うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?

慈桜

第30話

 


 ラーメンを食べに行った後、綾子さんの工房へやってきた。

 今は鞣す作業に集中していて、以前に訪れた受付は開けていないらしい。

 俺は鰐の討伐が一段落した事、そして平山のダンジョンが見舞われてる事態などを知っている事を全て綾子さんに話した。

 先日にある程度は話していたかも知れないが、酒の席の話なので一から順を追って全て。

 勿論、綾子さんの宝具が必要である事まで包み隠さずだ。

「綾子さんへの気持ちは本当なんです。でもばあちゃんが裏で色々動き回ってるのは事実で。これを隠しておく事はできません。気を悪くさせてしまったならごめんなさい」

「そんな大変なことに……宝具の話に関してはまっったく気にしないで下さい。本当は謝らなければいけないのは私の方なんです……実は……」

 聞けば綾子さんも鶴屋翁に、宝具を見せに行くならコレもいれておきなさいと白と黒の一際力を持ったあの耳飾りを渡されたらしい。

 いつも宝具をプレゼントしてくるので気にしていなかったようだが、俺の話を聞いて点と線が繋がったのだ。

「多分お爺ちゃんはそうなる事を予想していたんです。 私が宝具を見せたら桜様が婚姻の為に動くと……」

 こうなると政略結婚的な様相も出てくる。
 何故か互いに身内がすいませんと謝りあい、最終的には自分達は身内に関係なく出会ったのだから気にしたら負けとの結論に至った。

「なんか解決策ないかな。宝具でダンジョン設置できるとしても、自衛隊の人達帰ってくれそうにないし」

「敷地に許可も取らずに強行なんて話にならないですもんね。訴えたら確実に勝てますけど……」

「そう、モノがある以上、ダンジョンがある以上は犯罪だし、一気にひっくり返されるリスクもある」

 ミサイルがあると確信して踏み込んできた国に対して、本当にミサイルを隠し持っているにも関わらず人権蹂躙だと憲法違反だの訴えた後に、ミサイルありましたーなんて事になったら終わりだ。

 ダンジョンが乱立してから日本も法治国家の根幹を揺るがしまくってるからバレるリスクも高いしな。

「でも、平山に目がつけられたのは、タキオさんが会社を始めたり人を寄せたのが原因なんですよね?」

「ですね、土着信仰の禁足地に養鶏場やら鰐養殖やらはおかしいだろって話になった的な事は聞きました」

「じゃあ同じ状況を別の山で……いえ、この場合界門が無くなった狐山が都合がいいですね」

 大きな鞣し太鼓がクルクル回っている様子を見ながらに、顎に人差し指を置きながら思案に耽る綾子さんは美しい。いや、ふつくしいと言ふべきか。

「行かなければならない理由などを用意するのは悪くないかもしれません。例えばホブゴブリンと交戦している中に、第三勢力を投下しちゃうとか」

「いや、間接的に殺す事になっちゃうよね? MPK的な」

「でも、鹿や猪なら普通にいますよね? 山って」

「それだ! それだよ綾子さん!!」

 俺は綾子さんにバイクを借りて家までぶっ飛ばそうとしたが、やはり何処かで見ていたとしか思えないタイミングでばあちゃんが登場する。

「言っとくけど今回は見てないからね。あんたが山に行こうとしたから反応しただけさ」

「今回、はって言っちゃったよこの人!」

「で、そんなに急いでどうしたい?」

「伝説の無視! いや、これはばあちゃんに手伝って貰うのが絶対なんだけどさ……」

 そして作戦を伝える。
 六層と七層の猪と鹿を狐山に逃がしまくり、自衛隊の目を狐山に向けると言った内容であるが、ばあちゃんは眉間に皺を寄せて難色を示す。

「奴らは臆病だからねぇ。逃げて逃げて人里に降りて迷惑をかけるだろうね。それに技能も持ってるし、一応は六層、七層の魔物。大変なことになりそうだけどね」

「それもそうか……」

 よくよく考えれば鶏だって餌をばら撒いておけば最弱であっても、無ければ【貫通】と【壁歩き】を駆使して戦う極悪鶏である。

 楽勝すぎて感覚がバグっていたが、俺たちはスタートダッシュに恵まれすぎているだけで、下手したら鶏だけでも大惨事って事もあり得たわけだ。

「それにもう前払いしてもらったんだよ。これね」

 そう言ってババアは差し出した両手に白と黒の耳飾りを見せてくる。

「でもそれだと」

「心配いらないよ。あんたは鶴屋のお嬢ちゃんとしばらく普通・・を楽しみな。悪いようにはならないから」

 ばあちゃんは軽いデコピンを撃ち込んでから姿を消した。
 俺は勿論気絶した。

「た、タキオさん!? タキオさん!!」

 遠い意識の向こうで綾子さんの声が聞こえた。


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 平山の麓へと転移した桜は、人目も憚らずに自信が所有する米盆地の水田の上に立っていた。

 長年放置してきたので雑草と葦科の多年草が生えしきる傍迷惑な休耕地となっているが、当人としては身を隠す目隠しとなるので都合がいいとご機嫌だ。

「界門の知恵に関しては年寄を信じてくれてもいいのにねぇ」

 畑もとい空き地の中央に一軒家程の魔石を置き、白の耳飾りを左耳に、黒の耳飾りを右耳に装着すると、そっと魔石に手を触れる。

 偽神宝具の使用。

 本来であれば使用者が擬似核の守護者となり、偽神として界門の管理を行う宝具であるが、抜け道も存在する。

 それが桜の行っている眷属代行である。

 使用後に界門作製の段階に入り、使用可能層の表示がされる。
 この耳飾りであれば十層と脳裏に浮かぶ。

「しょぼいねぇ」

 桜は文句を言いながらにも、界門の作製を続行する。

 選択はほぼ無限に近い。

 食らった殺した受け継いだ、己が起源に関する因子から設置クリーチャーの設定ができるからだ。

 桜がこれまでに討伐した魔物は勿論だが、食した全ての起源にも遡る事ができる。

 例えば若かりし頃に夫婦で旅行に行き、物は試しと鰐肉を食らった経験があるとする。
 その鰐は先祖を辿ると人を食らった事のある鰐であったとするならば、その人間からも起源を辿る事ができる。

 見た事も聞いた事もない虫や動物も選択肢に入る理由である。

 架空空想もしくは自身の創造生物を作成する場合においては階層対価が必要になる。

 例えば猫耳の人間を創りたいとすれば、人間一層、猫一層の融合として作成し、限界層が十層の場合は九層となる。
 しかし例外として神々が管理する界門にて猫耳を殺害、もしくは猫耳を食らった魔物を食らう、又は討伐していれば因子を持つので対価無しに守護配置できるようになる。

 つまり何が言いたいのか、それは偽神宝具は桜には絶対に与えてはいけない宝具なのだという事だ。

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 一層【階層守護者モロク】
 言わずと知れた牛頭人身の怪物ミノタウロスが跋扈する階層であるが、レアモンスターとして出現する悪魔モロクを階層守護者として配置している。
 桜は勿論モッさんと呼んでいる。

 二層【階層守護者グリンブルスティ】
 より人型に近くなった筋骨隆々のハイオークが跋扈する階層。
 彼らを従え統率力を持たせるレアモンスター、金色の猪をかぶった神獣種グリンブルスティを階層守護者と設定している。
 桜は彼をグリやんと呼んでいる。

 三層 【階層守護者ネメシス】
 眷属であるキラーグースを無限に生み出す。
 キラーグースとはタキオがビッグダックと名付けている巨大なアヒルであるが、実はガチョウなのは余談。
 平山界門二十五層の魔物であり、階層守護者に位置するフロアボス・ネメシスが存在する。
 桜は彼女を湖の管理人さんと親しみを込めて呼んでいる。

 四層【階層守護者白蛇姫】
 大蛇が跋扈する階層。
 自害を強制する瞳術を持つウロボロスの亜種白大蛇しらおろちと共に行動する極悪幼女が階層守護者。

 五層【階層守護者アリエス】
 金色の体毛と翼を持つ羊が跋扈する階層であるが、ボーナスステージに思いきや一定確率で討伐後金羊毛の番竜たる蛇型の竜種が召喚される。
 階層守護者アリエスは金羊を無限に生み出すので高い確率で番竜召喚を引く羽目になる。
 桜は牧場の管理人さんと親しみを込めて呼んでいる。

 六層【吸血鬼】
 吸血鬼が支配する国が築かれている。
 とりあえず全員バカ強の極悪層である。

 七層【上位悪魔】
 上位悪魔の国が乱立しており、覇権をかけて争う戦国乱世となっている。
 吸血鬼なども領土を有してはいるが、吸血鬼層への侵略を監視する拠点としての間借りしているだけである。

 八層【地龍】
 吸血鬼と悪魔が神層に攻めいらないように配置されているガーディアン。
 星喰らう狼たるフェンリルを龍化させた神獣。

 九層【魔女】
 異力の極地たる存在。
 彼女達の存在が界門に魔素を満たす役割を担っている。
 絶対的な不可侵領域とされており、通常異力の一切を封じられる為、神化に達する他争う術はない。

 偽神層【ヨルムンガンド】
 件の蛇竜さんである。
 大蛇の無限召喚に付け加え星を喰らう顎門に神を滅ぼすブレスを持つ。
 言わずもがな討伐は無理ゲーである。

 ━━

 おわかりいただただろうか?

 平山界門にて十九層、二十二層、二十五層、三十層、三十一層、四十層、四十三層、四十四層、四十五層、四十七層と桜が個人的に厄介であると感じた階層のみで構成するキチガイダンジョンである。

 本来この地で山神が座す界門に関しては、神々を殺す力を身につけさせる、もしくは見所のある者を眷属とすることを名目上のお題に営まれている。

 実質は限界集落に救いの手を差し伸べたのであるが、それはさておき、山神管轄の界門は、それぞれ優しさがある。

 しかし彼女が作成した界門は極悪も度が過ぎる混じりっけ無しの鬼畜界門である。

 元より攻略させるつもりも人を寄せ付けるつもりもない、純然たる暴虐の塊でしかない。

 そして本来であらば自身が偽神とならねばならないが、蛇竜ヨルムンガンドの魔石を利用して偽神を代行させる投げっぱなしに過ぎる処置も取っている。

 眼前に顕現する不自然な洞窟のようなダンジョンの入り口を見て納得した桜は入り口をバシバシと叩き始める。

「こら! 蛇! ちょっと出ておいで! 人ぐらいには化けられるだろ!」

 彼女の言葉に反応するように姿を見せたのは緑色の長い髪を持つ色白の美しい青年である。

「桜姫……これはなんとも異な事を」

「へぇ……同じ子なんだねぇ。似たような別の奴が来るのかと思ったよ」

「同一存在ではあるが、いまあちらで我が神を守護するのは別の我であるぞ?」

「まぁ、どうでもいいよそんな事は。あんたに任せたい仕事があるんだ。別にいますぐコレをどうこうできる奴なんてのはいないからお使いを頼みたいんだけどねぇ」

「我の主様は桜姫だ。ただ命令すればいいだけの事」

 桜はそれはそれは楽しそうに嗤っていた。








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