うちのばあちゃんがダンジョンを攻略しつつ有効に活用しているんだが、一応違法であると伝えた方がいいのだろうか?

慈桜

第1話

 
『タキ、ばあちゃん長くないから最後に会いに来なさい』

 田舎のばあちゃんから死にそうにもない元気な声で電話を貰ってから、俺は新幹線と鈍行を乗り継いで田舎に里帰りしている。

 特にやりたい事がある訳でもなく、4年制の定時制高校を卒業した後、大学ライフを楽しんでいる同級生の眩しさから逃げるように上京した。

 何か夢があるわけでもない。

 ただ、花の都たる大都会東京に出れば、真新しい自分を見出せるんじゃないかって中途半端な考えのままの上京だ。

 当然、社会の孤独さと荒波に飲まれて、ボロアパートに住みながら派遣で食いつなぐ毎日。

 死ぬ日が来るのを待つだけの毎日だった。

 そんな折、世界に異変が起きた。

 世界の各地で突然変異が起こり、ファンタジーよろしくのダンジョンが至る所に出現した。

 ぶっちゃけ胸が踊った。

 死にたがりな自分が命の煌めきを感じられる世界になった、大興奮で金属バットを買って荒川のダンジョンに突撃した。

 最高の時間だった。

 生を存分に感じた。

 だが、そんな幸せな時間も一瞬で終わったんだ。

 日本国政府は、非常事態宣言と共にダンジョンの一切を国の管理とする強硬案を採決した。

 クソゲーな毎日に出戻ってしまったのだ。

 そろそろ限界を感じていたし、関西の実家にでも帰ろうかなって悩んでいたタイミングで、東北のおばあちゃんからの連絡だ。

 微々たる貯金とは言え、切り崩せば行けないわけではない。

 あの小さくて可愛いながらにも無敵のばあちゃんが死ぬなんて、とてもじゃないけど想像できないが、俺も28、オカンが54でばあちゃんは80近い計算だとすれば、お迎えを感じ取ってもおかしくないのかと寂しくなる。

 誰よりも元気で活発なばあちゃんだったのに先が短いなんて信じたくもない話だ。

 人の時間には限りがあるのは分かるが、いざ身内となると時の流れが憎たらしくて仕方がない。

 山々に囲まれた盆地に地の果てまで広がる田園、一番背の低い山から石畳の階段をひたすら歩き続ければ、山の上には拓けた大草原が広がる。

 その中にポツンと立つ瓦葺きの立派な古民家。

 築年数はご察しの通りであるが、手入れが行き届いたばあちゃん自慢の家が見えて来る。

 歩く度に懐かしさが込み上げてくる。

 最後に来たのは何年前だったろうか?

 小さな頃は帰省しても親戚付き合いの飲み会がつまらなくて従兄弟と闇夜の中で蛙を捕まえたりして遊んだものだ。

 イメージの中では馬鹿でかい家であった気がしたが、大人になって改めて見てみると、デカい家ばかりの田舎では標準の普通の家であったのだなと、しみじみす……る?

「なんじゃ……こりゃ……」

 懐かしさにテンションが上がり足早に祖母の家に駆けつけたが、何故か井戸を覆うトタン屋根の物置小屋に、無数の鶏がぶら下げられている。

 血抜きをしているのは百歩譲って良しにしても数があまりに多すぎる。

 ババア一人が暮らすにザッと数えただけで50羽ぐらいの丸々と肥えた鶏を〆る理由があるだろうか?

 大慌てで家のチャイムを鳴らしまくってガラスの引き戸を叩くが返答はない。

 鍵は閉まっているので出掛けているようである。

 となれば畑か納屋であるが、畑は見渡す限りに人の気配はないので納屋へ走る。

 さすが田舎で不用心。

 鍵をかけずして針金で固定して誰でもウェルカム状態であるが、中へ入ると此処には牛や豚がぶら下げられている。

 グロテスクな邪教感満載。

 やばい……ババアが壊れた。

 自分の死期を悟って他の命を奪いたい的な悪魔の病にでも冒されてしまったのだろうか?

 いや、違う、何かビジネスでもしているのだろう。

 爺ちゃんが生きてた頃は畜産もやっていたから趣味がてらに復活したのかもしれない。

 それなら昔に牛舎とかがあった方に行けば……。

「やっと帰って来たかいタキ。家で待ってりゃいいもんを」

「え……誰?」

「自分のばあちゃん忘れるたぁ畜生な野郎に育ったたもんだねぇ」

「……え、えぇ……?」

 えっ? いや、そんな……。

 なんか髪の毛ピンク色の女騎士さんが抜き身の大剣担ぎながら不敵に笑ってるんですけど……。

 いいかい?

 髪の毛ピンクの女騎士さんが大剣を担いでいるんだ。

 日本では存在してはいけないタイプの人である。

 ばあちゃんに飼育されてる海外のレイヤー? なにそれ夢かな?

「てか、それ重たくないの?」

「ああコレかい。もう末期だよね。こんなのが持てるようになっちまうってことは、もうお迎えが来てもおかしくないさ」

 良くないけど、全然良くないけど、女騎士さんは百歩譲って良しとしよう。

 けど、右手で持つ大剣で肩を叩きながらに、左肩に500kgはあるだろう丸々と肥えた黒毛牛を担いでる姿は違和感がありすぎる。

「えっと……ばあちゃんの別方面の孫?」

「だぁかぁら、ばあちゃんがばあちゃんだって言ってんだろ!」

「う、嘘つくなよ自称ババア! どう見たって俺より若いじゃないか!」

「あー、これね、死に際になって若返っちまってんのさ」

「そ、そんな話あるかぁ!」

 女騎士さんは俺のおばあちゃんであると言い切る。
 どう考えてもありえない。
 常識的に考えておばあちゃんは既に斬り殺されていて、女騎士さんは背乗りでもしているようにしか思えない。

「け、け、けいさつに」

「無駄だよタキ。警察ったってガキの頃から知ってるジジイしかいないからね」

「だとしても見たらおかしいってわかるだろ! なんで髪の毛ピンクなんだよ!」

「ごちゃごちゃ言ってないでドラム缶で湯沸かしな! 鶏バラさなきゃならないんだ」

 何もわからないままにお湯を沸かして鶏のバラしをさせられた。

 お湯で2分、ビニール袋にぶっこんで羽毛を抜いて、腹を割いてバラしての繰り返し。

 意味がわからない。

 しどろもどろに解体している横で、自称ばあちゃんが凄まじい速度で肉にして行く姿に戦々恐々としながらも、手持ち無沙汰な現状を打破するには御誂え向きな暇潰しであった。

「ばあちゃんにはさ、お迎えが来たんだよ。だけどね、簡単に死んでたまるかって頑張ったんだよ。そしたら帰ってこれたのさ」

「なるほどわからん」

「あれが見えるかい? あれは冥府への入り口さ」

 そう言って自称ばあちゃんが包丁で指し示した先には、石と土で作ったような安っぽい洞窟があった。

 何も知らなければ目の前の女騎士さんがバグったキチガイであると納得できる場面であるが、それは俺の見覚えのある代物だった。

「ダンジョンだ」

「弾正? 信長みたいなのはいなかったけどね」

「いや、そうじゃなくて」

 位階上昇レベルアップによる存在改変。

 本当にあれがダンジョンであらば、目の前の女騎士さんがばあちゃんなのかもしれない。

 詳しくはわかっていないけど、海外の人類最高到達層が六層とかで、肌に張りが出てきたりニキビが治ったりなどの確認がされている。

 深層探索者は人間とは隔絶された存在に改変されるのでは無いかと仮説が立てられたりしている。

 髪の毛がピンクな事も、若々しい肉体も、張り艶のある白磁のような肌もありえないけど、ダンジョンなんて理解の外のモノがある時点で、これがばあちゃんだと言われたら納得した方が楽かもしれない。

「やっぱ、本当にばあちゃんなのか?」

「だからそうだって言ってるだろ。なんならタキの小さい時の話全部してあげようかい? 6歳にもなって乳離れしないからばあちゃんが乳吸わそうとしたらワンワン泣いて「やめて、ほんとやめて」垂れたババ乳に恐れ慄いてたのにねぇ」

 誰にも知られたくない俺のトラウマを知っている。
 未だに覚えてる垂れ乳の恐怖。
 やはり目の前の女騎士さんは俺のばあちゃんなのだろう……。

「まぁ、随分便利なあの世の入り口だけどね」

「違うよばあちゃん、あれはダンジョンって言って」

「知ってるよ。知ってるけど、あんなもんあの世と大差ないだろうさ」

 一理ある。
 多分そんなことはないだろうけど、ダンジョンがどこか違う場所に繋がってると言われても一概には否定できない。

 ダンジョンの存在自体が意味不明でしかないわけだし……。

「おお、きたきた」

 鶏をバラし終えると、俺と同年代ぐらいの青年が軽トラで敷地の中へと乗り入れてくる。

「おざーっす」

「もう昼だよ。ほら、持ってきな」

「今日もブリッブリでうまそうだなー」

 どうやらばあちゃんの知り合いらしいが、頑張って捌いた鶏は彼が袋詰めにしてクーラーボックスに回収してしまう。

 田舎にいそうな奴だなぁ。

 サマーキャップにデニム生地のツナギなんか着ちゃって、いい歳こいて茶髪に染めてやがる。
 まだまだモテたくて仕方がないって空気が遠慮なく漏れてるのがなんとも言えん。

 俺はどちらかと言えば人見知りなので、軽い会釈だけを交わして袋詰めを手伝うので精一杯であるが青年は俺を見てニヤニヤとしている。

 なんやねんこいつ。
 タイヤパンクさせたろか。

「マジかタキオ。そっかー、やっぱり覚えてないかぁ」

「え?」

「ガキの時よく遊んだんだけどなぁ」

「え……まさかマーちゃん?」

「おおおおお! そそそそ! もうマーちゃんって歳でもねぇけどマサヒコだ!」

「うおぉぉぉ! まさかのマーちゃん!!」

 従兄弟でした。
 面影まったくありません。
 いやぁ、怖いね。
 血の繋がりがあるってのに何十年も会ってなかったら赤の他人だ。

 親の転勤転勤で親戚付き合いが疎遠になってたのもあるけど、血の繋がりってのは溝を一瞬で埋めてくれる無敵感もある。

 人見知り云々やら散々心の中で吐き散らした呪詛も無かったことにして、一気に距離を縮められる。

「元気そうでなにより」

「タキオもなぁ! いつまでいるんだ?」

「まだ決めてないけど何日かはいるよ」

「ずっとだよ! タキには跡継ぎをさせるからね!」

 いきなりばあちゃんが俺の今後を勝手に決めつけてくるが、それもアリかもしれない。

 ここには自分のルーツがあって、更にはダンジョンもある。

 明日をも知れぬ派遣社員で、外人に囲まれながらに苦行を強いられる毎日を耐え忍ぶぐらいなら、どういうわけか国に管理されてないダンジョンに潜る方が有意義に暮らせるのは明白。

「そりゃあこっちも助かるねぇ。ババアは気まぐれで困ってたんだよ」

「誰がババアだ馬鹿野郎! でも鶏は時間ばっかりかかるから嫌だったんだよ」

「でもタキオがやってくれるなら万々歳だ」

「そしたら牛豚の狩りも増やせるからね。みんな丸儲けだよ」

 聞けばマーちゃんはばあちゃんから鶏を仕入れて、街で焼き鳥屋をしているらしい。

 大繁盛してるから店舗も増えてるからいくらでも仕入れたいけど、ばあちゃんは30羽ぐらいしか用意しないから困ってたとかなんとか。
 ばあちゃんの鶏を目玉に他は他所から買う無駄使いをしてるらしい。

 勿論、その鶏の出所はダンジョンってわけでして……魔物肉大丈夫なのかな。

「えーっと、ばあちゃんが危篤って聞いて遥々クソ田舎まで来たんだけどさ」

「間違ってはないだろうさ。命懸けで働いてんだから」

 どうやら俺は身内にハメられたようである。

 一応現在の法律では国の管理していないダンジョンは直ちに通報が原則で、私的な探索は原則禁止されているわけだけど、我が一族は知ったこっちゃないの精神らしい。

 色々と心配な部分が多すぎるけど、田舎の空気がどってことないと思わせてくれるのが不思議だ。

「じゃあ、鉈持って鶏狩ってこい。心配いらねぇよ、すぐ慣れっから」

 そして愛すべき身内は、長旅に疲れる俺を休ませるつもりなど微塵もないらしい。












コメント

  • standwind

    現代ダンジョン系好きなんです、
    応援するので頑張って!

    3
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