うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?

慈桜

63話


 時は少々遡り、狐面の男こと青面狐が東京から舞い戻った頃。

「もう腕が上がらない? そんな筈はありません!! 何故ならあなた達は毎日鏡狐様より至高のお恵みを頂いているのですから!! あはははは!!」

 赤髪界門四層ではカツオの一本釣りですら生温い24時間耐久釣り苦行の真っ只中にあった。

 全ては狐面の男が化けた偽テツミチのが原因である。

「よぉぉぉろしいですかみぃなさん! この私がわざわざ花の都大東京にまで赴き、あなた達の懐が潤うように直接交渉をして参りました!」

 渓流の障壁の上に立ちながら大演説を行うが、居候組は誰一人とて気に止めてなどいない。

 見た目はテツミチであろうとも、アレは全くの別物であると全員が知っているからである。

「嗚呼、我が主と離れ薄汚れた空気に晒される苦行、まさに身が裂かれる思いで御座いました。ですがこのテツミチは優秀な男です。彼が、ふふ、私が交渉を行った職人達は皆理解力がある者ばかりで御座いました」

 彼の周囲に舞い散る鮭は売り物にもなりゃしない。
 次から次へと釣り上げては陸に放り投げられるせいで陸地は無数の魚で溢れ返っている。

 その傍でショーマが一匹ずつ〆て行く謎の光景が広がっているが、理由は簡単である。

「さぁ、頑張りなさい昇真。鮭の技能核たる【潜水】【遊泳】【水中呼吸】を一刻も早く獲得するのです! 極上の雲丹と鮑を東京に売り払う約束を取り付けているのですから!! 」

 そう、狐面の男はわざわざ超一流店の大将達と会食を開き、自らの真の姿である青き化け狐の姿を晒しての交渉を行った。

『さぁ、大将ご覧の通りに御座います。私は見ての通りに化け狐、界門を、いえ、ダンジョンの守護に努める者に御座います。この鮭も神により身は大きく腹は若く作られた創造物、味は至上である自信が御座いますが、ここで一つご提案が』

 青い化け狐は狐面の男へと姿を変え、青と白が波紋のように広がる不思議な瞳を仮面の隙間から覗かせた。

『少々特大ではありますが、雲丹と鮑も御座います。良ければそちらの購入もお考え頂きたいのです。当然、鮭と同様に天下一の絶品である事は保証します』

 洗脳するわけではない。
 彼の瞳に魅せられると、ただ理解させられる。

 覚る。

 悟る。

 暁る。

 鏡合わせの自分自身の心が表面化する。

 本能を解放するわけでもない。

 動物的な覚醒でなく最も人間・・的な覚醒。

 心鏡眼こころうつすめ

 青面狐の瞳はその人間の核を引き出す。

『それはどんなウニより、どんな鮑より美味いと?』

『勿論に御座います。当然食べてから決めてもらうので構いません。ただ、知っておいて貰いたかったのです。近い将来、ダンジョンの食材が世を席巻する時が遅かれ早かれ訪れます。その時、迷わずに私に頼って頂ければ、まず間違いないという事を』

 常識的に考えれば、ダンジョンなど得体の知れない場所で獲れた海産物など当然に忌避感がある。

 しかし鮨屋の大将は知ってしまっている。

 それが如何に優れた品であるかを。

 理性が天秤を用意する。

 ダンジョン産の超一級品を恒久的に扱える未来と、国の法律に従って諦める・・・未来。

 本心・・は扱いたい。
 だが法を侵してまで扱いたいかと問われれば、本来は首を横に振る。

 人としての枠組みで生きる上で定められたルールがある。

 断念の一択。

 されど一つ疑念が浮かぶ。

 なぜ本心では扱いたいと思っているのに、偽りの答えを良しとするのであろうか。

『そもそもダンジョンの私的流用、隠蔽などは禁じられているとしても、ダンジョンの品を販売してはいけないなんて法律は御座いません。大将は東北の鮮魚店から海産物を購入しているだけ。ただ先程も言った通りに、知っておいて欲しかっただけなんです。貴方が一歩も二歩も先に立つ存在である事を』

『……警察に捕まるような事があれば全ての責任を取ってもらうよ』

『そんなヘマを我々がするとでも?』

 テツミチの努力は台無しである。
 バレないように上手く立ち回った相手に真実を伝え、その上で買えと交渉するのだから当然だ。

 しかし味を占めてしまった相手を納得させるなど児戯に等しい。

 迷宮法の所為で偽神界門は幾らでも見つかっているが、個人敷地に存在するとされている本物の界門、つまり神界門は秘匿され続けている現状、炙り出す為にもライセンス発行、民間潜行なども検討されている最中、本当に近い将来にダンジョンが身近な存在となれば、青面狐の言うようにダンジョン産品主流の時代が訪れる。

 ダンジョン産品主流時代が訪れた時に真実を話すより、先に全てを話しておいた方が心証もよくスムーズに新時代へ移行できる。

 ずっと騙してきた相手よりは正直に話してくれた相手の方が人にも紹介しやすい。

 引け目があれば値段交渉でも泣かされるが、強みがあれば更に引き出せる可能性もある。

 簡単に納得させられるなら最適解を選ぶ。
 青面狐の行動は十年二十年の長い時間を考えた上での行動である。

 そして冒頭のドS演説に戻る。

「良いですか! あなた達はいま平山の未来の財政の礎を築こうとしているのです! あなた達が本気で命を削った時間こそが未来を光り輝かせるのです!!」

 胡散臭いことこの上なし。
 狐面の姿で言えば何も問題はないが、見た目がテツミチであればリフォーム詐欺の業者にしか見えないから不思議だ。

 腕が馬の筋肉のようにバッキバキにパンプアップされながらにも、目の前の詐欺師への怒りを力に変えて竿を振り続ける。

「来た!! 来ました!! 【水中呼吸】」

「ではドメキンと交代するのです!」

 確かに早い。
 7人が魚を引っ切り無しにぶっこ抜いて〆て行けば一人あたり3千匹程度釣り上げれば技能核フルコンプには至る。
 しかし彼らが釣ってるのはサビキのアジやイワシではない。

 5kgを越えるオオメマスなのだ。

 いくら界門での身体能力上昇があるからと言っても既に握力も限界、腕も攣り始めて呼吸もままならない頃合いであるが、青面狐が彼らの背に触れると皆再び息を吹き返す。

 鮭の残骸を分解して存在因子を流入させ超回復を行っているのだ。

 体力回復系ドレインの付与とでも言うべきか、必要としているエネルギーをより効率的に吸収させているのだ。

 より効率化した肉体でフラットな状態に戻ったと勘違い・・・する。

 肉体的超回復を併用した擬似的・・・なダンジョンハイを起こしているのである。

 位階上昇でのダンジョンハイは文字通りに人間としての位階を上昇させ、自分がそれまでとは別人かのように能力を向上させるが故に興奮状態に陥る。

 超回復による高揚状態は、肉体的な負担を消し去り、最適化された肉体で気力体力共に絶好までに漲るが故に興奮状態に陥る。

「ヒャッハー!! 無敵だぁぁ!!」

「これなら幾らでもやれるぜ!!」

 いくら全回復したとしても限界がある。

 3千匹の鮭の存在因子で超回復したとして、再び3千匹を釣り上げて3千匹の吸収で同程度まで回復出来るかと言えばそうじゃない。

 既に鮭での最適化は行った後なので回復率は著しく低下する。

 例えばゲームのレベルアップ。

 スライムを一匹倒してレベルアップした後は十匹倒してレベルアップ、三十匹倒してレベルアップと、必要経験値が増加して行く、それに近い状態が起こる。

 3千匹を釣り上げて、ぶっ倒れる寸前まで追い込まれて3千匹で全回復した。
 ここで肉体回復のみに極振りできれば、かなり楽にはなるだろう。
 しかし多分に漏れず精神疲労の回復にも割り振られる為、その差分も後々に響き始める。

 3,000全回復が2,500、2,000、1,500と回復効率が低下して行き、全員が終わる頃にはかつて経験した事もない程の疲労と共にぶっ倒れる。

 筋トレのオールアウトに似ているかもしれない。

 位階、肉体に照らし合わせた最適化が行われた研ぎ澄ませた肉体を手に入れる代償として、強引に解除していたリミッターが初期値を把握すると同時に白目を剥いてぶっ倒れる。

「情けない!! なんと情けないのでしょうか!!」

 青面狐が笑いながらに嘆く視界の先には筋骨隆々の男達が白眼で痙攣をしながらに気絶している地獄絵図が広がっている。

「あぁ、なんと醜い生き物でしょうか! 鏡狐様を見守る美しき日々が遠い昔のように感じます……」

 青面狐は周囲に散らばる8本の釣竿を手には触れずに操作し、半自動的に次々と魚を釣り上げる異力を構築し、次々に魚の雨を降らせる。

「寝ている暇など御座いません!」

 居候達にはビッタンビッタンと魚が降り注ぎ、それらが全て存在因子と分解されて吸収されて行く。

 必要回復量が足りていないのであれば、増やせばいい事。

 青面狐に優しさなどは微塵も存在しないのである。

「さぁ起きなさい穢れたブ男ども! あなた達はこれより海の生物となるほです!」

 心休まる時など存在しない。

 平山の働き手の中で『強さ』への渇望が最も薄い者達が、強さを追い求めざるを得ない地獄へ誘われたのだ。

 居候達はケツを蹴られながらに五層へと潜り、水中をイルカのように自由自在に泳ぎまくって地獄からの解放を喜びあう。

『これ!【貫通】通るな!』

『どうせ階段通らないから! 竹とかでぶった斬る?』

『そうしよ! 鮑も貫通通るか確認しこう!』

【水中呼吸】があるので普通に話せているが、水が声の振動を邪魔して聞こえが悪いので叫び気味で会話を行いながらに凄まじい速度で六層まで泳いで行く。

『いけるいけるぅ!!』

『ヒィヤハッー!! 楽勝じゃねぇか!』

 彼らの行動指針が決まった。
 竹を採りに行こうかと四層へ上がり、偽テツミチにその旨を説明したが、何故か一蹴。

「食材には刃物で美しく対処するのが礼儀」

 前蹴り一閃で五層へ転げ落ちてはブツクサと文句を垂れながらにも雲丹、鮑の回収。

 五層の雲丹はバフンウニに似てるので、トゲは其処まで鋭くはないので比較的安全に処理できる。
 鉈で岩から切り離し、四層へ上がる階段まで運んでから真っ二つに割って半身ずつ丁寧に抱きかかえて四層へ運ぶと、青面狐が触れた側から消し、再び蹴り落とされる。

 六層の鮑班も同様に鮑を岩から切り離しては重ねてくっつけたままに4名で協力しながら運び、十字に四等分して運び混むと没収前蹴り。

 悪魔である。

 しかし青面狐がムカつくよりは水の中で自由に活動できる楽しさが勝っていた。

【遊泳】により蹴り一発でグングンと進み、【潜水】のお陰でどこまでも深く潜っていける。
 そして【水中呼吸】があるので、活動が延々と続けられる。

『ここでイルカとか放ったら面白そうだな!!』

『今度捕まえに行こうぜ!!』

 アホである。
 20代半ばから30代後半の連中がジェネレーションギャップを感じさせずに、ただ思いつきの馬鹿話で笑いあっているのだ。

『でもさぁ! これいつまでやればいいんだろうなぁ?』

『そればっかりはわからん!!』

『おおおい!! あいついないぞぉ! ウニ食って休憩しようぜ!』

 居候達は束の間の休息を楽しみながらに、手持ち無沙汰にまた潜って行ってしまうのは余談。

 地上に戻った青面狐は与えられた本来の仕事を開始する。

 その日必要な発送分の品物を存在因子で再生し、新たに狐山から送られた人員に箱詰めの手伝いをさせるのだ。

 予めクラッシュアイスの山を作っておけば皆が発泡の箱に氷を詰めていき、
 耐水紙のグリーンパーチが敷かれた状態で青面狐の前にスライドされて来る。

「㐂兵衛10ぽーん、10ぽんでーす」

 青面狐が軽く撫でると、其処にはオオメマスが姿を現す。
 吸収した存在因子を再構築しているのである。

 再構築に関しては大きさなども変えられる。

 例えば四畳半はありそうな特大鮑を人の顔程度の大きさに再構築したり、軽自動車程の雲丹をバスケットボール程度にして、身をパンパンに詰めこんだりもできる。

 特大のままに切り分けて送りつけるよりは、オシャレでいいだろうと遊んでいるのだ。
 後に自分の手を離れた時の事を考えているのかどうかは微妙である。

「よいしょーい。もう一本はいるよー」

 魚が乗せられた発泡がスライドしてくると耐水紙で魚を巻いては氷を入れて封を閉じる。
 なんちゃってベルトコンベア状態で次々と箱詰めして行くと、クール便が列をなして登場し、流れ作業で積み込んで行く。

 祭りである。

 かたや鶏、かたや鮭。
 クール便が積み込みを終えて出発をする頃には、次は複数のダンプ車が登場し、挨拶も漫ろに汗臭い大群のオッさん達が平山界門に突撃して行き、両肩に黒豚を担いで舞い戻ってくる。

 100頭の豚を積み終えると事務員さん達と購入のやりとりを行って帰って行くと次は鶴屋のトラックが訪れ、桜が鰐皮のやりとりを行う。

 もう何屋かわからない。

 出荷が終われば再び地下へ。
 陸地で休むトドやアザラシを蹴散らすように居候組を五層に蹴り落として、またもや通せんぼモードに突入。

 そして彼らが自分は水生動物であると錯覚し始めたタイミングで、ようやっと地上への帰還命令が下る。

「そろそろに御座いましょう。性根を叩き直してやったのですから、これからも鏡狐様に感謝し、研鑽を忘れてはなりませんぞ」

 タキオとトキヤの目覚めの兆候が出始めた頃合。

 一皮剥けた男達が地上へ向けて歩き出した。




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