うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?
68話
さて、面倒な事にクリスマスを迎えてしまったのだが、何故か街が物々しい。
綾子さんから譲り受けたモトクロちゃんを寒い中でぶっ飛ばしながらに市街にやって来たんだが、そこかしこに警察車両がパトランプを煌々と光らせながらに厳重態勢を敷いている。
「あのぉ……何事ですか?」
「いいから行って! 危ないから!」
意を決して質問を投げかけてみたが一蹴。
これだから警察官は……やり場の無い愚痴を心の中で吐き出しながらに交通誘導に従って迂回させられたのだが、早めに出発していたので待ち合わせには余裕で間に合った。
「タキオさんっ」
大きな紙袋を持ってらっしゃる。
プレゼントかな? プレッシャーだな。平静、平静を保て俺。
「おいーっす。これなんの騒ぎですか?」
「なんかテロリストがせんぷくしてる可能性がって名目ですけど、多分ほら、例の狐山の」
「狐山、狐山……あ! ゴブリンですか?」
綾子さんはシーッと人差し指を口に当てながら周囲を警戒する。
「アレからずっと膠着状態だったみたいで、大規模の山狩りをしたけど見つからなかったとはここ最近話題になってたんですけど、雑居ビルで変死体が見つかったとかで」
「うわぁ……物騒な話ですね」
「殺された人は大陸系のマフィアで、ヤクザが弱くなってから好き勝手してた連中なんですけど、それで溜飲が下がっちゃった人達が匿ってるんじゃないかって話もあって」
「危なすぎません? 綾子さん平山に連れて帰ろうかしら」
「お持ち帰りですか? 望むところですよっ」
もうやだ、この人大好き。
当たり前のように腕を組んで俺のコートのポケットに手を突っ込んで来るのが可愛い。
バイクのオイルが焼けた匂いが染み付いてるのに、綾子さんに移らないかと気掛かりで仕方がない。
「一応レストラン予約してみたんですけど」
「ふふ、カッコつけちゃいました? 」
「はい、全力でカッコつけてみました」
「嬉しい。でも、タキオさんはたまにしか会えないから、何処でも楽しいですよ」
「小便横丁の立ち飲みでも?」
「むしろそっち寄りですよ、私」
ゴブリンが潜伏してるかもしれないと物騒な話をした後であるのに、爆発寸前にまで充実しながら向かう先は、昼はオシャンティなカフェで夜はレストラン的な店舗である。
片田舎の街でイキりすぎだとは思うが、土地が安いからこそイキれる内容でもあるのだろう。
「あ、ウォーホ◯だ」
「いいですよね、モンロー」
「この人って、世界中の資産家にいきなり肖像画とか送りつけて額面請求してたとかなんとか」
「一応は描いてもいいですかって社交界とかで聞いてはいるらしいですけどね」
「嗚呼、なんと美しいご婦人だ。是非とも貴女の肖像画を描かせてもらいたい。よろしいですか?」
「ええ、お好きにどうぞって感じで送りつけて何千万って話ですね」
穿った捉え方であるが、世界中的に有名な画家がセレブの絵を優先的に描きますよと言っているのだから相応の報酬は発生するだろう。
成金としては彼に肖像を描いて貰えればステータスとなる側面もあったかもしれない。
何にせよ、絵の腕一本で頂点に上り詰めた人であるのだから凄いの一言だ。
版画で量産して丸儲けなんてのも彼だからこそ許されるのだろう。
「版画で量産ねぇ……」
「タキオさん、座りましょ?」
「ああ、ごめんごめん。じゃあ予約してたコースで」
と言っても軽い前菜でシャンパンで乾杯しながらメインは七面鳥、ローストターキーである。
「なんか毎日ぐらいの勢いで見てるから感動が少ない」
「雰囲気ですよ雰囲気! とっても楽しいですよ」
味もウチの鶏君の方が美味しい。
そういえば平山界門の下の方で七面鳥が特攻してくる層があるとかばあちゃんが言ってたけど、どんな味なのかな。
「綾子さんのブティックの方はどうなんです?」
「来年の春には世界同時オープンですね。製品作りでバッタバタです」
「綾子さんもなんだかんだで会えないですもんねー」
「そんな事ないですよぉ! タキオさん最優先です」
七面鳥不味くともなんとも幸せな空間であるが、街行く人々の中で急に立ち止まっては此方を凝視する謎の人がいる。
黒いフード付きのロングコートを深くかぶってネックウォーマーで顔半分を隠しているので、目が薄っすら見える程度であるが、下から覗きこんで見ればバッチリと目が合う。
「知り合い?」
「いえ、全く」
気になるので指でおいでおいでと中に来るようにジェスチャーすると、黒い人はスタスタと店内に入り、真っ直ぐ俺たちの元に向かってくる。
「とりあえず座ったら?」
誰かは知らぬが立ち話も失礼だろう。
何かしらの用事があるのは間違いないだろうし、わからない事をそのままにしておくのも気持ち悪い。
「で、誰?」
「一応、狐山の陣営です」
「一応?」
「話せば長いのですが、近々奉納に伺いたいのです。ですので、ぬし様に挨拶しておこうかと」
「よくわからんけど奉納って祭りの話? 俺祭りはよく知らないよ?」
「いえ、近々改めて挨拶に伺います」
よくわからんけど黒い人が帰ろうと立ち上がったので、キムタ◯ばりに「ちょ待てよ」って掴んだらフードがはだけて赤髪に黒いツノが生えたお兄さんが見えちゃいました。
声的にオッさんでしたがお兄さんであったようです。
「っ、必ず手土産を持って改めて挨拶に向かいます……どうか、街の騒動には首を突っ込まぬようお願いします」
早々に立ち去ってしまったが、何というか……。
「振りかな?」
「ガチですよ、多分」
よくわからんが、さっきの鬼さんが街の騒動に関わっていて、改めて挨拶に行くから今は放っといてくれとの事だ。
「つまり街の騒動には俺も関係してるって事?」
「案外狐山のゴブリンが進化してアレになったとかじゃないんですか? かなりの数の自衛官殺してますし」
「あー、魔入りしてるから狐山陣営ってこと? だとしたら一応ってのも辻褄合うな」
よくわからんが楽しいデートで物騒な話も無粋なので忘れる事にした。
そしてコースも終了間際、プレゼント交換のお時間であるが、ここで安易にプロポーズなんてしない。
今日は何処ぞの宗教の偉いさん誕生日の前夜祭的な日なので普通にプレゼント交換だ。
装飾品は宝具でも無ければ見劣りしてしまうし、鞄や靴などは綾子さんは自分で作れてしまうので、安物ではあるが、70年代のスイス製デッドストックのアンティークウォッチにした。
青いメタリックの文字盤にピンクのイルカが左向きに飛び跳ねていて、一応は金細工仕立てなので高級感もある。
メンズは右向きに飛び跳ねていてピンクの文字盤に青イルカだ。
一応お揃いにしてみたのだが、こっぱずかしいので一々伝えたりはしない。
「うわぁ……かわいい」
一応はオールハンドメイドで当時の価格で現在の価値に直せばメンズは80万、レディースは69万円程の逸品だったらしい。
後継がいなくて惜しまれながらにも泣く泣く閉店してデッドストックとなったが、それが15万と12万で買えたのだからラッキーとでもいえるだろう。
店員にバカほど語られた内容なので覚えてしまった。
「どうしよう。恥ずかしくなってきました」
「例えそれが河原の石でも大喜びしますよ」
「それはハードル下げすぎです!」
綾子さんにまず渡されたのは白い鰐革のロングコートである。
「これまたド派手な」
「最近のタキオさんの一押しカラーです。それと……本当にごめんなさい」
次に渡されたのは白い鰐革の時計ベルトである。
これはつまり俺のプレゼントがバレていただけでなく、お揃いで買ってしまった事もバレている?
「時計屋さんが採寸までして教えてくれたんです。サッカーでお世話になったからタキオさんを喜ばせて欲しいって」
「あんのジジイ……」
「でもでも、危なかったんです。私も時計を買おうとしたから時計屋さんに行ったわけで、困り果てた挙句に決めました」
そう言って紫色の布に包まれた箱を開けると、そこには高そうな白鞘に収まる小太刀がありました。
「包丁にしてください!」
「なるかぁ!」
ズビシッと親指を立てられたのでツッコんでしまったが、高かったろうに予想外すぎるプレゼントである。
「いや、めちゃくちゃ嬉しいけど許可とか大丈夫なのこれ?」
「大丈夫ですよ。所有者変更を教育委員会に郵送したらオッケーです」
「あら簡単。ありがとうね、大切にします」
「はいっ! むしろガンガン使っちゃって下さい!」
ありがたい。
鉈でもいいが、そろそろトキヤみたいなマチェットにしようかと悩んでいた頃合いだったので、手返しのいい小太刀は素直に嬉しい。
イメージしていたクリスマスのプレゼント交換とは違うが、どうにも幸せの限りである。
てなわけで財布の中を漁って5円玉を取り出して綾子さんに渡す。
「なんですかこれ?」
「刃物の贈り物には厄災を斬り裂き幸運を切り開くって縁起のいい意味合いもあるけど、タダで送ったら縁が切れるから、小銭を渡して円を繋ぐって迷信があるんですよ」
「だからご縁玉なんですね。遠慮なく貰います」
この日が来るまではどうなるかと思っていたが、実際迎えてみたら楽しいクリスマスになった。
白の革コートはやり過ぎだけど、折角作ってくれたものなので、大切に使わせて貰おう。
「じゃあ、居酒屋で飲み直しますか」
「賛成です! 行きましょー!」
彼女であるが、飲み友達のような感覚である。
ばあちゃんや鶴屋のジジイが何処で見てるかわからないので強制的プラトニックなお付き合いが出来てるからこそ、あの手この手で楽しませて自分も楽しもうと思えているのかもしれない。
綾子さんともし、肉体関係を持ってしまえば、俺は盛りのついた童貞捨てたて中学生ばりの猿に豹変する自信がある。
そんな爛れた生活よりは、少し遅咲きの青春を楽しむのも悪くないのかもしれない。
「タキオさん! マサヒコさんの店空いてるみたいですよ!」
「イブにまでマーちゃんの顔見たくないなぁ」
ドラマなんかでは幸せの絶頂に達した所で車に轢かれたり刺されたりするかもしれない。
だけど近くにいて、多少なりと気を張っていれば守り通せるぐらいには強くなった自信がある。
たった一つの例外を除いて。
「藤堂瀧雄さんですね。警視庁捜査一課の江口です。迷宮関連の事件で出頭要請がされていたのですが、連絡が取れなかったので重要参考人として署まで来て頂きます」
「え……」
「え?」
「えぐいてぇ!! デート中やぞ! 見てわかるやろ!」
「……なんなら彼女も同行しても構いませんが?」
「それはあかん。わかった。じゃあいくわ」
国家権力ってのだけは、どうにも上手く歯車が噛み合わない。
でも、東京の刑事さんがわざわざ来るぐらいだから大ごとではあるのだろう。
知らぬ存ぜぬを突き通すだけだが、どうにも世の中上手くいかない事だらけである。
「ごめんね綾子さん。この埋め合わせは必ず」
「……はい。早く帰ってきてくださいね」
綾子さんにこんな悲しそうな顔をさせるだけでも死刑に処したいが、我慢する他あるまい。
泣き出してしまいそうになるが、気丈に振る舞いながらに綾子さんに手を振る。
手錠をされてないだけマシであるが、ここからは素でいかせて貰う。
「んで、警視庁のポリさんがわざわざ東北くんだりまでなんの用?」
「…………」
「おいおいエッグチーズさん。無視してちゃお話にならないでしょうがよ」
「いや彼女さんの前だから敢えて任意同行の体にしてるが、お前逮捕令状出てるからな?」
おっと……シリアスいらんぞ。
逃げるのは簡単だが、それをやるとお尋ね者のハードモードで過ごす事になってしまう。
ここは敢えて逮捕令状は何かの間違いであると抵抗した方がいいのかもしれん。
最悪の場合は綾子さんのツテで弁護士を挟んで抵抗するのも辞さないと覚悟を決めた所で車は高速へ。
「え、まって、何処いくの?」
「警視庁の刑事が署まで行くって言ったら一つしかないだろ」
「うそでしょ?!」
こうして俺は、クリスマスイブの真っ只中に東京へと拉致られた。
どうしよう……何の件だろう……身に覚えがあり過ぎるってのもロクでもない話だが、全て上手くやっていたつもりであるのに、何処で間違ったのだろうか。
「わかった……素直に従うし抵抗もしないから、これだけ教えて。俺、何の件でしょっ引かれてるの?」
「心配すんな。荒川の迷宮で違法探索しただろ? その件に関しての事情聴取だ。陳述調書をとって検察に送って不起訴でバイバイ。12日間の旅行だと思えばいい」
「いや、まず大前提として全く身に覚えが無いし、仮に事実だったとしても、迷宮法が発足する前の話だから違法では無いはずだ。不当逮捕も甚だしい」
「いや、公布された時刻にお前はダンジョンにいた。検問を突破したのもドライブレコーダーの映像に残ってる」
完全に身に覚えがありますが、それぐらいどうにかなりませんかね、なりませんね、はい、わかりました。
「嘘や言い逃れは通用しないと思っていてくれ。これは新たに国が検討している潜行ライセンス発行に関しての案件でな、ダンジョンを知る者、ダンジョンに興味がある者に優先的にライセンス発行の段取りを組む為の偽装逮捕なんだ。拘留はされるが不起訴は確定している。少しハメを外した分のツケを払うと思って協力してくれ」
「それが嘘か本当かもわからないのに?」
「嘘だったらレンコン貸してやるから撃ち殺してもいいぞ。自殺と断定される段取りを教えてやる」
それでも信用できないんだよなぁ。
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