神聖具と厄災の力を持つ怪物

志野 夕刻

二十四





 ミレイ一行は、潮の匂いが微かにする都市に着いていた。
 「やっと、都市オーダーに着いたのですよ! あとは船に乗るだけです!」
 リアの意気揚々とした声が響く。
 「それでは、我々は乗船のための準備をしてきますので、出発の夕刻まで街中を見て回っては?」
 王国兵を束ねる指揮官らしき者がそう言うと、シングは返事する。

 「そうさせて貰います」
 「やったのです!」
 リアは、満面の笑みを浮かべる。
 「そうゆう事なら、オレは自由にさせてもらうからな」
 ヴェルストはそう言うと、雑踏の中に消えていった。
 「じゃあ、僕らはどうしようか? 何か見て回る?」
 「リアは行きたいとこがあるのです!」
 シングの提案に、リアはそう返す。何気にシングの腕に抱き付きながら。

 その間、ミレイは考えに耽っていた。
 すると、シングは声を掛ける。
 「ミレイ、行こうか」
 「分かったわ」
 ミレイはそう答え、歩き出したシングとリアの後を付いていく。



 この都市オーダーに着くまでの間、怪物共と何度となく戦いがあった。
 ミレイは、後を付いていきながらも、その時の事を考えていた。
 (シング······戦ってる時、何処か無理してるような顔してたわね······。何を考えているのよ······)



 「ねえ、おねえちゃん······おねえちゃん······」
 幼い少女らしき声が、ミレイに呼び掛けている。
 ミレイは、シングの事を考えていて気付かないが。
 「ねえ、おねえちゃん······あじんのおねえちゃんってば······!」
 ミレイはそこで、ようやく声に気が付く。見れば視界の下に、ストロベリーブロンドの髪色の、左で結ったサイドテールの少女がいる。

 ミレイは、十歳に満たないその少女を、最近何処かで見た気がした。
 「なんか用? それとお姉ちゃんは、亜人じゃないわよ」
 「イアラね、パパとママとはぐれちゃったの······」
 少女イアラは、今にも泣き出しそうだ。
 (迷子ね······そういえば······)
 ミレイはそこで、前方のシングとリアがいない事に気付く。
 (あたしも······はぐれたみたいね······)

 「仕方ないわね······。お姉ちゃんが一緒に探してあげるわ」
 ミレイがそう言うと、イアラの表情は明るくなった。
 「わあ、ありがとう。あじんのおねえちゃん!」
 「それとね、お姉ちゃんは亜人じゃないわよ」
 「つのが二本生えてるのに?」
 「そうよ」
 そこでイアラは、ちらりと見えた尻尾に気が付き、ミレイの後ろに回り込む。
 「わあ、牛さんのしっぽだ! じゃあ、牛のおねえちゃんだね!」

 ミレイは、話の通じなさに諦めた表情をする。
 「もう、それで良いわよ······」



 それからミレイは、イアラを肩車しながら、少女の両親を探していた。
 ふと、ぐぅと気の抜けた音がする。
 「牛のおねえちゃん。イアラ、おなかがすいたの。あれが食べたい······」
 イアラは、右斜め前方の商店を指差した。
 その商店からは、魚の芳ばしい匂いがしている。
 「分かったわよ······」
 ミレイは一旦、イアラを降ろすと、片手でその手を握る。
 商店に近付くと、「その魚料理、一つ頼むわ」と話し掛け、銀貨を一枚渡した。

 「毎度!」
 店にいる五十代の男性はそう答える。
 少しして、ミレイは魚の串焼きを受け取った。
 その魚の串焼きを、イアラに渡すとゆっくりと食べ始める。



 再び、ミレイはイアラの両親を探すため、一緒に歩き始めた。
 「口元に食べ物の欠片付いてるじゃない」
 ミレイはそう言って、イアラの口の端を白い布で拭ってあげる。
 「牛のおねえちゃん、リーおねえちゃんみたい······!」
 その言葉に、ミレイは疑問を持つ。
 「リーお姉ちゃん······?」
 「うん! リーおねえちゃんは、イアラのおねえちゃんなの!」
 「優しいお姉ちゃんなのね」

 「やさしくて、すごいの! 王国のまほうしだんってところで、はたらいてるの!」
 ミレイは、王国の魔法使団が出てきた辺りで、引っ掛かりを覚えた。
 イアラは、続けて言う。
 「イアラもいつか、まほうしだんに入れる年になったらね。リーおねえちゃんを手助けするの!」
 「そう、そう出来たら良いわね」
 「出来たらじゃないの! ぜったい、まほうしだんに入って、リーおねえちゃんの手助けするの!」

 ミレイはその言葉に、「あっ······」と声を上げる。
 (手助け······。そうよ······シングが何か抱えているなら、支えれば良いだけじゃない)
 「あー、リーおねえちゃんだ!」
 イアラは唐突に声を上げた。
 すると、ミレイの手を離して前へ駆けていく。
 イアラは、一人の女性に近付き、抱き付いた。
 その女性は、ミレイにとって見知った人だった。何故なら、リアだからだ。

 「イアラ、心配したのですよ」
 「大丈夫なの! 牛のおねえちゃんといっしょだったから!」
 イアラは、ミレイを指差す。
 「牛のお姉ちゃんですか······? って、ミライさんではないですか!」



 ミレイとリアは、イアラを家に送るため、歩いていた。
 「それにしても、リアの出身がこの都市とは思わなかったわ。しかも、妹がいたなんて······」
 「家に着いたら、教えようと思っていたのですが。そういえば、シングさんがミライさんを探してるのですよ」
 「そうね。後で合流しなきゃいけないわね」

 ミレイの表情は、この都市に到着したばかりの時と比べて、気力に充ちていた。


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