ダークエルフ姉妹と召喚人間
忘れ去られたモノ
老スヴィニナ。鬼族の中でも希少な純血種のひとつである"傲鬼族"。
魔族の種類は多岐に渡る。イルザのようなダークエルフも純血種であり、分類するならば魔人族になる。雪女族のニルスも大きな括りでいえば魔人族となる。その他にも獣人族や、鉱人族など数えればキリがない程度には様々な種族がこの世界で生活している。
話は戻るが、傲鬼族の老スヴィニナはその老いを感じさせることの無い卓抜とした戦闘術をニルスに買われ、騎士団の師範役としてジュデッカでの隠居生活を楽しんでいる。
そして彼女もまた後期の千年戦争を知るものであり、神界器を知るものでもある。ニルスの意図を汲み、師範役を受けたのはそのためである。
老スヴィニナは神界器の持ち主であり使い手のイルザに課題を課した。
「いいかい、耳かっぽじってよーく聞きな。この国の地下にアンタ達に行ってもらいある異変を解決してもらうよ。その異変というのはね、精霊の安定化だよ。まぁ行けばわかるさね。案内役にリスティアを連れていきな。アタシはこの部屋のモニターでアンタ達を見てるから下手こくんじゃあないよ」
そう言われるや否や、さっさと行ってこいと喝を入れられ渋々その地下に案内してもらった。
「おっかねぇ婆さんだぜまったく、あんな傲慢的な態度で婆さんに教わると思うとゾッとするぜ」
「まぁまぁグレンくん、老スヴィニナも悪い人ではないのですよ。特に彼女特有の格闘術。それを教えている時は誰よりも真剣です。我が国に対する想いは誰よりも強いと思いますよ」
「リスティアさんが言うならそうなんだろうけどな、そういえば地下・・・だったよな?  なんで俺達は階段を上っているんだ?  地下って言ったら普通は下るもんじゃないのか?」
王城西塔の螺旋階段を上る、時間で言うと五分近くは上っている。案内通りに行けば安心だと思っていたが、地下とは無縁な空へと向かう階段を上り続けるのは不安になる。
「グレンくんの認識は正しいですよ。地下と言えば地面の下にあると。正しいからこそ見つからない。つまり、正しくない場所。地面の上に地下があれば誰も認識できないということです」
グレンだけではなく、イルザ達全員が頭の上にはてなマークを浮かべる。地面の上に地下というのはいささか矛盾している。
「ふふ、さぁここが地下への入口です」
そうして通されたのは西塔最上階。水晶の部屋にぽつんと魔法陣が刻まれた台座がある。
「・・・これ、転送魔道具?」
「さすがですねエルザさん。そうです、この上に乗って術式を起動させると地下へ転送されます。ただ、魔力の燃費が良くないので乱用できないのが欠点ですが」
説明しながら台座の中央にある小さい柱にかかったホコリを払う。その様子からこの部屋はあまり使われないことがわかった。
「普段は使われていないのですか?」
「ええ、普段は立ち入り禁止にしているのです。階段への入口に侵入者が現れたら警報を鳴らす装置も着いています」
「なるほど、だから地面の上に地下。地下の存在を知っていても地面の下にあるっていう固定観念のせいで見つからない。さっきの話はそういことだったのですね」
「おみごとですイルザさん。では、装置を起動させますよ」
リスティアは小袋の中から魔法石を取り出し、柱の窪みにはめ込んだ。純度の高い魔力が込められているらしく、ひとつ作るのに三日はかかる代物らしい。
台座の魔法陣に魔力が通り、転送魔術が起動する。
「足元に気をつけてください、転送!」
リスティアの掛け声と共に光に包まれる。
目の前は真っ白のような真っ黒のような。頭の中が上下反転、内蔵もぐるぐる回るような不快感。
吐き気を催したと思えばそうでなかったり、そんな不思議な感覚は時の流れを複雑にする。
「到っ着!  皆さん大丈夫ですか?」
軽やかなリスティアの声に対し。
『お、おえええええええぇぇぇぇ』
真っ青な顔でグロッキーになっているイルザ達。
「ちょ、ちょっとでもワクワクしたのが馬鹿らしいぞこれ・・・」
「ううう・・・目が回るです・・・」
「ダメ・・・平衡感覚が・・・」
「・・・ムリ」
氷と土で出来た地面にへたり込む。場所は地下だが、軽く整備されていて明るい。
「皆さん、申し訳ないのですがこの先にも何度か転送魔道具を使うことになります」
リスティアは申し訳なさそうに告げると、イルザ達はさらに顔を青くした。
心なしか、どこか遠くでケラケラ笑う老婆の声が聞こえた気がした。
「精霊ってなんです?  イルザさんの持つ"妖精の輝剣"と何か関係あるのです?」
道中、ふとした疑問をスミレが呟いた。
転送魔道具による酔いが収まってきたので本題を聞いてもいい頃だったのでリスティアに耳を傾ける。
「精霊と妖精は似て非なるものです。妖精というのは私たちのような生物で実態のあるものです。そして精霊というのは実態が無く、恵みをもたらしてくれる概念のようなものです」
分かるような分からないような。スミレは理解しようと考えてみたがいまいち腑に落ちない。それはイルザも同じでリスティアに疑問を投げる。
「私の住んでいる森に妖精と呼ばれるものがいましたが、実態というか実物は見たことがありません。精霊との違いがいまいち分かりません」
「ごめんなさい、そうですね。それでは魔術は六つの属性で構成されているのはご存知ですよね?  この世界も魔術と同じように六つの属性で成り立っています。その属性を司る精霊と呼ばれる概念が属性ごとの恵をもたらしているのです。この土地には水を司る精霊"セルシウス"が奉られています。なので、氷と雪の国でも川が凍らず流れるのですよ。といった感じで世界各場所に精霊が奉られているのです」
「うーん、ざっくり例えるなら自然が神様みたいな感じで存在していないけど在る。みたいな感じですか?」
「はい、そのくらいの認識で大丈夫だと思います」
イルザは神様という存在を信じていないが、実際に存在している事を知っている。事実、この目で"妖精の輝剣"に宿る神を見たからである。
「んで、セルシウスって精霊に何か起こったのか?」
藪から棒にグレンが問いかける。神界器を扱うからといってこの国に来たばかりの者を立ち入り禁止の場所へ通す、というのはおかしな話である。おまけに壁のあちこちに埋め込まれている映像通信晶石による監視付きだ。ただ事ではないと今更になってグレンは気がついた。
「北国ですので雪が降るのは当たり前なのですが、ここ最近の雪の降り方が異常なのですよ。そこで、この地下空間の監視映像を見たのですが晶石のいくつかが破壊されていて、恐らく何者かの侵入があり、精霊セルシウスになんらかの害をなしている。という推測です」
「・・・侵入者ようの警報は鳴らなかった?」
「ええ、そのせいもあって晶石の破損に気づくのが遅くなったのです。警報がならない限り映像を見ることがないので」
「つまり俺達は侵入者の確認の為の先遣隊ってわけか。そりゃ俺たちにぴったりな仕事なこった」
皮肉を込めてグレンはため息を吐く。まるで使い捨てにされている気分がしたので思わず嫌味っぽくなる。
「こら、あからさまな嫌な態度をしない」
「いってぇ!?」
容赦のないイルザの制裁チョップがグレンの頭を襲う。
「いいじゃない。どんなやつが来てもぶちのめせばいいのよ」
「俺はそんなイルザがおっかねぇぜ」
「何か言った?」
イルザはグレンの小言に拳をならす。生命の危機を察知したグレンは掌を返すようにすぐ謝罪を入れた。そんな様子をくすくすと笑うスミレとリスティア。
「皆さん仲がよいのですね、まるで家族みたいですね」
「グレンもスミレも私の大切な家族と思っていますので。間違っていることは姉として注意しないといけないのが大変ですね」
「なおさら羨ましいです、大切にしてくださいね」
暖かで、だけどどこか寂しそうな目をするリスティア。それを見かねたグレンはリスティアに近寄り。
「そういえばリスティアさんと初めて会った時は普通に話していたのに今はなんで俺達に敬語なんだ?」
「えっと、それは・・・」
グレンの顔が近い。恋愛に耐性のないリスティアの思考回路を麻痺させるには充分な距離だ。
「それは?」
「ああああの、えと、へへ変装。していたのもあっ、て」
「あーなるほど、あれは演技だったってことか。俺的にはあの話し方の方が楽で好きなんだけどな――」
「しゅしゅしゅ好き!?」
何故かエルザのジト目が痛いと感じるグレン。何かやっちゃいましたか?  俺。と問いたくなるが、刺されそうなのでやめておいた。
「キミ達は―」
路奥から男の声が聞こえた。
平静を取り戻した一行に緊張感が走る。声の元に、警戒しつつゆっくりと歩み寄り、曲がり角で先頭のリスティアが確認をとる。
人影のようなものを捉えた。リスティアは剣を抜き、角から飛び出した。
「ここは立入禁止です。大人しく投降しなさい」
剣を人影に向けたはずだったがリスティアの前には何もない。
「キミ達は幽霊を信じるか?」
「背後!?」
最後尾にいたイルザの背後から声がした。
はずだったが、何も居ない。
「一体どこから!?」
「いや、馬鹿な質問だ。ボクはボクらしく。死者らしく消えるよ。キミたちもね」
地下洞窟のあちこちから男の声が響き存在を掴ませない。声の気配がなくなると同時に、地響きが起こる。
「おいおい、声の次はなんだ!?」
「じ、地面が揺れるです!」
ゴゴゴと大きな音が鳴る激しい縦と横の揺れ。
地下洞窟で地震は非常にまずい。生き埋めになる可能性が非常に高いからだ。
そして、イルザの立つ地面に亀裂が入る。
「危ないっ!」
亀裂がイルザを飲み込もうとした、それをグレンはイルザを突き放すことで防いだ。
「――っ!」
しかし、亀裂が入るのが早かった。自身を守ることを計算に入れていなかったグレンは宙に身を任せる状態になってしまった。
「グレンくん!!」
すぐさま動いたのはリスティア、亀裂の縁に掴まりグレンの腕を掴むが、運が悪かった。
亀裂はリスティアを切り離すように地面を裂く。
「グレン!  リスティアさん!」
底が見えない闇へ二人は落ちる。イルザは"妖精の輝剣"を握り、連結刃の先端が絡まりそうな所を探す。
しかし、見つからない。
「こうなったら!」
連結刃を地面に突き刺し固定する。今からなら落ちる体勢を整えればまだ間に合うはずと、闇へ飛び込む準備をすると。
「・・・姉さんダメ!!」
妹エルザがそれを止めた。
「どうしてよ!?  こんな高さから落ちたら二人とも死んじゃうわ!」
「・・・グレンを信じて!  グレンならきっと、どうにかしてくれる」
「そんなこと言ったって・・・」
エルザの説得に思いとどまるイルザ。グレンを信じている真っ直ぐな瞳に、エルザが本気で言っていると感じた。
「くそっ!  地面の中で垂直落下とか意味がわからねぇぜ」
グレンは至って冷静だった。それは生を諦めたなどという類いではなく。生き残る手段を確実に得ている冷静さ。
「リスティア!  手を!!」
少し上から落ちてくるリスティアに手を伸ばす。そして、落下の中でリスティアをしっかりと抱き寄せる。
「グレンくん!?  な、なななにか策があるの?」
「ああ!  だからしっかりと掴まっていてくれよ!」
リスティアはグレンの首まで腕を回し、しっかりと言われた通りにしがみつく。グレンが腰の方まで手を回すので完全に抱き合う体勢だ。不謹慎なのは承知だが、嬉しいと思ってしまう。
そんなグレンは自身の腰のバッグパックから鉤爪を取り出す。
(ヴェンデから譲ってもらったものがこんな所で役に立つとは。いや、ここだからこそか)
その鉤爪には細身の縄が括りつけられていた。魔鋼蜘蛛の糸で編んだ縄。それをリールに巻き付け縄の出し入れが簡単に出来るよう腰に装着していた。
鉤爪を壁にむけて投げる。
運良く引っかかり、壁にぶつかりそうになった所を足で支え、二人は落下から抜け出した。
「ふぅ・・・。間一髪だぜ。リスティアさん大丈夫か!?」
「は、ははい!」
「よかった。しかし困った。これは登りには使えねぇんだよな。このまま降りても大丈夫か?」
「はい!  お、恐らく、地下洞窟の下層部につつ繋がっているので、降りても、安全、だと」
「そうか!んじゃきついだろうけどもう少しの間掴まっていてくれ。おっと、その前に――」
落下による今日で興奮しているのか、リスティアの尾が大きく横に揺れている。おまけに体温が上がっている。これは素早く下へ降りないといけないなと思うグレン。
グレンが亀裂に落ちてから数十秒後、揺れは治まりひとまずは生き埋めになることは無かったと安心するイルザ。
そして次に心配するのはグレンとリスティアの安否。
イルザ達三人は巨大な亀裂に耳を傾けていた。
「なにか金属の音がしたです!」
最初に気がついたのはスミレだった。
エルザの言う通り、グレンが落下から切り抜けたのだろうか。イルザとエルザは金属音が聞き取れなかったので、またしばらく耳を澄ます。
そして金属音がしてから数秒後。
「おーーい!  俺達は無事だーー!  下に降りてそっちに合流するからーー!  その先にある転送魔道具の前で待っててくれーー!」
グレンの声が闇の中から遠く響いた。安否を確認できほっと胸を撫で下ろす。
「わかったわ!  グレン達も気をつけて!」
穴に向かってイルザは返事を返す、その瞳は少しだけ赤かった。
「おーーう!!  任せろーー!!」
グレン余裕そうな声がまた返ってくる。言われたとおり、道の先にある転送魔道具に向かう事にした。幸いにも道は一本道で迷うことは無い。
あと、合流できたらグレンを叱らないといけない。その時に自分の命を守ることを最優先にすることを耳にタコが出来るまで説教たれてやろうと、イルザは考え、道を進む。
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