ダークエルフ姉妹と召喚人間

山鳥心士

前を向け、誰が為に


 「こいつぁ・・・奇妙だな。とてもだがぁ、この星の生物とは思えねぇなぁ」

 満身創痍で魚人たちを撃退したヴェンデはイルザ達が出くわしたという半魚人ともいえる異形の男の切断された脚を見に来ていた。青白いが人間と同じ皮膚、所々にみられる強靭な鱗、足の指の隙間には薄い水掻き。魔族とは決定的に違うのは魔力が体内に通っていない。魔力操作は人間と同レベルで使用不可という点。

 「狐の嬢ちゃんはぁ何か知っている風だったがぁわかるかぁ?」

 「古代魔獣・・・のはずなのですが、目撃例があまりにも少なすぎるので私にはなんとも。私の国で魚人とは別の古代魔獣を封印したのですが、調査を進めようにも封印を解く必要があるので下手に手を出せない状況なのです。なので、現状は古代の生物について我々が知ることはできない。ということになるかと」

 ヴェンデは魔族とは人間と魔獣のハイブリッドということは知っていた。それを踏まえての判断。もしかすると自分たちは知ってはいけない何かと出会ったしまったのでは、という根拠のない恐怖心を抱く。

 「大変だ! 大変だ! おいヴェンデ!! この船はやべぇ!!」

 船室に喧しく突入してきたのはバジルだった。焦っているのか肩で息をしている。

 「なんだぁそんなに慌ててよぉ? なにかわかったのか?」

 「ハァ・・・ハァ・・・この、船・・・、動いてるのに、・・・動いてねぇ!!」

 バジルの言葉にヴェンデとリスティアは目を点にする。

 「あの・・・どういうことでしょう?」

 「あ! すまねぇ端折りすぎた! この船は帆船じゃなく魔法石を動力にして動いているだろ? んで、勝手に船が進みだしたから念のため動力室に確認にいったわけよ。そしたらなんとびっくり! 動力室に動力源となる魔法石が一欠けらも見当たらねぇ! それどころか初めから魔法石を使っていた痕跡すらねぇんだよ!」

 黒い霧が晴れると船は再び動き出していた。イルザ達は乗組員の生き残りがいる可能性を考え船内の探索に出ていた。

「確かに奇妙ですね。潮の流れで船が動いてしまうのなら分かりますが、明らかにこの船はラ・ヴィレスに向かっています。魔術で第三者が船を操っている、ということも無さそうですし。もう少し船の探索を続けた方が良さそうですね」

「ああ、俺たちも船の探索に出るとするかぁ」

ヴェンデは手に持っていた右脚を元の場所に置き、立ち上がった。

「うげぇ、そいつが例の右脚かよ。おめぇらなんでそんなに平気な顔して触れるんだ」

床にべっとりと付いている血痕を見るなり、バジルの顔はみるみるうちに青ざめていく。

「私は一応軍人ですので」

「俺はぁこれよりもっとひでぇ現場を見てるからなぁ。それに喧嘩すりゃ血くらいいくらでも出るだろ?」

「おっかねぇ奴らだぜまったくよ」






船内の探索を続けたイルザ達だが結果として何も分からなかった。船員も乗客も誰一人としていない無人の船。

何事も無かったかのように淡々と船は海を渡る。

「結局、徒労に終わったわね。ただただ疲れたわ・・・」

「イルザさんココアをどうぞです。コルテさんが皆さんのために用意してくれたです」

「ありがとうスミレ」

海の上はかなり冷えた。マグカップに入った熱々の甘いココアが体に染み渡る。

「ヴェンデさんが、陸が見えてきたからそろそろ到着できるだろう。って言っていたです」

「やっとこの意味不明な船から降りられるのね」

「アウラさんも同じことを言っていたです」

スミレもココアを一口飲んでほっと一息をついて微笑む。

イルザでさえ魚人の群れに恐れ慄いたのだ。子供であるスミレはもっと強い恐怖心を抱いたに違いない。それでもこうして微笑むことが出来るのはスミレの心が強く成長しているということだろう。

「すっかりあの三人と仲良くなったのね」

「はい!初めて会った時は怖い人たちと思ったですが、皆さんとてもいい人です。”極光の月弓アルテミス”のことも一緒に喜んでくれたです」

あちち、とココアを火傷しないように飲むスミレ。

北国グリシノゼルグの地下遺跡で"極光の月弓アルテミス”の主となったイルザ。元の主であるブラン・アルブと同等までとはいかなくとも、騎士団との訓練の中でそれなりに扱えるようになった。

それはスミレも同じで、イルザが"極光の月弓アルテミス”を成長させることでスミレが扱う弓も成長する。今まで力になれなかったことをコンプレックスに感じていたスミレは、イルザが主になったことで精神も肉体も強くなった。

「スミレは将来なにかしたいこととか見つけられた?もちろん神界器のこととかは関係なくで」

改めてスミレに問いかける。神界器に関係なく自由な未来を想うことはとても大切なことだと思っている。スミレだけではない、妹のエルザもグレンも同じように自由な未来を生きてほしい。

それは今は叶わなくとも、言葉にすることは許されるだろうというささやかなイルザの願い。

「そう、ですね。なかなか思いつかないです。あ、でもグリシノゼルグで入ったカフェのウエイトレスさんはなんだかいいなあって思ったです!イルザさんがお料理して、グレンさんがレジで大慌て、エルザさんは時々つまみ食いしたりして、私がそれを注意しながらお客さんにお料理を持っていくです」

「ふふ、とっても素敵ね。毎日が楽しそうだわ」

スミレの思い描く想像は騒がしくも温かいものを感じる。世界を見て回るのもいいが、そんな日常を送るのも悪くないなと思った。

「・・・姉さん。もうすぐ上陸ですって。陸に近づいたら救援信号を打ち上げて、陸まで引っ張ってもらうそうよ」

船室から甲板に出てきたエルザはヴェンデからの言伝をイルザに伝えると大きく伸びをした。どうやら仮眠室で睡眠を取っていたらしい。

「ほら、髪の毛に寝癖が付いてるわよ。船内に異常が見つからなかったからって気を抜きすぎよ」

イルザは手櫛でエルザの寝癖を整える。エルザはされるがまま気にすることなく欠伸を繰り返す。

「・・・休める時に休まないと。ん、信号」

ヒューと音と煙を立てる。救援信号がきちんと港に伝わったらしく、しばらくすると救援の船がやってきた。






無人の船は救援に来た船に引っ張られ、無事に入港できた。

「やっと陸地だ〜!なんだかまだ海の上に揺られているみたいな感じがするぜ」

「すんげぇ分かるぜその感覚。体全体が波に揺られてるってぇ感じだよな」

「そうそう!あ、そういえば、バジルの幼馴染の話けっこう面白かったぜ」

「よせやい!照れるだろ!」

グレンとバジルはすっかり意気投合し、仲良くなっていた。船内での探索を一通り終えた後、バジルが大会に参加する理由を話していた。

 幼馴染シルヴィとの馴れ初め、そして恋と愛。互いに愛し合う仲。シルヴィを襲う原因不明の病。神界器と少年ラウドとの出会い。

 大会への参加を決意したのは嵩張るシルヴィの治療費を稼ぐためだという。

 「ふん・・・浮ついていると足元をすくわれるぞ」

 「うるせぇ! おめぇこそ硬ぇその面を固めすぎねぇように気をつけるんだな」

 不愛想で仏頂面を浮かべる少年ラウドもシルヴィを助けたいが為、バジルと行動を共にしている。

 基本的にバジルとラウドは仲の悪い凸凹コンビに見えるが、根っこから嫌っているわけではなく一種の愛情表現ともいえるやりとりである。そして二人に共通しているのは、神界器について大した興味を抱いていないことだった。

 彼らの優先すべきことはシルヴィの病を治すこと。ただそれだけ。

 「悪い人達じゃなくってよかったですね」

 「そうね、誰かのために戦えるというのはなかなか出来たものじゃないもの。素敵だわ」

 船を最後に降りたイルザとスミレは先を歩くグレンたちの後ろ姿を見ながらそんな会話をする。

 「イルザさんも誰かのために戦える人だとわたしは思っているです」

 潮の音は静謐へ。

 「えーっ。そんなことないわよ。私は私のやりたいようにしているだけだもの」

 静謐は沸々と怒りを滾らせる。

 「それはイルザさんが自分で気が付いていないだけですよ」

 その怒りは爪という刃となる。

 「そうなのかなぁ」

 音も風もない気配は海面から飛び出しイルザの背へと飛び掛かる。

 「イルザさん!!」

 イルザの少し後方を歩いていたスミレは飛び出してきた魚人にいち早く気が付いた。なぜ気が付いたのかスミレ自身わからなかったが、スミレの体はイルザを守るため地面を蹴る。

 「―――っ!?」

 半秒遅れてイルザは時がゆっくりと流れるような感覚に襲われる。背中を強く押され、倒れるように後ろを振り返ると、目に映ったのは吹き出す紅と舞い散る青。そして、魚人。

 スミレは魚人の奇襲から身を挺してイルザを庇った。スミレの背から鮮血が吹き出し、結っていた髪が解け、血とともに地面へ落ちる。

 「スミレ・・・? スミレ!!!!」

 魚人は再び海へと消えた。刹那の出来事で理解が追い付かない。イルザは無我夢中で治癒魔術をスミレに施す。

 「おい! 何が起きたんだ!!」

 異常な事態に気が付いた先を歩く仲間たちはイルザの元へ駆け寄る。血に染まったスミレを抱きかかえるイルザ。

 「止まらないの!! 治癒魔術じゃ傷が深すぎて・・・!!」

 「―――俺がやる!」

 見たことないほどの血の量に顔を青ざめさせながらもバジルがスミレの傷を診る。

 「火ってのはな! ただ燃やして灰に変えるだけじゃあねぇんだよ! 荒っぽいが人だって救えるんだ! こうやってな!」

 バジルの人差し指に炎が灯る。そして、スミレの背中の傷をなぞる様に焼きふさいだ。

 「応急処置としてはいいだろうが早いとこ病院へ連れて行かないと危ないのは変わらねぇ」

 周囲の水夫たちも異常事態に気が付いたのか次々と集まってくる。

 「おい・・・。病院はどこだ、案内しろ」

 「わわわ、わかった、こっちだ」

 グレンは野次馬に来た水夫をひとり捕まえ、病院へと案内させる。イルザはスミレを背負い、病院へと向かう。

 港にはヴェンデとアウラ、コルテ、リスティアが残った。

 「仕返し・・・のつもりっスかねぇ」

 「許せない、必ず、見つける」

 そう言いヴェンデを見上げるとアウラとコルテは今まで見たことない表情を浮かべていたヴェンデに驚愕した。その表情はいつもの飄々としたものではなく憎悪だった。

 「ヴェンデ・・・? 大丈夫っスか・・・?」

 「―――なんでもねぇ。狐の嬢ちゃん、あんたはぁこの状況どう見る?」

 いつもの調子に戻したヴェンデはリスティアに状況を問いかけた。

 「単純に見ればイルザさんへの報復・・・とも取れますが、最初の襲撃、勝手に動く船、古代魔獣と人間でも魔族でもない存在。何物かが闘技大会を利用して仕向けたとも考えられます」

 「まぁ、そうなるわな」

 イルザ達が乗っていた船のしたで蠢く。誰も気づけなかったのは船の内ではなく、外に魚人がいた。多数の魚人たちが初めから海中で船を押し動かしいたことは誰も知らない。

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