うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?
55話
済し崩しに見ず知らずの若造の家臣とされてしまった元狐山当主・狐守唱光はやり場のない怒りに震えながらも、狐山の者達が集う集落まで急いでいた。
山間より蔓橋を越えて棚田が広がる集落へ辿り着くと、足を緩める事はなく狐山の者達が集まる集会所へ駆けつける。
「唱光おかえり!どうだった?」
「皆すまない。14席の鳴りを食らった。平山の二代目に降ってしまったのだ」
その瞬間、何故か其処彼処からクラッカーがパンパンッと鳴り響き、著しい神化により狐耳が生えた者が楽しそうに踊り始める。
「何故よろこぶ……」
「だって桜ちゃんがいれば安全じゃーんっ! 狐山は今まで県道沿いで最前線だったんだよー? 髪色変わるならまだしもあーしコレだしね」
ピコピコと耳を動かしながらに親指と人差し指で昔チョキをアゴに「ジャキーン」と効果音をつけてキメ顔である。
灰色混じりの黒髪に同色の狐耳と配色としてはそこまでに美しくはないが、彼女達が大きな力を持っているのは、その姿から容易に読み取れる。
「それがな……何やら我らは外に界門を探しに行かねばならぬらしい」
「うっひょー! ぶっ飛んでんな桜ちゃんのまごー!」
耳をピーンとさせながらジャンプすると、村の子供達も我慢出来んとジャンプをしては爆笑して配られたクラッカーをパンパン鳴らす。
「まー、レイヤーって事で行けっか」
「こも姫せんこさんせんこさん!」
「よいのじゃぞーあははは」
あまりに無邪気が過ぎるので、唱光は顔面をそのまま撫で下ろしながらに強張った顔の筋肉をリセットするが、次は極々普通の者達に向き直る。
「そして戦う力を持たぬ者は平山に通って欲しいとの事だ」
「ほっ……良かった」
それには皆が安堵と共に胸を撫で下ろす。
他の者達も同様に外へ探しに行けと言われれば、それ即ち死ねと言われているのと変わらないからである。
「んでもさー 外の界門見つけてどーすんの?」
「平山狐山総力を挙げて降し、新たに狐山の界門として開くらしい。それを守ってこそお狐様に力を示せと言われた」
「ふーん、引っ越したいから逃げててって言ったのは鏡狐ちゃんなんだけどなぁー」
「それでも、引っ越したいと思わせてしまった時点で我々の落ち度だろう」
狐耳の少女は「それもそうだね」と零しながらに、カカトを踏んでいたスニーカーを履き直しながらに背中を伸ばす。
「ほーんじゃっ! 最近寒いから沖縄行こっか! 」
「その耳でか?」
「あそっか! じゃあ楽しそうだし東京!」
「いや、もっと近場で良くないか?」
「良くないね。どうせなら道中つよーーいの見つけてやろうよ。強ぉぉぉいヤツ」
唱光は鼻から大きく息を吸ってから、ゆっくりと溜息を吐き出して頷いた。
「だな。強い奴をぶつけてやろう」
唱光と狐耳の少女が山へ消えていく姿を見届けた後、狐山の者達は無言のままに準備に取り掛かった。
「他のもんも唱光さん達追わせた方が良さそうだね」
「二人とも強いけど、どっか抜けてるからねぇ」
「ほんとそれよね。強い神を見つけたって苦労するのは自分達だってのに」
オバハン達はコソコソ話をしながらにも、前回の自衛隊の一件で周辺の山に働きに出た者達へのメッセージを打ち始めた。
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狐守達が意趣返しを画策している頃、テツミチはお狐様ハウスで引っ切り無しに電話応対をしていた。
「あ、もしもしー、お世話になっております。私藤堂水産の和山と申します。大将いらっしゃいます? 」
いつも通りの早朝を過ごし、ひとっ風呂浴びてから鶏を狩り、奥さんのお弁当を食べてから一息。
いつもであればキョウコと共にモロコシ狩りに行く流れであるが、テツミチはPCの電話帳をコピーしたモノと睨めっこをしながらに引っ切り無しに電話を掛け続けていた。
『もしもし、吉岡ですが』
「あー、大将! お忙しい所すんません! 自分三陸沖で漁師やってる和山と申しやしてね、ごぉっくじょうのオオメマスが獲れたもんでどうしてやろうかと思ってやして」
『そのような申し出は全て断らせて頂いております』
「いやいや、違いやす! 違いやすよ大将! 自分みたいな田舎のツテもないような鮮魚店が魚を買わせようなんて烏滸がましいにも程がある! ただね、ただハクが欲しいんですよ」
『はく? ですか』
「へぇ! 自分がこれよりオオメマス一尾送らせて頂きやす! それを煮るなり焼くなり捨てるなりは好きにしてくだせぇ。ただね、美味しかったら素直に美味しかったと言って貰いたいんです! 江戸前老舗、天下一たる吉岡鮨の大将を唸らせたとあっちゃあ、ウチみたいに小さいとこでも、ハクってもんがつきやしょう!」
『んー、見てそのまま捨てるかもしれないよ?』
「へぇ、それは勿論かまいやせん! 是非とも色好い返事お待ちしております!」
相手の電話が切れるのを待つ。
そして再び次の店舗へ連絡しようとスマホに向き直ると、銀座㐂兵衛と表示される。
『あぁ、もしもし和山君。㐂兵衛の東野です』
「あぁーーー! これはこれは大将! なんとも銀座一世界一の寿司屋の大将が私なんぞにお電話を頂けるなんぞ夢にも思いやせんでした!!」
『うん、あの時喧嘩して電話切らないで良かったよ。本当、そりゃあ自信持って送りつけてくるはずだ。ルール違反もここまで振り切れば逆に気持ちもいい』
「てぇーこたぁ、食べて頂けたんでやすか?」
『あの魚を捨てるぐらいなら鮨屋なんてしてないよ。で、本題だけど、同じぐらいの魚、どれぐらい揃えられる?』
「日に10本が限界でやすね。仲間内大規模で定置仕掛けて、5kg越えて腹が若い個体だけ抜いてやすから」
『そうなんだね……いくらで出すつもり?』
「それなんでやすがね、あの個体は仲間内で大鮭児なんて呼んでる新しい白鮭でやして、希少性から言ってもKg1万は欲しいんでやす」
『よし買った。全部送ってくれ。獲れたら獲れただけ送ってくれたらいいよ』
「ありがてぇ……ありがてぇ……。では早速送らせて頂きやす」
詐欺師である。
普通ここまでの話に持ち込めば、もう東京相手には売らないのが普通だろう。
何故なら仲間内や食通の間で噂になってしまえば、直ぐに不義理がばれてしまう。
だが、テツミチは一味違う。
ここ数日、同様の手口で全国に魚を送りまくっていたが、一斉に撒き餌に食らいつき始めたのだから、ただ単に不義理を理由に引くわけには行かない。
「あー!これはこれは雛緒の女将! お忙しい中わざわざ連絡下さいまして」
『和山さん、いくらで出してんだい? お礼がてらにうちが買ってあげるよ』
「えー? 買ってくれるんで御座いやすか? でも困りやしたねぇ……」
『なんだい、獲れなくなっちまったのかい?』
「いえ、実はあの魚は仲間内で大鮭児と呼んでる新しい白鮭でしてね、三陸の漁師が結集して掻き集めても日に10本がいいところ。そう説明しやしたところ、実は銀座の㐂兵衛の大将が全部買ってくれるといいやして」
先程と全く同じ説明から、次は老舗の名前を勝手に語ってしまう有様である。
『じゃあ少ししか獲れなかったってんで半分はこっちに回しなよ』
「いえ、実はね、町興しで地元で流行らせようかってんで日に10から20は町に流してるんで御座いやすよ。どのみち水揚げ何トン何十トンのうちの一握り、知れた所で手には入りやせん。で御座いやすから、㐂兵衛さんには内緒でって話を約束してくれて、大鮭児ってのを隠してくれるってんなら1本5万で流してる代物……そうでやすねぇ、3万円っちゅう話でしたらどうでやす?」
『いいねぇ……いいけどコソコソしたくないから色つけてやるよ。普通に7万円で町売りの分を売らされたって言いな! うちは㐂兵衛より看板は上だからね。そこんとこ勘違いすんじゃないよ』
「そりゃあ勿論!! 勿論に御座いやすよ! 座敷に上げたら言い値の老舗料亭様と成金相手の鮨屋なんぞは貫目が違いやすから!」
『わかってんじゃないかい。あんたも商売下手だねぇ。うちなら10万20本でも買ってやれたのにさ』
「そのお言葉だけで充分に御座いやす」
その魚は横の繋がりで馬鹿みたいな値段で取引されるかもしれないし、自分達の系列で消費するのかもしれないが、鮨屋と料亭の二枚看板に破格で売りつける事に成功したら、後は簡単。
㐂兵衛と雛雄の名前を出して、残り10本をやりくりしているように見せて単発10万飛び日で1本で、散らして売って行く。
面倒な電話のやりとりをするだけで、たった30本の魚で日毎220万の利益が上がってしまう。
だが、テツミチはここでは終わらない。
「もしもし和山ですー、あー大将! ありがとう御座いやす! えー!えー、じゃあ先ずはお近づきの印という事で3万円で、へー!」
㐂兵衛には大鮭児など造語で毎日10本買いを約束させる変わりに大特価の五万円。
雛雄には㐂兵衛との取り引きを引き合い出して毎日10本7万円、そして関東近縁は毎日数店舗がランダムに10万円で買い取る契約に膨らませた。
結果としては平均7万円数千円の値を固定させた大鮭児であるが、次は地方全国の鮨屋に、ただの大目鱒として3万円で叩き売りにするのだ。
「テッさん、五万でも安すぎぐらいですって。そんな叩き売りしなくても」
「こりゃあ店の懐具合を探ってるんでやすよ。㐂兵衛や雛緒なんぞは誰もが知ってる超高級有名店、何をどうしようとも懐具合は痛みやせんが、地方の店なんぞわかりやせん」
ショーマはよくわからんと左の眉を吊り上げるが、テツミチはわかりやすく説明しようとコピー用紙に図を書いて行く。
「例えばショーマが鮨屋を経営してたとしやしょうか。白鮭に惚れ込んで3万円で買ったはいいが、売れ残って1万円の赤字になりやした。どうしやす? また次の日も買いやすか?」
「諦めるでしょうね」
「でやしょう? じゃあ3万1撃で止まる店をGランクとしておきやしょう」
ショーマ鮨Gランクと書いて泣いてるスマイリーを書く余裕があるテツミチ。
「じゃあ次は一日置き、二日置きに頼んでくる鮨屋はなんで日を置いて頼むかわかりやすか?」
「赤字ではないけど、一日では捌ききれない、ですか?」
「ショーマのくせに正解でやすね。つまり一尾だと売るのに二日、ないし三日かかる店をFランクとしやしょう」
その調子でテツミチは店のランク分けをして行く。
毎日発注できる店舗をEランク。
毎日2本発注できる店舗をDランク。
3〜5本がCランク、5〜7がBランク、7〜10がAランク、10本以上がSランク。
「これで大体店の流行り、規模がわかってきやす。じゃあGランクの店には半身を15000円または柵にして7500円でって話にしたらどうでやしょう?」
「赤字にはならないので全然買えますね。儲けは少ないですけど」
「まぁ、例えばの話でやすよ。考えようによっては3万で買って6万円になって3万円儲けてても赤字と考える場合もありやすから。でも、F、Gランクなら半身、Eランクなら1本としといたら、折角の縁が途切れる事はありやせん」
根こそぎ金に変えて行くスタイルである。
「これで残りは繁盛店の懐具合も丸裸にしていけるわけでやすが、最初にこっちはお近付きの印で特別にと伝えやすね? 実はこれ、たったの一度だけは値上げをしてもギリギリ納得させられる魔法の言葉なんでやす」
そこでテツミチは眉尻を垂らしながらにショーマを拝み始める。
「すいやせん! すいやせん大将!これまで騙し騙し大将の為にどうにか卸値下げて引っこ抜いて来やしたが、量も減ってきやして、もう何処も取り合いでスカスカで御座いやして、最低一本五万円は無いと送れなくなってしまいやしたぁ!!」
「いいですよ和山さん。これまで安くで譲って貰ってたんだから五万円でも大丈夫ですよ」
何故か迫真の演技にショーマが本気ですし屋の大将になった所でテツミチは肩の力を抜く。
「と、なるわけで御座いやしてね。EFGはそれでダメなのは丸わかり、Dから上ならどうにか付き合いできやしょう?」
「ですね。でも、それで終わりは勿体無くないですか? 幾らでも獲れるのに」
「所場所によっては旬の季節は変わりやす。三陸から北海道まで入れたら、大体3月から12月までは獲れやすからね、間違いのない魚を探して来ますと話を持って行くのが1つ……でやすが、5月頃までは寝かして半年ほどでガバッと稼ぐのがいいかもわかりやせんねぇ。特に東京には10.11.12月ぐらいに限定して」
「希少価値ってやつです?」
「あとは飽きを出させない為ってのもありやすが、稼ぎすぎるのもよくありやせん。藤堂水産ってのは実際にありやすが、うちらは関係ありやせんからねぇ、くっくっくっ」
極悪人である。
この案件に於いては関係各位綻びが出ないよう様々な許可関係でタキオが動き回っているが、元々一人親方で税金関連は元請けに任せてたテツミチからするならば、知ったこっちゃないのである。
そうこうしてる間にも再び着信、テツミチはニヤつきながらにショーマへ一つ頷くと、スマホを耳に当てた。
「まぁ、とことん稼ぎやしょう」
「ははは! はい、魚とってきます!!」
ショーマが元気よく出かけて行き、テツミチは短く息を吸い込んで電話に出ようとすると、彼の目の前には青白の巫女服を纏った銀髪のケモ巫女さんが、無表情のままにメロンを抱えて体育座りをしていた。
テツミチは口を開けたままに呼吸をするのを忘れ、目を見開いてはスマホを落とし、数秒の逡巡の後、咄嗟に土下座をした。
「申し訳御座いません、申し訳御座いません。お狐様の御前にて頭が高く!」
「ぃぃょ……めろんきって」
「はい! 喜んで!! 全身全霊をかけて斬らせて頂きます」
普段人見知りがうかかあ過ぎて碌に喋れない鏡狐だが、不思議とテツミチとは話しやすいのか、小さなお願いまでできている。
突然何を思ったのかお供も連れずにメロンの差し入れに来たのだ。
テツミチは震えながらにも、日頃の感謝を忘れてはいけないと丁寧にメロンを切っていく。
ただ愚直に、変わった事もしようとせず、自分ができるメロンのカットを行って鏡狐へと差し出しては再び平伏。
「ぃぃ、から、たべょ」
「ありがとう御座います、ありがとう御座います」
二度感謝を述べて、心の中で一度述べ、再び一礼してからメロンを食べる。
「ありがたく、頂きます」
既にテツミチは泣いていた。
「てつ、なら、来てもぃぃょ」
「化かされやせんか?」
鏡狐はコクンと頷く。
「なればお狐様、どうかどうか、暫しお時間を下さいませ。必ずしやお狐様の界門の十七層以降に潜れる力を身につけてご覧にいれやす」
「だいじょぶ、てつ、なら」
「わかりました。必ず」
平山の誰もが預かり知らぬ所で、テツミチは狐山界門の十七層への招待を受けていた。
「さぁさぁ、なればテツママよ! 私が貴殿に化けて業務を引き継いでくれよう! 」
突然背後から狐面の男が現れたも思いきや、その姿はテツミチそのものへと変化する。
「鏡狐様にお誘い頂ける僥倖を噛み締め感謝し咽び泣くがよいぞテツママよ!」
「きょうこさま?」
テツミチは疑問符を浮かべながらに、連れ去られたメロン畑から赤鳥居を潜った。
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