ダークエルフ姉妹と召喚人間

山鳥心士

断ち斬るは覗て想う


 「丁度この辺りだな」

 バジルは視界が悪い中、甲板の中央に立った。その手に握られているのは鎖鎌の形状をした神界器"幽玄の裂鎌イルカルラ”。

 柄から延びる鎖を上空に投げ、旋風を起こすように回す。バジルはそれと同時に精神を集中させて魔術の詠唱を始める。

 「烈風が吹き荒ぶは火炎。巻きあがれ、フィアフル・トーネード!!」

 魔力が鎖を伝い魔術行使の媒体となる。高速で回転する鎖は魔術によって炎を生み出し、火炎の竜巻が起こる。

 船を包む黒い霧は火炎の竜巻に吸い寄せられ、上昇していく。

 「すごい…。霧がどんどん薄くなっていく」

 イルザの視界は徐々に明白になる。霧が完全に晴れる前に乗員を襲っている者の正体を看破し、排除しなければならない。

 徐々に薄くなる黒い霧。イルザは目を凝らし、周囲を見渡す。

 イルザの近くには仲間達。甲板の中心には火炎の竜巻を操るバジル。そして、散らばり落ちている体のパーツ。

 船上は凄惨な有様だった。潮風と肉片の生臭さが入り交じり、鼻腔を激しく刺激し、強烈な吐き気に襲われる。

 イルザの確認出来るかぎり、甲板に残っているのはイルザ達だけだった。それ以外の乗員は全滅。

 「いったいこの僅かな時間に何が起こったの!?」

 霧が船を包み、乗員が次々と消えていき、バジルが霧を晴らすまで五分とは掛からなかった。その手際の早さから複数人からの攻撃であると推測する。そこでイルザは一つの疑問を抱く。

 「乗員。いえ、乗客はほとんど消えてしまったけれど、乗組員は無事なのかしら?」

 「どういうことだ? というか、今はそれどころじゃねえだろ」

 「いいえ、大事なことよ。私たちが乗り込んでから既に乗組員の姿はなかったわ。いたのは船室に繋がる扉の前で抗議する乗客だけ。それに、出航してからも乗組員は姿を出さなかった。いくら魔法石を動力にしているからと言って、船室に引きこもって船を動かすのは無理があると思うわ」

 「つまり、この怪奇現象の元凶は船室にある・・・。ということだな?」

 イルザは大きくうなずく。薄く暗い霧の中、イルザもまた状況を打開するため行動に移そうとした。

 「―――? おい、イルザ。お前の影、何かおかしいぞ?」

 警戒しつつも船室への扉へ向かうイルザを後から追っていたグレンは、イルザの影が魚のようにぬるりと動いたように見えた。

 「なにってなによ? いいから急ぎましょ」

 「お、おう・・・」

 気を張り詰めすぎているせいか、あるいは疲れているのか。イルザの影は普通の影と同じ、ぴったりと影の主へ張り付いている。

 だが、グレンの見たものは間違いなく、影ではなかった。

 ぬるり。

 影は波立つ水面のように蠢く。

 ぬるり。ぬるり。

 そしてイルザの影だけでなくグレンの影も揺れ動く。そのことに本人たちはまだ気が付かない。

 『バシャァァァァァァアアアアッッッ!!!!』

 影から飛び出た二体のなにかは、水掻きの手で握っている銛で影の主たちの喉を狙う。

 「まさか海上でも古代魔獣に出会うだなんてツイているのかツイていないのかわかりませんね」

 鈍いぶつかる音がイルザとグレンの背後から響く。影からの奇襲を救ったのはリスティアの魔術による氷柱。

 「な、なんなんだこいつらは!?」

 影から現れたのは醜い生き物だった。頭部は魚や蛙といった水棲動物のような広く凹凸が少ない。暗緑色のゴワゴワとかさぶたのようなぶにぶにとした皮膚。所々に鱗があり、手足には水掻きがある二足歩行の半人半魚。

 「乗客を襲っていたのはこいつらなの!? 黒い霧で視界を奪ってから影の中から奇襲をしかけるタイミングを見計らっていたのね」

 「おいおいおいおい! 冷静に状況判断している場合じゃあねぇぞイルザ! さっきリスティアが言っていたじゃあねぇか、古代魔獣ってよ!」

 『ウバシャァァァァァアアアアア!!!!』

 二体の魚人に続くようにイルザの影のほか、エルザやヴェンデの影からも次々と姿を現す。先ほどまで乗客で埋め尽くされていた綺麗な甲板は、同じ数だけ魚人と入れ替わり血みどろの甲板に変わり果てていた。

 「薄気味悪い奴らだな・・・いったい何が起こってやがるんだ」

 バジルは再び仲間の元へ戻る。

 「フン、お前と似た不細工なバケモンが迎えに来たぜ」

 「やかましい!! 俺はそこまで不細工じゃねえぜ」

 「潰れた顔でぬかしやがる。それより霧は晴れてないぞ」

 視界をすべて黒色に染めていた霧は、多少なりとも周囲が見渡せる程度には薄くなっていたが、完全には晴れていない。

 「いくら火を熾しても際限なく霧が立ちやがる。だからといって魔術を解いちゃあ再び真っ暗だ。だから魔術は”固定”したまま戻ってきたぜ。この魚みてぇなのが元凶か?」

 バジルの言う通り、甲板の中央には空中に固定された炎の竜巻が延々と黒い霧を蒸発させている。

 バジルとラウドは"幽玄の裂鎌イルカルラ”を構える。

 敵意に反応した魚人たちは一斉に襲い掛かる。ある者は手にもつ銛で、ある者は鋭い爪で、そしてある者はのこぎり状の顎で。

 臨戦状態になったイルザ達。魚人の一体一体の身体能力が高く、防戦一方である。何よりも数で圧倒されている上に視界が悪い。ことごとく不利な状況での戦闘を強いられている。

 「これではジリ貧ですね。イルザさん、ここは任せて早く船室へ! 私もそこに打開できる何かがあると思います!」

 優雅ともいえる格闘術で魚人の攻撃を受け流し、出来た隙に拳を打ち込み吹き飛ばす。ゴムの塊を殴るような鈍い感覚を覚える。リスティアはイルザ達を襲おうとしている魚人を引き付ける。

 「だけど・・・!」

 「いけ! 狐の嬢ちゃんの言う通り、この状況が続けばぁ俺たちはぁオシマイだ。これはイルザの嬢ちゃんならぁ何とかできるってぇ信頼だ」

 ヴェンデは”軍神の武鎧グラディウス”を身に纏い、しなる蹴り技で魚人を蹴り飛ばす。感じたのは圧倒的重量感。これでは魚人にダメージはほとんど通っていないだろう。

 「いくぞイルザ。さっさと片づけちまおうぜ」

 グレンは行動を躊躇っているイルザの腕を引く。グレンの意思は前を見ていた。ここで立ち止まっていいわけがないと、その意思がイルザを決意させる。

 「―――ええ、わかったわ」

 すぐに終わらせる。そう胸に誓って甲板の魚人たちを仲間に託す。

 船室への扉は案の状、鍵がかけられていた。扉の厚さもそれなりにあり、とても頑丈な造りだ。

 イルザは長剣型の”妖精の輝剣アロンダイト”を手にする。剣を両手で握り、大きく呼吸をして構える。

 (”斬る”ことをしっかりと意識する。大丈夫。私なら斬れる・・・!)

 強く地面を蹴り、上から下へ刃を振り下ろす。そして間髪入れずに横一文字に薙ぐ。

 船室の扉は十字に線が入り、たちまち四つにバラけ、崩れ落ちた。イルザは扉を”斬った”。

 「行くわよグレン!」

 「おうさ!」

 イルザの”躍進する者エボブラー”、”覗想斬断ブレイド・ファンタズム”の能力である。


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