ダークエルフ姉妹と召喚人間
白菊の祭壇
出会いというものはいつも突然に起こるものだ。この世に生まれ落ち、両親に出会うのも意志に反して起こる。親友との出会いも、突然声をかけられたのがきっかけだ。師匠との出会いは修業時代、なりふり構わず喧嘩を吹っかけていたら突然現れ、迷惑をかけるなとこてんぱんに打ちのめされたのが今でも深く記憶に刻まれている。そして、アウラとの出会いも突然起こったことだった。
「貴方を守護すべく召喚に応じました」
同族の親友に会うために荒野を通っていたはずが、気がつくと白菊で埋め尽くされた古い祭壇の前に立っていた。
背中の激痛と同時に端正な顔立ちをした何者かが膝をつき、召喚に応じたと。
(待て? 応じた? 召喚術を扱う者は極めて少ないうえに俺自身召喚術とは縁が遠い。なのに応じた、ということは何者かが術を行使したということになるはずだ)
「おいガキ、召喚に応じたってぇことは召喚主がいるはずだ。そいつは誰だ? 何処にいる?」
「召喚主は貴方でございます。背中の紋章、そして"軍神の武鎧"がその証でございます」
(背中に紋章? "軍神の武鎧"だ?)
全くもって心当たりが無い。いや背中の紋章に関しては今さっきの激痛がそうなのか。鏡がないこんな場所では背中の確認は出来ないが多分そうだろう。少し首を後ろに捻って服の隙間から少しだけ見える背中を確認すると菊のような紋章が刻まれてた。
「刺青の趣味は無ぇんだがなぁ。それでだ、その"軍神の武鎧"ってのは何なんだ」
「神界器と呼ばれる神の道具でございます。全身に鎧を纏うイメージで魔力を紋章に込めてください」
丁寧に説明する子供。胡散臭さを感じるが、この空間に出口らしきものは見当たらない。どうやら言われた通りにやるしかない状況になってしまったようだ。
ヴェンデは魔力を紋章に込めた。赤銅に輝く全身は騎士甲冑を身にまとった。
「何だこりゃ!?」
全身に力が漲る。兜越しの視界は普通なら狭くなるはずが普段と変わりない。そして、鎧特有の重量感や窮屈さを微塵も感じない。試しに鎧を脱ぐイメージをもって魔力を込めるのを止めると、鎧は粒子となり消えた。
「こんな鎧が存在するとは驚いたぜ。おい、ガキ。名前はなんつーんだ」
「はい、アウラ・クレオールでございます」
「アウラ・・・アウラねぇ」
「・・・何か問題がございますか?」
困ったことに名前を聞いても性別が判断できない。男女どちらとも取れる名前のせいでますます分からなくなるヴェンデだった。
「アウラ、おめぇは男か? 女か?」
自分でも馬鹿馬鹿しい質問だと言ってから後悔した。だが、アウラは表情を変えることなく問を返す。
「私は男でございます」
「そうか」
改めてアウラの姿を見る。よく見ると肉付きは比較的男児の付き方をしているが、華奢な腕や脚が相殺している。おまけに顔立ちが美少年とも美少女ともとれるので直接性別を聞かなければ判断は難しいだろう。
いや、今この状況で性別はどちらでもいい、重要なことではない。この少年を呼び出した者の正体を知る必要がある。そもそもこの場所は現実なのか、何者かによる幻術を魅せられているのか。仮に現実だとしても罠である可能性もある。宝を餌に油断している所を襲う輩もいるのだ、警戒は怠らないほうがいいだろう。
そうこう考えているうちに、目の前にあるはずの白菊の祭壇は無くなっており、元いた荒野へ戻ってきていた。
(幻術・・・だったのか?)
だが、祭壇は消えてしまったがアウラと名乗った少年は変わらずヴェンデに頭を垂れている。
「少年、さっきの場所はなんだったんだ?」
いくつかの修羅場をくぐってきたがこうも場所や出来事が目まぐるしく変化されると嫌でも混乱してしまう。
「正直に申しますと、私にも分かりません。ですが、貴方様に呼ばれたということは確かでございます」
「俺が少年を呼んだだと?」
荒野に他の気配は感じない。つまり第三者が仕掛けた罠という線はなさそうだ。しかし、召喚術が行使されたことは確かだ。ヴェンデを介しての召喚、それを無意識に行うのは有り得ない出来事だ。
「ところで少年は何者だぁ? 外見は鬼族みてぇだが、鬼が鬼を召喚なんつーことは無ぇよなぁ?」
「私は人間でございます」
「そうか人間か・・・あ!? 人間だぁ!?」
この世界に人間は存在しない。正しくは過去に滅びた種族ということは常識とされている。もちろんヴェンデ自身が確認した訳でもないのでそれが正しいとは限らないが、少なくとも人間を見かけたというものはヴェンデを含め存在しない。
「おいおい、冗談はよせ。その証拠は・・・いや、それは無意味か」
お前が人間である証拠をだせ、と言うのは極めて無意味なことだと言葉の途中で感じた。逆にヴェンデ自身が鬼族であることを証明しろと言われたところで示せるのはこの身一つだけである。要は信じるか信じないか、それだけである。
厄介なことに巻き込まれてしまった。戦うことしか頭になかったヴェンデは知識を有している訳では無い。頭が悪いという事ではないが、知識が有るのと無いのとではこういった出来事への対処の仕方が変わる。幸いにも、豊富に知識を有している友人。親友とも呼べる彼なら何か知っているかもしれない。
「まぁ・・・仕方ねぇか。少年、悪いが名前をもう一度教えてくれ」
ヴェンデは名前を覚えるのが苦手だった。そのせいで喧嘩相手のプライドを壊してしまい、何度も勝負を挑まれることが何度かあった。
「アウラでございます」
「アウラ、よしアウラ。とりあえず、だ。俺は召喚した覚えも無ぇし、この状況に混乱しちまっている。だが、運良く知り合いに歴史に詳しい奴がいる。丁度そいつに会いにいくところだ、一緒についてこい」
「承知いたしました」
「あとその堅苦しい喋り方はやめろ。俺はそんな柄じゃねぇんだ。ガキはガキらしく無邪気に話せ」
「承・・・、わかった・・・っス」
種族はどうあれ子供は子供だ。年上を敬うことや召喚主に対する礼儀としては正しいが、子供を奴隷として扱っているようで性にあわない。
そして気がかりがひとつ。
ヴェンデを守護することが目的ならば、同等あるいはそれ以上の力がないと不可能だ。アウラにそれを感じない。むしろ逆の、守られる立場にあるほど魔力量や肉体が脆弱だ。
神の道具とその召喚主を守るという脆弱な人間。その矛盾がヴェンデの中で大きく引っかかった。
出会いは突然起こるもの。その内のひとつの出会いは、少なくともヴェンデ自身の運命を大きく変えるものだった。
「なにぼーっとしてるんスか?」
イルザ達が住まうイラエフの森を抜け、山岳地帯を歩むヴェンデ一行。日が落ちてきたので野営の準備を終わらせ、休息を取っていた。
「なに、ちょいと思い出に浸ってただけだ」
「らしく無いっスね~。イルザさん達と別れたのが寂しくなっちゃったっスか?」
「ガキじゃねぇんだ、そんなことあるわけねぇだろ」
「そんなこと言って~。別れ際にいろいろプレゼントしてたじゃないっすか~」
うりうりとヴェンデに肘をつく。アウラが言うプレゼントとは刀剣のことだろう。神界器はなるべく使うなとイルザ達に手持ちの刀剣をそれぞれいくつか渡したのだ。摩耗しない剣などという特殊な武器の存在が知れ渡ると命がいくつあっても足りない。使うとするなら最終手段にしておけと、アドバイスをしておいた。
「イルザ達には生きていて欲しい。そう思っただけだ」
「おっと!? ヴェンデが名前を覚えるなんて珍しいっすね。でもまぁ、あの人達とはまたお会いしたいっス」
「エルザと、また、服交換したい」
「コルテはすっかりエルザさんと仲良くなったっスね」
「なに、その内また会うさ。必ずな」
予定は少し遅れたが、得たものは大きかった。ヴェンデ一行は目的を果たすため、東へと進むのであった。
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