うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?
第32話
「タキさん裏出して!!」
「ほいほーい!」
「ちょ! 速いぃぃ! オラァ!!」
「ははっ、ナイスゥ」
さて、何故俺が野郎どもとサッカーなんぞをしているかの話だが、時を数時間ほど巻き戻す必要がある。
「ここが運動公園です。森林の遊歩道なんかもあって、梅雨時ぐらいには一面の紫陽花が綺麗なんですよ」
「いいですね。是非見てみたいものだ」
ババアに普通を楽しめと言われても、急に街暮らしなど手持ち無沙汰にも程があるので、綾子さんの工房の手伝いをさせてもらったり、ナイフを新調したりと緩やかな時を過ごし、メダルゲームで爆増したコインを子供達にばら撒いては神様と崇められている最中——
『個人経営者の交流会があるんですけど、一緒に行きませんか?』
——以前であれば確実に避けていただろうイベントであるが綾子さんからのお誘いであれば火の中水の中と二つ返事で参加を表明し市民スポーツ公園までやってきた。
陸上競技の運動場や総合体育館やサッカー場、テニスコートなどが目白押しで用意されている人工林の公園であるが、少し嫌な予感がしつつも集合場所に辿り着けば、そこはご察しの通りにサッカーグラウンドである。
「ナイス! 鶴屋さんが若い男手用意してくれました!!」
「でかしたクロコ屋ぁ!!1丁目の連中現役の高校生用意してきやがったんだ。3丁目のジジイ連中なら死にかねんとこだった」
「ジジイって俺まだ43だよぉ?」
あぁ……嫌だ。
これから身に起こるであろう惨事を想像しながらに、綾子さんの期待に応えようと意気込んだのは数十分は前の話だが、試合前のウォーミングアップをして180度意見が変わった。
「タキオさぁぁん! 頑張ってー!」
ぶっちゃけサッカーめちゃくちゃ楽しい。
チート乙と言われてしまえばそれまでの話であるが、俺は球技の中でもサッカーは苦手な分類であった。
嫌いではないし、やればそれなりに楽しむ自信はあるが、いちいちDQNからの要求レベルは高いし、運動量もキチってるし、ここで死んでも構わないぐらいの熱血漢が特攻してくる場合も多々あり、更には想像力が欠如しているゲーム脳などは平気で足狙いのスライディングをしてきたりとデメリットをあげればキリがない。
爆弾を抱えたアホと地雷原を走り回ると言うかなんと言うか……正しく人が死なない戦争——
「こんな楽しかったっけか?」
——そう思っていた時期が僕にもありました。
……多分十代の頃の自分はサッカーたる戦場に立つ資格を持っていなかっただけだと思う。
「うぉー、めっちゃうまいっすね。サッカーやってたんですか? いや、やってる人?」
「いや、昔授業でやったり、公園で友達とやったり」
「それ多分才能埋まらせたパティーンじゃないんす? 鬼うまなんですけど」
ダンジョンで向上した基礎能力に付け加え五感が研ぎ澄まさている為、体をどう動かせばいいかが無意識に理解できる。
リフティングなんて全然できなかったのに足にボールがくっつくレベルでコントロールができるようになってる。
「一回こういうのしてみたかったんだよ……ねっと」
両足でボールを挟んでから右足で左足の太ももを滑らせながらにボールを浮かせた後すぐに踵でボールを踏み込んで回転をかけながらバウンドさせると、肩越しにヒョイとボールが飛び出して来るので、左足でしっかりと芝を踏み込んでインステップでアウト気味に曲がるよう振り抜く。
パシュンっと小気味よい音と共に低弾道からホップアップし、枠外から右スライドしていき、ゴール左上からネットを揺らし、果てはシュルシュルと回転しながら右隅に突き刺さった。
「やっばー」
ボーイズバーのチャラ男さんより俺が一番驚いてる。
分不相応とは重々承知しているが、J1からJ3の全60チームのトライアウトを受けたら、何処かに拾って貰えるかもしれないと調子に乗りたくなるシュートであった。
参加者も皆ポカンとしている。
心配せずとも俺が一番ポカンとしているが、敢えてまぐれ感を押し出して行こう。
「じゃあ、ボランチが右ウィング行っていいですか? パス中心で頑張るんで指示出しお願いします」
「いや、多分タキオさん一人で勝てるんじゃ?」
「それだとサッカーにならないでしょ」
調子に乗ったった。
万年バックに追いやられてた俺がミッドフィルダーを所望するなど烏滸がましいにも程がある。
クラス対抗戦などでAチームBチームなどに分かれた時は中盤でDQNに絶妙なパスを献上する召使いなどもしたことはあるが、完全にゲームメイクできる感覚での中盤が出来るのは興奮を隠せない。
「タキオさん、俺たちの負けられない戦いはここにあります」
「いきなり真剣ですね。ヘアピンちゃらくて嫌いですけど」
「なぜいまディスる!」
彼が真剣になってるのも理由がある。
1丁目から2チーム、2丁目、3丁目で其々1チームで、参加費一人1万円で1日貸切2.2万円のグラウンド代を差っ引いた金額が賞金になる。
優勝すれば、最低人数である11人4チームで戦ったとしても一人当たり3.1万円のギャランティとなり、補欠要員なども入れば賞金は加算される。
1万円ドブに捨てるか、3万円をもぎ取って勝利の美酒に舌鼓を打つか。
たかが1万、されど1万と皆鼻息が荒い。
俺が所属する3丁目チームは職人肌のオッちゃん達とボーイズバーの貧弱似非ホストを中心に、唯一体育会系色の濃い八百屋のオッさんがエースストライカーたる布陣である。
対して1丁目Aチームは優勝候補筆頭。
県大会上位にまで上り詰めた現役高校チームから3名も参加している容赦ない布陣である。
そしてキックオフに至るわけだが、Aチームの若様舐めきってるのか、キックオフゴールを狙ってイキナリ右脚振り抜きやがりました。
大きく蹴り上げられたボールは枠を外れてゴールキックからのスタートとなったが、奴さんどうやら三人だけで試合を決めるつもりらしい。
「舐められちゃってますねぇ。タキさん、小嶋さん走らせて囮になってもらうんで、俺の裏出ししてもらっていいですか? 困ったら源太さんがドフリーの場合は渡してあげて下さい。なんとかなるんで」
「いいけど走れるの? レオくん走ったら折れない?」
「サラッとディスるのやめて貰えます? これでも遠商でインターハイでてるんすから」
「あ、ガチの人だったのね」
「風巻東のユニ見たら虫酸が走るんすよね……」
なんか似非ホストがブチギレちゃいました。
全員の所に行ってちょいちょい指示出ししてるから全員の力で勝ち切ろうって気概が見えて大変よろしい。
「裏に出せと言われてもねぇ」
俺にボールが回ってこない。
正確には俺にパスを回そうと読まれているのでマークされていて、オッさん連中はバグって訳のわからない所に飛ばしたりする。
だから小学生サッカーよろしく野人の如く喰らいかかる。
追いかけて追いかけて、プレスをかける。
銀細工屋のオッちゃんが転かされてファールをゲット。
俺に親指を立ててニヤリ。
ここまで御膳立てされたら力になりたい。
「タキさん、ちょっと遠いですけど狙えます? 相手舐めきってディフェンスライン高いんで、ちょっと下げさせたいんす」
「入るかどうかはわかんないけど、やってみよっか」
「いや、俺が行く」
そこで登場したのは八百屋の源太さんである。
アメフト選手のような筋骨隆々の体に色黒角刈りと漢要素満載のオッさんであるが、その鋭い眼光で凄まれると、どんな無理難題でも飲んでしまいたくなる。
「源太さん……そうですね、少し早いですけど行っちゃいましょっか」
こう言ってはなんだが、日頃どれだけトレーニングを積んでいたとしても、3万のワニさんをぶっ殺した俺とでは位階が違いすぎる気もするが、それでも源太さんがヤル気になっているなら素直に譲ろうと思う。
本音を言えば日焼けを気にしながらも必死で声援を送ってくれる綾子さんにいいところを見せたいが、初見で食い気味に行くのも避けたい。
ここは外した場合に備えて溢れ球でも拾いに行くよう動こうかと一歩踏み出した直後『ドパン』と鈍い音が響いたと同時に、ゴールネット左隅に弾丸ライナーでボールが突き刺さった。
「え?」
「すごいでしょ? 三丁目のブッキって言われてるんですよ。矢吹源太のブキとフッキをかけて」
とんでもない隠し球もいたもんである。
敵さんも完全に気を抜いていただろう。
他のメンバーは知っていたとしても、高校生達は度肝を抜かれたはずだ。
「ウォォォォォオオオオ!!」
俺なんてウンコ漏らしそうになったからね、興奮しすぎてだけど。
みんなで源太さんをバシバシしばいて祝った後に仕切り直し、20分ハーフなので時間の流れが早く感じるが、似非ホストレオくんの作戦通りにディフェンスラインは下がった。
と言っても紫ユニが後衛に一人参加しただけであるが、三人で好き勝手されるよりはマシだ。
そこからは、なんと言うか……うん、控えめに言って蹂躙だった。
オッさん連中は高校生一人に対して二人ないし三人がかりでプレスをかけて、たまらず自軍のオッさんにパスを出したら俺が奪う。
さっさーと前線に持ち込んでスペースがあればレオ君を走らせて裏に、レオくんにマークが行けば源太さんに、何方も詰まっていれば小嶋さんに浮かせてクロスプレーで、更には俺がドフリーであればそのまま。
結果としては7-1の圧勝、レベルこそ天と地ほどに違いはあれど、往年のブラジルドイツのミネイロンの惨劇のような結果になってしまった。
サッカーをやるのは嫌いではない程度で見るのは大好きの判定から、やるのも大好きになってしまった。
「圧勝か……いい響きだな」
「おっ、稲中ですか?」
「え、知ってるの?」
「バイブルすね」
少しレオくんに親近感を覚えながらにも、俺たち3丁目チームはそのまま優勝した。
そのまま丸っと賞金山分けで現金が貰えるかと思いきや、結局は大宴会を催して、支払いは優勝チーム持ちの落ちだった。
「いやぁ、儲かるわぁ。ありがとなタキオぉ」
そして宴会場は駅前とり彦であった。
結果としてマーちゃんが儲ける仕組みに憤りを感じたが、店の予約は元より綾子さんからとり彦にしようと幹事に提案していたようなので、逆に身内が儲けたと割り切って怒りを鎮めた。
綾子さんにパチンとウィンクをされて、ぎこちなくウィンクを返す楽しい場面もあったので、全て良しとするが、今俺は新たな局面に遭遇している。
席の並びとしては俺から右隣に綾子さん、左隣にレオくん、お誕生日席に源太さん、その左に小嶋さんと、今日のチームで共に戦った前衛達がいるのはわかる。
しかし、眼前にはオレンジジュースを飲みながらに丸鶏を食らう高校生達がジロジロと睨みを利かせてくる珍事態に巻き込まれているのだ。
終始無視をしながらに試合を思い出して笑いあっているのだが、綾子さんは指でツンツンと脇腹を何度も突いてくる。
「めっちゃ見てますよ、なんか話かけてあげないんですか?」
「やだよ。カツアゲされるかもじゃん」
「されませんって、ほら、なんか話かけてあげてください」
俺だけであれば絶対に無視を続けたであろうが、綾子さんが何度も言ってくるので、致し方なしと彼らに向き直った。
「で、なんですか?」
眉毛がキリッとしたスポーツマン的な少年は更に眼光を鋭くしながらに、ダンッとテーブルに両手を叩きつけて頭を下げる。
「頼む。俺たちにサッカーの指導をして欲しい」
他の二人も真剣な面持ちで俺を強く見つめてくる。
なるほど、部活に人生を捧げている熱い男達である事は十分に理解した。
自分達が強くなる為であれば、何か盗めるものがあるかもしれないと貪欲に力を渇望する、その心意気や良し。
「いや、無理ですけど?」
「え?」
だが断る。
弱小校のゴミクズを一から育てるのであれば守秘義務の契約書を巻かせて鶏狩りからの英才教育をしてやるのも吝かではない。
が、しかしだ。
奴らはインターハイ常連の名門、野球に関してはメジャーリーグで一線級とも言える怪物をも多く輩出しているエリート養成所の様相を持つスポーツ推薦校だ。
一流の指導員に鍛え上げられている彼らに教える事など、何一つとてない。
なんなら総合点で言えば俺など彼らに比べればミジンコ以下である。
サッカーに対して注いで来た情熱も知識も経験も何一つ勝てる部分はないと断言できる。
「俺はサッカーなど碌にやったことがないからな!」
少年達は奥歯を噛み締めた後に一礼して1丁目の集まりへ戻っていった。
強くなれ、少年。大志を抱け。
「面白いじゃないですか。危ないことしてるよりはずっといいと思いますけど」
「いやいや、あれはレベル高すぎでしょ。クソザコを鍛えるとかなら楽しそうですけど」
なんて少し見栄を張って綾子さんにカッコつけて見ると、後ろからトントンと肩を叩かれた。
振り向いた先には当然レオくんがいるわけで……。
「紹介できますよぉ? ゴミクズの吹き溜まりのクソザコサッカー部」
次から次へとまぁ……話題が絶えない街である。
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