ショートショート集

月夜野 星夜

こっくりさん

「ねぇねぇ、知ってる?」
 午後10時頃の比較的空いている電車内に、妙にかん高い女子高生たちの話し声が響く。
 部活帰りなのか、それとも塾か、あるいはバイトだろうか? 
 なんにせよ、帰宅途中の開放感からか、やけに興奮した調子で会話を交わしている。
 俺は、つぶっていた目を薄く開いて、女子高生たちがどこにいるのか探してみたが、この車両ではないのか、彼女たちの姿は確認できなかった。
 よくよく耳を傾けてみると、声はこの車両と隣の車両との間にある、扉前のわずかなスペースから聞こえてくるらしかった。


「この路線をずーっと降りずに乗り続けて、終着駅まで行くと、すぐに乗り継ぎができる電車が待ってるんだって! でもね、絶対にそれに乗っちゃいけないの。なぜなら、それに乗ったが最後……2度と戻って来られなくなっちゃうんだって~!」
「ええ~? なにそれ~?」
「それって、いつ終着駅まで行っても、その乗り継ぎの電車が待ってるってこと?」
「そういうこと!」
「うっそだー!」
「本当だって! その乗り継ぎの電車に乗った後はね、どれほど電車に乗っていても、着く駅、着く駅、みんな『狐狗狸こっくり駅』ってなっちゃって、永遠に同じ路線をぐるぐると回り続けるしかなくなる……とか、なんとか」
「あははは! やっぱうそじゃん! だってさ、その話だと誰も帰って来られないんだから、その話自体、誰も語るやつがいなくなるし」
「あれ……?」
「もー! やっだー、騙されるとこだったよー」
「まあ、都市伝説とか怪談なんて、所詮はこんなもんよ」


 キャッキャッと賑やかな彼女たちの話しを聞いているうちに、降りる駅が近づいて来た。
 俺は忘れ物がないか確かめつつ、いつもの駅で電車を降りた。
 降りるときに使った扉は、彼女たちのいる方とは反対側だったのか、やはり彼女たちの姿は見られなかった。






 駅に降り立った俺の頬を、ヒンヤリとした夜風が撫でる。






「……え?」
 降りてすぐに異変に気づく。
 俺は、確かにいつもの駅で降りたはずだった。
 もう、社会人となってから、幾度もなく乗降を繰り返してきた、最寄りの駅だ。
 間違いなど、ない……はず。


 だが、しかし、電車を降りた俺の目に飛び込んできたのは、あり得ない駅名が書かれた案内板だった。


 そこには、こう書かれていた。


 『狐狗狸駅』と……。






 頭が痺れるように痛む。足の震えが止まらない。


 視界がぐにゃりと歪んで、ぐるぐると俺の頭上で大きく回り始めた。


 止まらない……吐き気がする……誰か、俺に分かるように説明してくれ……頼む……助けて………………………………。








「……さん、お客さん、お客さん!」


 誰かが乱暴に俺の肩を揺さぶっている!


 ハッ! と目を覚ますと、俺の目の前には困惑顔の車掌が立っていた。


「ああ、良かった~! もう終点なのに、お客さんたら全然起きないんですもん」
 目を覚ました俺にホッとした様子で、車掌が笑いながら俺を座席から立たせてくれた。


「しゅ、終点!?」
 状況が飲み込めずに、俺は素っ頓狂な声を上げる。


「そうですよ? お客さん、ずっと電車の中でこっくり、こっくりしたまま、どれほど声をかけても起きないもんだから、もうど、どうしようもなくて揺すぶっちゃいましたよー」
 あははは! と明るく笑う車掌のおかげで、先ほどまでの悪夢でかいた冷や汗は、すぅーっと、引いていった。


「すいません、お手数おかけしてしまって!」
 慌てて頭を下げる。
「いいんですよ、よくあることですから。ああ、ほら、それよりも急いで乗り換えた方が良いですよ。さっきの反応じゃ、お客さん、終着駅まで乗るつもりなかったんでしょ? 今なら反対方向へ行く電車が止まってますから」
 車掌が指さした向かいのホームには、確かに反対方向行きらしき電車が止まっていた。


「ああ、本当だ。すいません、本当にありがとうございました!それじゃ!」
 俺はそれだけ述べると、急いで向かいの電車に乗り込んだ。


 俺が乗り込むのを待っててくれたかのようなタイミングで、電車はすぐに反対方向へ向けて走り出した。


「……え?」


 その瞬間、俺は見てしまった。


 たった今、過ぎ去ったホームの案内板に書かれていた駅名を……。


 それは、『狐狗狸駅』と書かれていた。






 俺は、誰もいない車内で呆然と突っ立ったまま、痺れるように痛む頭で、必死に今起こっていることを整理しようと、両手で頭を抱え込んだ。






「そうそう、知ってますか、お客さん? 電車の中でこっくり、こっくりしていると、『狐狗狸こっくりさん』に化かされるそうですよ」




 唐突に、抱え込んだ頭をうつむかせていた俺の後ろで、さっきの親切な車掌の声がした。




 驚いて振り向く俺の目に、狐目きつねめでニタリ、とわらう車掌の顔が映る。




 その直後、どこからともなく、あの女子高生たちのかん高い笑い声が、車両いっぱいに響き渡った……。

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