お互いに好きだけど好きと言えない幼馴染の同居生活

りゅう

初見合奏






 やばいよこれ……まゆ、完全にメトロノームじゃん……

 初見合奏が始まって、少しした時に、まゆはそう感じた。

 初見合奏だし、みんな、余裕ないからそもそもあまり指揮見てくれないし…とりあえず1曲…振り切れればいいかな。と…曲が進むにつれて弱気になっていく。

 そんなまゆの感情を察したからか、りょうちゃんが突然、1音だけ、必要以上の音を出した。指揮を振りながらりょうちゃんを見ると、チューバを吹きながら、優しい瞳でまゆを見つめてくれている。

 初見合奏でそんな余裕ないはずなのに、チラチラと楽譜を見ながら、まゆを頑張って見てくれている。その隣にいた春香ちゃんと、その隣にいる及川さんもりょうちゃんと同じようにまゆを見てくれている。

 ちょっとだけ、まゆはよーく周りを見渡してみた。ゆいちゃん、みーちゃん、りっちゃん、あーちゃん先輩、さきちゃん、こう君、三久先輩、ゆきちゃん、いろんな人が1秒でも長くまゆを見ようとしてくれている。

 まゆにとっては重すぎるこの信頼に応えなければならない。そう、感じた。だからまゆは一旦、チューバに目を向ける。りょうちゃんと春香ちゃん、ずっと、まゆの側にいてくれた2人にテンポキープを任せた。

 アイコンタクトでよろしく。と伝えて指揮棒で適当にテンポを刻むと、りょうちゃんと春香ちゃんはそれに合わせてくれる。そんでもって、後は任せた。とチューバに丸投げしてまゆは指揮台を降りて、舞台から降りてホールの真ん中に向かう。チューバがテンポキープをしてくれてるおかげで、なんとか合奏は崩れていない。少し、客席の真ん中で合奏を聴いて、まゆは指揮台に戻る。

 指揮台に戻って、チューバに目を向けて指揮を開始する。少しずつテンポを上げて、ちょっと遅くて吹き辛そうにしていたメロディーが吹きやすいテンポに調整する。そして、テンポキープを再びチューバに任せてまゆはトランペットを指差してもっと音を出せと要求する。

 チューバが休みに入る時はコントラバスの水月ちゃんに全て任せる。そして、さきちゃんを見つめた。フルートソロを任されているさきちゃんに怖がらないで。と言うような表情を向けて、入るタイミングを教えてあげる。

 そして、テンポが変わるタイミングでコントラバスからテンポキープの権利を奪って及川さんに教わった形でテンポを変えようとするが、少しだけアレンジ…低音に向けて、思いっきり吹け。と要求する。だって、低音にforte3つついてるしガチ吹きしてもらわないと…

 その要求に応えるように及川さんがガチ吹き…正直言ってうるさい。出し過ぎ。でも、この楽団らしいから笑って許す。

 最後のクライマックスは全員に思いっきり出せ。と要求してちょっとだけ意地悪で最後の音を頑張って伸ばしてもらう。まゆがそうしたいから。この曲は最後のハーモニーが綺麗だから、しっかり伸ばして、しっかり余韻を残したかった。



 …………………


 合奏が終わり、まず、静寂が訪れた。

 そして、最後の伸ばしで疲れたからか、息を整える呼吸音が聞こえてきた。

 「まゆちゃん意外とやんちゃだね…」

 及川さんがそう呟くと笑いが起こる。まあ、たしかに、指揮台から飛び降りたり、ちょっとやんちゃした気はする。

 「え、えっと…どう、でした?」
 「初めてでそれだけ振れて自分がやりたい音楽出来てれば十分すぎるでしょう。でも、びっくりするから指揮台から飛び降りたりはやめようか。やってもいいけど予告してからやってね」
 「はい…」

 今回の件は指揮台飛び降り事件として、この部活で語り継がれることを知らないまゆは笑って答える。

 「まゆちゃん、お疲れ様。指揮をして見てどうだった?」

 りっちゃんに聞かれて、まゆは回答を少し考える。でも、考えて答えるんじゃなくて、まゆは、今思っていることを不恰好でも、頑張って伝えたかった。

 「まゆは、すごく楽しかったです。ずっと、吹く側だったから初めての体験で緊張したけど、すごく楽しかったです。合奏中、初見合奏なのに、まゆを見ようとしてくれてありがとうございます。すごく、不恰好でめちゃくちゃな指揮だったかと思いますがついてきてくれてありがとうございます。今回の合奏で、いろいろ反省点を見つけました。もっと、こうしたかった。って今、すごく考えてます。だから、まゆはもっと指揮が振りたいです。演奏者のみなさんが、まゆの指揮にまだ、ついて行ってもいい。と思ってくださるのでしたら、これからもまゆに指揮を振らせてください」

 そう言って頭を下げると、全員から拍手をされて、すごく嬉しかった。

 「まゆちゃん、こちらこそ、よろしくお願いします。これからも、まゆちゃんの指揮、楽しみにしてます」

 りっちゃんがそう言ってくれて、みんな、言葉はバラバラだったけど、次々とお願いします。と言ってくれた。

 こんなめちゃくちゃな指揮を受け入れてくれたみんなの期待に応える為にも、まゆが好きな音楽をする為にも、これから、指揮者として、頑張って成長しよう。と…まゆは本気でそう思った。







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