うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?

慈桜

62話



 自己紹介を終えた銀髪君と雁絵は、喫茶店の窓際、曇りガラスにシルエットを浮かべながらに対峙した。

「雁絵ちゃんは強いすけど、力の使い方が下手くそすね」

「……お前が強いんだろう」

「それは無いす。雁絵ちゃんは界門を何層まで潜ってるす?」

「界門? ああ、アレな。一応は地下十七階までは行ってる」

 界門が世界各地に登場してから一年ほどの時が過ぎるが、その期間で十七層まで辿りつくのは普通に考えれば正気の沙汰ではない。

 タキオ達は文字通りに気がふれているし、仕事の関係上必要に駆られて鶏の大量狩りを行いスキルを得て異常な成長を見せているが、それも桜達より指南を受けているからこそ可能であり、知識が無いままに十七層などいつ死んでもおかしくない攻略ペースである。

「それで明らか、自分らは三層までしか許されてないすから」

「……嘘はバレんぞ?」

「ガチすよ。でも、位階上昇に負けないぐらい体も鍛えてるす」

 120kg越えの豚を担いでランニングし、500kg越えの牛を数人で担いでトコトンまで追い込む。
 その毎日の繰り返しているので、自身の力を存分に発揮できているのは事実。

 しかし銀髪君は嘘もついている。

 実はこの二週間の間、学校をサボったままに十層で山羊狩りを行い、ジュンペー達に買い取ってもらうアルバイトを続けていたのだ。

 桜には許可を得ているが、学校をサボった事がトキヤにバレると本当に殺されてしまうかもしれないので、頑なに山羊狩りの件は口を閉ざしているのである。

 壁に耳あり障子に目あり。

 雁絵は関係ないから話しても大丈夫なんて気の緩みは命取りになる。

「雁絵ちゃんは力任せにやってるだけすからね、より効率的に必要最小限の動きで一瞬の隙も逃さず殺すのが基本す」

「…………」

「基本首、心臓は絶対に守るべきすしね。どれだけ強くても首を斬り落とすか心臓を抉るか、目ん玉から脳味噌搔きまわすってのもありますけど、首心臓はやっぱりベターじゃないすか? それで行くと雁絵ちゃんは隙が多いって言うか、ぶっちゃけ頑張れば何回か瞬殺できましたよ?」

 さも当然であるかのように言い放つ銀髪君に雁絵は正直なところで引いていた。

 もう御察しかもしれないが、彼女は風巻きっての名家に生まれた筋金入りのお嬢様である。

 両親は共に海外で仕事をしており、兄弟は血筋に漏れずに一流大へ進む優秀ぶりを見せる中、彼女だけは末の娘として甘やかされた事もあってか落ちこぼれてしまった。

 そんな折に出会ったのが音楽である。

 半分勘当状態で家から追い出され、もう使われていない別荘に住み着いた先、パンクロックに出会い世界が変わった。

 クラシックを大音響で聞くためのスピーカーですら音割れをしながら響き渡るバンドの音源に自分の本当の生き方を見つけた。

 そして音楽を通じて知り合った仲間とバンドを組み、青春を全力で謳歌した真っ最中の事、ダンジョン出現による事故に巻き込まれ仲間達は奇跡的に一命は取り留めたものの、植物人間状態となってしまった。

 雁絵を迎えに行く最中での事故であった。

 絶望の只中にあったが、医療費の足しになればと使用していない家財道具を売りに出そうかと屋敷を調べていると、自身の住まう屋敷に憎きダンジョンが出現した事を知った。

 彼女は八つ当たり半ばにダンジョンアタックを決意した。

 仲間の髪型、メイク、ピアス、革ジャンを真似し、皆と共にいれば怖いものなど何もないと、20歳になったばかりのまだあどけなさも残る女性は、飾り斧を手にダンジョンへ潜った。

 彼女は知った。

 憎きダンジョンは金になる事を。

 迷宮産品を仲間の慰謝料として当然だと言わんばかりに裏ルートで取引しながら、人手の足りなさに歯痒い思いをしていた所、品物の受け渡しをしていた喫茶店にてサッカー部の少年達が愚痴を零している姿を見かけた。

「あんたら世界一サッカー上手くしてやるから、ちょっと仕事手伝わないかい?」

 それが全ての始まりだった。

 彼女は強い。

 物理的に強い。

 だが、心は仲間想いのか弱き女性である。

 そんな彼女の目の前で、一人の不良高校生が、確殺たるや如何なるものかと常在戦場の精神で語る姿は異様な物に映った。

「ジミー達はどうしてそこまで強さを求めるんだ?」

「男すからね、弱いよりは強い方がいいす」

 本当にただそれだけだ。
 純粋な力への興味、渇望。
 何かを成す為でもない、力で世界を変えてやろうなどの陰謀も無ければ、格闘技で頂を目指してやろうなども無い。

 ただ強くあるべきだと純粋な心から、出会った連中が鬼の如く変態であっただけだ。

「じゃあ……お前達が攻めてきたらダンジョンを手放さなければいけないな」

「山で働けばいいんすよ。社長隠蔽体質すからね。きっと雁絵ちゃんも歓迎してくれるす」

「……でも、あの子達が可哀想だな」

 雁絵のアイスティーの氷が音楽が途切れた静かな店内に甲高い音を響かせた。

 空気を読んでスピーカーからは再びジャズが流れ始める。

「言っておくすけど、自分らなんて山の中じゃ下の下すからね? こんなの言うのはアレすけど、見つかった時点でゲームオーバーす」

「……わかった。一回会わせてくれないかい? あんたらの頭にさ」

「勿論す。じゃあ行くすか?」

 チャイムが鳴ると同時に、地鳴りでも起きているかのようなバイクのエンジン音が無数に響き渡る。

 雁絵のエンジン音などかわいいものである。
 彼らのマフラーには消音器がついていないのだから当然だ。

 喫茶店の窓ガラスがビリビリと揺れ始めると、テーマパークのパレードのように彩られた単車が次々と走り抜けて行き、喫茶店の前にはシシオ達が集まり始める。

「おっ、単車持ってきてくれたん?」

「メガネチンポ君がキャブイカれて修理に出してるらしくてよ? ハンキー掛かってねーから押してもらったんだ」

 そこにはサッカー部ではない真面目そうなメガネを掛けた生徒がいる。

「直結してやろうかって三回は思ったね」

「やめてぇ。これハサミでイケちゃうやつだから」

 圧倒的アウェー感の中で口を噤んでいる雁絵に銀髪君は笑顔のままに顔だけ振り返る。

「じゃあ行こっか雁絵ちゃん」

 その噂の社長たるタキオであるが、彼は寝食も忘れたままにミノタウロスの首を振り回しながらに、その角でミノタウロスの心臓を穿っていた。

 まさに修羅である。

 彼が何故このような事態になったのかは至極単純。

 オーク層にて【誘引】を覚えたタキオは早々に【絶倫】【豪腕】を手に入れる事に成功し、十九層大迷宮ステージに降りて早々にミノタウロスに遭遇した。

 絶対的な信頼を寄せる鰐ガブで応戦し続けたが、特大の斧を降り抜かれコカトリスどころじゃない死の危険に直面しながらに、鰐ガブを何発も何発も叩き込み、なんとか一体のミノタウロスの討伐に成功した。

 あいつらを自由にさせては行けない。

 その一心でミノタウロスの毛を【製糸】で糸にし、次に対峙した場面では手足をふん縛って倒そうとしたが、どうにもすぐに引き千切られてしまう。

 再び距離を取りながらに鰐ガブで応戦したが、向こうは馬鹿でかい牛頭人身の怪物である。

 どれだけ逃げようにも直ぐに距離は詰められるし、逃げた先の別個体に遭遇でもすれば瞬殺で詰む。

 股の間を駆け抜けて鰐ガブをして応戦をしている最中、豪腕にて先だって討伐したミノタウロスの大斧を振り抜いたところ、ミノタウロスはバランスを崩しては事切れた個体の角に心臓をいとも容易く穿たれて絶命した。

「はい弱点ハッケーン!!」

 そこからの行動は早かった。
 特大斧でミノタウロスの首を斬り落とし、その首を角の剣と見立てて振り回し始めたのである。

 相手は巨体であるので【命中】で狙いを定め【豪腕】でぶん投げるだけで面白いように心臓を穿つことができる。

 首を引っこ抜いては次と面倒な作業が続くが、オークに引き続く位階上昇に完全に天元突破でダンジョンハイに酔ってしまったタキオは、留まる所を知らずにミノタウロスを狩りまくっているのだ。

 一つ認めるべきなのは、ベロベロのダンジョンハイであるのに吸収時間を持ってしてクールタイムを持っている所である。

 この時間が1秒でも長く続くように、我慢したぶん暴れられる。

 ミノタウロスの血を多量に浴びながらに、欲の限りに狩り尽くした後、遂に【無効解除】が出てしまった・・・・

 楽しかった時間も終了……な訳あるかいと、再びミノ狩りを開始したのが6日前。

 雁絵と銀髪君が平山に向かっている事など知らずに【斧撃】【怪力】を取得したまま過度の睡眠不足により直立不動のままにぶっ倒れた。

「本当キチガイだねぇ」

 当然タキオは桜が回収。

 ここの差異が大きい。
 再び雁絵の話に戻るが、彼女は界門十七層にまで辿りつく程にぶっ飛んだ潜行を行なってはいるが、ダンジョンハイ=死を強く認識している。

 何故なら安全圏ではあったが、一層にてダンジョンハイを迎え気絶し丸一日無防備に寝て過ごしたことがあるからだ。

 二度と同じ失敗はできない。
 少しでも自分がダンジョンに飲まれてると感じたら、一度地上に戻る。
 そのサイクルを徹底しているが、平山の連中はどうだろうか?

 基本一層から十六層までは、例外を除いては寝ていても問題が無い層が多い。

 そしてタキオに関してはソロであっても桜が常に回収してくれるし、他の者も桜でありトキヤでありキョウコでありテツミチであり、誰かしらが助けてくれる環境下にあるので、ダンジョンハイはある種禁断のブースト的な感覚でいる。

 その差が本当に凄まじく大きいのである。

 タキオがお姫様抱っこのままに地上に運び出された先には、サッカー部達と雁絵が話し合いをしている最中であった。

 シシオは真剣な面持ちでタキオの様子を見て桜の目を見る。

「死にましたか?」

「10日間界門で酔いっぱなしで無理やり起きてたからね。こりゃ2、3日起きないんじゃないかい。で、そっちのお嬢ちゃんは?」

 そして雁絵は桜を見た途端に、この世の終わりでも見たかのように顔面蒼白のまま膝下から崩れ落ちた。

 強いからこそわかる強さ。

 雁絵は十七層まで潜り力をつけた強者であるからこそ、目の前の存在が底知れぬ異質なものであると理解できたのだ。

「いやまっ! ションベンたれてんじゃないよ! テツミチ!! 風呂用意しな!!」

「ははっ、直ちににご用意致しましょうぞ」

「ちっ、まだあんたなのかい」

「それは皆混乱します故ご内密に。ささ姫君、風呂にご案内を。なに心配なさるな。私は至上なる鏡狐様にしか興味がない故、恥部でも気にせず洗ってやれるでな」

「じ、自分ではいる! だから近寄るな! お前もお前もぉ!!」

 当然テツミチの姿で登場した男も中身は狐面の男のまま。
 神と神の眷属を前にして、雁絵はそのままに意識を手放した。

「犯されるとでも思ったかねぇ」

「心外な。桜様ほどに美しければ我が心も揺れはしましょうが、小便たれに発情するなど馬畜生でもあるまいに」

「馬バカにしたら殺すよ。ちっ、しゃーないねぇ。あたしがいれてやるしかないじゃないさ」

 何かと面倒見がいいのである。
 血塗れドロドロのタキオをそのままシシオに渡し、震える雁絵を抱き上げて風呂場に行った桜は、それはもう大袈裟な程に彼女をゴシゴシと洗った。

 仕切り直してリビングにて会合の場が設けられる。

 桜に対しての怯えもマシになってきた所で、サッカー部の面々と桜を含めての話し合いだ。

「で、この子が次にタキオ達が狙ってる界門のぬしかい?」

「そう、なるすね」

「なるほどね、あんたも悲惨だね。孫らが悪い遊び覚えちまったから」

「……いえ、その」

 風巻の連中の前では女ボスそのものの様相であった雁絵は桜を前には借りてきた猫状態である。

「雁絵ちゃんは界門の神様を降した後、平山で働き手になりたいんす」

「それは心配ないよ。この子は来る者拒まずだからね」

 散らばった歯車が一つずつ噛み合うように、大窓が開くと同時にトキヤが登場する。

「おや? これは寺開のご令嬢。今から叩き潰される界門のぬしごときが平山に足を踏み入れるなんて……」

 トキヤは震え上がる程に冷酷な視線のままにゆらっとブレると同時に姿を掻き消し、次の瞬間にはマチェットを雁絵の首に振り抜いたが、その切っ先は桜がアクビをしながらに指で挟みとる。

「トキヤ! 人ん家で物騒なもん振り回してんじゃないよ!!」

「……はい」

「後、女の子には優しくしな。顔が良くたってモテやしないよ」

 次の瞬間トキヤは口から血を吹き出して膝から崩れ落ちる。

「トキヤさん!?」

「心配ないよ。異力を逆流させて寝かせただけだからね」

 そのまま床に伏せたトキヤを見届けて桜は雁絵へと振り向いて心底愉しそうに笑った。

「命助けてやったんだ。それなりには儲けさせてもらうよ」

「は、はいぃぃ!!

 どこまでもお金が好きなおばあちゃんである。

「シシオ、あんた冬休みいつだい?」

「もう4、5日です」

「丁度いいね。テツミチもこの子らが起きるぐらいに帰ってくるだろうしね。今回はあたしも混ぜて貰うよ」

 雁絵の界門の命運が決まってしまった瞬間であった。

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