神聖具と厄災の力を持つ怪物

志野 夕刻

二十八





 若い女性のその言葉に、聖女とニコラス教皇は顔色を変えた。
 「シェインがいなく······!?」
 聖女は、口を両手で覆う。
 「シェインがじゃと! ······宮殿内をくまなく捜すのじゃ! それと、神道兵にも通達して街中もじゃ!」
 ニコラス教皇は、そう指示を出した。

 「了承致しました! 失礼します!」
 若い女性は、慌てて広間を出ていく。
 「私もシェインを捜します!」
 聖女は、走って広間を出ていこうとする。と、ニコラス教皇が「なりませぬぞ! 聖女様、貴方もシェインと同様、大事なのですからな······何かあっては困るのです」と止めた。
 その言葉に対して、聖女は力強く言う。
 「それでも······。シェインの姉として、大人しくしている事は出来ません。私は捜しに行きます」
 「聖女様、お待ち下され!」
 ニコラス教皇は声を上げて止めようとするが、聖女は広間を出ていった。

 「ふぅ······困りましたな······」
 ニコラス教皇は、目を閉じてこめかみに指を当てる。
 「······あの、教皇様」
 シングが何かを言おうとする。
 「ああ······シング殿達をお忘れしておったのじゃ。今、部屋にお通しするので······」
 「あの、僕達も捜すのをお手伝いして良いでしょうか?」
 シングがそう言うと、ニコラス教皇はにこやかに笑う。
 「いえ、これはこちらの問題ゆえ、シング殿達の手を煩わせる訳には······。長旅でお疲れじゃろうから、部屋でおくつろぎ下され」

 シングはまだ何か言いたそうだったが、ミレイが発言する。
 「そうしますわ」
 ミレイにしては丁寧な口調だが。公的な場だからだろう。
 「それでは、そこの神道兵。シング殿達を部屋にお通しするのじゃ」
 ニコラス教皇の指示に、神道兵が答える。
 「はい、了承しました!」

 その神道兵によって、ミレイ、シング、リア、ヴェルスト、指揮官は宮殿内を案内される。



 案内されている途中。
 通路を駆ける足音が響いてくる。
 その足音は、一行の背後から近寄ってきていた。
 突如、少年らしき声が響く。
 「危ない! どいて、どいて!」
 一行は振り返る。
 次の瞬間、その少年はミレイにぶつかってしまう。
 「いたっ!」
 「うわっ!」

 少年は、ミレイの腹に乗っかる形で、倒れ込んだ。
 「だから、危ないって言ったのに······」
 少年はそう言うと、起き上がる。
 「シェイン様ではないですか!」
 神道兵は驚きの表情で声を上げた。
 「げっ! まずっ!」
 シェインと呼ばれた少年は、立ち去ろうとする。
 すると、立ち上がっていたミレイは、シェインの腕を掴んだ。
 「あんた、何か言うことあるんじゃない?」
 シェインは平然とした様子で謝る。
 「ああ、ごめんごめん。ちょっと急いでるから又ね」

 シェインはミレイの手を振り払おうとする。だが、微動だにしなかった。
 「離してよ」
 「いいえ、離さないわよ。あんたの謝り方に誠意を感じないわ!」
 「どんだけ、馬鹿力なんだよ······」
 シェインの言葉に、ミレイはかちんとくる。
 「ばっ、馬鹿力······ですって?」

 ヴェルストは「クククッ」と笑っている。
 「まあまあ······相手は少年だしさ」
 シングは、ミレイをなだめようとそう言った。
 「そうなのですよ、ミライさん! 落ち着くのです!」
 リアも落ち着かせようとする。
 「分かってるわよ」
 ミレイはそう言うが、表情は怒ったままだった。
 「だったら、ねえ、ちゃんと謝るから離してくれない?」
 シェインの言葉に対して、ミレイは「どうやら、あんた······今、この宮殿内の人達が捜してるシェイン様って奴じゃない。離すわけには、いかないわ」と断る。

 「ボクは······様なんて呼ばれる大層な人間じゃない······!」
 シェインは急に声を荒げた。その表情は、先程とは違って悲観的なものだった。
 「どうゆう事よ?」
 ミレイは、疑問に思って問う。
 「······」
 その質問にシェインは、押し黙ってしまった。
 次の瞬間、少年は膝を突いて苦しそうに胸を押さえる。
 「ぐっ······」
 ミレイは、様子がおかしいと思い、手を離して呼び掛けた。
 「あんた、大丈夫!?」
 神道兵が血相を変える。と、叫んだ。
 「これはいけない! 誰か、神官は御出おいでか!」

 「神官など呼ばなくても、私がいます!」
 柔らかでいて強さを感じる女性の声が響く。
 そこにいたのは、聖女だった。
 聖女はシェインに駆け寄ると、その左胸を手でそっと触れる。
 「シェイン、お姉ちゃんが来たからには大丈夫ですからね······」
 聖女がそう言い終わると、その手が輝き出した。
 「ソフィー姉ちゃん······ボク······」
 「今、楽になりますよ······」
 聖女ソフィーの言葉通り、次第に、シェインの顔色が良くなっていく。

 「もう大丈夫だよ······ソフィー姉ちゃん」
 シェインはそう言って、ゆっくり立ち上がる。
 「シェイン、心配したんですよ······。あなたは、体が弱いんですから······」
 「ごめん、ソフィー姉ちゃん。でも、大丈夫だったわけだし······」
 シェインの言葉に、聖女は溜め息を吐く。
 次に聖女ソフィーは、表情を改めるとミレイ達の方を向く。
 「······皆さん、お騒がせして申し訳ありません」
 「聖女様、気にしていませんわ」
 ミレイは、平然な顔でそう言う。
 「僕もです。少し驚いただけでして」
 落ち着いた様子で、シングもそう言葉を発した。
 「リアも大丈夫なのです!」
 「オレも別にだ······」
 リアはいつも通りに、ヴェルストは気だるそうに答える。
 ヴィンランド王国の指揮官も、「とんでもありません」と畏まっていた。

 聖女ソフィーは、「そうですか······」と安心すると、話題を変える。
 「皆さんに伝え忘れた事があるのですが······今この国には、ディザスターが現れているんです」
 「はい、ヴィンランド国王陛下より聞いています。僕達も、そのディザスターを討伐するため、この国に来ましたので」
 シングの言葉に、聖女ソフィーは明るい表情を見せた。
 「では、ディザスターと戦ってくれるのですね」
 「勿論です」
 そこで聖女ソフィーは、暗い表情をする。
 「ですが一つ、悩みがあります。現在、宮殿内に保管されている神聖具だけでは、討伐出来るか分からないのです······」
 「それなら大丈夫ですわ」
 ミレイは会話に入り込み、シングに目配せする。
 「ああ······少しお待ち下さい」
 シングは、背負っていた白布に包まれている長いものを顕にしていく。

 暫くして顕になると、そこには一本の槍があった。
 聖女ソフィーは、口元を押さえて驚く。
 「その槍は······まさか······!?」
 「はい、鋭光の槍です」
 シングは、答える。
 「王都から持ち出していたのですね」
 「先導の騎士の一人······あの人に頼まれましたから······」
 聖女ソフィーは、そう言うシングの表情を見て、先導の騎士なるその人がどうなったのかを察した。

 暫く、沈黙が続く。

 やがて、聖女ソフィーが沈黙を破る。
 「これで戦力の方はなんとかなるでしょう。四日後に増援の部隊を送る予定ですので、その時はお願いしますね」
 「はい、お任せ下さい」
 シングは力強く答えた。
 「では、シェイン。部屋に行きますよ」
 聖女ソフィーは、シェインの背中を押して連れていこうとする。

 「ちょっと待って、ソフィー姉ちゃん!」
 シェインはそう声を上げると、ミレイ達に向き直った。
 「さっきはごめん······あの、お兄さん達に協力したいんだ!」
 ミレイとシングは訝しがる。
 「協力······? あんたみたいな子供に出来る事なんてないわよ」
 「まあまあ、ミレイ。僕達で良ければ聞くよ」

 「実はボク······救世主と呼ばれた人物と同じ力を持ってるんだ」
 シェインの衝撃の告白に、ミレイ達は一瞬顔色を変える。
 だが。
 「あっ? こんなガキがか?」
 ヴェルストは疑いの眼差しで見ている。
 「あたしも同意ね。こんな少年が、救世主と同じ力を持ってるなんて信じられないわ」
 「リアもなのです」

 「救世主っていうと、二七〇〇年前に神聖具を創りだし、仲間と共に五体のディザスターを倒した、あの? ······僕もちょっと信じられないかな」
 「本当なんだよ! なら今、創って見せるから!」
 「シェイン、いけません!」
 聖女ソフィーは、顔色を変えてシェインの行動を止める。

 「ソフィー姉ちゃん、止めないで······」
 「私をあまり、困らせないで······ね?」
 聖女ソフィーが懇願するように言うと、シェインは「······分かったよ」と大人しくした。

 「では、皆さん、失礼しますね」
 聖女ソフィーはそう言い終え、シェインを伴って去ろうとする。
 が、最後に一言、ミレイ達に「皆さん、夕食後にお話があります······」と伝えるのだった。

 今度こそ、聖女ソフィーはシェインを連れて、去っていった。


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