は特に多くの来場者数を記録している。

 テレビクルーは会場入りを断念しては田んぼで酒盛りをしている者たちへとインタビューを始める。

『何方からいらしたのですか?』

『東京からどぇーす』

『かなり飲まれているようですが、東京から訪れるほどの大宴祭の魅力とはなんでしょう? 教えてください』

『やっぱり一生食べれないような物が食べ放題だし、文字通りに神様扱いされちゃうからじゃないのぉ? ほら、それなんだケンタ』

 ヘベレケの親父が話しかけた息子が頬張っているのはハンバーガーである。

『和牛とフォアグラとトリュフのハンバーガーだってさ。5個貰えた』

 レストランで食べたら幾らになるのかわからないような内容であるが、そんな物は当たり前に存在している。

 キャビア、フォアグラ、トリュフなど、何の価値もないかのように溢れかえっているのだ。
 アルビノ種のチョウザメからしか採れない超希少のアルマスキャビアなども普通にある。
 金銭感覚がぶっ壊れた祭りである。

 運営側が用意したゴミ箱には蟹だけでなく伊勢海老やロブスターの殻や、特大鮑は勿論多種多様の貝などが散乱している。

『昨年に数多くの動画投稿がされ話題となったお祭りですが、このような大盤振る舞いをして大丈夫なのでしょうか? 実行委員の方に聞いてみたくはあるのですが、人が多すぎてとても中には……』

 だが潮目が変わる。

 学校経由であらば、このままでは事故が起きかねないので、学校より長机が運び出され、中のテントから別人員が送られ始めたのだ。

 一度外に行かずとも、何かしらの食い物にありつける流れを作って、行列を緩和する作戦に出たのである。

 これはチャンスだとテレビクルーも突っ込もうとするが、やはり人の群れが一気に押し寄せて近づく事すら出来ない。

 平山からは不良達と居候達が割り振られ、鮑とマグロの提供を開始したが、何よりの活躍を見せたのは双子山の面々である。

 マーちゃんは特別にバイト代を弾む約束をして店の従業員を総動員していたので、人員には元より余裕があった。

 そして双子山は海産品が多く産出する界門であるので、手返しのいい品目を多数用意できる。

 テツミチ達がマグロを捌いている列の隣から、寒ブリカンパチ、真鯛、アカアマダイ、キアマダイ、シロアマダイ、クエ、マハタなどを刺身にし続けて、続いての列からはそれらにノドグロやキンメダイなどを加算した塩焼きのコーナーが続き、ラストは寸胴で鍋をこさえている。

 順に歩いて行くだけで、海産品の人気魚種はコンプリートできる内容である。

 そして鮑の列からも言わずもがな、貝系フルコンプで、万全を期している。

 数年通いこんでいるマイトレー持参のカップルに直撃すると、その選り取り緑の海産品にヨダレが溢れてくる。

『凄まじいですね。このお祭りには何度も?』

『はい、学校の中だけで完結してた頃から通ってます、ね』

『むしろ大宴祭の為だけに一年頑張ってるって感じですかね』

 凄まじい熱気が画面越しに伝わってくる。
 忘れていた者も、この放送を見ては更に押しかけてくるのだろう。

 本当に逃げて来て良かったとコタツの中で欠伸をしているのだが、隣では綾子さんが疲れ果てたままにローソファに腰を預けて寝てしまっているが、そのまま逃げ切れる程甘くない。

「休憩時間も終わりだよ。今日はバスの本数も増えてるんだ。朝からもっと忙しくなるよ」

「いやいや県道封鎖されてんだからバスなんて来ないでしょうよ」

「市街からのバスが風巻に回って風巻から倍の便が出るようになってんのさ」

 ばあちゃんの拉致タイム到来である。

「もう限界じゃね?」

「あんたは休んだから全回復だろうさ。他の誰かも休ませてやりな」

 ごもっともである。
 逃れようがないので致し方なく、綾子さんも顔面をバシバシ叩いて会場へ向かうが、朝を迎えたにも関わらず未だに熱気冷めやらぬ会場を見てげんなりと肩を落とすしかなかった。

「いやだぁぁぁあ!!」

「どんだけ長いババこいてんねん! はよこいや!!」

「結局逃げてしまったようだね」

 抜け出す以前より何も変わらずの忙しいままのテントを見て脱力が半端ない。
 正月はゆっくりすべき派に忠誠を誓ってる俺としては過激すぎる大宴祭に忌避感しかない。

 またもや夜中の焼きまわし状態で作業再開。
 雁絵パパが一度離脱して達也とサシなる地獄の時間が訪れる。
 そこで綾子さんがひょっこり登場。

「おい、まさか嫁はんちゃうやろな」

「婚約者ではある」

「え、えぐいてぇ!! なんも教えられてないぞ!! めちゃくちゃベッピンさんやんけ! なんやねん! なんやねんお前は!!」

 こればっかりは勝ち誇った気分になれて幸せである。
 大阪の顔面だけは可愛くとも中身芸人の女どもよりは数百倍美人なのである。

 想像できるだろうか?

 中学のプールの授業でスク水の女子が『まんこかゆい』と普通にボリボリ行けるような連中である。
 それを見てチンピクしてる我々も同様に下品ではあるが、綾子さんの上品さはそこらのドサンピンには真似できない美しさがある。

「われなんやねん。羨ましすぎんぞほんま」

「で、あるか」

「であるかやあるかい」

 達也は面倒であるが、唯一の取り柄は人の女や元カノなどには絶対に手を出さない部分である。

 そんな事は当たり前だとおもうかも知れないが、人の女に手を出す癖がある奴は意外と多い。

 その点に置いて達也は絶対に安全であると言い切れるだけが取り柄である。
 これは意外と素晴らしい取り柄であるのだが、俺の地元が如何に荒んでいたかの話になるからやめよう。

「せやけどお前、いくら儲けてる言うてもエグすぎやろ。大赤字ちゃうんか?」

「んー、だろうな。でもほら、損して得とれとかも言うしな」

「損しすぎて得の回収できひんやろ」

「得は回収ってもんじゃないだろ。誰か一人でも縁ができたら良しって感じじゃないのか?」

「標準語やめろや」

 本当会話にならない。
 でも、こうやって正月早々仕事を手伝ってくれているので邪険にする訳にもいかない。

 全て無でやり過ごそうと、ナチュラルハイ状態で作業を続けていると、いつの間にやら昼も越えて西日が差し込み始める。

 無我の境地である。

「残り8時間……」

 結局空く時間など存在しない。
 俺たちが抜けてる間も状況が変わることは無かったようであるし、恐らく元旦が終わるその時まで変わることはないだろう。

「行けるかぁ。ビビってんちゃうぞ」

「むしろ気持ちよくなってきた」

 不思議にもドM発言で飛び出すが、追い込まれれば追い込まれるほど気持ちよくなってくるのだ。

 ちゃんと調理して渡す。

 シンプルな話だ。

 何も焦る必要もない。

 どれだけ強いスキルを持っていようとも関係ない。

 これは特殊な戦いだ。

 どれだけ悪魔が攻め立てようとも、ちゃんと料理を提供すれば帰ってくれる。

 お客は神様?

 知ったこっちゃない。

 神様たって異教であらば悪魔と認定される世の中である。

 俺にとっては地獄の餓鬼すら生温い悪魔でしかない。

 夜の帳が下りては裸電球と投光器の明かりが再び一面を埋め尽くす頃、再び花火が上がる。

「タキオ!! 花火やぞ!!」

 これまでの間、達也は一度も口を閉ざす事なく話し続けていたが、俺は何一つとて聞いていないし覚えてもいない。

 ただ覚えてるのは長かったことだけ。

『これにて閉幕!! タダ飯タダ酒かっ喰らったんだ!! 奉納祭ではバチっと活躍してくれやぁ!!』

 片付けやらなんやら色々とやる事があるのは理解しているが、取り敢えずは全員座り込んで放心した。

「おお! かめへんかめへん! 売り切れまで食うたってくれ!」

 達也は閉幕となっても残りの食材を提供し続けている。
 雁絵パパなどは謎に雁絵ちゃんと泣きながらにハグをしているカオス。

 地獄は終わった。

 やっとお正月が——

「残りの食材出しちまいな! 食いたいなら食ってもかまわないけどね!」

 ——来なかった。

 地獄継続のお知らせである。

 全てが終わる頃には、全員ぶっ倒れて爆睡するしか無かった。

 界門に潜っているように位階上昇によるダンジョンハイでもあらば話は別だが、延々と終わりなく奉仕し続けるのは体力的にも精神的にもやられてくる。

 全てが落ち着いた頃には、大宴祭が全て幻であったかのように誰もいない米盆地に戻った。

 ゴミは全て灰や土と変えられ畑に撒かれた。

 いつもの山に戻った。

 全てが嘘であったかのように呆気ない。

「さぁ、正月やぁ。腹割って飲もうでタキオぉぉぉ」

「いや、お願いだから帰ってください」

 ただ達也の存在が全て現実であったと再認識させてくれる。

 祭りが終わったからと気を抜いて正月を楽しめるわけではない。
 先ずは雁絵パパとの商談を煮詰める。
 達也は仕事を理由に帰るその日まで適当にさせておけばいいだろう。

「ほな、そろそろ聞かせて貰おか。タキオのばあちゃんやらトキヤやらの見た目の話とかや。後あの鬼みたいにツノ生えた奴らとかや」

「……ねぇ、本当いますぐ帰ってくんない?」

 祭りの熱にやられていたからこそノータッチであったが、魔法の時間も過ぎ去ればツッコミどころ満載の日常に戻ってしまう。

「別にそれでどうこうっちゅう話やないねん。せやけどな、俺が勘繰ってる通りの話やったら、お前にも悪い話やない隠し事の一つや二つは俺も持ってる。どないや? いっぺん腹割って話してみようや」

 気になるけどどうでもいい。

 もし達也が大阪で界門のネタを持ってるとしても、わざわざ遠征するわけもない。

「内容にもよるけど、おもんなさそうやしどないでもええわ。手伝ってくれたんは感謝してるけど、鶏の転売で散々儲けてんねやから恩返ししたと思っといてくれ」

「そりゃ俺とお前の仲やし、こんなんは屁でもないけどって! おい! 斬れ味マックスか! ジャックナイフか! キレる10代か!」

 やかましいのは放っておいて、雁絵パパとの商談に移ろう。







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