うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?
第26話
喫茶店の若女将は何度も何度も自衛隊の者達を止めたが、結局は平山入りは決定してしまい、残念極まりないと項垂れながらに見送るしかなかった。
「後悔できる幸せってのもあるのにね……ママ聞いてる?」
ベリーショートに金髪、そして青い瞳と明らかに日本人離れした姿の女将であるが、彼女が虚空に向かって声をかけると、カウンターの壁に背中を預けて返事を待つ。
「ふぅ……電話感覚で呼び出すんじゃないよ、まったく」
厨房に現れた気配を感じ取り、姿を確認するべくもなく無邪気に笑う。
「いつも見てるんだからいいじゃない。でもごめんね、説得できなかった」
「タキが来てから遅かれ早かれこうなるのは分かってたからね、気にしなくていいよ」
「タキちゃん……小さい頃しか会った事ないけど本当面白い子だね。山のルール全部無視」
「あれだけ寄せる子は珍しいからね。
狐山の山神がわざわざ5つも山越えして来たってんだから相当だよ」
「寄せ……ねぇ。ママには悪いけど本当苦労しかない力だよね。店とかやるならいいかもだけど」
そこへカランコロンとドアの鐘を鳴らしながらに、白色オーバーサイズのワンピースパーカーを着た三つ編み少女が登場する。
「チッ、こら京子!! 下でハサミ出すなって言ってるだろ!」
「うるさー。研がなきゃなんだよー」
「お兄ちゃん達もシスコンごっこしてないで働きな!!」
「だから妹のSP兼運転手が仕事であってだな」
黒スーツの屈強な3人の男達、彼らに守られるように立つ少女。
実は彼らは兄妹なのである。
彼らが雪見山の鶴屋一族なのだが、人の噂とは実に……とことんまでに尾鰭がつくものである。
その尾鰭の長さがどう見えるかは人によって変わるのかもしれないが、こうして見る限りには仲の良い家族の団欒にしか見えない。
「うちの仕事もあるんだからニートのふりして平山ばっかり行ってんじゃないよ!」
「従兄弟に会ってみたいだけだよー。常にいないけどねー」
「また潜るのかい!?」
「向こうはしばらく閉鎖だからねー」
母親との問答から逃げるようにスタッフルームへ入ると、広々とした部屋の中央には不自然な洞穴がある。
人工物の部屋の一室の中央に岩の洞穴があるのは不思議な感覚であるが、言わずもがなダンジョンの入り口である。
キョウコは当たり前のようにダンジョンへと入り、黒スーツの男達もロッカーから各々に武器を取って暗闇の中へと飛び込んで行く。
山の麓にこのようなダンジョンの入り口がある為に喫茶店を建てて隠蔽しているのだろう。
彼女達の気配が消えた事を感じ取ると、若女将は呆れたように鼻から息を吐き出す。
「本当誰に似たんだか」
「あんたに良く似てるよ。でも、そろそろ隠せなくなってきてるね。それ以上神化が続くようなら店も息子らに任せなきゃならないよ」
「わかってるよ。この前『ユーはなんで日ノ本へ』って番組の取材来た時、あ、限界だなって思ったよ」
「昔も今もかわいいけど、見た目は別人になっちまってるからね」
「ママには一番言われたくない」
女は厨房からホールへ踏み出し、桜色の長い髪を揺らしながらに小さく笑った後、その場から姿を消した。
「無理しないでね、ママ」
若女将の言葉を聞く者はいない。
母を案ずる声は閑古鳥がなくだだっ広い店内に弾けて消えた。
場面は変わり自衛隊の軍用ジープが連なる一行は既に平山の麓に差し掛かっていた。
安っぽい手書き看板に『藤堂ファーム→』『藤堂養鶏場→』と記された一本道へ。
極太の一本杉が乱立する針葉樹林の山道を進んで行くと『この先私有地につき立ち入り禁止』との置き看板が行く手を阻むが、隊員は当然のように看板を退けて奥へと進んで行く。
凸凹の整備されていない道を暫く進むと森はプツリと途切れ開けた平原が見えてくる。
緑豊かな緩やかな丘、大岩盤の台地の上から奥深い山々への玄関口が広がるのだ。
整備などされていないが、日頃多くの車の往来があるのだろう。
車の轍に雑草が抉れ、申し訳程度に撒かれた砕石が踏み固められている。
多くの車やバイクが並んでいる場所が一応の駐車場であろう。
自衛隊員達はそこで停車し、速やかに整列した。
「調査によると表向きは競走馬の生産及び処分される競走馬を保護する活動を主とする牧場、並びに同敷地内にて養鶏業を営んでおり、現在は鰐の養殖の申請なども行っているとの事だが、民間人相手であるからと一切気を抜くな。一時駐留し徹底的に洗う。蟻一匹逃さずにこの山を調べ尽くすのだ!」
招かれざる来客である。
地元民ですら行ってみたくとも憚れる畏れ多い土地であったのだ。
突然の求人広告が出された事でようやっと門戸が開かれた状態であり、皆手探りながらに約定を忠実に守り毎日を過ごしている状態での闖入者。
「いやねぇ……余所者はこれだから」
「本当、野蛮よねぇ」
害意を持って平山に足を踏み入れるなど言語道断。
ダンジョンが登場する以前、古の昔より山の神々を信奉する地元の者達は、凍りつく程に冷たく軽蔑した視線を自衛隊員達へと送っていた。
「いやはや、参りましたね。同じ日本人なのですから余所者も何もないでしょう」
先ずは聞き取り、馬の世話をしていた若奥様の声に素早く反応しながらに歩み寄っていく。
「同じ日本人ねぇ……そう言うならアポイントでも取るのが礼儀ではありませんこと?」
「本当よね。人様の敷地にぞろぞろと。物盗りでもまだ礼儀があるわよ」
言い得て妙である。
物騒な武器をぶら下げて威圧的な態度のままに我が物顔で物色するような輩とこっそりとバレないように金目の物を盗んで行く物盗りであらば後者の方がまだ可愛げがある。
「皆様の安全の為と理解していただきたい」
自衛官は頬を掻きながらに苦笑いを浮かべた。
「物騒なもん持ち歩いて安全とか言われても説得力はありませんわね」
平山で働く者達は嫌味を言いながらにも桜の家に行かさぬよう、叶わずとも時間を稼ごうとわらわらと集まっては、其々に聞き取りに答え始める。
このままでは平山が奪われてしまう。
なんとしてでも阻止せねばならんと自衛官達を取り囲むが、彼らの対応は何かを隠している証拠に他ならない。
取り囲まれる前に潜り抜けていた者達は、早々に桜の家を見つけてしまう。 
なだらかな丘が続き、平原を割るように茂る竹林の裏手。
人から隠すように建てられた古民家と、多くの人が存在している。
そこにはタープテントの下でお茶を楽しむ若奥様達や、多くの人員で鶏を捌き続ける南アジア諸国のような未開でありながら生に溢れる光景が広がっている。
怪しい点は二つ。
一つは家の裏手に不自然に距離があるトタンを貼り付けただけの乱雑な物置小屋、もう一つはポツンと建つ立派な古民家の窓なりに、全く同じ見た目の古民家が鏡で映し出したかの如く左右対称で並んでいる部分だ。
新築造成地で同じ間取り、同じ見た目の家が建ち並ぶ姿は珍しくはないが、全く同じであると一目見て違和感に気がつく。
壁の木材の痛み方、窓の汚れ、網戸のヘタレ具合に玄関の表札、飾り、庭の植樹まで。
鏡で映し出したまま抜き出さなければ、こんな姿にはならないほどに一致している。
間違い探しをするならば、桜の家の玄関先に日向ぼっこをしながらに寝ている猫がいるかいないかの一点である。
「これは確実にどちらかが迷宮だな」
「家宅捜索ともなると令状が必要になりませんか?」
「なに、俺たちは命を賭けて国民を守る自衛官様だ。多少の無茶は通るってもんさ」
男は軽やかな足取りで鶏の解体現場へと足を運ぶ。
「こんにちは。突然すいません、あ! 全然お仕事続けたままで結構ですんで」
「なんですか? 衛生面の注意でも?」
「いえいえ、そんなもんは食中毒だけ出さなかったらどうでもいいんですよ。ところで、あちらの御宅の家主さんはご在宅ですか?」
「どちらも出掛けていますね」
「どちらも? あれはどちらかは迷宮でしょう」
「はい? 左には社長の祖母が、右には社長が住んでおりますよ?」
鳥を捌きながらに女はサラッと嘘を吐く。
予め用意していたかのようにするりと言葉が吐き出されたので自衛官は真偽の判断ができていない。
「…………誰か鍵を預かっていたりしないですかね? 思い過ごしであれば良いのですが、あれは近日見つかった迷宮と状況が酷似しているので、念の為確認したいのです」
「見てもいいですよ? みんな普通に寝泊まりしているので散らかっていますけど、どちらも鍵は空いています」
その了承を得たと同時に、自衛官達は家の中へと突入して行くが、どちらも中は何処にでもある一般家庭であり、家具などは同じ物であるが双方ただの家である。
従業員が雑魚寝したりと散乱してはいるが、何処を探ろうにも階段なども見受けられない。
男は再び鶏の解体をする女性の元へと訪れ、まだ納得がいかない様子のまま、次は物置小屋を見せて欲しいと頼む。
「別にいいとは思いますけど、何もないですよ?」
次こそはと物置を開けるが、そこには本当に何もなかった。
岩肌を利用した竹とトタンの肋小屋であり、荷物は何一つとて置かれていない空き家状態である。
「解体小屋にしようと作ったまま放置してるみたいですね。水場から遠いので使いたいとも思いませんけど」
「いやいやいや、そんな。そうなのか? でも、あの家は明らかにおかしいでしょ」
「鏡造りですか? こんな完璧に手入れしてるのは珍しいですけど、大昔に流行ったみたいですよ」
鉄板である。
何を言われようとも微動だにせず、ただ淡々と言葉を返すだけ。
自衛官達はそれ以上何も言えずに、その場から立ち去る他なかった。
だからと言って帰るわけではない。
彼らの調査は始まったばかりである。
「さて、目眩しは出来たけど次はどうしようか」
鶏の解体をしながらに自衛官との受け答えをしていた女は急に砕けた口調となる。
「桜様より指示を待つ他ありません」
「わかってるけど、ね」
鶏の解体をしている者達は自衛官の背中を睨みながらに舌打ちをする。
「今は我慢の時です。 諦めて帰るのを待つしかありません」
今回の仕掛けは子供騙しでしかない。
元より家の裏にあったダンジョンは土の異力、つまり魔法で岩壁を作っては入り口を塞ぎ、土をかけて芝を生やす要領で竹を成長させ、竹林の一部と一体化させているだけである。
狐山の山神により作られたダンジョンは居間の中央4畳が入り口の階段となっているので、畳を敷いた上にこたつマットや布団を敷いて雑魚寝させる力技で乗り切った。
ガサ入れをされてあちこち引っ剥がされては隠し通せないが、敬意を持って確認する程度であらば問題ない。
単純にツブヤイターの少年のように落書きをしたり、窓を割ってみたりすれば簡単にバレてしまうが、四六時中大勢で賑わっていれば容易に落書きなどできない。
『これでどうにかって感じだね。とにかく普通に過ごして時間を稼いでおくれよ。ここに興味を持たせて引き寄せるんだ。でも最後まで調べさせないようにね』
桜が偽装工作の最後に言い残した言葉である。
そんな桜は現在ダンジョン四十七層にて果てが見えぬ程に巨大な蛇竜と睨み合っていた。
切り立った崖の上から覗き込めば、地を埋め尽くさんばかりの無数の大蛇が蠢いている。
蛇竜が巨大すぎてミミズ程度にしか見えないが、それでも大蛇は三十層の魔物であり、それぞれに4tトラックであらば巻きつき粉砕する程の力を持つ厄介な生き物である。
『また遊びに来たのか桜姫。まだ肌艶は良さそうであるが』
「あたしゃ今ぐらいの見た目が気に入ってるから、これ以上は潜りたくなかったんだけどねぇ。偽神宝具が必要になっちまったから死んで貰うよ蛇さん」
『それは面白い。なれば孫の用事などで抜け出すでないぞ。いつも貴殿はいいところで帰って回復の余地を与えてしまうからな』
「そうしないとお店を開けられないんだから可哀想じゃないか。安心おし、どうせ生き返るだろうけど、少し眠らせてあげるからさ」
世間話をしながらに彼女はその全身を無数の宝具で飾った。
『ふあははは! 良い! 良いぞ!! やはり桜姫は最高であるな主様よ!!』
「可哀想な蛇だねぇ。いつも山神に構って構ってしてるのに相手にもされない」
クライマックスぐらいの死地に、散歩でも行くぐらい気軽に飛び込んだ。
当然のように崖から飛び降り、無数の大蛇が桜を喰らおうと蠢き牙を向けるが、近寄るだけでその身は風船に針を刺したかのように容易く破裂して行く。
トンッと軽やかに着地した刹那、衝撃波が斬撃となりて一体の大蛇を一掃すると、右手に禍々しい装飾の刀身が黒い魔剣を、左手に黄金と無数の宝石が散りばめられた美しき聖剣を構えては、十字に白と黒の斬撃を飛ばす。
斬撃は蛇竜の胸の辺りを容易く貫通するが、彼の巨体からすれば蚊に刺された程度でしかない。
では遠慮なくと、蛇竜は鎌首を擡げて桜の立つ一帯を喰らい切った。
圧倒的な物理である。
力ある存在なれば、異力を駆使して戦うものかと思いきや、ただ単純に空を覆う程に巨大な顎門で周囲一帯を喰らい切った。
「おじゃましまーすってかい」
桜は喉から二本の刃を突き立て、全力で奥まで走って生き、内臓から何から眼に映るより先に全てを切り裂いて行く。
蛇竜も流石に予想していなかったのか、激しく暴れまわるが、多少足場が悪くなろうとも桜からするならジャックポットタイムである。
『きぃさまぁ!!』
「いやー、汚れるからやりたくなかったんだけどね。あんたちゃんと食べてるかい? 中身スカスカだよ」
真正面から斬りつけても、余りに時間がかかりすぎるし、斬りつけた部分から大蛇がドボドボ生まれるし傷はすぐ治るしで消耗戦を強いられる。
しかし桜は常々思っていたのだ。
腹の中からズタズタにしたらイケそうだと。
『舐めるなぁぁぁあ!!」
酸を分泌させたり、毒で身を満たしたり、眷属で腹の中を満たしたりとあの手この手で追い出そうとするが、激痛は継続し続ける。
果ては自爆覚悟で自らブレスを飲み込んで共倒れを狙うが、気が付けば自身の鼻先にて超特大の魔石を頭の上に乗せながらバランスを取って遊んでいる存在に気がつく。
「それは……」
「そ。あんたの魔石だよ。無用心だねぇ、ほいっ」
シュンっと静かな音と共に巨大な魔石が消え去ると、蛇竜は容易く死を迎えた。
自らのブレスを飲み込んで満身創痍であったが、決定打としてはブレスを発する際に魔石の位置を知られてしまった事にある。
「これなら楽だねぇ。いつかタキにも教えてやろう」
そう言って笑いながらに、未知の階層四十八層への階段へと歩みだした桜は
二十代前半までの見た目に若返っていた。
以前は20代半ばか30代前半であったので、見た目的には5年程は若返っているだろうか。
「このままじゃ鶴屋の爺さんを馬鹿にできなくなっちまうねぇ……」
四十八層への階段を降りた先には、見慣れた我が家と縁側でビールを飲む丸眼鏡の若い男の姿があった。
「……タチが悪いねぇ。人様の旦那の姿を使おうたぁ、どう言う了見だい?」
「あははは! こうしてみるとすごい姿だね。神化に飲まれすぎだよ桜ちゃん」
「っ? 征一郎さん……なの? いや、ありえないね」
男はフッと息を吹くと、桜の女騎士の姿は飛び、黒髪の若い女の姿へとなる。
「やっぱり君はその姿の方が美しい」
桜は無意識に足を一歩踏み出していた。
ダンジョンである以上幻覚の類であるやもしれない、危険であるやもしれない。
全てを踏まえた上でも、己が全てを賭けて愛し通した男の姿が目の前にあると抑えることができなかった。
一歩、また一歩と近付いていくが、多少警戒されていることを知った男は半笑いで鼻の頭を掻いた。
あ……あの人の癖だ。
少し悲しそうに、それでいて優しい慈愛に満ちた笑顔のままに、自身の隣をトントンと叩くと、桜は我慢の限界が訪れて駆けつけた。
「おいおい、泣く事ないだろ」
「征一郎さん……征一郎さん……」
「大丈夫、ここにいるから。泣かないで」
懐から取り出したハンカチで桜の涙を拭うと、互いに暫し見つめ合うが、彼らはほぼ同時に照れながらに顔を背ける。
何を今更。
その男との間に三人もの子供を産み、七人もの孫に恵まれた鴛鴦夫婦が、照れるようなこともあるまい。
「でも征一郎さん、どうして?」
「私が死んだ後、もう一度自分の人生を楽しみながらに歩いて、自分の最期を見届けた後に三途の川を渡ろうかとした所で、平山の山神様に会ったんだ」
桜は続きをどうぞと、目を見つめながらに頷く。
「少し出掛けたいから、代わりに山神になってくれないかって」
「え?」
「うん、驚くよな。私も何度も聞き返したが、『今はいいが、いつか世界中の神々が新しい遊びを始める、それがどうにも楽しくなさそうだから代わって欲しい』とな」
癖なのだろう、征一郎は再び苦笑いをしながらに鼻筋を中指の爪で掻く。
「君を少しでも側に感じられるならと容易く了承したが、この15年本当に寂しかったよ。特にこの数年は目と鼻の先まで来るのにマサヒコの為に帰ってしまうし……」
「それは……本当に、ごめんなさい」
「私は胸の中で生きていると言ってくれたね? あの言葉が嬉しくてね、それだけで永遠に待てるとも思ったさ」
征一郎は桜の手を両手でしっかりと握って、ジッと瞳を見つめる。
「本当はね、君にこんな危ない場所には足を踏み入れて欲しくなかった。でもあの日、界門を抜けて君を感じたあの日から、会いたい想いが募ってしまった」
桜は再び目尻に涙を浮かべて、その胸に頭を預ける。
「元の山神が作った界門だから極悪だし、何度もやめて欲しいと思ったけど、日毎近くに感じられるようになって嬉しい、でもやっぱりやめて欲しい。色んな感情が入り混じって心の臓が張り裂けそうだった」
「征一郎さん……嬉しい……」
女である。
そこにいるのは最強のおばあちゃんではなく、ただの一人の女。
「これからはいつでも会えますね」
「それは駄目だ。私は曲がりなりにも山神になってしまったからね。こうして話しているだけでも歳を喰ってしまう」
「そんな、でも私は83年生きているから、それなりには……」
「そんな感覚だとあっという間に使ってしまうよ。それに偽神宝具は少なくとも30年の老いを対価にしなきゃならない」
桜は眉尻を垂らして悲しそうに項垂れるが、征一郎は頭に頬を擦り寄せてギュっと強く抱きしめる。
「神層にいるだけで一分で一日ぐらいは喰われる。だから月に一度30分逢瀬を楽しもう。それなら負担はないはずだ」
「それならもっと、もっと会えます」
「火急の場合もあるかもしれない。力が必要になるかもしれない。その時の為に温存しておくべきだ。タキを含め、他の子達も若いからね、神威を存分に引き出せるのは君しかいない。でも……朗報もある」
「朗報……ですか?」
「うん。タキの恋人が偽神宝具を持っている。それを譲り受ける事ができれば、30年もの老いを支払なくても済む」
桜は息を吸い込んで征一郎の胸から離れると、意を決して立ち上がった。
「結納の品は決まりですね」
「曽孫が見られる日も近いよ」
桜はクスッと笑いながらに、もう一度抱きつきたい気持ちを抑えて一歩踏み出しては姿を消した。
転移の使用と同時に、再び桜色の髪を靡かせていた後姿を見て、征一郎はまたも腹を抱えながらに笑った。
「あんな派手なお嫁さんは貰った記憶がないなぁ。あははは」
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ノベルバユーザー351150
六話だと蛇竜は46層になってます