神聖具と厄災の力を持つ怪物

志野 夕刻

九十六





 「おおおおおっ!」
 シングは突撃していく。ミノタウロスは、距離を詰めてくる相手に対し、大斧を構える。

 タイミングを合わせて、その大斧は水平に振られた。
 シングは、低い前傾姿勢を取ってかわす。そのまま更に進み、彼はすれ違い様に鋭光の槍で胴に傷をつけた。

 更に彼は、振り向き、ミノタウロスの心臓のある胸を狙い突こうとする。
 だが、ミノタウロスも振り向いていて、大斧で防ごうと構えていく。
 その時、シングの槍の突きが、一瞬遅くなった。

 これは、眼前の怪物が元・ミレイだから、ためらいが生まれたのだろうか。

 ミノタウロスはその隙を逃さず、大斧を縦に振るう。
 すると横から、ヴェルストが魔法で風圧を起こし、シングを後方へ飛ばした。
 背中から着地するシング。

 ヴェルストは一喝する。
 「言ったろ! 躊躇ってんじゃねぇ!」
 シングは立ち上がると。「この戦いだけは、僕一人にやらせてほしいんだ。もう、躊躇わないから」

 「好きにしやがれ!」
 「いいのですか? ヴェルスト?」
 リアは心配そうな表情をしている。
 「あいつがああ言ってんだ。一人でやらせるしかねぇだろうが?」
 「その通りです。リアさん、シングさんを信じましょう」
 横から、アイリスはそう口にした。

 三人は、シングを見守るのだった。

 シングは、ミノタウロスの出方を窺っていた。
 すると、牛頭の怪物は突進してくる。
 タイミング良く、シングは横へ回り込むようにかわす。
 すかさず槍で突こうと、狙いを定める。
 だが、ミノタウロスは回転しつつ大斧を振るった。

 シングは咄嗟に、槍を縦にし柄で防ぐ。しかし、余りの力に吹っ飛ばされる。
 勢い良く後方へ飛んでいき、背中から落ちた。
 「ぐっ!」
 シングは槍を地面に付け、立ち上がる。

 その時、空を斬る何かが頬を掠めた。
 光の斬撃だった。
 「それは······その大斧の力。使えるのか······?」
 頬から血を流し、シングは警戒を強める。

 ミノタウロスは断罪の大斧を構える。
 すると、大斧が輝く。すかさず神聖具の斧を振るって、光の斬撃を放ってきた。
 シングは、横へ跳んで回避する。
 更にミノタウロスは、又返し様に、一瞬にして輝いた大斧を振るう。
 光の斬撃が放たれると、シングは横に跳びかわす。

 だが、まだ終わらない。

 ミノタウロスはしつこく、大斧を振るって光の斬撃を飛ばしてくる。
 その度にシングは横にかわしていった。

 やがて。

 ようやく、大斧を振るうのをやめるミノタウロス。
 「今だ!」
 シングは鋭光の槍から、一直線に光子の棘を伸ばす。
 次に、槍を水平に振るっていき、ミノタウロスに迫った時。「咲け!」
 叫んだのだった。

 瞬間、光子の棘から幾重に棘が生えて、ミノタウロスを刺し貫いていった。
 咆哮が上がる。悲痛の雄叫びが響く中、シングは更に駆け出した。

 距離は次第に詰まっていく。


 程無く、槍の攻撃範囲に入ると合わせて、構える。
 狙いは頭部に定められていた。
 すかさず突く。

 だが、ミノタウロスの両目から涙らしきものが流れていた。
 更に、声が。「シ······ン、グ」
 自分の名前を呼んだミノタウロスに、動揺が隠しきれなかった。
 シングは、槍を突く手を止める。
 「ミレイ······」

 次の瞬間、ミノタウロスは大斧を振り上げていた。
 その両目からは、流れる涙は既になかった。
 大斧は、茫然と立ち尽くすシングの右胸辺りを切り付けたのだった。

 飛び散る赤い液体。

 シングは、力なく倒れていった。


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