神聖具と厄災の力を持つ怪物

志野 夕刻

五十六





 目に留まらぬ速さで、ノワールは駆けていく。相手との距離を詰めると、腰の剣を抜き放ち、盗人を斬り伏せた。
 「ぐっ······」
 すると、盗人の手を離れた救済の杯は、カンッと音を立てて地に落ちる。

 ノワールはすかさず、右上前方に跳躍すると、樹木の幹に両足をつけた。次の瞬間、その木を蹴るようにして、もう一人の者へと滑空していく。
 だが、謎のその人は微動だにしない。

 相手が範囲に入ると、ノワールは剣を振るった。
 空を斬る音が響く。

 すぐに金属同士がぶつかり合う音に変わったが。
 するとノワールの剣は弾かれ、彼女は地面に着地した。
 「何だと······!?」
 「そんな速さでは、私を殺すのは無理ですよ」
 水っぽい冷静さを感じさせる男の声が響いた。
 謎の男はいつの間にか、右手に剣を持っている。
 いつ抜き放ったのだろう?

 ノワールが警戒して、動かないでいると。
 「来ないんですか? それなら、今度はこちらから······」
 謎の男は足を僅かに動かす。だが、ミレイとヴェルストが駆けてくるのに気付くと、そちらに向き直った。
 ヴェルストは更に、走る速度を上げ、相手との距離を詰める。
 次に右手のダガーナイフで切りかかっていく。謎の男はすっと横にかわし、すかさず、目に見えぬ速さで剣を斬り下ろす。

 ヴェルストは、瞬時にしゃがんで回避した。「ウィンド・エンチャント······」そのまま流れるように、地面に両手をついて逆立ちすると、強い風を纏った両足で回転蹴りを喰らわそうとする。
 だが謎の男は、動きを読んでいたみたいに膝をつくと、胸部辺り目掛け斬り払った。
 ヴェルストは、傷口から血を撒き散らすと、バランスを崩し倒れていく。

 そこへミレイは、断罪の大斧を振るい、光の斬撃を放った。
 相手目掛け飛んでいき、命中しそうになった時、信じられない動きを見せる。
 謎の男は、低姿勢で速く駆け出したのだ。
 「なっ!?」
 ミレイに迫ってくる中で、徐々に上体を上げていって、距離を詰めると。

 威圧感を放ちながら、構えた剣で薙ぎ払う。
 すると、ミレイの鎧の胸当てが一瞬で砕け、その威圧感に圧倒されたのか、両膝をついた。
 「あっ······」

 「ミレイ!」
 シングは、必死な形相で相手との距離を詰めていく。
 そのまま距離が近付くと、鋭光の槍を手に突きを放つ。
 「おおおぉぉ!」
 謎の男は、右に左にと軽く回避していく。
 「迷っているように見えますが」
 その言葉に、シングは動きを止めた。
 続けて謎の男は静かに言い放つ。
 「今の貴方では、かすらせる事も出来ませんよ?」

 「お前に何が分かるんだ! 僕の何が!」
 シングは再び鋭光の槍で突く。が、謎の男の速い剣捌きで、槍を弾かれた。
 槍は宙を舞い、やがて穂先の刃が地面に突き立つ。
 「終わりです······シング王子······」
 謎の男は、剣を喉元へ突き付けた。

 突如、シングの表情が一変する。
 「その剣の紋章は······それにその声······もしかして、先······ど······」
 謎の男は剣を上げ、次に斬り下ろそうと腕を動かした。
 「シングさん!」
 リアの叫びが響く。

 その時。



 黒い何かが、宙に現れた。同時に、雷が迸り、謎の男を襲う。
 男はかわせず、被っていたフードを掠めてしまった。
 「くっ! この力······さすが、雷轟らいごうの魔女といった所ですか」
 謎の男は、黒い何かに話し掛ける。
 それは、黒い鴉だった。

 黒い鴉から、美しい、だが豪快さを感じさせる女性の声が響いていく。
 「何の事だい?」
 「誤魔化しても無駄ですよ。使い魔を通して尚、この魔力······それが出来るのは、少ない筈です」
 「バレちゃ仕方無いね。そう、私が雷轟の魔女さ。それより隠さなくて良いのかい?」

 その言葉で謎の男は、フードが破れて顔が顕になっている事に気付いた。
 「しまっ······!」

 シングは、まだ信じられないといった表情をしていた。
 「やはり、あなただったんですね······先導の騎士が一人······ライアット・エクセター・アンセル······」
 シングの声が、静かに重く響いた。


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