ダークエルフ姉妹と召喚人間
美勝の穿脚(パラディオン)
鉄を撃つ音が響く。
緑に囲まれた中庭だったものは緋色に燃え上がり、生命を焼き尽くしていた。残されたのは石や砂のみ。
火の元はエントランスホール。中は既に灰と化し、転がっていた死体は姿を消していた。
鉄を弾く音が響く。
生きとし生けるものを焼き尽くさんとする中庭で対峙する者。
一人は狐の耳を生やした、白と黒の長髪の女性。リスティア。
もう一人は深緑のブーツを装着したそれ以外の露出が激しい鮮血色の髪をした女性、レイン。
イルザとグレンが魔法陣に飲まれた後、両者による苛烈な戦いが始まっていた。
「随分と地味な攻撃ねぇ~。神界器出すまでもなかったかも」
空中を歩くレインは心底退屈そうに肩を落とす。
「私の剣術は華やかさを求めていませんので」
リスティアは拳を握り、宙へ投げたダガーを撃つ。
「その攻撃見飽きたんだけど~」
ひらり、とレインに向かって一直線に飛んでくるダガーを空中でステップを踏んでかわす。
リスティアは氷で作った足場でダガーを飛ばした以上の速さでレインの後ろに回り込み、避けられたダガーを掴んでレインへ斬りつける。
深緑のブーツで斬撃を防いだレインは反撃の蹴りを入れる。
「ぐはッ―――!!」
空中から叩き落とされたリスティア地面に強く背中をぶつける。
「ど~お~? あたしの”美勝の穿脚”の蹴り~☆ 気持ちよかった? 感じちゃった?」
「あなたのその態度のように軽い一撃でしたよ」
「はん! あいつを見てるみたいでイライラするわね」
「あいつというのがどなたなのかは分かりかねますが、苛つくのは同感です。早い所決着をつけてあげますよ」
「そう? あんたは苛ついているというより焦ってるようにも見えるけど~? ま☆どうでもいっか! あんたなかなか歯応えあるみたいだしぃ~”美勝の穿脚”の餌食になってもらわ!」
レインは空を蹴り、宙を舞う。そして空気を踏みつけて地面へ高速落下する。足先に炎を纏い流星の如く鋭い蹴り技。
リスティアは魔力をフル稼働させて回避に専念する。
真横に着地したレインの蹴りは地面を溶かし、ガラス跡が出来上がる。
「焔魔族の炎…。高潔な種族のあなたは何故”幻葬の鐘”に?」
「あたしはあたしの愛の為に”幻葬の鐘”にいるのよ。種族なんてくっだらないしがらみは捨てたわ。それとも何? もしかして”幻葬の鐘”に興味持っちゃった?」
「そうですか、では彼とは無関係ですね」
ラ・ヴィレス魔王国まで共にいたレインと同じ焔魔族の青年を思い出す。彼は彼の正義の為に行動するためイルザの元から去った。”幻葬の鐘”との繋がりを懸念したが思い過ごしだったということで胸をなでおろす。
「”幻葬の鐘”のメンバーはあと何人ここに来ているのです?」
「ホントあたし達のことに詳しすぎな~い? ファンか何か? しょ~じき言ってキモいんですけど」
キャハハ! と高笑いするレイン。
「いいわ! 面白ついでに教えてあげる☆ 今ここに来てるメンバーは四人。あたしとリーダー、ロウとジェラード。さっき魔法陣に飲まれた坊やたちはジェラードに殺されてるかもね~。どお? お目当てのメンバーは居たかしら?」
(オルフェがいない? メンバー全員に招集が掛からないことはよくありますし、気に留める必要はないでしょう。問題はイルザさん達の安否。生き延びていることを信じて早く合流しないとですね)
「私の仲間は強いのでそう簡単に殺されはしないですよ」
リスティアは余裕の笑みを浮かべる。
「あっそ。その分あたしがブチ殺せばいい話だからどっちでもいいんだけどね~。てかなんでこんなにお喋りしてるの?」
「それはあなたがお喋りだからでしょう」
「ですよね~! じゃあ~再開しますか☆」
”美勝の穿脚”が深緑に輝く。
「本当の力を魅せてあ・げ・る♡」
リスティアは危機を直感し、ダガーを撃ち込んで先制を図る。
しかしほんの一瞬間に合わなかった。
ニヤリと微笑んだレインは地面へと沈み、消える。
(地面に潜った!? いや、空中を歩いていた所から察するに、地面の中を歩いている。あの神界器の特筆能力はあらゆる場所を歩けること!?)
リスティアはダガーを構える。レインはリスティアの死角をついて攻撃を繰り出してくるだろう。神経を研ぎ澄まし、僅かでも物音がしたならそこが出現位置。
リスティアの戦闘技”打剣術”はダガーを拳で撃ち抜く事で遠くの敵に当てることが出来る遠近両用の剣術である。これによって真下から飛び出ようが、遠くの地面から現れても即座に対応できる。
神経を研ぎ澄ます。木々が燃える音、焦げる匂い、熱風が肌を掠める。
「―――っ! そこです!」
背後の壁から気配を察知したリスティアはダガーを撃つ。
「あんたの攻撃は退屈って言ったでしょ!!」
炎を纏ったレインの蹴りはダガーを弾いた。
だがそれはリスティアの計算通りだった。宙を貫くダガーでそちらに集中させ、地面とレインとの間に隙間が出来る。氷の道を魔術で作り出し、その隙間に滑り込んで蹴りの姿勢のレインを斬った。
体勢を崩したレインは地面へ転がる。
「このぉッッ!! 調子にノってんじゃあねぇぞクソが!!」
「それがあなたの本性ですかレイン・スカーレット」
「テメェの攻撃をうけてわかったぞ!! 裏切ったな!! リグレット!!」
レインの周囲に熾烈な炎が噴き上がる。激情を表すかのような炎は渦を巻く。
何故リスティアの正体を看破されてしまったのか。
それはリスティアが”幻葬の鐘”に潜入した当時、メンバーからの信頼がまだ充分ではなかった。特にレインはリスティアを警戒しており、時折刃を交えていた。
剣筋というのは本人の癖などで個性が現れる。
リグレットとしてレインと衝突し、その刃を受けてきたレインだからこそ、先程の一撃でリスティアの癖を見抜いたのだ。
「一撃で仕留めれなかったのは失敗でしたね。ええ、そうです。リグレットは仮の姿です」
躍進する者の能力”万華鏡”で純白の獣人族の姿へ変身する。
「ナメやがって…ッ!! 裏切ったなら死ぬ覚悟はできてンだろなぁ!?」
「その前に一つ質問に答えてもらいますよ」
「ああん!?」
「無辜の民を巻き込んでまで神界器を収集してボスは一体何を企んでいるのです! あなたであれば聞かされているでしょう、レイン・スカーレット!!」
「何かと思えばそんなこと」
鼻で笑い、一瞥するレイン。
「リーダーはねぇ、あたしたちの為の世界を創り直すのよ。神界器に封印された外の神の力を利用してね!」
レインの足元に渦巻く火球が形成される。躍進する者の法術系能力によって火属性魔術はレインの思うがままに操ることができる。
「人間族などという忌々しい種族の痕跡すら残さない新たな世界よ! ゾクゾクするわ! 新参者のあんたには知らなかった計画だけれどね。 あ、裏切ったからもう関係ないか! とっととくたばりヤがれ!!!!」
火球は肥大化し、レインの慎重を超える大きさとなる。
(レインの戦闘レベルはメンバーの中でもトップクラスの実力。あの火球からは逃れられないでしょう…。”万華鏡”は戦闘向きではない。”氷封の目”・・・。恐らく次の使用で私の視力は失われるでしょう。ですが、まだ命を落とすわけにはいかない!)
リスティアは失明の覚悟を決め、封印術式が施された眼鏡を外す。
両目が銀色に完全に染まる。
空気をも焦がさんとする中、リスティアの周囲は全てが静止する空間となる。”氷封の目”によるリスティアの魔力増幅が完了し、肥大化した火球をその眼で視る。
「灰燼と帰せ! ”黒点の焔球”!!」
レインは創り出した炎の球をリスティアへ向けて一蹴する。
「無垢なる白銀、静止せし世界…”氷葬の棺”!!」
そして、眼で捕らえた炎の球はリスティアの魔力による冷気に覆われる。相反する性質の魔力が反発しあい、地響きが起こる。
炎の球は速度を落とし、燃えたまま凍結していく。
全てを静止し、永久的に凍結させるリスティアの魔眼が炎を凍らせた。
リスティアは六本のダガーを全て宙に投げ、魔力を込めて撃つ。凍結した炎の球を六本で砕き、粉砕した。
だが、
「姿が無い!?」
氷の向こう側にいるはずのレインの姿が消えていた。
「へぇ・・・、テメェの眼はそういう仕組みだったンだなァ?」
「―――!!」
背後からレインの声が聞こえたと同時に体の内側、内臓が、理解を超える激痛を叫ぶ。
「アーっははははははははは!!!! 内臓を直接蹴られた感触はどう? 痛い? 辛い? それとも感じちゃう~? だけど、炎ごと凍らすなんてビックリしちゃったわ~。心臓を蹴れなかったじゃない」
高揚し、恍惚の声を高らかに上げるレイン。
リスティアは地面に伏し、耐え難い激痛に悶絶する。
そして激痛の中、まだ薄っすらと視力が残っていることがわかる。だがほとんど霞んでおり、見えないに等しい。
「テメェのことは初めっから大嫌いだったけどぉ、裏切ってくれて大好きになったわ。殺しても文句いわれないからね! 私自らの脚で引導を渡してあげるわ~☆」
空を舞うレインは、瀕死の重傷を負ったリスティア目掛けて急降下する。狙いは心臓。自由にどこでも歩くことができる”美勝の穿脚”は肉を通り抜けて内臓だけを踏み抜くことも可能である。
「じゃあね☆」
炎を纏った”美勝の穿脚”。
(ああ…私は…死ぬのですね……)
時がゆっくりと流れる。
ニルスやイルザ達の顔が次々と浮かび上がる。走馬灯というのは実在するのだと自嘲気味に感心する。
そして、リスティアが想いを抱く少年。グレンの顔が浮かぶ。
どうせ死んでしまうのならこの気持ちを伝えておくべきだったのかな? と少し後悔。せめて、せめて最期に彼の笑顔を見たかった。
リスティアの目から氷の粒が零れ落ちる。
『蛇咬閃!!!!』
「―――地面から蛇!?」
中庭の地面を崩し、突如現れた紅蓮と蒼白が入り混じる大蛇はレインへと襲い掛かった。
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