ダークエルフ姉妹と召喚人間
震天の荒鎚(エシノガイオス)
(戦況は拮抗。互いに奥の手は隠したままってぇとこか)
ヴェンデはロウが打ち放つ空気弾を受け流しながら状況を分析する。
闘技塔天空コロッセオは所々に痛々しい戦闘の跡が出来上がっていた。リングは原型を留めておらず、粉微塵と化し、観客席は大穴が空いている。
ロウが所有する"震天の荒鎚"が繰り出す打撃は未知数のものだ。
空気を打てばビリヤードの球のように空気を弾いて衝撃を与える。
大地を打てば狙った位置の地面を隆起させ、岩柱で穿つ。
神界器がそれぞれ発揮する能力は物理・魔術法則を完全に無視をした奇跡だ。
その奇跡を起こす鍵となるのが、打つという動作。
物体を打つことによって何らかの作用が強制的に働いている。
今は物体を媒介しての攻撃なので受ける分には問題ない。しかし、ロウの懐に潜りこんで直接"震天の荒鎚"の打撃を受けてしまったとなれば無事では済まないだろう。
「どうした? 離れていては私に攻撃できないだろう?」
ロウは絶え間なく空気を打ち続ける。
空気弾を受け流すことは容易だが、連続して襲いかかるその中を潜り抜けるには難しい。
「ハンマーの癖に遠距離攻撃ったぁ、アジな真似してくれんじゃぁねぇかぁよぉ? 待ってろ、てめぇに近づいてぇぶん殴ってやっからぁよぉ」
生憎ながら"軍神の武鎧"に遠距離攻撃に対抗できるような能力はない。
"軍神の武鎧"の能力は身に纏った者の身体能力を飛躍的に向上させる。身体強化に使われる闇属性魔術のロビスクリットと違い、筋力だけでなく魔力も強化されるので攻撃力、防御力共に生物の域を超えた身体動作を行える。
そして、他の神界器は所有者の成長に応じて様々な姿を見せるのに対し、”軍神の武鎧”はすでに完成された神界器である。未来予測―、に限りなく近い直感を”軍神の武鎧”を装着している時のみ発動することが出来る。
(さて、ぶん殴るつったぁはいいが、どうやって近付こうかね)
空気弾を腕を使って受け流しながらロウに接近するための道筋を計算する。ロウまでの距離はおよそ十メートル、相手の移動分を含めて十五メートルと言った具合だろう。空気弾をかいくぐりながら一歩ずつ、確実にロウへ歩み寄る。
「お前を、近寄らせると思うのか?」
”震天の荒鎚”が鉄紺色に輝く。
そびえ立つ岩柱の数々を叩き砕いた。砕かれた瓦礫は岩槍へと変質し天へと舞ったのち、ヴェンデの頭上へと降り注ぐ。
(物質を変化させるのか?)
降りてきた岩槍の一本を掴み取り、残りの岩槍を撃ち落とす。見た目ほど頑丈ではなく、全ての岩槍を破壊した頃には粉々に砕け散った。ロウにぶん投げてやろうと思っていたが残念だ。
さきほどロウが見せた攻撃はヴェンデにとって好都合なものだった。できればもう一度だけ見ることが出来れば”震天の荒鎚”の本質が分かるかもしれない。ならば、
「近寄れねぇってんならよぉ! こうするまでさぁ!」
赤銅に輝く騎士鎧のヴェンデは岩柱の一本を力任せに持ち上げ、大きく踏み込んで力を込めて投げる。
「闘鬼が成せる力技か。―――はッ!!」
ロウは鎚を掲げ振り下ろす。鎚による打撃を受けた岩柱は鉄紺色の光を帯びて瓦礫へと成り果てる。
「やはりな! テメェの神界器の能力は”歪み”!! 打撃を与えられた物質は構成を歪ませ、変質させるってぇところかぁ!?」
投げ飛ばした岩柱の後方に身を隠していたヴェンデは空中から奇襲をかける。ロウは鎚を振り下ろした直後でヴェンデの姿を目に捕らえてから迎撃の態勢に戻るまで隙が生じる。
煉脚技”鷹落”。空中で前転を繰り返して威力を上げる、獲物を狩る鷹の如く鋭い落下型の脚技。
「それがわかったからといってどうとなるッ!!」
ロウは振り下ろした勢いを利用して槍となっている先端を地面へと突き刺す。柄を軸にして落下攻撃を蹴り返す。
ヴェンデの鷹落は最大の威力を発揮した。常人が最大威力の技を受けてしまうと肉体の形を保つことが出来ない。だが、ロウはそれを苦い顔をせずに咄嗟の蹴り技で受け止めている。
神界器の能力ではない。ヴェンデの攻撃を受け止める胆力、それはロウ自身のものだと直感がそう告げる。
攻撃が不発に終わり、一度身を引く。
足元を見下ろすと自分の影と、ロウの影が薄い線で繋がっているのが見えた。
「―――テメェの”躍進する者”か」
「そうだ。”追読みする影”といってね、この能力でお前と対等に渡り合えるのさ」
「借り物の力で対等だぁ? 身に余る力を借りたところでぇテメェの限界を超えられるわけぇねぇぞ? テメェ…さてはビビってテメェの力じゃぁ何も出来ねぇ張りぼて見栄張り野郎だなぁ?」
「お前が私の力をどう解釈しようが関係ない。知略と他者の利用をもって戦場を制す。それが私のプライドだ」
地面に突き刺さった”震天の荒鎚”を蹴り起こす。
「プライドだぁ? 見栄とプライドを勘違いしてんじゃぁねぇぞ、虫唾が走る。テメェの力と行動はぁ全部他人から奪ったぁ空っぽの力だ。あたかもテメェの力と思い込んでるみてぇだが、他人に依存しかできねぇテメェのそれはぁただの見栄だ。その見栄ごと叩き潰してやるよ」
ヴェンデの神界器、”軍神の武鎧”が魔力の波長に合わさるように赤銅色に呼応する。星の瞬きよりも強く、明瞭に輝きが増幅する。
戦いを追い求め続けた鬼はその身に魔力を貯蓄し続けていた。
体内の魔力炉の奥深くで精錬され続けた魔力は目覚めの時を待っていた。
そして、それが今、解き放たれる。
「テメェは俺に追いつけるか?」
騎士甲冑の姿のヴェンデは変貌を遂げる。赤銅色の甲冑は生物的な外郭を得ており、鎧を装着している、というよりは鎧と一体化している。強術系”躍進する者”の能力”鬼化”。装備している武器と一体化することで、武器のせいのを限界を超えて発揮できる。
「なんだその姿は!? まるで神界器と一体になっているようではないか!?」
「ご明察だぁ。鬼化は使わねぇでいたかったがぁ、なりふり構ってらんねぇからよぉ。覚悟しな、そしてテメェらの外の神様とやらに祈りを済ませときな」
ヴェンデは”迅發闊歩”の姿勢に入る。鬼化したヴェンデは身体強化魔術と”軍神の武鎧”の効果を倍以上に引き上げている状態だ。
二重、三重の残像を映す歩みは幾重の残像を映し出す闊歩術へ昇華される。
瞬く間にヴェンデの残像はロウの周囲を取り囲む。そして残像の一つが煉脚技”砕波剛脚”を繰り出し、地面を抉る踏み込みを力に変えた脚を振り下ろした。
「速さが段違いだと…ッ!?」
ロウはヴェンデの影を捕らえることが出来ず、咄嗟の判断で”震天の荒鎚”で脚技を受け止める。だが、受け止めきれなかった。
残像であるはずの攻撃は実体があった。それどころか、力・速さ共に、最初に見た”砕波剛脚”の威力の比ではなかった。
「うおおおおおああああああ!!!!」
ヴェンデの加速力は徐々に増していく。残像が実体に、実体が残像に。近付くことを許さなかったロウの肉体に確実にダメージが入る。
「テメェの敗因は己を求め続けなかったことだぁ! 奥義”飛影煉獄脚”!!」
地上で蹴り上げ、四方からの連撃、そして魔力を最大限まで込めた右足による踵からの振り下ろし。ロウは上空から垂直に落下し、天空コロッセオの地面を貫通した。
「仇はぁ討ったぜ……。親友」
空を仰ぐ。
闘鬼の弔い合戦は幕を閉じたかのように思われた。
「―――チッ。これで二度目だなぁ、おい」
天空コロッセオは屋外型の闘技場だ。それにもかかわらずヴェンデを取り巻く風景は闇に染まる。
『―――ノロエ、ウラメ、ニクメ』
「神蝕か、最後まで傍迷惑なぁ野郎だぜまったくよぉ」
『大地ヲ揺ルガシ、覇天ノ業鎚。創造セシハ千ノ豊穣。―――喰ライ尽クセ』
地面に沈んだロウだったものが姿を現す。両腕が結ばれ巨大な一つの鎚となっている。瞳は鉄紺色に鋭く光り、肉体が筋肉で大きく膨張している。醜い化け物そのものだ。
巨大な鎚を振り下ろし、地面を打った。地面は唸り声を上げて地響きを繰り返す。
ヴェンデの直感が告げる。歪みを受けた塔全体が変質しようとしている。そしてその塔がヴェンデという存在そのものを呑み込もうとしている。
「神蝕は神界器一つじゃぁ不十分。だから二つ所持してる俺をまるごと呑み込もうってぇ魂胆か。外の神様ってぇのも相変わらず仕事が雑なぁもんだなぁ?」
神蝕体が仕掛ける攻撃を解くには、神蝕体を殺す以外手段は無い。その神蝕体を殺す手段は、神界器にのみ可能である。
大規模の変質により塔がヴェンデを呑み込むまで僅かだが猶予がある。
「神様の欠片とはぁ言え、神殺しを二回もやることになるとはぁなぁ」
どういう原理かわからないが神蝕体は宙に浮きヴェンデを見下ろしている。これも外の神の力なのか。二度目の遭遇だが身の毛がよだつ思いだ。正気を保つので精一杯。
『アア…………、アア―――ッッ!!!!』
神蝕体は空を蹴りヴェンデへと詰め寄る。
「―――ッぐ!!」
両腕を拘束されているようなものなのに風よりも速い。紙一重のタイミングと直感で神蝕体の攻撃を避ける。両腕の先にある鎚は”震天の荒鎚”と同じ能力を宿しているだろう。なんとしても当たるわけにはいかない。
『コロスコロスコロスコロスコロスコロス―――!! ニクイニクイ!!』
神蝕体は雄叫びを上げ、変則的な動きで空を何度も移動する。岩柱が次々と倒壊していく。歪み、変質した岩柱は小石ほどの礫となり、幾つもの竜巻を起こす。
「巻き込まれたらぁかなりヤベェな。早いところぉケリぃつけないとなぁ?」
ヴェンデは神蝕体の後を追う。速さはギリギリ追いつくかどうか、まともに追いかけていては時間が無い、残っていた岩柱の先端を蹴り飛ばして隙を作り先回りする。
煉脚技”空獄刹”、空中で十字に蹴り、胸部を踏み抜く脚技を繰り出す技。落下地点まで踏み抜けば確実に息の根を止めることが出来る。
だが、
「”追読みする影”か!!」
神蝕体はヴェンデの蹴りを同じ動作で蹴り返した。神に肉体を蝕まれたロウは、肉体の限界をセーブすることなくヴェンデの脚技を完全に模倣できてしまう。
空中から降り立ったと同時に闘技塔全体が激しく揺れ動く。刃のような鋭利な岩柱がヴェンデの足元から隆起する。
「時間も足場も、もう残ってねぇな。……見栄を張っていたのはぁ俺の方か。ガキども残して死ぬにはまだ早ぇわなぁ」
ヴェンデの両腕に黒白色のとぐろが巻き、その手には二丁の回転式拳銃―"天道の陽銃"が握られる。
足元から突き伸びる岩柱を避け、神蝕体へ距離を詰める。
『ウヴォオオオオオオオ!!!!!』
神蝕体が振り下ろす鉄紺色を帯びた鎚を腕で円を描いて受け流す。流れるような動作でカウンター技である煉脚技”冥響紫水”を神蝕体の後頭部へ叩き込む。
「あばよ、カミサマ」
”天道の陽銃”の引き金を連続十二回、息を吐く間もない早さで引く。
神蝕体に弾が着弾したが、ダメージを負った様子を見せない。
『―――ウウ!? ウヒャヒャヒャヒャ!!』
何も起こらなかったことに嘲笑する神蝕体。
一通り笑いこけた後、腕の鎚を鉄紺色に強く輝かせて岩柱を避けるヴェンデへ振り上げる。
―――沈黙。
銃創から銀色の液体が膨張し、神蝕体の体内で鼓動を始める。鼓動を続け、肉を焦がす。焦げた肉は銀化していき、神蝕体の肉体は銀の彫像へと成り果てる。
『オアアアアアアァァァァ―――ッ!!!!』
断末魔も虚しく、全身が銀に染まると同時に神蝕体は生命活動を終えた。そして銀の彫像は液体となって崩れ落ち、その中に鉄紺色に輝く宝玉が煌めく。
ヴェンデはその輝きに向かって、伸びた岩柱を強く蹴る。手を伸ばした先に”震天の荒鎚”の宝玉。
「カミサマを倒したらぁ塔の変質も止まるってぇ思ったがぁ、違ったみてぇだな。これ以上増やすつもりは無かったがぁ仕方がねぇなぁ!」
ヴェンデが宝玉を強く握ると、鉄紺色の輝きが右胸へ移動する。チリチリと焼けるような痛みと同時にオリーブの花の紋章が胸に刻まれた。そして、ヴェンデの手には”震天の荒鎚”。
神界器の力を解放し、渾身の一撃を闘技塔へと叩き込む。
轟音が塔全体に鳴り響き、神蝕体が起こした歪みと変質は所持者が新たにヴェンデとなった”震天の荒鎚”によって相殺された。
「やっぱり武器は性に合わねぇなぁ。さて、イルザの嬢ちゃんは無事に生き延びててくれよぉ」
半壊した塔の中で弔いを終えた鬼は静かに呟いた。
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