ダークエルフ姉妹と召喚人間
ニルスとリスティア
北国ジュデッカ、王都グリシノゼルグ王城の執務室にて翡翠の髪の騎士魔王ニルスは頭を抱えていた。
「我が国の経済状況は良好、騎士達もよく働いてくれている、なのに、なのに、余としたことが一族が背負った使命をこのような形で・・・。」
氷女族の騎士魔王ニルス・グリガリオ、氷女族は代々千年戦争の遺跡を守護する役目を担っている。それが突如として何者かに荒らされるという失態を犯してしまった。もちろん、民には失態どころか千年戦争の遺跡がジュデッカに存在することすら知らされていない。しかし、事実上世界の危機に瀕していることには変わりない。
「そもそも、そもそもじゃ、あの場に近づくということは狂気に晒され自ら命を絶つ程の魔力が充満しておる。あえて警備を配置しておらぬのは無駄な犠牲を出さぬこと、そして不用意にアレの存在を知らしめんとするが故の処置じゃった。いったいどこの痴れ者が封印を解いたというのじゃ。」
ニルスは書類仕事を片手間に、呪うように独り言をつらつらと並べる。誰にも聞いてもらえない愚痴を吐き出しても意味は無いとは分かっていても、吐き出さずにはいられない。
気分を切り替えるため、引き出しに隠してある焼き菓子を取り出そうとしたその時、執務室扉からノック音。
「ニルス様、リスティア様が任務よりご帰還なさいました。ニルス様への謁見を申し立てております。如何なさいますか」
メイド長が扉越しに用件を伝える。
「おお!  待ちわびたぞ!  よい、余の私室に来るよう伝えよ」
「かしこまりました。失礼致します」
東の大国ラ・ヴィレス魔王国の動向を探るよう最も信頼出来る側近であり、唯一無二の大親友の幼馴染であるリスティア(今はリグレットという偽名)が任務から帰ってきた。
今回の騒動で最も怪しいと踏んでいるラ・ヴィレス魔王国。不可侵条約を締結しているとはいえ、動向を常に把握していなければあっという間に国は侵略されてしまう。ある程度の諜報活動は必要である。
「さて、余の勘が当たっておれば良いがのぅ。あまり当てにはならぬがな」
自嘲気味な独り言を呟きつつ、書類を整理して私室へ向かう準備を整える。
「王ニルス様、此度の任務より帰還致しました」
騎士魔王の私室は、翠蒼の結晶の壁や天井、高質の絨毯、そして、煌びやかな部屋には似合わないピンク色のソファーやベッドが並んでいた。
ニルスは予め用意しておいたティーセットのテーブル前のソファーでリスティアを迎えた。
「あたしとティアの仲でしょ?  二人の時はそんなにかしこまらない約束だったはずよ?」
「様式美も大事かと、おほんっ、ただいまニルス」
「おかえりなさいティア。ティアが傍にいないと落ち着いて仕事も出来やしないわ」
「いい加減私から卒業なさい。きっとこれから一緒にいる時間が少なくなっていくわよ。この国の魔王がそんなんでどーすんの」
「なりたくてなった訳じゃないモーン」
「ニルス!」
「冗談よ、冗談。早速で申し訳ないけれど、報告を聞かせてもらえる?」
この騎士魔王はリスティアの前だけ素の姿を見せてくれる。それは親友としては喜ばしいものだ。だが、先程の冗談は本音も少し混ざっているのだろうなと複雑な思いを抱く。
「もう、わかっているわよ。それじゃあまず一つ目ね、ラ・ヴィレス魔王国で大規模な闘技大会を催すそうよ」
「闘技大会?  目的は一体なんなのかしら」
「どうも、優勝したものはラ・ヴィレスの魔王と一対一の決闘権を与えるそうよ。ルール上、殺しもアリらしいから王位を力ある者に継承させるのが表面上の目的」
「なかなか面白いことを考えるじゃない。それで、リスティアは真の目的を掴んでるわよね?」
知っていて当然でしょ?  と当たり前のように聞いてくるのは信頼の証なのだろうが、正直プレッシャーを感じるのでやめて欲しい。
「恐らく、神界器の所持者をおびき寄せるのが本命だと思うわ。今まで衆目に晒したことの無い東の魔王が突然姿を見せるとは到底思えないわ」
「そうね、神界器の力は計り知れないもの。私は知らないけれど、私たちはその脅威を知っている。他の誰にも渡す訳には・・・」
「そこでニルス様の頭痛の種になる二つ目の報告」
「な、なによ」
責任を感じている王に追い打ちをかけるのは忍びないが、起こってしまったからには報告をせざるを得ない。
「私がリグレットとして潜入している例の盗賊組織、そのリーダーが神界器を手にしていたわ、そして力の実演披露までしてくれたわ」
「うぅ・・・なんてことかしら。事実上、ラヴィレス魔王国に一振取られてしまったようなものじゃない」
頭を抱えるニルス。
幻葬の鐘と名乗る盗賊組織は、ラ・ヴィレス魔王国の暗躍部隊なのである。各国の魔導具を盗んでは、国へ横流ししている。
「さらに残念なことに実演披露した時、明らかに一人神界器を知っている反応をしたメンバーがいたわ。だけど、今は誰かに追われて国内で隠れ潜んでいるわ」
「少なくとも二振りは東に知られていることになるのね、ああ、頭痛が頭痛だわ」
ニルスの口癖である頭痛が頭痛。彼女の中では頭痛の最上位に達した時に出てくる言葉である。
「まぁまぁ、私が悪い知らせから報告するのは知っているでしょ?」
「ええ、そうね、ティアの話はいつも後味が良くなるようにしてくれるものね」
「うんうん、三つ目の報告はたぶんだけどいい報告。恐らく神界器に関係がある人物を拘束したわ。それも四人。おまけにとっても強い子供よ。そろそろ昏睡から覚める頃だと思うわ」
「よくそんな子を見つけたわね」
「帰り道にたまたまね、運はまだこちらに味方してるのかも」
突然、ニルスが口を閉じた。リスティアの青い瞳をキツく見つめている。
「昏睡。ティア、あなた魔眼を」
ニルスは怒っている。顔を両手で固定されてとても痛い。
「視力に影響が出ない程度の力しか使っていないから大丈夫だよ、だからその手を離してくれない?」
「魔眼の力を使わない約束でしょ?  でないとティアの視力が失われてしまう。そんなのあたしは嫌よ!」
リスティアの魔眼は視界に入ったものを氷結させる力を持つ。生物の活動を停止させる温度から絶対零度まで魔力の加減で調節できる。しかし、反則級の力には代償が付き物であり、リスティアの場合は使用に応じて視力が低下していく。
呪術師によると、両の眼が銀に染ったその時が能力の枯渇と失明が訪れるとのことだ。
力は右目に宿っているので、封印術式を刻んだ眼帯や眼鏡、カラーコンタクトレンズなどを使用して暴発を防いでいる。
「ティアの目はあたしのせいで呪われたのよ、忘れたとは言わせないわ!」
「ごめんねニルス。だけど彼女たちは子供とはいえ、かなり強いわ。私一人ではきっと逃げられていたかもしれないの、だから今回は許して?  ほら、その、耳と尻尾。特別に触っていいから・・・」
雪妖狐族にとって耳と尾を他人に触れさせるというのは特別な行為である。
「もう、次はないわよ!  今度使ったら許さないんだから!」
「ふふ、ありがとうニルス」
「ふん!  だってあたしの大事な親友なんだもの」
「それは私も一緒だよ。さて、彼女たちの尋問の時間だ。お仕事モードに切り替えよ」
「言われなくてもわかってるわよ!」
ニルスはカップに残った紅茶を一気に飲み干し、焼き菓子を手づかみで無造作に口の中へ放り込んだ。
「あ、そうそう」
「ん、にゃにほぉ」
リスティアが何かを思い出したかのように、少し顔を赤らめている。
「私、捕らえた男の子に恋しちゃいましたっ」
「・・・ぶぁっ!?」
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