うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?

慈桜

72話 ホブゴブ後編


 狐守より後はお好きにどうぞと自粛要請が解除された後、ホブゴブ自衛官が次に取ったのは自らダンジョンに潜り奴らを殺害する作戦である。

 見た目としては見てそのままに魔物であるので、最も見張りが少ない時間を見計らって侵入してしまえば、後は適当な所で拠点を構築して迎撃すればいい。

 二層より針葉樹林のオープンステージとなり、魔物の姿も見当たらないのでお誂え向きだと、小高い丘の上に陣を構築し4名8組に分かれて役割分担を決める。

 そして海外マフィア達であるが、成すすべなく黒尽めの男達にダンジョンに侵入された報告に激昂し、武装を整えては虱潰しに探し回るが、一層の魔物が厄介でならない。

 見た目は普通にチェーンソーを持ったゴブリンであるのだが、そのチェーンソーが厄介である。

「無駄撃ちするな。斬り殺せ」

「わかりました」

 それまでは銃で対処していたが、チェーンソーを持っているだけのゴブリンなど恐るるに足らずと、曲刀を持ち替えて討伐に乗り出すと、ゴブリンは見て明らかに届かない距離からチェーンソーを振った。

「ばかめ! 距離感もわからないのか緑猿ぅぎゃああああ!!」

 チェーンソーの刃三枚分の余裕があったはずであるのに、男は袈裟斬りに肉片を撒き散らし臓物を垂れ流しにしながら事切れた。

 これは異常な事態であると、弾の節約などせずに、まずは侵入者が最優先であると逃げるように二層へ降りた。

 直後、先頭の男がへの字に曲がりながらに崩れ落ち、呆気に取られた瞬間に自身の視界も反転している事に気がつく。

 走馬灯もクソもない。
 ヘッドショットで弾丸に貫かれて即死である。
 十数名が一瞬で四方八方から狙撃されては絶命し、一番近くに控えていた部隊の4名が亡骸を吸収する。

 ローテーションである。
 少なくとも奴らは現時点で200名以上存在している。

 一層がたかがチェーンソーであるとしても、それがダンジョン産のチェーンソーであるとなれば、その価値は計り知れないが、供給過多となれば人員の増加、更には二層、三層と探索範囲を広げるのは間違いない。

 情報を持ち帰らせずに死体の処理もして確実に吸収する。

 ホブゴブ自衛官達は作戦名殲滅を完遂しようと気合を入れるが、ここで邪魔が入る。

「グギッ、グゲゲゲ!」

 二層の魔物である。
 ゴブリンであるのは間違いないが、その手には海外マフィアが使っていた物と同型の拳銃が握られており、子供がオモチャの銃で遊ぶように乱射し始めたのだ。

 (トカレフ? 回収を忘れた銃があったのか)

 即座に撃ち殺して障害をクリアするが、次は其処彼処で銃声が聞こえるようになる。

 一度皆と合流しようと、ハンドサインを出しながらに行動を開始し、黒い武器を手に持つゴブリンを次々に撃ち殺しながらに、8部隊の合流が完了するがマフィアと銃ゴブの銃撃戦が開始され、双方共に被害を出す混沌とした状況を身を守りながらに見届けるしか無かった。

 射線を消しながらに行動し、見敵必殺で身を潜めるが、銃ゴブは此方の位置を熟知していると言わんばかりに、次から次へと襲いかかってくる。

 銃声を響かせていてはマフィアの連中にも居場所が知れてしまう。
 致し方無しにマフィア掃討隊とゴブリン掃討隊に分かれて行動を開始するが、休まる暇なく襲いかかってくるのでジリ貧。

 弾薬の節約にと、ゴブリンか使用していたトカレフを使うが、これが何故か射出がスムーズで手入れが行き届いた質のいい拳銃である事に気がつく。

『ゴブリンのトカレフを集めよう。十分に戦える』

 それからはトカレフでゴブリンを殺しトカレフを集める謎作業の繰り返しとなる。

 ゴブリンは会敵すると撃ち尽くす勢いでぶっ放してしまうので、息を潜めて確実にやれる距離になれば頭部胸部を狙いマガジンを回収。

 自動小銃やライフルの残弾にはまだまだ余裕がありながらに温存する形で激しい銃撃戦となる。

 混戦となってしまったが故にマフィア側は情報を持ち帰る事に成功してしまい、二層にて上物のトカレフがいくらでも手に入ると報告され、更に状況は悪化する。

 日本では拳銃が馬鹿みたいな高額で売れる。
 いちいちリスクを背負って密輸入せずとも、日本の中でいくらでも入手できるとなれば金儲けの匂いしかしない。

 マフィア側の人員の増加、ホブゴブ自衛官がマフィアを吸収すれば吸収するほど、銃ゴブはより一層ホブゴブ自衛官への攻撃を激化した。

 神様が怒っているのだろう。
 山神の陣営の者に施しを受けたと思ったら、山神に属する魔物が獲物を横取りし続けるのだから無理はない。

 だが二層で設置できる魔物には限界がある。
 歯痒いままに殺す殺すとムキになってホブゴブ自衛官に銃ゴブを嗾ければ嗾けるほど、武器弾薬が充実し、更にはマフィアを吸収して能力を向上させる悪循環に陥る。

 ホブゴブ自衛官は地獄のデスマーチで四苦八苦していたはずが、いつの間にやら只のボーナスステージである状態に切り替わってしまった事に気がつく。

「なぁ……俺たちさっきから普通に喋ってるよな?」

「まぁ、みんな10人ずつぐらいは食ってるしな」

「十人力ってやつか」

「感覚的にはもっとありそうだけどな」

 当然である。
 人間一人吸収するだけでも、途轍もなく大きな力を得られるのだ。
 それこそ全てを吸収すれば界門が強化される程に人間の存在因子、魂、その全てを取り込むのは大きな力を得られる。

 ただ彼らは扱い方がわかっていなかっただけである。

 極限の戦闘状態に置かれ、睡魔が邪魔で仕方がないとなれば、我慢している間に睡眠が必要のない個体に進化が始まる。

 緩やかに徐々に徐々に。

 言葉が必要であらば言葉を発せるようになり、ゴブリンの死骸が邪魔なので吸収できるようになればいいのにと常々思っていれば、そのように進化する。

 仲間が可能である事を示せば、後は簡単である。
 彼らはあくまででも狐山十七層に属する魔物であるが故に、32名の団体であっても、それは一つの個である。

 仲間が話せるなら自分も話せる事を理解し、ゴブリンも吸収できる事も理解する。

 丸太のような腕もいらない。
 同じ力で細くて済むならよりコンパクトに、的は小さい方がいい。

 緑色の体は気持ちが悪い、やはり白く透明感のある美しい肌がいいだろうか、黒尽めであるのだから中ぐらいは白くてもいいだろう。

 角は譲れない。黒くて黒曜石のように美しく、それでいて強く硬い角は必要だ。

 髪? 鬼なら赤だろう。いや青だ。緑でも、いや黄色もありだろう。黒でいいんじゃないか? ここまで紫無しと。

 反応速度をもっと鋭敏にすべきだ。

 スコープを使用せずとも見通せる目が必要だ。

 風を読むか風を消すか。

 熱源探知ができれば楽だな。

 崖や樹々を楽に移動できる瞬発力も必要だ。

 気配をもっと消せたらいいのに。

 銃の威力が足りない。

 銃である必要性は?

 弾丸より速く動ければいいだけだ。

 全身を武器としよう。

 穿つ爪を、切り裂く蹴りを、噛み千切る牙を。

 極限状態で進化に次ぐ進化を繰り返した元ホブゴブ自衛官は、鬼人となりて地上を目指した。

「もっと殺そう。地上にはまだいるだろう」

 留まる所を知らずに彼らは武器を捨て、己の身一つでマフィア達を惨たらしく殺しては吸収して行った。

 銃はやかましいだけで威力に欠ける。
 音も無く接敵して腕を振り抜けば顔面が爆散する。
 手っ取り早い、その方が何倍も楽に殺せる。

 獲物の巣のど真ん中で待ってるだけで次から次へと生贄を差し出してくれるのは都合がいい。

 殺し喰らい殺し喰らいを繰り返していると、遂にはマフィア達が寄り付かなくなってしまった。

 400名を超える人員を送り込んで来たのは素直に称賛できるが、リスクが高すぎると判断したのか街に散ってしまったらしい。

 それならば街に出ようと、散会しては情報を集める。

 以前に世話になったヤクザはマフィアからの監視が厳しいから接触はするなと連絡が来ているのだから仕方ない。

 例えば八百屋での一幕。

「外国人に困らされてませんか?」

「最近多いねぇ。急激に増えたんじゃないかい? 真城組も下手に動けないみたいで頼れないし、困ったもんだよ」

 適当に野菜を買いながら、何気ない会話から必要な情報を引き出して行く。

「派手な動きがあったりします?」

「小さいのは言い出したらキリがないけど、若い子らがシャブ漬けにされたりボコボコにされたりってのは本当によく聞くよ」

 なんの捻りもない、ごく普通に悪事を働いて遊んでいるだけ。
 だが、鬼人達は実際人間を殺したいだけなので大義名分があればヤリやすい事この上ない。

 情報を仕入れては見つけて首をもぎり取って吸収し力を得る。

 そうしている内に12月も半ばを過ぎる頃に差し掛かり、再び狐守より話し合いの場が設けられる。

『集まって貰ったのは他でもない。見事鬼人にまで位階を上げた貴殿らにも聴いてもらいたい話がある』

 内容は世に起こっている善神、邪神の遊戯、そして山神陣営の特殊な立ち位置から、彼らが狐山に属する特殊な魔物の立ち位置である事、そして……。

『鏡狐様へ貴殿らが持て余している人間の因子……いや、魂を奉じれば、更にわかりやすく力を得る事ができる。手探りでは無く、明確な力、神に化けると書いて神化への道筋が開ける。だが鏡狐様は平山たる別の山に在わす神となった。その山の主を見れば一目で理解できるだろうが、其奴に認められねば鏡狐様の界門には潜れん。魔物たる貴殿らが認められる為に何を為すべきか、よくよく考えて行動すべき段に来ている』

 そう言われても理解できるわけがない。
 あまりに突拍子もない話なので、狐山のダンジョンに行けば強くなれるぐらいしか把握できていないのだ。

『力の使い所を見誤らなければいいだけのこと。敵対だけはするな。それは狐山として非常に面倒な事になる。多分貴殿らは自ずと其奴に寄せられるだろう。その時に判断を間違わなければいい』

 そして彼らはクリスマスイブに白く透明な人型のナニカを幻視した。

 突然山間から白く透明な巨人が登場したかと思えば、ごく平然と街の中を練り歩き始めたのだ。

 超常的な異力で構成されし巨人を見ては、鬼人達は無意識に皆が手を合わせて祈りを捧げた。

 すると簡単に理解した。

 彼が、彼こそが自身達が奉じるべき神が認められた御方であるのだと。

 吸い寄せられるように、しかし近付きすぎては行けない。

 だがもっと近くで見たい。

 暖かい、眩しい、綺麗だ、安心する。

 自分達が何故執拗なまでに力を求めるか、それは全て……。

 存在理由を認識した所で、赤髪の鬼人は思わず窓越し一枚の所にまで近寄ってしまっていた。

 しまった、やらかしてしまった。

 だが光の主は興味津々と言わんばかりに歯を見せながらに笑い、おいでおいでと呼び寄せる。

 どうしようか、やってしまった、まだ何も力を示せていない。
 緊張しながらにも店内へと向かうが、フードを取らなければ失礼に当たる、しかし鬼である姿を見せて警戒させてしまうのも良くない。

「で、誰?」

「一応、狐山の陣営です」

「一応?」

「話せば長いのですが、近々奉納に伺いたいのです。ですので、ぬし様に挨拶しておこうかと」

「よくわからんけど奉納って祭りの話? 俺祭りはよく知らないよ?」

「いえ、近々改めて挨拶に伺います」

 やはりここに居てはいけない、何も結果を出していないのに近寄ったのは間違いだった、早く立ち去らねば。

 踵を返して早々に立ち去ろうとするが、静止を呼びかけられて伸ばされた手がフードに触れて、自身の姿が露わになってしまう。

 赤髪の鬼の姿を晒してしまったのだ。

「っ、必ず手土産を持って改めて挨拶に向かいます……どうか、街の騒動には首を突っ込まぬようお願いします」

 逃げるようにその場を去ったが、何も成果を出さぬ前に姿を晒す大失態を犯してしまった事を悔やみながらにも、店に出た直後には姿を消した。

 だが、誰も赤髪の鬼を責めなかった。

 仕方ない。

 誘蛾灯に寄せられる羽虫のように、その側に行きたくなってしまう。

 ビルの屋上で、人が少ない路地裏で、公園の街路樹の上から、闇夜の橋の下から、黄昏て月を眺めるように、何もせずにただ、白く大きな人型を眺めていた。

 そして彼が立ち去ると、鬼人のネットワークにて様々な情報が入り乱れ始める。

『ぬし様は何か考えがあって警察と共に何処かへ行った』

『俺たちに何ができる?』

『ぬし様の女を守るべきだ』

『恩着せがましいのではないか?』

『いや、何かあってからじゃ遅い。ぬし様の女を守ろう』

『鶴屋綾子と言う名らしい』

『鶴屋綾子を守ろう』

 そして彼らは綾子の周りに身を潜めるようになった。

 タキオがいなくなって寂しがっている綾子に何かしてあげられないかと、猫を庭に放ったり、匿名で花束を送り届けたり、鰐革製品の発注をしてみたり。

 怖くなった綾子はトキヤに相談し、暫く身辺の警護に当たることとなったのだが……。

「こら間男、ぬし様の女から離れろ」

「あはは、君達がストーカーだね」

 こうしてトキヤは一人あたり14.5名程に人間を吸収している32名の進化余白を十二分に残した鬼人と対峙する事態に陥る。

 すれ違いであるが、それを指摘する者はおらず、年末の究極に忙しい平山から主力が一人抜ける事を余儀なくされた。

 12月28日、綾子が仕事納めで平山へ向かう日に、トキヤと鬼人達の戦いの火蓋が切って落とされたのだ。




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