ダークエルフ姉妹と召喚人間

山鳥心士

生者と死者



 視界がぼやける。

 イルザは胡乱げな頭と体を叩き起こし、視界を鮮明にさせると真っ赤な赤色の花を咲かせた植物がジェラードに覆いかぶさっているのが見えた。その側にはグレンが倒れている。

 「グレン!」

 この少年は気絶した自分を守るために戦ってくれていた。生死の確認のために心臓に耳を当てると、しっかりと脈打つ音が聞こえる。呼吸も浅いながらもリズム良くしている。

 腕と腿に刺し傷。イルザは治癒魔術を行使し、応急処置としてグレンの傷を治療した。

 ひとまずは安心といったところか、意識がグレンから自分に戻ると激しい目眩に襲われる。今は傷が塞がっているが血を失い過ぎた。しばらくは激しい動きはできないだろう。

 イルザは麻袋から乾燥させたオグリの実を数個取り出し、口の中へ放り込む。

 リスティアから聞いた話によると、オグリの実などの魔力を含んだ植物は貴重で、生息地が限られた場所にしかないという。イルザ達が住うイラエフの森というのは幻の森と言われ、辿り着くことすら難しい場所。と住んでいる本人からすると眉唾物の話でいまいちピンとこなかった。

 今まさに口にしているオグリの実もイラエフの森でしか採取できない幻の食材ということで、ジュデッカの料理人たちが押し寄せてきたこともあった。

 「イル、ザ……。無事…だったか……」

 押し寄せる吐き気を堪えながら、グレンは目を覚ました。傷が完全に塞がっておらず、あちこちに飛散する血の跡からイルザよりも多くの血を失っているはずだ。

 「動かないで、私の心配より自分の心配をしなさいこのバカ!」

 「バカは…ひでぇんじゃねぇか…?」

 「いいから傷が塞がるまで黙ってなさい。———その、あ、ありがとう」

 「あ?」

 傷の回復を早めるために治癒魔術を連続で行使しながらイルザは言葉を続ける。

 「だから! 守ってくれてありがとう! それだけ!」

 「へいへい。……大分意識がマシになってきたな」

 グレンは体を起こし、イルザの顔を見ると僅かに頬を赤く染めているのを感じた。

 「まだ横になってなさいよ」

 「いや…、あんまりのんびりもしてらんねぇだろ。大丈夫だ、俺は動ける」

 どう見てもグレンの方が重傷だが、当人の言う通り悠長に休んでられる状況ではないのは確かだ。

 「だったらせめてこれを食べときなさい」

 オグリの実と干し肉を差し出す。イルザと同じで血が足りていないのは明らかだ。休めない今の状況では食料を口にする以外体を回復させる手段はない。

 治癒魔術との相乗効果でゆっくりではあるが、体の傷と血は元に戻るだろう。

 地下牢の上で爆発音と地響きが起こる。

 「まさかこの上で戦いが———?」

 「ティアかもしれねぇな。急いで上に戻ろう」

 グレンは食料を乱雑に口に放り込んで、出口へ走り出す。干し肉がなかなか固くて手強い。

 「ふぃるぶぁイルザ!」

 「ちょっと汚い———、出口が……」

 地上へ繋がる階段から光が失われていた。先ほど起きた地響きで出口が塞がれてしまった。

 「…んぐ、……まずいな、これじゃあ生き埋めだ」

 石と砂で階段が埋れている。魔術をぶつけても焼け石に水だろう。

 「仕方ないわ、一か八かやるしかなさそうね」

 「やるって何を?」

 イルザは石牢の天井に指を差す。

 「天井をぶち抜いて、近道するのよ!」






 紅蓮と蒼白の大蛇が縦横無尽に中庭を駆け巡り支配する。

 リスティアは地に伏せ、残り僅かとなった視力で蹂躙する大蛇を見ていた。恐らくイルザが放ったものだろう。つまり魔法陣に飲み込まれた二人は無事ということだ。

 意識と共にに視界が徐々にぼやけ、薄暗くなる。

 どうやら視力を失うより先に体の方が保たないらしい。それもそうだ、内臓を直接蹴られたのだ。腹の中はぐちゃぐちゃになって機能をしていない。

 口の中が、ドロドロとしたもので溢れる。激痛で味どころではない。だけど、込み上げてきたのは血だということは分かる。

 ———潮時か。

 呼吸もうまくできない。

 体はもうすでに生命活動を諦めようとしている。ならばもう、生きようとする意思も諦めるしかない。

 ぼやけた薄闇を閉じよう。

 リスティアは全てを諦めようと、瞳を閉じようとしたとき目前に何者かが覗き込んだ。

 ———何だろう?

 誰かが懸命に自分を呼びかけている。うまく聞き取れないが、なんとなくそんな気がした。

 最期に、それが誰なのか目にしておいてもいいだろう。リスティアはぼやける薄闇を払うように、視界を絞るように鮮明にその人影だけを捉える。

 その人影は———。

 ああ———。

 一番見たかったひと。

 最期の、最期に、その少年の顔を見たかった。

 それだけで、もう———。

 いや、だからこそ。まだだ。まだ、完全な闇に身を堕とすわけにはいかない。

 生きたい。

 生きて、彼と話したい。

 リスティアの体は生きることを諦めている。しかし、リスティアの意思は諦めていない。生きることを望んでいる。

 ———生きよう。

 例え色彩が失われても構わない。彼の姿や色はちゃんと心に残してあるのだから。

 そうして、リスティアの銀の瞳は完全な蒼銀となった。






 「ティアは!?」

 蛇咬閃を放ったイルザ達は地上へ戻った。そこは城の中庭で炎が立ち上り、美しかった緑はもう無かった。

 吐血したまま倒れていたリスティアを見つけグレンが駆け寄り、呼びかけてみるものの返事がない。

 「様子がおかしい。意識はあると思うんだが、全く反応しねぇ…。それどころか体が氷みてぇに硬くて冷たくなってるぞ」

 リスティアを呼びかけたとき、ほんの一瞬だけグレンを見た。そしてリスティアの体は体温を失い、氷のように冷たくなる。それは死者の冷たさではなく生者を凍らせたような冷たさだった。

 「グレンはティアを安全な場所で守って! アイツは私が討つ!」

 蹂躙する大蛇を見上げるイルザ。

 大蛇の中で深緑に輝く人影は、脚を振り上げると大蛇の体を霧散させた。

 「へぇ〜、ジェラをヤったんだ〜。ただのガキだと思ってたけど案外やるじゃな〜い ︎」

 深緑のブーツで空中を歩むレイン。その表情は感心と敵意が入り混じっていた。

 「流れ的にあれよね〜。仲間の尻拭いをするのあたしよね〜。ま、気分的にブチ殺したいから願ったり叶ったりだわ」

 レインの目付きが鋭くなる。確実に喉を引き裂かんとするような目はイルザ達が魔法陣に飲み込まれる前のそれとは違った。

 「残念だけどあんたなんかに用はないわ! ロウ・クルディーレを出しなさい!」

 「え? 何? あんた達ロウに用があんの? ふふっ、あははははは! それでわざわざ神界器担いで城まで乗り込んできたの? あ~傑作だわ~! うふふ、ふふふふふふ」

 敵意はむき出しのままレインは腹を抱えて笑う。

 「何がそんなに可笑しいの。騒動を起こした大元を叩きに来たのが変なことなのかしら?」

 「いや、い~んや! あんた達の行動は変どころか大正解よ! そう、あたし達にとっては、ね? ロウならここにはいないわ。あいつは作戦を立てるだけ立てて、自分は実行に移したがらないクズよ。まぁ~? あたしは愉しめたらそれで構わないから居ても居なくてもどっちでもいいけど~」

 「そう、だったらあなたを倒してロウも倒すまでよ」

 「ハっ! ジェラを倒していい気になってるみたいだけど、こう見えてあたし、”幻葬の鐘(セクステッド)”の中で一番強いから☆ 少しはあたしを愉しませてねっ!」
 

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