うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?
第29話
「知らない天井だ」
気がつくとソファで寝ていた。
二日酔いの纏まらない脳みそのままに起き上がり周囲を見渡す。
テーブルの上にはタバコのカートンが山積みになり、ポテチを筆頭にスナック菓子が大量に詰まった袋が四つもある。
!?
そしてベッドに誰かいる。
全くもって記憶が無いのだが、マーちゃんかオッさんであれと願う。
ベッドのよこに黒い革のパンプスが置いてあるが、まだわからない。
マーちゃんか師匠が女装に目覚めた可能性もある。
「え!?」
ベッドで静かに寝息を立てているのは何処からどう見ても綾子さんである。
あかん、なんも覚えてない。
かわいい、ちゅーしたい、あかんあかん。
服は作業着のままであるし、綾子さんもシャツを着て化粧をしたままに眠っている。
一度拠点であるソファに戻り、タバコに火をつけながらに最期の記憶を辿る。
師匠に連れられてキャバクラに行ったのは余裕で覚えてる。
そしてマーちゃんがトイレに行った時に師匠が耳打ちしてきたのも覚えてる。
『マサヒコがいいカッコしてくださいってカード渡して来たからよ』
『え、そうなの? あいつ舐めてるな』
『おう、死ぬほど飲んじゃれい』
そこから飛び飛びだ。
シャンパンとかを頼みまくって、カラオケ歌って……。
そうだ、それで『鶴屋綾子さんと結婚したい!!』ってマイクで叫んで、俺に付いてたシングルマザーの千花ちゃんが綾子さんと知り合いとか言って……あかん。
その次の記憶がゲイバーでマーちゃんが乳首噛まれて笑い死にしそうになったところで終わってる。
どうやっても大量のカートンと綾子さんを持ち帰った状況が読めない。
スマホ、そうだスマホ。
発着信、メッセージアプリにも履歴なし、写真は……あった。
俺、綾子さんと夜中にしゃぶしゃぶ食ってる。
でも、誰だろ。
俺と綾子さんとの間に若草色のミディアムヘアのショタがいる。
顔の整い方的にばあちゃんとかと一緒の系統だから年寄衆かな?
状況的に見て、綾子さんのお爺ちゃん……か? まじで子供だけど、お爺ちゃんだよな? 多分。
なんでこんな重要なこと覚えてないんだ……。
寝てたならまだしも、普通に起きてるのに記憶ないとか。
ん? 
写真を拡大してみるとジジイの目ん玉の中に【幻】って文字が浮かんでる。
厨二病的なカラコン?
「おっ?!」
突然写真の中のショタが動いたんですけど。
なんかニョキッて出て来ました。幻覚かな?
「なんじゃお前! やらなんだか!」
「うおえおわー!」
「何を今更驚いておる。昨夜あれほどめんこめんこと撫でてきおったではないか!」
「いやぁ、すいません。まっったく覚えてないんです」
スマホの画面からニョキニョキーってショタが出てきた件。貞子確定。
「そりゃほうじゃの、なれば己が目で見るがいいぞい、ほれ」
ショタに額をツンっとされると先日の出来事を再体験する。
自分の体の中にいるのに俯瞰で見ている感覚は不思議だが、ハングオーバーで消え失せた記憶をこの目で見られるのはありがたい。
「ありがとうございましたぁ! 後で行くからボルグで待っててねー」
これはキャバクラを出た後だな、そうそう、シングルマザーの千花ちゃんはこんな顔だった。
睫毛がやたらと長い謎の生き物であるが、胸元に核弾頭を搭載しているアトミックな女性だ。
「これで女の調達はできた。次はダンジョンに魔物と戦いに行く」
「はい師匠! 自分が戦います!」
恥ずかしい。
クソ恥ずかしいけど、アホでよろしい。
次に行ったのはゲイバーである。
こんな土地にこんな店があるのかと驚きであったが、割りと普通の店だ。
こじんまりとした店内に二人の魔物。
片割れはそれなりに激しいメイク等で武装しているが、マスターは何処にでもいるイケてるオッさんである。
当然話してみればソッチ系の人であるのはわかるが、何故か俺はフラッフラで十人十色と連呼している。
言わんとする事はわかるがスベっているのが辛い。
ボトルを卸して静かに乾杯をして、映画館で上映されている筈の映画のDVDを大音響で楽しんでいると、遅れ馳せながらに千花ちゃんが店の女の子達を連れて登場。
そこに何故か綾子さんもいる。
「あやこしゃーん」
「タキオさん! ベロベロじゃないですか! 大丈夫ですか?」
「ふぁい! 無敵れすから!」
「フラフラですよ! 無敵さんしっかり!」
「ほんとに無敵なんれすってぇ!」
どの口が言うとんねん。
そこで仕切り直して乾杯をして、またもやお祭り騒ぎとなる。
マーちゃんがちんこを撫で回されたり、オッさんに乳首を噛まれたりと爆笑の時間が続いている最中、俺は何故か綾子さんの手を握って店から飛び出してしまう。
意味がわからない、なんの脈絡もない。
雑居ビルのエレベーターに乗り込んで手を繋いだままに無言の時間を過ごし、ネオンが消え始めた夜の街に踏み出したかと思えば立ち止まり、綾子さんに向き直ったかと思えば頭を振ってから電柱を真剣に見つめてる。
「あやこさん好きれす。けっこんしましてくれぇぇぇぇい!」
「はい! じゃなくてそれ電柱!」
「だめれすか……なんとか言ってください」
「だからいいですよって。こっちです、こっち」
顔面をグイッと綾子さんに向けられて無表情で固まってる。
いっそ殺してくれ。
ムードもへったくれもない。
夜中にキャバクラ務めの友人に呼び出されてゲイバーで散々下品に笑ってベロンベロンになったビジネスパートナーにプロポーズとかカオスすぎる。
「え、いいのぉ!?」
「覚えてたらですけどね」
「あやこたーん!」
何から整理していいのかわからなくなるのが普通だと思うが、綾子さんは普通に了承してくれてる。
女神みたいな人だなって思う反面、自分の醜態を知れば知るほど記憶消えてて良かったと思ってしまう。
「その結婚待ったぁー!!」
ここでお爺ちゃん登場。
本当年寄連中は耳年増と言うかなんと言うか、次元の概念平気で越えてくるから困る。
「なにこれかわよ」
おお、俺が綾子さんのお爺ちゃんだっこしてる。
ショタ趣味なんぞないのにめんこめんこしてるよ。
「ええいやめぇい! わしゃ子供じゃないわい」
「のじゃショタ乙」
「お、お爺ちゃん、なんで街なんかに」
「ふん、それはのう、ええい離せ!」
無駄に腕力も上がってるから、ぬいぐるみでも運ぶみたいに小脇に抱えて運んでしまってる件。
人様のお爺様に対してなんたる無礼。
「あやこさん、これ、ください」
「それ、うちのおじいちゃんですよ?」
「違います。ハーフエルフです」
草。
何言ってんだこいつ。
いや、俺らしいと言えばそれまで、日頃ダンジョンに潜り続けているせいかファンタジー脳に侵されてるな。
ぎゅるるるるる。
そこでお爺ちゃんのお腹が悪魔でも飼育してるんじゃないかってぐらいに激しく鳴った。
「餌付けの時間ですね、わかります」
そのまま朝まで営業のしゃぶしゃぶ食べ放題に入店。
お爺ちゃん爆食、綾子さんちょい飲み、俺はジジイ撫で撫で。
「して、ぬしらの婚姻話だが、いくら平山の二代目と言えど、何処の馬の骨とも知らん小僧に最愛の孫娘はやれん」
「まじかよジジイ。本気かこら。飲め、もっと飲め!」
「やめぇい! 虐待で炎上するぞい!」
確かにお爺ちゃんは見た目小学生であるから、盗撮でもされていれば炎上間違いなしであるが、撮影してる奴など……いる。
隣のテーブル席のカップル、スマホの位置が不自然すぎる。
素面の俺なら直ぐに気付いただろうけど、俺は目が座ったままにジジイの顔面をアイアンクロー。
「子供にツブヤイターは早いぞ」
「わしじゃないわい!!」
綾子さんは爆笑である。
「なー、頼むよジジイ。大切にするから、な? だから綾子さんを僕にください!」
「ふん、なれば賭けをせぬか? 」
「賭け?」
「今この時間を保存したまま夢を見させてやる。おぬしが色香に溺れて綾子に手を出したら縁談は無し、夢幻に気付けば許す。どうだ、やってみるか?」
「上等じゃん」
お爺ちゃんは店員さんを呼んで三人の記念撮影をする。
爺ちゃんは見切れてるけど、俺のスマホに入っていた写真と配置は同じだ。
「これで時間は保存した。さて、お前の本質を見せてもらおうかの」
そこからは早送りだった。
綾子さんとブラブラコンビニに回ってタバコのカートン買いをしてお菓子も大量に買い込んで、妙に引き寄せられるラブホテルに入り……。
「タキオさん、こっちで寝ませんか?」
「いや、酔いが覚めたら改めてお付き合いを申し入れますので、それまでは武士は食わねど高楊枝でございまして、差し詰め後悔先ちんぽ勃たずなんて事も如何ともしがた……」
何言ってんだろ。
そのまま俺は限界を迎えてソファで爆睡。
早送り後に、今隣で鶴屋のジジイがニコニコしています。
「まぁ、一応合格じゃがどうする? 鍋屋に時を戻してやってもいいし、このままになるよう時を進めてもいい」
「すごい力だな。つまり現実はスマホで写真を撮った時ってことか?」
「そうとも言えるし違うとも言える。これも紛れもなく現実であるが、座標を指定しておけば戻る事もできると言った方がわかりやすいかの? それとも、お前さんが本来辿るべき未来を見せていると言っても間違いではないんだが、どう受け取っても構わん。そのようなもの、それでいい」
「じゃあ後悔先ちんぽ勃たずのとこだけやり直していいですか?」
「無駄じゃよ。何度やり直してもお前さんは同じ事を言う。事象は簡単には曲げられんからな。わしが綾子を連れ帰っても、お前は同じような事を言っておるはずだよ」
俺から見て右側の目に【幻】の文字が浮かぶと、消えていたはずの記憶が鮮明に呼び起こされ、確かにそれらが全て現実であったと確信できる。
「どのみちやり直しても記憶は消えるしの。ワシしか干渉できんのよ」
「ハイパーお爺ちゃんだな。無敵じゃねぇか」
「ほっほ。それがそうでもない。色々制限もあるしの」
「じゃ、後は若いもんでの」
ジジイがボヤけて消えるが、これからどうしたものかとソファに腰を落とす。
無かったことにはできないし、かと言って素面で先日のような告白は難しい。
綾子さんはガバッと起き上がり、状況把握を開始する。
そして当然のように数秒間目が合う。
「えと……おはようございます」
「はい、おはようございます」
お互い何も無かったとは言え、お付き合いをさせて貰ってる関係でもないのに致すためだけの空間にいる状態が気まずい。
これが高級ホテルなどでベッドが二つあったりするならば話も別だが、部屋から外が見えない板張りの安っぽい防音の空間とはこれいかに。
「綾子さん、その……」
「は、はい! 」
とりあえずソファに正座してみる。
何故か綾子さんもベッドで正座である。
さりげなく布団の中を覗いて履いてるか確認するのは心外だからやめて欲しい。
「先日は色々とすっ飛ばしたお話を致してしまいましたが、どうか結婚を前提にお付き合いしていただけませんか?」
「はい、不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
何故か互いに三つ指立ててぺこりとしてしまい、ほぼ同時に爆笑してしまう。
「ふふ、ははは、あー、おかしい」
「なんでしょうね、本当締まらなくてごめんなさい」
「全然大丈夫です。でも、プロポーズは少しだけロマンチックにしてくださいね?」
「っ、はい……ゲイバーの前で電柱に向かってなんてのは絶対しません」
0日婚やら籍だけ婚があるような時代だ。
結婚は人生の墓場とは言うけども、ダンジョンがあれば多少なり生活に緊迫するギスギスした関係でなく、人と人としての夫婦の営みが叶うかもしれない。
まだお互い何も知らないけど、この人なら、いや、この人じゃなきゃ嫌だと思えたのなら後悔のないように。
「とりあえずランチでも行きます?」
「あ、近くに五百円の梅塩ラーメンあるんですけど二日酔いには最高なんで、そこ行きません?」
「なにそれ行く」
「行きましょっ! 安くて美味しくて無敵なんですよ! むーてーきっ! ね?」
「無敵いじりやめて」
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