うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?

慈桜

第37話

 

 サッカー珍走団の面々は順調に奥まで狩り進んでいた。

「ひっはっはっは! ひはー!」

 と言うより、皆ダンジョンハイでベロベロの状態になっていた。

 最初のダンジョンハイはタチが悪い。

 存在因子を吸収し続ける事によって、疲れ果てている筈の自分が更に研ぎ澄まされ、無敵であると錯覚し、目的や予定など全てを忘れて狩りに没頭してしまう。

 否が応でもダンジョンである事を理解し、理解の外にある異空間の全てを手中に収めてやらんと修羅が顔を覗かせるのだ。

 存在因子の吸収による位階上昇でのブーストもいずれ腹這いになる。
 そうなれば体力の全消耗、過度の筋肉痛、過剰なまでの睡眠欲求でバグってぶっ倒れる。

 既に多くの者がぶっ倒れて寝てしまってはいるが、鶏達は我関せずと餌を食い続けているのがシュールだ。
 天敵を目の前にして命より団子の精神である。

「強く……へへ……つおくー! 」

 不良の癖にタキオの忠告をよく守り、13人は単独行動にて鉈を振るっている。

 途中何度か地上に戻り、水分補給だけを済ませ、500㎖のペットボトル二本を後ろポケットに突っ込んでは鉈一本で潜って行く若き修羅達。

 夜間担当の男性事務員さん、通称メガネさんは都度忠告をする。

「一層でも広いから背負い鞄ぐらいはあった方がいいよ。水も多めに持ち歩けるしね」

「ちっ、明日買うよ」

 手ぶらで来ているのだから仕方ない。
 メガネさんに頼んでおけば、日勤のマダム達が買って来てくれるのだが、ダンジョンハイになっているので、最初に受けた説明も忘れているのである。

「まぁ、それならいいけど」

 メガネさんは蚊帳の中で投光器の明かりで照らしながらに読みかけの小説に視線を落とすが、また違うヤンキーが肩で息を吐きながらに舞い戻ってくる。

「すんません、鉈切れないんすけど、交換いいっすか?」

「いいけど実費引かれちゃうよ? 砥石なら貸すけど」

「時間が、もったいないです」

「あぁね。でもね、これの買取3千円だよ? 鶏30匹倒してやっと元手だよ? 勿体無くない? 研ぎ方おしえようか?」

 優しい提案をするが少年からの返事がないのでメガネさんは再び小説に目を落とす。

「……いいんすか?」

 横剃り銀髪ツンツン頭の少年は申し訳なさそうに背中を曲げるが、断じて頭は下げない。
 謎のプライドに忠実なのか、それとも初対面で舐められたくないのか、警戒をしながらにメガネさんを見つめていたが、提案した本人はどうしたの?と首を傾げたまま少年を見つめている。

 場の空気に耐えられなくなった少年は、ようやく顎を突き出すような会釈をして何かを促すが、事務員さんは更に反対へ頭を傾げた。

「研ぐの教えてもらって、いいすか」

「あー、はいはい。そうだったね。忘れてた」

 2秒前に言った事であるが、彼の記憶からは全て消えていた。
 彼は活字を読むと前後の記憶を違う引き出しに入れてストーリーに没入できる特技があるのだ。

 読んでいた頁にスピンを挟み込み、はてさてと立ち上がると背骨を鳴らしてから水場へ来るように促す。

「じゃあちょっと見せてごらん」

 手のひらを見せると少年は恐る恐ると鉈を手渡した。
 メガネさんの顔の横から何かが飛び出しているのは知っていたが、その背中には90cm程のマチェットがあるのだから警戒もするだろう。

「おー、すごいね。刃こぼれが一点に集中してる。これなら斧の方がいいかもね。慣れてからの話だけど」

 メガネさんは血と油を洗い流してから、刃先の状態を見ていき小さく何度も頷く。

「壁とか地面に結構当ててるでしょ?」

「……はい、タキオさんが疲れてくると自分の体の方に振ったりもするから地面か壁に叩きつけるノリでいけって」

「あー、噂の社長さんね。そっかー、鉈は強いから大丈夫だけど、ずっとだと長く保たないからね、うーん、野球得意?」

「サッカーは幼稚園からずっと」

「サッカー……サッカーか、悪くないね。よしわかった。ちょっ待ってて」

 メガネさんは自己完結したままにグラインダーで刃こぼれを飛ばしてから、砥石の番手を粗めから細めに変えてビッキビキに歯が立った状態に研ぎ終えると、納屋へ行き新品のブーツ型安全靴を四種類持ってくる。

「足のサイズは?」

「27す」

「んじゃこれだね。履いてみて」

 銀髪君はよくわからないまま勧められるがままに安全靴を履き、感触を確かめる。

「ちょうどっす」

「おっけー。じゃあ行こうか」

 そう言ってメガネさんはダンジョンの方向へと歩き出してしまう。
 流石に一人しかいないのに受付を空けてしまうのはマズイんじゃと銀髪君が伝えようとするが、メガネさんは既にダンジョンに入ってしまったので致し方なしと追いかける。

「上、大丈夫なんですか?」

「うん、潜ってるの君達だけで、みんな寝てるからね」

 メガネさんはニコッと笑った後、眼前から消えた。

 人好きする笑顔を浮かべた姿は残像であったのだ。
 慌てて周囲を見渡すと鶏の顔面を美しいフォームで蹴り抜いている姿があった。

「えぇ……」

 銀髪君は目が飛び出る勢いで驚いている。

 鶏は軽く宙に舞ったの後に落下して気絶しているのかピクピクしたままに動かない。

「早くおいでよ銀髪君」

 言われた通りに駆けつけると、鉈を貸してと手を差し出すので、そのままに手渡しすると刃を引くようにしてサクッと首を落としてしまう。

「うん、多分君にはこの狩り方が合ってる。それでね、これは内緒なんだけど」

 まだ生きている鶏はバタバタと暴れているが、メガネさんは気にせずに脚を掴んで逆さまにしては血を撒き散らして行く。

 すると、血を吸った地面から複数の鶏が湧く。

「みんな血と頭でリポップするのは知ってても生き血を広範囲に撒けばリポップ数が増えることまでは知らないみたいなんだよね。いや、知ってるけど内緒にしてるのかな? どうでもいいけど」

 そして背中のマチェットを取り出して再び姿を消すと、周囲には鶏の屍の山が築かれていた。

「これで安全靴の料金になるから心配しなくていいよ。研ぐのは次から有料だからねぇー」

 そのままメガネさんはプラプラと笑顔で手を振りながらに地上へと戻っていった。

「いや、研ぎ方教えてくれるんじゃなかったのかよ」

 至極尤もな疑問を投げかけるが、それを聞く者はいない。

「でも、確かに」

 パァンと小気味好い音を立てて鶏を気絶させると、銀髪君は心底楽しそうに笑った。

「これならいける」

 彼は鉈の扱いにドギマギしていて出遅れたが、ここに来てようやくダンジョンハイを迎えたのだ。

 早朝6時になると朝勤の若奥様達が登場する。
 彼女達2名と業務を交代すると、メガネさんは全身のストレッチを開始する。

「トキヤ君わざわざ久遠山から大変じゃない? 」

「平山で働けるなら何処からでも通うよ。そんな篝さんだって雫山からは遠いでしょ?」

「篝さんなんて他人行儀はやめてよ。私は車だからなんともないけど、トキヤ君走って通ってるじゃない。なんなら乗って帰ってもいいわよ?」

「ありがとう早苗姉さん。でも、大丈夫だよ。桜様に許しを貰えたから、社長と友達になりに行くからね」

 そう言って笑った彼の髪の毛は、朝の陽光に照らされて藍色に輝いた。

「あっ、高校生達に学校の準備させなきゃ」

 笑顔でダンジョンに消えて行く姿を見届け、交代の事務員さんである篝と呼ばれた女性は心配そうに眉尻を垂らした。

「トキヤ君も神化がモロにでてきてるねぇ」

「夜なら黒髪に見えるし、眼鏡かけてたら印象はかえられるけど……」

「あのままだと久遠寺継がされるかもねぇ」

「やめてよ。そうなったら雫山と本気で喧嘩になるわよ」

 身内にしかわからない話で盛り上がる朝番の事務員さんは、蚊帳の片付けをしてからに業務という名の朝食に入る。

 彼女達は本来6時〜12時までの担当であるが、昼勤のワンオペでボスマダムと共に夕刻まで滞在する事が多いのは余談。
 そして18時から24時までを担当する2人の奥様も、何故か昼にボスマダムと出勤するのも謎であるが、これもまた余談。

 場面は変わりトキヤと呼ばれたメガネさんは、一層を爆走しながらにぶっ倒れている高校生達を全員回収し、水をぶっかけては学校へ行くように促す。

「準備しなきゃ間に合わないよ。ほら、早く起きるんだ」

「勘弁しろゴラァ」

 全身激痛で目しか動かない常態である。
 行っても行ってなくても変わらないような学校なので不良達は絶対に休もうと心に決めていたのだが、メガネさんは彼らの甘えを許さない。

「うーん、困ったね。それだと職務怠慢と思われてしまうかもしれない」

 しばし考えて後にトキヤは閃いたと笑顔のままに手を叩いた。

「早苗姉さん、やっぱり車貸りてもいいかな?」

「まさか、そのずぶ濡れでドロドロの塊を乗せるつもり?」

「大丈夫だよ。お風呂に入って貰うし洗濯もするからね」

「いいけど、捕まらないでね? 定員外だから」

「それは大丈夫だから安心して」

 こうして不良達は立ち上がれもしない状況で無理やり風呂にぶっこまれてはガシゴシと全身を洗われた。

「やめろ!! 触んな!!」

「心配しなくても私は女の子が好きだよ? むしろ朝から男を13人も洗う苦行に殺意すらおぼえてるからね」

 文句を言いながらも体が動かない不良達は致し方なしに受け入れた。

 その間に洗濯を終えると、持ち前の身体能力であっという間に干し終わると、乾燥スキルでそれら全てをパリッとした状態に仕上げていく。

 そうモロコシの技能核である【乾燥】である。

「はーい、できたよちんぽどもー」

 不良達は全裸の辱めを受けていたのでそそくさと着替えようとするが、生まれたての子鹿のように震えているのでメガネさんが着替えまでも手伝う。

 後はワンボックスカーに全員をギチギチに詰め込んでからの、ナンバープレートにガムテープを貼りまくって準備完了である。

「と、トキヤ君? そんなんじゃ絶対逃げられないよ……」

「大丈夫だよ。年寄衆でもいないかぎり」

 メガネさんは鞄から頭巾と一体化している銀色の般若面を取り出しては革ベルトでしっかりと固定すると、律儀に一礼を残して出発する。

「あぁ、ダメだ。心配すぎる」

「ふ、ふふ、ごめんなさい、ちょっとツボ……」

「ちょっとぉ、笑わないでよぉ」

 今日も平和な1日の始まりである。


 平山を出発した黒塗りのワンボックスカーは地元民しか使わない山道をノロノロと走っている。

 県道を使えば市街には直ぐに抜けられるが、今は閉鎖されているので、このルートを使うしかないのだが、14名も乗ったワンボックスカーで軽トラの轍の幅を突き進むのは困難であり、不良少年達も、いつ山から落ちるかと固唾を呑んでいた。

「じ、事務員さん! 大丈夫なんすか?」

「トキヤかメガネでいいよー。みんなそう呼んでるからね」

「そうじゃなくて!」

「大丈夫だよ。従姉妹の車を壊すわけにはいかないからね」

 大雨でぬかるんでいればアウトとも言える道であり、車は何度も崖からタイヤを踏み外していたが、不思議と空中の道無き道を踏みしめては最も難所の山道を抜けた。

 申し訳程度にアスファルトで整備された竹藪トンネルに差し掛かれば、後は容赦なくアクセルベタ踏みである。

「わわわわわわわ! 大丈夫、大丈夫すからゆっくり! 自分ら出席日数とか全然大丈夫なんで!」

「ダメだよ。学校に行けるのは今だけなんだから。大人になってからも出席日数の計算する夢とか見るかもしれないよ、知らないけど」

「いままさに悪夢なんすけどぉ!」

 定員外乗車の影響でタイヤは滑りまくるわハンドルは言うことを聞かないわで確実に事故案件になっているが、メガネさんは冷静に逆ハンを切りながらにケツを滑らせていく。

「ドリフトやってたんすか?」

「いや、勝手に滑るだけだよ?」

 不良達は体が動かないがギャーギャーと叫んで止まるように懇願するが、メガネさんはケラケラと笑い声を漏らす。

「上り坂まで止まれないね」

 当然である。
 ブレーキが効かないのだ。

 全員が死を覚悟するが、どれだけ車体がぶれようとも、何故か普通に道の上を走るのだから不思議である。

 地獄の山道コースを抜け、全員が嘔吐を我慢している中で漸く田んぼが広がる平坦な道に到着したところで一旦休憩。

 這いずりながらにゲロを吐き回す少年達を見て、般若面は腹を抱えて笑っている。

「ダサいね。250羽狩ってこいって言われて全員1000越えする根性があるのにこれぐらいで、くくく」

 性格が悪いのである。
 しかし全員に水を買ってあげる優しさはある。

「車で吐かなかったのだけは素直に称賛するよ。ここからは平道だから安心していいよ」

 再び地獄のドライビング。
 青いガムテープでナンバープレートを隠し、銀色の般若が運転する14人もの人間が乗った黒塗りのワンボックスカーが市街に入る。

 馬鹿である。

 普通に考えても、一般人が見ただけでも即座に通報するレベルの怪しさだ。

『そこの黒いワンボックスカー止まってください』

 当然のように警察に止められる。
 しかしメガネさんは普通に走り続ける。

『止まれぇー! 止まれって言ってるだろ! 』

 何度も止まってくださいと丁寧に繰り返したが、最終的には怒号が飛んだ。

 辛抱堪らんと交差点にてサイレンを鳴らしながらに追い越して止めようと割り込んで来たが、何故かパトカーはそのまま横転してしまう。

「え……」

「うーん。警察さん運転荒いね」

 どの口が言っているのかわからない。

 不良達は当然に自分達がいた場所がダンジョンである事に気付いている。
 そしてタキオやトキヤが超常の存在である事も勿論理解している。
 だからこそ、警察の車が横転した理由が彼にある事も分かりきっているが、当人は素知らぬふりでクスクスと笑っているだけである。

 見た目は優しそうな眼鏡をかけたお兄さんであるのに、警察車両を笑いながらにひっくり返す姿に羨望と恐怖を覚えた。

「すごい」「こっわ」

 シンプルにそれだ。

 パトカーの事故となれば、不審車両の追跡より其方が優先されるのは世の常。
 警察組織も人間であるからして、民間人に危害を加えるかもしれない不審車両と仲間の命であれば、迷わず仲間の命を選ぶ。

 何事も無かったかのように工業団地の中に聳え立つ不良の巣窟へと辿り着き、メガネさんは荷物を扱うかのように裏門へ彼らを捨てた。

「じゃあ、15時半ぐらいに誰かが迎えに来るから、サッカー頑張ってね」

 その後、彼らはメガネさんを敬意を込めてトキヤさんと呼ぶようになり、決死の努力の末、朝まで狩りをしても自力で学校へ通えるようになる。

 トキヤに毎朝学校まで送り届けられ、サッカー頑張れと言われ続けた事により、ボールに触れる機会が増えるのはまだ先の話。

 因みに今回の彼の帰り道、パトカー3台と白バイ2台が横転する事故が起きたが、幸い被害は軽傷で済んだことは余談としておく。









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