ダークエルフ姉妹と召喚人間

山鳥心士

魔を喰らうモノ


 キリキリと、キリキリと裂けた氷と土の大穴にリールの音が細く響く。一度に縄を緩めるとバランスが崩れる可能性が高いので慎重にゆっくりと、大穴を降りる。

 「だ、大丈夫ですかグレンくん?  私重くないですか?」

 正面から抱き合う形で宙吊りになっているグレンとリスティア。緊急事態だったので致し方ないが、冷静さを取り戻すと気まずさと恥ずかしさが二人を襲う。その反面、グレンはリスティアの控えめだが確かに感じる胸の感触と彼女から漂う甘い柔らかな香りに男としての喜びを感じる。リスティアは意中の人と密着していること、グレンの咄嗟の判断力の良さ、男らしさに頬を紅潮させていた。

 「女の人一人くらい余裕余裕!  しかし長めに縄を作っておいてよかったぜ、余分すぎるのが丁度いいもんなんだな」

 魔鋼蜘蛛の糸で編んだ縄はおよそ百五十メートルある。リールの巻き具合から半分以上は減っているのでかなり深いところまで降りてきている。

 「地震が起こる前に聞こえた声、一体なんだったんだ?  リスティアさんは姿を見なかったのか?」

 僅かであるが男の声を聞く前、ここ最近感じていなかった頭痛が起きた。スミレと出会った時に感じていたが、アウラとコルテの時は頭痛は起きなかった。因果関係は無さそうという事で忘れかけていたが、この頭痛は何かに反応しているかもしれない。

 「それが姿を捉えることが出来なかった、いえ、元からいなかった可能性があります。この地下は転送魔道具以外で行き来することは出来ないのです。それに、灯魔石は生物を感知して明かりを灯すように施してありますが、声が聞こえた場所とその先は真っ暗でした。私の推測ですと声の主はもうこの地下から抜け出し、様子を見に来た我々を処分するための罠を置いて帰った。ということが考えられます」

 その推測を聞いて思わず舌打ちをするグレン。罠に掛けて獲物を捉える生活をしてきた記憶が蘇り、現状と比較する。掛ける側が掛けられる側になるというのは屈辱的。魔術が絡んだ罠というのは厄介なものだと再認識した。

 「殺すだけに特化した罠ってわけか。芸術もクソもねぇな」

 「グレンさんは普段からバッグパックを色々装備しているようですが何が入っているのですか?」

 「呼び捨てでいいぜ、リスティアさん。俺は臆病だからな。今使っているリールとか鎚や折りたためるナイフとか、いざという時に使える道具を持つようにしてるんだ」

 「よ、呼び捨て・・・頑張ります。えっと、ぐ、グレンはうちの騎士団でいう工作隊のような持ち物が好きなんです、好きなの、ね。うう・・・」

 ぎこちない敬語が入り交じる。そのぎこちなさに思わず笑ってしまうグレン。

 「ほんと不思議だよな。はじめて会った時は普通だったのに」

 「し、仕事とプライベートは別なんです!」

 ぷいっとそっぽを向く。抱き合う体勢なので向けたかどうかは別として。

 キリキリと、ゆっくりリールを緩める。そうこう話しているうちに底が見えてきた。灯魔石が二人を感知し、濃い闇は打ち消された。

 「よし。げっ!  縄のほとんどを使いやがったぞ、どんだけ深いんだこの地下は」

 「この地下は建築物らしいのですよ。噂では建築が生き甲斐の魔族が造ったとかなんとか」

 どこかで聞いたことがあるような、ないような。記憶を整理して数秒。グレンは思い出した。

 「ま、まさか空間を飲み込むスイッチとか無いよな?」

 「空間を飲み込むかは分かりませんが、『絶対押すな!』って直接書いてあるボタンなら見かけたことがありますね」

 「ぜってぇ押すなよ!!  洒落にならねぇことが起きるから!!」

 「そこまで言われると押せと言われているようで興味が湧いてきますが止めておきます」

 フリとかではなくとにかく危険である。この仕事が終わったら押せないように厳重に鍵を掛けてもらうことにしよう。そう思うグレン。

 「ボタンより先に合流が優先だな。道案内頼んだぜティア」

 「テテテテテ、テ、テ、ティア!?」

 ぶわぁと耳を立て、尾をブンブン振り回す銀妖狐のリスティア。

 「ん?  どうした、なんかマズかったか、ティア?」

 「い、いえ!  大丈夫、です」

 「そうか?  んじゃ行こうぜ」

 「あ、あの!」

 リスティアの何か意を決した様な声。そんな顔はオグリの実のように真っ赤に染まる。

 「ん?」

 「こんな時なのは間違いだとは重々承知なのですが、その。というか出会ってそれほど経っていな
いのにとも思うかもしれませんが――」

 自分自身に言い聞かせるような言い訳を小声でモソモソする。

 『グォォォォオオオオオオ――っ!!!!』

 何かの重い咆哮が地下に響き渡る。

 「なんだ!?」

 モジモジモソモソしていたリスティアも咆哮によって我に返る。冷静にこの場を分析すると、普段よりも外魔力オドが極端に薄くなっていることに気がついた。


 「イルザさんと合流を急ぎましょう!!緊急事態です!!」

 想いを伝えられなかったを悔いるが、今は非常な問題を孕んでいるこの仕事を優先することを選んだ。

 リスティアが先行し、転送魔道具のある場所まで駆け出す。グレンは外魔力(オド)の薄さを直接的に理解できなかったが、いつもよりも息苦しいと走りながら感じていた。






 緊急事態。無事に合流できたイルザ達はリスティアから再開するなりそう告げた。

 精霊というのはこの世界の外魔力オドを循環させる役割を担っている。魔族が使用した外魔力オド内魔力マナとなり、精霊が内魔力マナ外魔力オドへ還し、風や水に流して循環させる。所謂、植物の光合成のようなものである。

 本来であれば精霊が奉られいる最下層は新鮮な外魔力(オド)で満ちているのだが、それとは真逆の状態にある。

 そして謎の咆哮。

 「事態は緊急を擁するかもしれません。恐らく古代魔獣ベアゼブル、別名『魔を喰らうモノ』と呼ばれる魔獣が跋扈している可能性があります」

 「そのベアゼブルという魔獣は危険なのですか?」

 いつにもなく深刻な表情を見せるリスティアにイルザは質問する。

 「古代魔獣というのは千年戦争より以前に封印されていたとされる魔獣なのです。それが何故、今この場にいるのかは謎ですが。名前の通りベアゼブルは外魔力を見境なく喰らい続けます。このままくらい続けると恐らく精霊セルシウスが消滅するでしょう・・・」

 精霊を失うということは、星の恩恵ごと失うと同じらしい。水を司るセルシウスが消滅すると水は流れず、大地は乾き続ける。この世界の生物全てを死に晒しかねない。

 「・・・待って、外魔力オドを喰らうということは―」

 エルザが何か気づいたようで、冷や汗を零す。

 「はい、お察しの通りです。魔力による魔術行使が不可能のなか魔獣を再封印しなければなりません。封印魔術は私が使用しますが、ギリギリ一回といったところです。イルザさん達にはベアゼブルをできるだけ弱らせて欲しいのです」

 「了解しました。ですがエルザとスミレは―」

 「・・・私も封印を手伝う。リスティアさんが使う魔力の足しにはなると思う」

 「分かりました。イルザさんとグレンさんはベアゼブルを。私とエルザさんで封印を。――。」

 リスティアはそこで言葉を詰まらせる、この先は危険なのは明らか。そんな中に子供であるスミレを連れて行っていいものか、リスティアの騎士道に反するのではと確執する。

 「リスティアさん、私は大丈夫です。危険なのは何度も経験してきたです。それに、私だけ足でまといには―。なりたくないです」

 「スミレはやるときはやる。俺が保証するぜ。この位の困難、乗り越えなきゃいけねぇしな」

 グレンはスミレの背を軽く叩く。

 「はい、ではここにいる全員でこの緊急事態を乗り越えましょう。この仕事を終えたら城下のお店でパーティーにしましょう」

 リスティアの提案に各々喜びの声をあげる。






 最下層は細道をひたすら進み、その先に大きく開けた場所があるという。古代魔獣ベアゼブルはそこにいるだろうと推測。

 リスティアはベアゼブルという名前しか知らず、姿・大きさ・攻撃手段などは全く知らないという。

 そんなリスティアが何故封印魔術を使えるのか。その疑問を誰も抱かなかった。

 「いたわ」

 小声で合図を送る。

 灯魔石が感知しないギリギリの物陰から様子を見る。

 四足歩行の巨体。その大きさは以前遭遇したガルビーストと同じくらいだろう。しかし、改造を施されてはいたもののガルビーストは生物で毛皮や牙があった。イルザは自分の目を疑った。

 「―っ何あれ。生き物なの?」

 体表は毛や皮ではなく、粘着質な泥のようなもの。そして至る所から伸びる触手。触手の先には刃のような形状のものが。そして頭が見つからない。

 「あんなグロテスクなのが生物を名乗るんなら糞だってなってもいいと思うぜ」

 醜悪なベアゼブルの形態に毒を吐くグレン。だがその場にいる全員が抱いた不快感はグレンが例えたそれに近いものがあった。

 「いいですか皆さん。危険だと感じたら撤退します。不幸中の幸い、あの大きさだとこの細道に侵入してくることはありません。敵わない場合は騎士団で討伐部隊を投入します。自分の命を最優先してください」

 さすがは騎士魔王ニルスの側近なだけあり、空気をしっかりと絞める。イルザ達は恐怖を緊張に変え、大きく呼吸をする。リスティアの合図と共にイルザ、グレン、スミレの三人は細道から駆け出した。



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