うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?

慈桜

74話



 トキヤの風呂に突入するより、僅かに時は遡る。

「ぐすっ、ずぴっ」

 タキオは留置場にて涙を流しながらに手紙を認めていた。

 その手紙は誰に向けて書かれた物でもない。

 ━━

 パイニーズはビンビン丸と戦う前にお願いしました。
 ビンビンソードを挟んだり舐めさせたりの必殺技はやめて欲しいと。
 ビンビン丸は怒りのあまりに松茸を投げつけました。
 もうペロペロかパンパンしかないと怒りました。
 パイニーズはペロペロとパンパンもやめて欲しいと言いました。
「ズンドコベロンチョもか?」
「ズンドコベロンチョもです。」
「普通に戦うしかないじゃないか!」
「普通に戦いたいのです」
 こうしてパイニーズとビンビン丸は結婚しました。

 ━━

「何書いてんだい?」

「や、やめて! 見ないで!!」

 バールさんが出所してしまい、一人寂しく大晦日の留置場で号泣しながらにパイニーズとビンビン丸を書いていると、そこには黄金の鎧を纏った女騎士さんの……が聞こえました。

 タキオは慌てて便箋をお腹の中に隠すが、何処からか聞こえる桜の声は、それを気にもかけない。

「寄合に出るって約束したろ」

「いや、無理じゃん。捕まってるし」

「心配いらないよ」

 グイッと引っ張られる感覚と共に視界が切り替わり、灰色に変色した空間の中で、桜といつぞやの赤髪の鬼がいる。

「あれ、お前レストランにいたやつ?」

「はい……一応」

「一応って好きだな。で、ばあちゃんは何がしたいの?」

「こうすんのさ」

 赤髪の鬼と手を離すと、彼はタキオの姿となって留置場の中に立つ。

「え、おれ?」

「見た目だけね。あんたは二、三日タキオのフリしてな」

「わかりました」

 赤髪の鬼は言われるがままなすがままである。

「いや、でも可哀想じゃん」

「いっぱい居たから大丈夫だよ。風呂でも入ってサッパリしてきな」

「そういう問題じゃ……あ」

 次の瞬間には桜の家に飛んでいた。
 タキオは赤髪の鬼に申し訳ない気持ちになりながらも、奇声を発しながら風呂へ走った。

 そしてトキヤとの邂逅となる。

「少しいい気味だけどね」

「ナンデ。オマエ、ヒトデナシカ」

「なんでカタコト? いや、色々あったんだよ。本当馬鹿みたいな話だけど」

 それから風呂に浸かりながらに数日間の出来事をトキヤは簡潔に話して行った。

 ホブゴブリン達はいつの間にやら鬼に進化していて、謎にタキオに惚れ込んだ挙句、何かの役に立とうと綾子の身辺警護を始めた事。
 綾子は猫を庭に放たれたり、連日花束が届いたりして困惑した末に、仕事納めで平山に行く際の警護を頼まれた事。
 そして間男と認定されて三日三晩戦い続けたら、何故か鬼として更に位階が上がって面倒になったこと。

 それらを話し終える頃には、タキオは腹を抱えて笑っていた。

「ズクズク色で汚いから悪い奴って! プギャワロスなんですけど」

「こっちは地味に傷ついてるんだけどね」

「いいじゃん。強さの代償って奴なんじゃない?」

 実際に沢山の界門に潜った事より黒や藍色に近い色合いではあったが、赤髪界門二十層は邪神陣営、姫ロリ界門六十層は善神陣営であり、その双方の降しの器となった事により、柄がまだらになっているのは確かだ。

 神化による発色でも、桜のように桃色単色であるのはわかりやすいが、トキヤは藍色の長い髪で顎から胸にかけてはミルクティーベージュと混ざり合った色合いで眼は金色に変色しているのを見ても明らかである。

 強さの代償とは言い得て妙、的は外していない意見である。

「社長さんも、プリンになってきてるよ」

「早く伸びて欲しい件」

 白く染まり上がったタキオの頭は、で根元の黒が見え始めている。
 どうせ黒く染まったとて、またお蚕様狩りをすれば同じ事であるが、次は何か対策をする事だろう。

「んで警察抜け出してまで出なきゃダメな寄合ってなに?」

「大宴祭があるからね。寄合で顔合わせして一年の無事を確認したら、後は飲めや食えやのお祭りを元旦が終わるまでやるんだ」

「え? 夜中から? 」

「一応は年明けスタートだけど、みんな9時ぐらいから始めるよ。昔は儀式とかをして年越しをしてたみたいだけど、今はみんなバタバタしてるからね」

 トキヤは長い髪の毛をゴムで纏めて、青いレンズの丸いサングラスで金色の瞳を隠し、ファー付きのトレンチコートを着込んでは鉈の代わりにナイフを懐に忍ばせる。

「武器いるような祭なんけ」

「いや、本当に大変なお祭りだからね。出す側は始めてだけど、包丁が切れなくなった時の予備は必要だと思うよ」

「何をするのか全く読めない。てか綾子さんに貰ったプレゼント預けっぱなしだ」

「あるよ? ソファの上」

「ぬおぉぉぉ!! ナイス! ナイスだ!」

 警察に捕まった際に、小太刀が入っているのはややこしいからと、紙袋ごと荷物を綾子に預けていたのだが、そのままに桜のリビングのローソファの上にあるので、ガサゴソと漁って中から時計のベルトを取り出す。

 買った時計がお揃いであるとバレてしまっているので、もしや会えるのならつけて行こうとベルトの交換作業を始めるが、トキヤはそっと手を取って作業を中断させる。

「多分作業着の方がいいよ。働きっぱなしになるし、時計も壊れるかもしれない」

「なんで? トキヤはおしゃれしてんじゃん」

「私は蟹を茹でるだけなんだよ。社長さんは多分人手が足りない焼き場に回される」

「先言えよ馬鹿野郎!」

 タキオは背中から倒れ込んでデニムを脱ぎ捨てると、真っ白に変色したデニム地の作業着に着替えては、台所へ行ってマイ出刃庖丁を探す。

「ない、ないない! 俺の出刃がない!」

「持ってかれてるかもね、他の山からのパートさん達も平山人員で総動員してるから」

 その言葉にタキオはもんどりうって苛立ちを露わにするが、さすれば即座に取り返さねばなるまいと外に出る。

「俺のバイクは!?」

「綾子さんの家のガレージにあったよ」

「ファァァァァァァッッック! そうだった! クリスマスに乗ってったんだ! 栗毛ちゃんだ! 栗毛ちゃんも、栗毛ちゃんどころか全部いない!?」

「丸一日空けるから連れて行ってるはずだよ」

 同時にダッシュ決定である。
 日頃誰かしらいる平山に人っ子一人いない。
 養鶏場の自動餌やり機にはいつもの数倍の餌がセットされており、アパートも鰐の温室も作りかけのままに放置されている。

「よし、走るぞ」

「うん、行こう」

 平山から駆け抜けて米盆地に出ると、自衛隊の車両が数台止まり、桜の作った極悪偽神界門の警備をしているが無視。
 そのまま田圃の畦道をショートカットに使って駆け抜けていけば、米盆地の中央が一際輝き、太鼓や笛の音がこれでもかと響いている。

「始まってるね。桜様が代わりに寄合に出たのかも」

「ポリ署から脱走した意味!!」

 会場に入ると人がごった返している。
 満員電車の様相で、プールのフェンスを飛び越えてマンガ肉を頬張ってる人間もいる程だ。

 後者の屋上でライトアップされた人員が太鼓を叩きまくってピーヒュラピーヒャラと笛を鳴らしている。

「黒鉄山の祭囃子だよ。山神様にお忍びで来て貰うように場所を教えてるんだ。元旦が終わる瞬間まで鳴り続けるよ」

「凄いな。気が触れてるとしか思えん」

「何日間もミノタウロス狩るよりはマトモだと思うけどね」

「っさいなぁ! お前なんかトゲあるなぁ!」

「そんなことないよ。でも黒鉄の連中は男も女もとにかくカッコいいよ。黒鉄山の界門は金属しか取れないから囃子を奏でるんだ。みんな奉納祭に命賭けてるけど、黒鉄山は大宴祭にここ一番を持ってくるからね。気合いが違う」

「なんかそうやって聞くと急にありがたくなるからやめろ」

 人混みに飲まれながらにも何とか平山のテントに到着すると、痺れる程の人の群れに食い物を渡しまくっている地獄絵図が広がっていた。

「なにこれやばすぎ」

「元は冬を越すのに助け合おうって集まりだったみたいだけどね。界門ができてからは神の恵みを持ち寄ろうってなって」

 時の流れと共に大盤振る舞いの場となった。

 そしてここ数年、他所からも多くの人間が訪れるようになったが、もしかしたら神様がお忍びで来ているかもしれないのに帰らせるわけにはいかない、お恵みを振る舞う場面で、ケチケチできようはずもない。

「いや、死ぬ程クーラーボックスあるけど、いる? 近所なんだから取りに行けばよくない?」

「暗黙の了解として、神様がお忍びで来ても持て成せるように食材は絶やしちゃいけないんだ」

「お忍びってあいつら目立つから見たらすぐわかるだろって、なにっ! 引っ張らないで!」

 テントの余白でトキヤと話していると、鬼の形相のジュンペーがタキオの腕を掴んで連れ去っていく。

「なんでいるかはわかりませんけど手伝ってください!! 早く!!」

「わかったから! わかったってば!」

 拉致られて行く最中に真冬であるにも関わらずに缶ビールを振舞ってる女性と目が合うとタキオは目を見開く。

「タキオさん!! 」

「綾子さん!」

「わかりましたから! 感動の再会は後で!!」

 客の腹が減ってる間は地獄である。
 次から次へと新たな人員が訪れ、両手一杯に料理を抱えて田んぼに持ち帰っては宴会を開く。

 学校の周囲の田んぼには其処彼処に特大ビニールシートが敷かれ、皆それぞれに暖をとりながらに戦利品を持ち寄り、また学校へ取りに行くを繰り返すのだ。

 特大規模の豪華な花見が無料で楽しめると言った所か。

「あーいそりゃ! マグロマグロマグロぉ!! マグロ切れやしたよぉ!」

「包丁っ、包丁持って来てる! 半身くれ!」

「あいよー! 半身入りやしたぁどうぞぉ!!  」

 テツミチと居候組はマグロの解体ショーを連発している。
 テツミチの背後のクーラーボックスにはマグロがに刺さって並んでいるのだ。
 それがズラッと並んでいるのだから凄まじい。

「くれぐれもっ! くれぐれもタダだからって中途半端な品は出さないでくださいね! 平山の面子がかかってますからね!」

「かしこまりましたジュンペーさんっ! で、何すりゃいいの?」

「焼き台です!! 得意でしょ!!」

 ズラッと並んだドラム缶を半分にした特大の焼き台に特大の竹串に刺されたネタが山ほど積まれている。

 豚白ネギ豚白ネギ豚白ネギ豚白ネギ。
 豚ピーマン豚ピーマン豚ピーマン豚ピーマン。
 そのラインナップの牛バージョンと鶏バージョンが山積みになり、バカほど大量の竹炭と備長炭で次々焼いて行く。

「捕まってた方が良かったかも」

「馬鹿言ってないで手を動かしてくだはい!」

 ジュンペーが本気すぎて怖いのである。
 他にも大量のテントが出ているにも関わらず、平山のテントには次々と人が訪れる。

 平均2から3のテントであるのに12もテントがあれば、何か食べ物にありつけるかもしれないと思われてしまうのは当然だ。

「蟹だよー、蟹茹で上がったよー」

 大釜で蟹を茹でるが、出来上がった側から無くなって行くので、トキヤは【煮沸】でガンガン茹でては次々に蟹を並べて行く。

 もう、スキルを使ってようが何をしてようがバレようがないのだ。

 それを示す一例として、元自衛官ホブゴブリンの鬼達であるが、当たり前のようにメロンを捌いて配り続けている。

 ゴリゴリの人殺しが捌いたメロンであろうとも次々に持ち去られてしまう。
 相手は知らずして当然であるが、申し訳程度にニット帽をかぶっただけのただの鬼がメロンを捌いていようとも御構い無しである。

「鬼ちゃんなのー?」

「へい、鬼ちゃんでやさぁ! メロンお待ちっ」

「お嬢さん! こっちの鬼さんはイチゴだよ! イチゴおいしいよ!」

 小さい女の子もパパに抱かれた寒空の下であるにも関わらず、人混みの熱気のせいか美味しそうにメロンを食べている。

 何より凄いのは桜である。

 鎧こそ脱いでるものの、ピン髪神顔の癖にド派手な法被を着て捩り鉢巻きを巻いて超速で鮭寿司を握り続けている。

「すっ、げぇ……」

「写真撮るなら寿司食わせないよ!」

「ご、ごめんなさい!」

 セルフで折り包みに寿司をこれでもかと詰め込んでは持ち帰って行く。
 動画を取られていようとなんのその、凄まじい勢いで寿司が握られるのでストックを切らす時間がない。

 その勢いに飲まれたのか、横ではマヒルとミナミがウニ丼のどんぶりにご飯を入れては凄まじい勢いで配り続ける。

 どんぶりを渡されたなら次はおたまでウニを入れ放題である。
 皆々溢れんばかりにぶっかけては、多少なりと零しながらに持ち去って行く。

「こぼすんじゃねぇーっすよ! また来りゃあるんすから!!」

「米いらん! 米なし!」

「はい米なしー! 次!」

 そしてサッカー部の面々は地獄だ。

 一番と言っていいほどの大仕事の鮑を任されているのだ。
 顔の大きさほどもある大鮑を刺身と炭焼きで出すのだが、切り終えた側から掠め取られてしまうので、13人がどれだけ飛ばそうにも終わりが見えない。

 見て明らかに高級であると分かれば否応無しに人が集まってしまうのである。

「クソッ! てめぇら変われ!!」

「俺たちみたいな雑魚にはメインを任せられないんじゃなかったのかよ!」

 隣のブースでタコの唐揚げとおでんを出しているのは寺開雁絵と風巻のサッカー部である。

「てかこっちもこっちで大変なんだぞ!」

「タコ洗濯してぶったぎって揚げるだけだろうがよ!」

「お前らなんて切ってるだけだろ!」

「列の厚みが違う!!」

「どのみちタコからそっちに流れてんだよ!!」

 さら髪少年と金髪リーゼントが醜く言い争っている間にも人混みは更に増して行く。

 てんやわんやの中にも救世主は存在する。

 それは主婦連中と通いの働き手さん達である。
 彼女達は豚汁、風呂吹き大根、温野菜の盛り合わせ、じゃがバター、マッシュポテトに焼き芋、更にはラーメンと腹に溜まるものばかりを用意してくれている。

 とりあえずタダだし貰っておけと貰った人の流れは、汁物の処理に困り、食べながらに暖を取って次の列に並ぶ方法をとっている。

 一人でも多くの腹を満たせば勝ちであるので、腹に溜まるものを用意しているのは強い。

「あー、ラーメンならいりません」

「あら? 並んだら貰うってルールがあるんだけどね?」

 前髪メッシュの音遠さんは人妻とはいえ底知れない色気と怖さがある。
 彼女に目を見ながらに話されてしまえば断る事などできるはずもない。

 そうすれば、次々に渡されてしまう。
 焼き芋にマッシュポテトに風呂吹き大根と、嵩張るものを渡されたならテントの裏手からまわって田んぼの拠点に戻らざるを得なくなる。

 テキ屋のように看板があるわけでもない。
 鮑に並んでいたのに女性達に誘い込まれてドツボにハマる連中も少なからず存在しているのだ。

 祭りはまだまだ続く。















「うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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コメント

  • 慈桜

    ありがとうございます(*´ω`*)
    直しました(*´ω`*)

    0
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