うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?
第39話
 
タキオがトキヤと繋ぎを持ってから7日の時が過ぎようとしている。
タキオはジュンペー達と野菜スキルの検証の為に潜ったり綾子とデートしたりといつも通りの毎日を過ごし、トキヤも例によって深夜の事務員さんとしての業務に励んでいる。
此方もいつも通りに本を読みながら。
「ふふふ」
「トキヤさん、その本そんなに面白いんすか?」
すっかり懐いてしまった銀髪君は、特に急ぐ必要もない鉈の手入れをしながらにタープ前に居座っていた。
「いや社長がね、あの人は本当に面白い人だと思ってね」
「あー、でも怖いすけどね。何考えてるかわかんないすし」
「そうだね。でも、人なんてみんな何考えてるかわからないよ」
「そうっすけど、社長はなんかもっと、こう、変なんすよ」
「それだ! 変だよ。変なのが面白いんだ」
突然本を閉じてテンションが上がるトキヤに銀髪はビクッと驚くが、分厚い単行本を胸に抱えて満足気に息を吐き出す。
「今日なんていきなり怖いぐらい綺麗なお姉さんと学校まで来て、全員にガスガン配って消えていったんすよ」
「サンタさんだね」
「学校にっすよ? 俺たちにバラしたら殺すって脅してるのに【貫通】使ったら楽だからとか言って」
「はは、でも名案だよね」
「普通に蹴りで貫通させた方が100万倍楽すよ。みんな言ってますもん。弾詰めてる時間が無駄すぎす」
タキオも別に本気ではないだろう。
市街に行ったついでにノリで立ち寄っただけであるが、不良達は暗にいつでも殺せるからスキルを取ったぐらいで調子に乗るなと言われている気分になってしまうのだから人付き合いは難しい。
元は浜の子でも既に不良達は平山の働き手であるので、タキオが彼らを害するような事はあり得ないのだが、一番可愛がってるであろうジュンペーの車を穴ぼこにしたり、トキヤに不眠不休で鰐狩りをさせたりと、謎すぎて変すぎる人物像に得体の知れない恐怖を感じるのだ。
「ところで銀髪君、今日はこれ以上潜らないのかい?」
「潜るす、でもスキル取り立てで飛ばすと酔いそうなんで」
「界門で毎日寝てた頃に比べたら大成長だね」
「あんな下手は打ちたくないす」
不良達の現在のサイクルは、学校帰りにそのまま単車でぶっ飛ばして16時半から17時頃から早朝6時まで潜り続けるロングアタックを行い学校で爆睡する毎日を繰り返している。
ペースを考えて休憩を入れながらに確実に1000〜1500を狩るサイクルであるが、初日の大失態より数日間に渡って討伐数を大幅に減らし、回復してからも討伐数の調整をしてしまったこともあり、13日目にして漸く初スキルを手に入れたのだ。
テツミチやキョウコなど山者は限られた時間でどれだけの結果を残すかで個々の能力値の算出などを行いながらに確実に報酬を稼ぐが、不良達は平均13時間の長時間で泥臭く稼いでいるので数字だけは凄まじい。
「でも全然違うす。まだ2時なのに1300まで来てるす。多少酔い覚悟でやれば平均2000はいけるかもしれないす」
「いいね、そうなれば月600万円だ。何を買うんだい?」
この年代の不良少年にとってダンジョンは猛毒である。
目に見えて強くなれてしまう環境、更に同年代は愚か大人ですら簡単に稼げない額面が転がり込んでくる。
「親に車を買ってあげたいすけど、何より装備をもっと整えたいすね」
「次第に身軽になっていくよ。貫通を覚えたら鶏相手に安全靴はいらないからね」
「それもそうすね、でも安全靴だとイメージが乗りやすいんすよね」
否が応にも自身が勝ち組のレールに乗ったと確信できてしまう。
だからこそ命を賭けている感覚は麻痺し、一日の半分以上の時間を平気で捧げてしまうのだ。
「とても大切な事だね。スキルはイメージが本当に大事だ。使えないと思えば使えないし、有用だと思えば働いてくれる」
「うす。今回月曜の朝まで本気で狩るすから、色々試してみるす」
彼らも学校が無ければタキオと同様にダンジョンに住むぐらいの事は平気でするだろう。
こうして金曜日の夜から月曜日の朝まで居座る気満々である事を見ても明らかだ。
「うしっ! 行って来ます!」
銀髪君は顔面を叩いて気合いを入れてからダンジョンに潜っていった。
「行ってらっしゃい」
誰もいないダンジョンの入り口へ言葉を投げかけ、いつも通りに本の虫となる。
「ふふふ」
しかし本に集中し始めた直後に、またもや肩を揺らしながらに笑ってしまう。
その理由を紐解くには、少々時を遡る必要がある。
十七年前、朱鷺夜が8歳の頃、母の再婚により篝朱鷺夜から久遠寺朱鷺夜となった。
篝家当主、朱鷺夜の祖父は猛反対した。
篝家は娘しかおらず、五姉妹のうち3名は外へ嫁ぎ、残った2人の娘のうち姉の子供は女であり、朱鷺夜だけが唯一の男であった。
だからこそ婿入りにすべきであると説いたが、単純に財力を天秤に掛けて久遠寺を選んだ。
まだダンジョンが存在しない時代だ。
近隣の山の集落での結婚などは特段珍しい話でもない。
実家の持つ山と資産と久遠寺の嫁を天秤に掛けて、玉の輿を狙っての話であれば納得せざるを得ない。
『絶対の条件として朱鷺夜を大切にしてくれ。寂しい思いはさせてやらんでくれよ』
『大丈夫よ。あの子なにもわかってないもの』
親の都合で慣れしたんだ雫山から居を移すのは気の毒だが、幸い朱鷺夜はまだ8歳で小さい。
久遠寺に慣れてしまえば、いつか雫山の事も忘れるだろうと、母親は楽観視していた。
だが朱鷺夜は一生分と言っていい程の涙を流した。
大好きな篝の一族と離れ離れになる事を幼いながらに理解していたからだ。
彼は聡明で大人びていた。
当時中学生であった従姉妹の早苗に、身内に対する憧憬などでなく、男女としての恋心を抱くほどに早熟でもあった。
久遠山に行くことで、その全てが台無しになる事も、幼い彼は十分に理解していた。
『雫山はすぐ隣じゃない。大丈夫、いつでも会えるわ』
母の慰みも何も響かずまま、朱鷺夜は久遠山の者となった。
思えば彼は、この頃より歪み始めたのかもしれない。
幼少期に訪れる性格の方向性を決める無数の小さなダイスを、彼は少し穿った見方で捉えるようになったのだ。
『母は子供よりも女としての幸せを選ぶ人』
『自分の為なら山を平気で捨てる人』
違う、母親はお前の幸せも願った上で、より現実的な選択をしただけだ。
そう言って誰かが諭してくれれば問題無かったのかもしれない。
すっかり心を閉ざしてしまった朱鷺夜が何を考えているかなど分かるはずもなく、溝は深まって行くばかりであった。
更に久遠寺は範囲が広く、学区も米盆地でなく外の山間街の学校となるので友人達もいない。
ただただ寂しさを募らせるなか、朱鷺夜に心の平穏を与えたのは図書室の本だった。
始堂院、中堂院、奥堂院、小中大の寺院山村から連なる久遠寺始堂院の使われていない離れ、朱鷺夜はそこで来る日も来る日も1人で本を読みながらに物語の世界に入り込んで過ごした。
現実逃避である。
物語の世界にいる時だけは、嫌な事を考えなくて済んだのだ。
だが、幸か不幸か世界は一変する。
本の虫となり2年の時を過ごし10歳となった夏の日、始堂院の離れに突如として洞窟の入り口のようなものが出現した。
言わずもがなダンジョンである。
ほぼ同時期に中堂院、奥堂院に於いてもダンジョンが発見されるが、当時の久遠寺の者達は気味が悪いと近寄りもしなかった。
だが朱鷺夜少年は違った。
中堂院、奥堂院どちらも本堂中央に座する形でダンジョンが現れたが、始堂院は古びた離れに出現したので誰も存在を知らぬまま……自身の秘密の隠れ家に出現したナニカに興味を持たないはずがない。
この世界は自分しか自分を認識できないのではないかと疎外感を感じていた少年は、本で得た知識から選りすぐり地獄の門が開かれたのではないかと勘ぐった。
この世は既に地獄、ここから悪鬼羅刹が溢れ出て、己を殺してしまうのではないか、そんな事はさせるものかと武器とすべくスコップを持ちダンジョンへと潜った。
きっかけは単純。
まるで誘蛾灯に吸い寄せられる羽虫の如く、朱鷺夜はダンジョンの虜となってしまったのは言うまでもない。
最初に出会ったのはネズミ。
寂しい朱鷺夜は嫌われ者のドブネズミに妙な親近感を覚え、そっと手を差し出そうとするが、数秒逡巡した後に、突如としてスコップで叩き潰した。
彼は当時、学習ノートに短い詩を残している。
━━
君は僕に似ている。
僕は僕がとても嫌いだ。
僕は君を殺そう。
君は君として僕の中で生きる。
君が僕に愛された証となる。
撒き散らす赤と黒が美しい。
純粋な赤と佞悪な黒。
まるで僕を写す鏡のようだ。
━━
10歳の子供とは思えないサイコっぷりである。
皆が知らぬ間に、純朴な朱鷺夜少年の心は壊れてしまっていた。
自身を矮小な存在と定め、ネズミたる弱者を虐げることで、命を散らし血を見る事で心に安らぎを感じたのだ。
人前では本が好きなか弱い少年を演じ、裏では無数にネズミを殺し続けた。
そして技能核が完全に彼を拗らせた。
ネズミから奪った技能を持ってして、自身は何時ぞやに記した詩の如く、ネズミ達が自分の中で生きていると確信した。
ネズミ、マスクラット、コウモリ、イタチ、ヌートリア、キョン、ハクビシン、ミンク、マングース、アカゲザルからなる全十層。
彼はその全ての獣を時間の許す限りに殺し続けた。
始堂院のダンジョンには神層がないが、知識のない朱鷺夜は何を気にするわけでもなく殺戮を繰り返した。
猿を殺し続けて2年、12歳の頃。
ようやっとダンジョンの認識が広がり、需要に活気が溢れ出した頃合いに親の話を盗み聞いては有用な情報を手に入れる。
『中堂院のアレは十層で扉に阻まれて進めないらしい』
まだ符丁も何も取り決めが無い時代だ。
厳格なルールも無ければ色分けもされてない。
入るなら稼げるが死んでも自己責任、そんな認識であった。
だからこそ成長して背格好は大人と大差ない朱鷺夜であれば、変装をして顔を隠せばダンジョンに潜ることができた。
猿では物足りなくなった朱鷺夜がさらなる高みを目指し、鮮血を求めて中堂院へ通いつめたのだ。
一層からじっくりねっとりと技能核を掻き集めながらに十層に到達し、閉ざされた扉に触れると容易くすり抜ける事ができた。
秘密の狩り場をまたもや手に入れてしまったのだ。
学校から帰り、門限の18時までの短い時間であるが、毎日毎日欠かす事なく狩りを続け15歳を迎える頃には二十層に辿り着く。
時の流れと共に神層の存在が明るみとなった頃合いであり、始堂院ダンジョン十層到達が中堂院十層突破の鍵であると知れ渡ってしまい、人が多すぎる久遠寺では働き難くなってきた頃合い。
朱鷺夜は一つ名案を閃く。
『全部の山を回ろう』
位階上昇による身体能力の向上は出来ずとも、十層なら楽に、二十層までなら普通に戦える。
それならば、全ての山の技能核を集めてしまえば確実に強くなれるんじゃないか。
そして何より、久遠寺の連中と顔をさす心配もない。
思い立ったら即行動と、彼は家を出て山巡りを開始する。
15歳でまだ子供と言え、気味が悪い程に手がかからない子供であり、両親共に避けられ続けていた上に、種違いの弟妹もいたので多少の問答はあれど比較的簡単に了承を貰えた。
両親からするならば、被害妄想を拗らせてグレてしまっただけと軽い考えでいたが、当人としては絶縁のつもりであった。
それより七年の時をかけて様々な山を巡るが、その間に山に厳格な掟が一つ、また一つと定められていってしまう。
他の山の資源を持ち帰り商売の邪魔をしたり、我が物顔で占有したりと問題が絶えなかった為、現在の形に近い掟が次々と定められ、朱鷺夜が志した全ての山に挑戦する道が閉ざされた。
そしてトドメと言わんばかりに自身を巻き込む事件が勃発する。
ルールが決められルーツと所属の何方かが必要となった以上、朱鷺夜に残された界門は雫山しかない。
致し方なしと故郷であるが故に遠ざけていた雫山へ赴き、界門へ潜らせて欲しいと変わり果てた姿となった篝の当主、つまりは朱鷺夜のお爺ちゃんに願い入れたが、話はあらぬ方向へ進む。
『やっと帰ってきてくれたか朱鷺夜。好きなだけ潜ってもらって構わんが、ちょっとこっちへおいで』
朱色の長い髪を総髪に結った黒い着物を着た若い男が、朱鷺夜の頭に手を置くと、次第に奥歯を噛み締めながらに怒りに震えては鬼の形相を見せる。
『久遠寺の生臭風情が!! 絶対に許さん!!』
『ちょ、ちょっちょっ、お爺ちゃん!』
『何も気にする事はないぞ朱鷺夜! お前は篝の跡取りにする!! 絵里子も勘当だ! あいつとは血の縁も切る!!』
祖父が見たものは朱鷺夜の記憶であった。
これにより雫山当主篝善吉は久遠寺へ正式に朱鷺夜を跡取りとする旨を伝えた。
状況が把握出来ていない久遠寺側は、朱鷺夜の母と義父に事情を聞き、全面的に通達を受け入れた。
しかし久遠寺としても連れ子を虐げたなどの汚名は勘弁願いたいと、久遠山と雫山の境に家を建て朱鷺夜に譲渡した。
偶々とは言え久遠寺二十層までを知る者であり、存在の色調も久遠山のそれに近い。
他山の跡取りであっても久遠山の潜行権を持つ破格の待遇を持ってして詫びる形となった。
朱鷺夜は久遠山、雫山の何方でも自由に潜れる権利を得たのだ。
そして久遠寺奥堂院二十六層、雫山三十四層まで到達した初夏、朱鷺夜が25歳となったつい先日、久遠寺側は腹に秘めた欲を出した。
神層到達を終えた久遠寺当主を除き、朱鷺夜の力は群を抜いていた。
いずれは久遠山、雫山両山の神層到達も確実視されている有望株が、雫山の跡取りと言うのは面白くない。
なればこの際、久遠寺の次期当主と目される長男、朱鷺夜からして義理の叔父にあたる人物の娘と祝言を挙げてはどうかと打診が来る。
これにより久遠寺と篝は一触即発の緊張状態に陥るが、全てが面倒で煩わしいと考えていた朱鷺夜は信じられない噂を耳にする。
『平山の桜様が孫を二代目にするらしい』
『桜様の孫が平山での働き手を探している。
『困った挙句に抜け者を染めて働かせている』
『既に多くの山者が働きはじめているらしい』
衝撃でしかなかった。
平山は米盆地を囲む山脈の中でも特別な山であり禁足地として崇められている土地である。
全ての山を繋ぐ人知らずの道を持つだの、山姥に食い殺されるだの、言い出したらキリが無いほどに都市伝説がある山である。
寄合では平山の神が怒り狂い、災いを持たさぬよう霊峰たる貴鳳山より代々姫巫女を住まわせてるとか、山の中でも特に力を持つククリ山、久遠山、雪山が総力を持って平山を守っており、仇なせば一発破門は免れないとかなんとか、誰が誰しもが恐ろしい秘密を隠しているに違いないと考えていた。
その平山が働き手を探している。
誰彼構わず採用しているらしい。
これは行かない奴は馬鹿だろうと平山へと駆けつけた。
この世の秘密の全てがきっとそこにある、期待に胸を弾ませ足を踏み入れた先は、ただの牧場だった。
厩舎と傾斜、そして普通の家がポツンとあるだけ。
超特大の岩盤の上に土が堆積して作り出した大平原、険しい山脈の玄関口、そして全てを見下ろす霊峰貴鳳山を彼方に望める。
神秘的な土地ではある。
昔の人が姫巫女を送り込んで土地を鎮めさせたのもわからなくもない。
しかし、そこにあるのはごく普通で謳歌的な田舎の風景だ。
朱鷺夜は何が起こっているのかよくわからないままに放心していたが、仮契約の場で皆がする質問にただ耳を傾けていた。
「桜様、言い伝えでは姫巫女が暮らす社があると聞きました。どこにあるんですか?」
「そんなもんは大昔にぶっ壊して建て直したよ、ほれ」
それはそれは立派な古民家です。
「桜様……お孫様とは? 桜様は姫巫女なのでは」
「惚れちまったら女は弱いもんなのさ」
両頬をおさえてポッと女の子らしい仕草をしては、仮契約をポンポン済ませて行き、遂に朱鷺夜と対峙する。
「へぇ、結構潜ってるねぇ」
「はは、ええ。では桜様、嘘と真実を綯交ぜにしてまで、何を隠しているんです?」
「聞いたらビックリしちまうよ」
「構いません。どうしても知りたいんです」
朱鷺夜は伊達眼鏡の奥で真偽を探ろうと目を凝らすが、桜はいつも通りに人を小馬鹿にするような視線を飛ばしながらに小さく笑う。
「そりゃあ簡単な話だよ。いつまでも人目憚らずに旦那とベタベタするためさ」
「それは雪山の藤堂と?」
「表札見たのかい? 目敏い子だねぇ。でも間違ってるよ。雪山から転がり込んで来た平山の藤堂さ」
納得の行く答えは貰えなかったが、朱鷺夜は桜と仮契約を済ませた直後、悪い笑みを浮かべながらに朱鷺夜の首根っこを掴み十一層へ飛んだ。
其処には鰐相手に四苦八苦するタキオの姿があった。
「あれが孫のタキオ、あんたの雇い主になる男だよ」
「……弱そうですね」
「そうだね。でもあの子は道だよ。あの子に認められたらあんたのみみっちい悩みも全部些事になるよ」
「みみっちい? 雫山と久遠山が潰し合う事がですか? 」
「そうだねぇ、小さすぎて笑えるね。どうしてそうなったのかはわからないけど、あの子は何をしても色がつかない」
話途中に再び転移した先は、平山に引っ越してきた狐山界門前。
「これは狐山の界門だよ。儀式もせず、山の者に相談もなく自ら鍵を抱えて引っ越してきたよ。山を五つも跨がってね」
「そんな……引っ越し自体は聞いた事はありますが」
「結局はそこの山神と喧嘩して帰るか軍門に降るか界門が荒ぶるか、でも何の問題もなく共存してるし、通ってきた他の山の界門が荒れたって話もない」
「つまり道って言うのは」
「そう、多分ね。わかんないけど、あんたが思ってる通りだよ。あの子は何につけても寄せが強い。良いもんも悪いもんも寄せる。それでなんか変なもんでも引いちまったんだろね」
桜はそのままタープテントの中でどっかりと腰を下ろした。
「どうだい? 面白い孫だろう」
「面白い、確かに面白いですが、それで私の問題が小さいと言うのは全く別の話では?」
「そうかねぇ。まぁ、暫く頑張って働きな。そのうち色々わかってくるさ」
桜は朱鷺夜に何を伝えたかったのか。
それはもしかしたらタキオは全ての界門を神層まで潜れる権利を有しているかもしれないと言うことである。
判断材料が少なすぎるので真偽はわからないが、桜は既に確信を持って話していた。
タキオがトキヤと繋ぎを持ってから7日の時が過ぎようとしている。
タキオはジュンペー達と野菜スキルの検証の為に潜ったり綾子とデートしたりといつも通りの毎日を過ごし、トキヤも例によって深夜の事務員さんとしての業務に励んでいる。
此方もいつも通りに本を読みながら。
「ふふふ」
「トキヤさん、その本そんなに面白いんすか?」
すっかり懐いてしまった銀髪君は、特に急ぐ必要もない鉈の手入れをしながらにタープ前に居座っていた。
「いや社長がね、あの人は本当に面白い人だと思ってね」
「あー、でも怖いすけどね。何考えてるかわかんないすし」
「そうだね。でも、人なんてみんな何考えてるかわからないよ」
「そうっすけど、社長はなんかもっと、こう、変なんすよ」
「それだ! 変だよ。変なのが面白いんだ」
突然本を閉じてテンションが上がるトキヤに銀髪はビクッと驚くが、分厚い単行本を胸に抱えて満足気に息を吐き出す。
「今日なんていきなり怖いぐらい綺麗なお姉さんと学校まで来て、全員にガスガン配って消えていったんすよ」
「サンタさんだね」
「学校にっすよ? 俺たちにバラしたら殺すって脅してるのに【貫通】使ったら楽だからとか言って」
「はは、でも名案だよね」
「普通に蹴りで貫通させた方が100万倍楽すよ。みんな言ってますもん。弾詰めてる時間が無駄すぎす」
タキオも別に本気ではないだろう。
市街に行ったついでにノリで立ち寄っただけであるが、不良達は暗にいつでも殺せるからスキルを取ったぐらいで調子に乗るなと言われている気分になってしまうのだから人付き合いは難しい。
元は浜の子でも既に不良達は平山の働き手であるので、タキオが彼らを害するような事はあり得ないのだが、一番可愛がってるであろうジュンペーの車を穴ぼこにしたり、トキヤに不眠不休で鰐狩りをさせたりと、謎すぎて変すぎる人物像に得体の知れない恐怖を感じるのだ。
「ところで銀髪君、今日はこれ以上潜らないのかい?」
「潜るす、でもスキル取り立てで飛ばすと酔いそうなんで」
「界門で毎日寝てた頃に比べたら大成長だね」
「あんな下手は打ちたくないす」
不良達の現在のサイクルは、学校帰りにそのまま単車でぶっ飛ばして16時半から17時頃から早朝6時まで潜り続けるロングアタックを行い学校で爆睡する毎日を繰り返している。
ペースを考えて休憩を入れながらに確実に1000〜1500を狩るサイクルであるが、初日の大失態より数日間に渡って討伐数を大幅に減らし、回復してからも討伐数の調整をしてしまったこともあり、13日目にして漸く初スキルを手に入れたのだ。
テツミチやキョウコなど山者は限られた時間でどれだけの結果を残すかで個々の能力値の算出などを行いながらに確実に報酬を稼ぐが、不良達は平均13時間の長時間で泥臭く稼いでいるので数字だけは凄まじい。
「でも全然違うす。まだ2時なのに1300まで来てるす。多少酔い覚悟でやれば平均2000はいけるかもしれないす」
「いいね、そうなれば月600万円だ。何を買うんだい?」
この年代の不良少年にとってダンジョンは猛毒である。
目に見えて強くなれてしまう環境、更に同年代は愚か大人ですら簡単に稼げない額面が転がり込んでくる。
「親に車を買ってあげたいすけど、何より装備をもっと整えたいすね」
「次第に身軽になっていくよ。貫通を覚えたら鶏相手に安全靴はいらないからね」
「それもそうすね、でも安全靴だとイメージが乗りやすいんすよね」
否が応にも自身が勝ち組のレールに乗ったと確信できてしまう。
だからこそ命を賭けている感覚は麻痺し、一日の半分以上の時間を平気で捧げてしまうのだ。
「とても大切な事だね。スキルはイメージが本当に大事だ。使えないと思えば使えないし、有用だと思えば働いてくれる」
「うす。今回月曜の朝まで本気で狩るすから、色々試してみるす」
彼らも学校が無ければタキオと同様にダンジョンに住むぐらいの事は平気でするだろう。
こうして金曜日の夜から月曜日の朝まで居座る気満々である事を見ても明らかだ。
「うしっ! 行って来ます!」
銀髪君は顔面を叩いて気合いを入れてからダンジョンに潜っていった。
「行ってらっしゃい」
誰もいないダンジョンの入り口へ言葉を投げかけ、いつも通りに本の虫となる。
「ふふふ」
しかし本に集中し始めた直後に、またもや肩を揺らしながらに笑ってしまう。
その理由を紐解くには、少々時を遡る必要がある。
十七年前、朱鷺夜が8歳の頃、母の再婚により篝朱鷺夜から久遠寺朱鷺夜となった。
篝家当主、朱鷺夜の祖父は猛反対した。
篝家は娘しかおらず、五姉妹のうち3名は外へ嫁ぎ、残った2人の娘のうち姉の子供は女であり、朱鷺夜だけが唯一の男であった。
だからこそ婿入りにすべきであると説いたが、単純に財力を天秤に掛けて久遠寺を選んだ。
まだダンジョンが存在しない時代だ。
近隣の山の集落での結婚などは特段珍しい話でもない。
実家の持つ山と資産と久遠寺の嫁を天秤に掛けて、玉の輿を狙っての話であれば納得せざるを得ない。
『絶対の条件として朱鷺夜を大切にしてくれ。寂しい思いはさせてやらんでくれよ』
『大丈夫よ。あの子なにもわかってないもの』
親の都合で慣れしたんだ雫山から居を移すのは気の毒だが、幸い朱鷺夜はまだ8歳で小さい。
久遠寺に慣れてしまえば、いつか雫山の事も忘れるだろうと、母親は楽観視していた。
だが朱鷺夜は一生分と言っていい程の涙を流した。
大好きな篝の一族と離れ離れになる事を幼いながらに理解していたからだ。
彼は聡明で大人びていた。
当時中学生であった従姉妹の早苗に、身内に対する憧憬などでなく、男女としての恋心を抱くほどに早熟でもあった。
久遠山に行くことで、その全てが台無しになる事も、幼い彼は十分に理解していた。
『雫山はすぐ隣じゃない。大丈夫、いつでも会えるわ』
母の慰みも何も響かずまま、朱鷺夜は久遠山の者となった。
思えば彼は、この頃より歪み始めたのかもしれない。
幼少期に訪れる性格の方向性を決める無数の小さなダイスを、彼は少し穿った見方で捉えるようになったのだ。
『母は子供よりも女としての幸せを選ぶ人』
『自分の為なら山を平気で捨てる人』
違う、母親はお前の幸せも願った上で、より現実的な選択をしただけだ。
そう言って誰かが諭してくれれば問題無かったのかもしれない。
すっかり心を閉ざしてしまった朱鷺夜が何を考えているかなど分かるはずもなく、溝は深まって行くばかりであった。
更に久遠寺は範囲が広く、学区も米盆地でなく外の山間街の学校となるので友人達もいない。
ただただ寂しさを募らせるなか、朱鷺夜に心の平穏を与えたのは図書室の本だった。
始堂院、中堂院、奥堂院、小中大の寺院山村から連なる久遠寺始堂院の使われていない離れ、朱鷺夜はそこで来る日も来る日も1人で本を読みながらに物語の世界に入り込んで過ごした。
現実逃避である。
物語の世界にいる時だけは、嫌な事を考えなくて済んだのだ。
だが、幸か不幸か世界は一変する。
本の虫となり2年の時を過ごし10歳となった夏の日、始堂院の離れに突如として洞窟の入り口のようなものが出現した。
言わずもがなダンジョンである。
ほぼ同時期に中堂院、奥堂院に於いてもダンジョンが発見されるが、当時の久遠寺の者達は気味が悪いと近寄りもしなかった。
だが朱鷺夜少年は違った。
中堂院、奥堂院どちらも本堂中央に座する形でダンジョンが現れたが、始堂院は古びた離れに出現したので誰も存在を知らぬまま……自身の秘密の隠れ家に出現したナニカに興味を持たないはずがない。
この世界は自分しか自分を認識できないのではないかと疎外感を感じていた少年は、本で得た知識から選りすぐり地獄の門が開かれたのではないかと勘ぐった。
この世は既に地獄、ここから悪鬼羅刹が溢れ出て、己を殺してしまうのではないか、そんな事はさせるものかと武器とすべくスコップを持ちダンジョンへと潜った。
きっかけは単純。
まるで誘蛾灯に吸い寄せられる羽虫の如く、朱鷺夜はダンジョンの虜となってしまったのは言うまでもない。
最初に出会ったのはネズミ。
寂しい朱鷺夜は嫌われ者のドブネズミに妙な親近感を覚え、そっと手を差し出そうとするが、数秒逡巡した後に、突如としてスコップで叩き潰した。
彼は当時、学習ノートに短い詩を残している。
━━
君は僕に似ている。
僕は僕がとても嫌いだ。
僕は君を殺そう。
君は君として僕の中で生きる。
君が僕に愛された証となる。
撒き散らす赤と黒が美しい。
純粋な赤と佞悪な黒。
まるで僕を写す鏡のようだ。
━━
10歳の子供とは思えないサイコっぷりである。
皆が知らぬ間に、純朴な朱鷺夜少年の心は壊れてしまっていた。
自身を矮小な存在と定め、ネズミたる弱者を虐げることで、命を散らし血を見る事で心に安らぎを感じたのだ。
人前では本が好きなか弱い少年を演じ、裏では無数にネズミを殺し続けた。
そして技能核が完全に彼を拗らせた。
ネズミから奪った技能を持ってして、自身は何時ぞやに記した詩の如く、ネズミ達が自分の中で生きていると確信した。
ネズミ、マスクラット、コウモリ、イタチ、ヌートリア、キョン、ハクビシン、ミンク、マングース、アカゲザルからなる全十層。
彼はその全ての獣を時間の許す限りに殺し続けた。
始堂院のダンジョンには神層がないが、知識のない朱鷺夜は何を気にするわけでもなく殺戮を繰り返した。
猿を殺し続けて2年、12歳の頃。
ようやっとダンジョンの認識が広がり、需要に活気が溢れ出した頃合いに親の話を盗み聞いては有用な情報を手に入れる。
『中堂院のアレは十層で扉に阻まれて進めないらしい』
まだ符丁も何も取り決めが無い時代だ。
厳格なルールも無ければ色分けもされてない。
入るなら稼げるが死んでも自己責任、そんな認識であった。
だからこそ成長して背格好は大人と大差ない朱鷺夜であれば、変装をして顔を隠せばダンジョンに潜ることができた。
猿では物足りなくなった朱鷺夜がさらなる高みを目指し、鮮血を求めて中堂院へ通いつめたのだ。
一層からじっくりねっとりと技能核を掻き集めながらに十層に到達し、閉ざされた扉に触れると容易くすり抜ける事ができた。
秘密の狩り場をまたもや手に入れてしまったのだ。
学校から帰り、門限の18時までの短い時間であるが、毎日毎日欠かす事なく狩りを続け15歳を迎える頃には二十層に辿り着く。
時の流れと共に神層の存在が明るみとなった頃合いであり、始堂院ダンジョン十層到達が中堂院十層突破の鍵であると知れ渡ってしまい、人が多すぎる久遠寺では働き難くなってきた頃合い。
朱鷺夜は一つ名案を閃く。
『全部の山を回ろう』
位階上昇による身体能力の向上は出来ずとも、十層なら楽に、二十層までなら普通に戦える。
それならば、全ての山の技能核を集めてしまえば確実に強くなれるんじゃないか。
そして何より、久遠寺の連中と顔をさす心配もない。
思い立ったら即行動と、彼は家を出て山巡りを開始する。
15歳でまだ子供と言え、気味が悪い程に手がかからない子供であり、両親共に避けられ続けていた上に、種違いの弟妹もいたので多少の問答はあれど比較的簡単に了承を貰えた。
両親からするならば、被害妄想を拗らせてグレてしまっただけと軽い考えでいたが、当人としては絶縁のつもりであった。
それより七年の時をかけて様々な山を巡るが、その間に山に厳格な掟が一つ、また一つと定められていってしまう。
他の山の資源を持ち帰り商売の邪魔をしたり、我が物顔で占有したりと問題が絶えなかった為、現在の形に近い掟が次々と定められ、朱鷺夜が志した全ての山に挑戦する道が閉ざされた。
そしてトドメと言わんばかりに自身を巻き込む事件が勃発する。
ルールが決められルーツと所属の何方かが必要となった以上、朱鷺夜に残された界門は雫山しかない。
致し方なしと故郷であるが故に遠ざけていた雫山へ赴き、界門へ潜らせて欲しいと変わり果てた姿となった篝の当主、つまりは朱鷺夜のお爺ちゃんに願い入れたが、話はあらぬ方向へ進む。
『やっと帰ってきてくれたか朱鷺夜。好きなだけ潜ってもらって構わんが、ちょっとこっちへおいで』
朱色の長い髪を総髪に結った黒い着物を着た若い男が、朱鷺夜の頭に手を置くと、次第に奥歯を噛み締めながらに怒りに震えては鬼の形相を見せる。
『久遠寺の生臭風情が!! 絶対に許さん!!』
『ちょ、ちょっちょっ、お爺ちゃん!』
『何も気にする事はないぞ朱鷺夜! お前は篝の跡取りにする!! 絵里子も勘当だ! あいつとは血の縁も切る!!』
祖父が見たものは朱鷺夜の記憶であった。
これにより雫山当主篝善吉は久遠寺へ正式に朱鷺夜を跡取りとする旨を伝えた。
状況が把握出来ていない久遠寺側は、朱鷺夜の母と義父に事情を聞き、全面的に通達を受け入れた。
しかし久遠寺としても連れ子を虐げたなどの汚名は勘弁願いたいと、久遠山と雫山の境に家を建て朱鷺夜に譲渡した。
偶々とは言え久遠寺二十層までを知る者であり、存在の色調も久遠山のそれに近い。
他山の跡取りであっても久遠山の潜行権を持つ破格の待遇を持ってして詫びる形となった。
朱鷺夜は久遠山、雫山の何方でも自由に潜れる権利を得たのだ。
そして久遠寺奥堂院二十六層、雫山三十四層まで到達した初夏、朱鷺夜が25歳となったつい先日、久遠寺側は腹に秘めた欲を出した。
神層到達を終えた久遠寺当主を除き、朱鷺夜の力は群を抜いていた。
いずれは久遠山、雫山両山の神層到達も確実視されている有望株が、雫山の跡取りと言うのは面白くない。
なればこの際、久遠寺の次期当主と目される長男、朱鷺夜からして義理の叔父にあたる人物の娘と祝言を挙げてはどうかと打診が来る。
これにより久遠寺と篝は一触即発の緊張状態に陥るが、全てが面倒で煩わしいと考えていた朱鷺夜は信じられない噂を耳にする。
『平山の桜様が孫を二代目にするらしい』
『桜様の孫が平山での働き手を探している。
『困った挙句に抜け者を染めて働かせている』
『既に多くの山者が働きはじめているらしい』
衝撃でしかなかった。
平山は米盆地を囲む山脈の中でも特別な山であり禁足地として崇められている土地である。
全ての山を繋ぐ人知らずの道を持つだの、山姥に食い殺されるだの、言い出したらキリが無いほどに都市伝説がある山である。
寄合では平山の神が怒り狂い、災いを持たさぬよう霊峰たる貴鳳山より代々姫巫女を住まわせてるとか、山の中でも特に力を持つククリ山、久遠山、雪山が総力を持って平山を守っており、仇なせば一発破門は免れないとかなんとか、誰が誰しもが恐ろしい秘密を隠しているに違いないと考えていた。
その平山が働き手を探している。
誰彼構わず採用しているらしい。
これは行かない奴は馬鹿だろうと平山へと駆けつけた。
この世の秘密の全てがきっとそこにある、期待に胸を弾ませ足を踏み入れた先は、ただの牧場だった。
厩舎と傾斜、そして普通の家がポツンとあるだけ。
超特大の岩盤の上に土が堆積して作り出した大平原、険しい山脈の玄関口、そして全てを見下ろす霊峰貴鳳山を彼方に望める。
神秘的な土地ではある。
昔の人が姫巫女を送り込んで土地を鎮めさせたのもわからなくもない。
しかし、そこにあるのはごく普通で謳歌的な田舎の風景だ。
朱鷺夜は何が起こっているのかよくわからないままに放心していたが、仮契約の場で皆がする質問にただ耳を傾けていた。
「桜様、言い伝えでは姫巫女が暮らす社があると聞きました。どこにあるんですか?」
「そんなもんは大昔にぶっ壊して建て直したよ、ほれ」
それはそれは立派な古民家です。
「桜様……お孫様とは? 桜様は姫巫女なのでは」
「惚れちまったら女は弱いもんなのさ」
両頬をおさえてポッと女の子らしい仕草をしては、仮契約をポンポン済ませて行き、遂に朱鷺夜と対峙する。
「へぇ、結構潜ってるねぇ」
「はは、ええ。では桜様、嘘と真実を綯交ぜにしてまで、何を隠しているんです?」
「聞いたらビックリしちまうよ」
「構いません。どうしても知りたいんです」
朱鷺夜は伊達眼鏡の奥で真偽を探ろうと目を凝らすが、桜はいつも通りに人を小馬鹿にするような視線を飛ばしながらに小さく笑う。
「そりゃあ簡単な話だよ。いつまでも人目憚らずに旦那とベタベタするためさ」
「それは雪山の藤堂と?」
「表札見たのかい? 目敏い子だねぇ。でも間違ってるよ。雪山から転がり込んで来た平山の藤堂さ」
納得の行く答えは貰えなかったが、朱鷺夜は桜と仮契約を済ませた直後、悪い笑みを浮かべながらに朱鷺夜の首根っこを掴み十一層へ飛んだ。
其処には鰐相手に四苦八苦するタキオの姿があった。
「あれが孫のタキオ、あんたの雇い主になる男だよ」
「……弱そうですね」
「そうだね。でもあの子は道だよ。あの子に認められたらあんたのみみっちい悩みも全部些事になるよ」
「みみっちい? 雫山と久遠山が潰し合う事がですか? 」
「そうだねぇ、小さすぎて笑えるね。どうしてそうなったのかはわからないけど、あの子は何をしても色がつかない」
話途中に再び転移した先は、平山に引っ越してきた狐山界門前。
「これは狐山の界門だよ。儀式もせず、山の者に相談もなく自ら鍵を抱えて引っ越してきたよ。山を五つも跨がってね」
「そんな……引っ越し自体は聞いた事はありますが」
「結局はそこの山神と喧嘩して帰るか軍門に降るか界門が荒ぶるか、でも何の問題もなく共存してるし、通ってきた他の山の界門が荒れたって話もない」
「つまり道って言うのは」
「そう、多分ね。わかんないけど、あんたが思ってる通りだよ。あの子は何につけても寄せが強い。良いもんも悪いもんも寄せる。それでなんか変なもんでも引いちまったんだろね」
桜はそのままタープテントの中でどっかりと腰を下ろした。
「どうだい? 面白い孫だろう」
「面白い、確かに面白いですが、それで私の問題が小さいと言うのは全く別の話では?」
「そうかねぇ。まぁ、暫く頑張って働きな。そのうち色々わかってくるさ」
桜は朱鷺夜に何を伝えたかったのか。
それはもしかしたらタキオは全ての界門を神層まで潜れる権利を有しているかもしれないと言うことである。
判断材料が少なすぎるので真偽はわからないが、桜は既に確信を持って話していた。
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