お互いに好きだけど好きと言えない幼馴染の同居生活

りゅう

夢海の景色




 新歓コンパが終わった後、まゆ先輩がお泊まりに来てくれた。その後も毎日、春香とまゆ先輩、りっちゃんさんやゆいちゃん、部活の人たちと楽しい日々を過ごした。
 まゆ先輩は2日か3日に1度のペースでお泊まりに来て、まゆ先輩が家で一人になる日は僕がまゆ先輩の家にお泊まりに行く。それでも週に何回かはきちんと春香と2人きりの日を作るようにした。

 新歓コンパから1週間が経過した今日、授業を終えた僕は春香とまゆ先輩と昼食を食べた後、練習のためにホールに向かう。ホールに入るとすでに人は集まっていた。挨拶をしながらミーティングの席に向かう。及川さんに挨拶をして僕は及川さんの隣に座る。そして、僕の横に春香が座り、僕の斜め前にテナーサックスのまゆ先輩が座っていた。
 いつもなら出欠確認や連絡事項等の軽いミーティングだが、今日は決めなければならない議題があった。
 「はい。それでは、コンクールの自由曲を今日、正式に決定したいと思います。課題曲はII番を演奏することで決まっていましたが、今日で自由曲も正式に決定して新歓コンパも終わったので本格的にコンクールに向けての練習を行います」
 団長のあーちゃん先輩がステージの前に立ち、ホワイトボードに候補として挙がっている曲を書いていく。
 「自由曲の候補に最後まで残った曲は2曲です。何か意見等ある人は今言ってください。その意見を踏まえて多数決を取りたいと思います」
 あーちゃん先輩が意見を求めるとステージの1番奥、雛壇の1番上の端っこに座っていたりっちゃんさんが堂々と手を挙げた。
 「個人的な事情になりますが…すみません。候補に挙がっている曲に…私がどうしても吹けない曲があります…技術的にではなく…精神的に吹けないです……勝手で申し訳ないですがもしそちらの曲が選ばれた場合、私は吹けないかもしれないです…どちらの曲かを言うと投票が公平にならない可能性があるのでどちらかは言いませんが…すみません。これだけは事前に言っておきたかったので…」
 りっちゃんさんは頭を下げて席に着いた。はっきり言って、りっちゃんさんのバストロンボーンの音はこの楽団の核となる音だ。そう思えるほど、全体を導いている圧倒的な実力を持つりっちゃんさんが抜けるということは楽団の音の低下を意味する。全員の空気が重くなる中、投票は行われた。
 「投票の結果が出ました…選ばれた曲は…『夢海の景色』です」
 あーちゃん先輩はチラチラとりっちゃんさんの方を見ながら曲目を口にした。曲が発表されるとみんなの視線がチラチラとりっちゃんさんに向けられた。
 『夢海の景色』それは僕が初めてチューバで吹いた自由曲…春香と何度も練習してきた思い出の曲だ。以前、僕と春香とまゆ先輩が3人で合わせた曲でもあり、3人で初めて合わせた思い出の曲だ。美しい木管のメロディーから始まり、次第に盛り上がり金管が主導権を握り、チューバ、トロンボーン、ユーフォが曲を盛大に盛り上げてテナーサックスソロへと繋げる曲……この曲を僕が1番初めに聞いた感想はなんか儚い感じの曲だなぁ…だった。『夢海の景色』は作曲者が失恋をした直後に作られた曲らしい…そのために儚さが感じられるのかもしれない……絶対に叶わない恋を…諦めきれずに抗い続けた作曲者が恋という未知の感情を地球上の未知である広大な海に例えたと言われている。夢海の景色とは夢恋の景色……つまり作曲者が描いた恋の理想…とも言われている。儚い曲だと思った僕が春香からこの話を聞いた時はやっぱり儚いけどロマンチックだなぁ…と思った。そんな儚い恋の曲に自由曲が決まり、りっちゃんさんの反応は……

 「すみません………」
 りっちゃんさんの第一声で全員が察した。みんなが戸惑っているとあーちゃん先輩が、自由曲はとりあえず『夢海の景色』で決定すると言い、さっそく今日の練習を始めるように言った。その場が解散した後、あーちゃん先輩はりっちゃんさんを連れてホールから出て行った。学生指揮として及川さんもあーちゃん先輩とりっちゃんさんと一緒にホールから出た為、僕と春香は2人きりになった。
 「りっちゃん大丈夫かなぁ……」
 「わかんない…けど……りっちゃんさんだよ。あんなに頼りになるりっちゃんさんなんだから大丈夫だよ……きっと……」
 自分と春香に言い聞かせるように僕は呟いた。いや、本気でそう思っていた。いつも何かあったら助けてくれる。頼りになる先輩なら大丈夫だろうと…本気でそう思っていた。
 「とりあえず今は練習しよ。僕たちが今心配しても何も解決しないからさ…また、練習が終わった後りっちゃんさんに声かけてみよう」
 「そうだね…うん。そうだよね。りっちゃんだもん…心配しなくても…きっと…すごく上手に吹いてくれるよね……」
 「うん。りっちゃんさんを信じよう」
 りっちゃんさんなら大丈夫…きっと、僕と春香だけでなくまゆ先輩やゆき先輩、三久先輩や他の先輩たち…りっちゃんさんと関わりのある人はみんなそう思っていたのだった。








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