お互いに好きだけど好きと言えない幼馴染の同居生活

りゅう

心の熱さ





 いても経ってもいられなかった。
 春香ちゃんが吹奏楽部のLINEグループに送ってきた一文を見てまゆは慌てて出かける準備をした。
 春香ちゃんがLINEグループに送った。ホール開けました。という一文、それを見たまゆは、きっとりょうちゃんも春香ちゃんと一緒にホールにいるのではないかと思ってしまった。
 りょうちゃんに会いたい。そう考えたらいても経ってもいられない。もし、りょうちゃんがいなかったとしてもまゆは春香ちゃんに会いたかった。春香ちゃんに会ってちゃんと話したいとも思っていた。許してもらえるかわからないし、これからも友達でいられるかもわからなくて怖いけど、話さないのは申し訳ないしずるいと思ったから…
 出かける準備が出来たまゆは車に乗って大学に向かった。
 外の景色はかなり曇っていた。昼前なのに少し暗い。天気は今のまゆの心の中のようにモヤモヤと曇っているのだった。



 突然曲に入ってきたテナーサックスのメロディー、そのメロディーはとても優しく何となく儚げに聞こえるほどに感情のこもった吹き方だった。
 儚いと思えるほどに感情と言う熱量が込められたまゆ先輩のテナーサックスの音は凄まじいほどに綺麗だった。そして、それほどの熱量のこもった演奏を披露している、まゆ先輩をとても美しいと感じた。

 まゆちゃんの音に劇的な変化を私は感じていた。普段、練習終わった後などにまゆちゃんとこの曲を合わせることがあるのだが、こんなに深く、研ぎ澄まされた音を聞くのは初めてだった。
 熱い。私は、そう感じた。まゆちゃんの音に込められている感情という熱量の源が何なのかは私にはわからない。だが、まゆちゃんの放つ音の熱量からは何か真剣な感情が感じられた。熱い。熱い…熱すぎる……

 まゆの中で抑えられない気持ちが全て音に変わって微かに震えるテナーサックスのベルから放たれている感覚があった。
 気持ちを音に変える感覚がまゆの中に宿っていた。
 最初、吹き始めた時は自分でも驚いた。これがまゆの音?と疑問に思った。それと同時にまゆの想いが溢れ出した。
 そして感じた。これが感情と言う名のエネルギーなのだろう。と…感情と言うエネルギーが込められた音の凄まじさを理解した瞬間だった。
 熱い…まゆの心が熱い…感情と言うエネルギーが無限に湧いてくる感覚があった。そのエネルギーがまゆの心を圧迫して押し潰そうとしてくる。だから、そのエネルギーを感情をテナーサックスを通じて解き放つ。次第にまゆの心の中だけでなく、まゆのテナーサックスの音からも熱さを感じるようになった。



 「はぁ…はぁ、はぁ…」
 いつもより疲れる感覚があった。そして、追い討ちをかけるように行き場のなくなったエネルギーが、まゆの感情が、まゆの心を押し潰しにやってくる。苦しい…熱い…熱すぎる…まゆはテナーサックスを慎重に置いて、悶えるようにしゃがんで自分の胸に手を当てる。
 「まゆ先輩、大丈夫ですか?」
 「まゆちゃん、大丈夫?」
 演奏を終えて、苦しむまゆを見て、りょうちゃんと春香ちゃんは楽器を置いて慌ててまゆの側へ駆け寄ってくる。まゆが苦しむのを見て2人は心配そうな表情で慌てている。りょうちゃんと春香ちゃんが側に来てくれたが、まゆの中の熱さは増し、苦しさも増した。
 「りょうちゃんと春香ちゃんは悪いけど外の自販機で水買ってきてくれないかな、まゆちゃんは私が見てるから」
 そう言ってくれたのはりっちゃんだった。りっちゃんは私の側にやってきて私が落ち着くように背中を摩りながら、りょうちゃんと春香ちゃんにお願い。と言う。りょうちゃんと春香ちゃんは頷いてホールを出て外の自販機に向かった。
 「まゆちゃん、大丈夫?」
 2人が居なくなってまゆの心は次第に落ち着きを取り戻した。荒くなっていた呼吸は次第に落ち着き始める。
 「うん…大丈夫、少し吹きすぎただけだから…」
 「それも原因だろうけど、まゆちゃんもしかしてりょうちゃんのこと好きになった?」
 りっちゃんは優しい声でまゆに尋ねる。まゆはゆっくり、うん。と言って頷くとりっちゃんはやっぱりか〜と言う。
 「なんで、わかったの?」
 「まゆちゃんの態度、たぶん最初は吹きすぎてちょっとした過呼吸みたいな状態だった。そこにりょうちゃんと春香ちゃんが近づいたら余計苦しそうになって2人が離れたら落ち着き始めた。そして、音、あの感情爆発みたいな音はそう簡単には出せないと思う。あれだけの音を出すにはそれなりの音の源が必要だと私は思うんだ。誰かに対する強い愛情、とかね。私も似たような経験があるからさ…」
 りっちゃんは儚い表情でまゆに言う。りっちゃんに昔、何があったのかをまゆは聞けなかった。聞いてはいけない気がしたから…
 「以上の2点から、まゆちゃんがりょうちゃんを好きになったと言う仮説が生まれたの、たぶん、まゆちゃんはりょうちゃんのことが本当に大好きなんだよね。でも、春香ちゃんに申し訳ないって感情もあってモヤモヤしてる。違う?」
 すごいなぁ。とまゆは思う。まゆの心の中をたやすく見抜いてしまうのだから…まゆはうん。そうだよ。と答えた。
 「そっか、私はまゆちゃんを応援するよ。春香ちゃんも応援してるけどね。私は好きになってしまったものは仕方ないって言う思う。あ、りょうちゃんと春香ちゃんが付き合っていた場合は応援できないけどね…でも、まだ、付き合ってないじゃん。だったら気にする必要はないと思うな。どっちが先に好きになったとか、関係ない。どっちの方が好きでどっちの方が好きって言ってもらえるか。だと思う。きっと、春香ちゃんはりょうちゃんがまゆちゃんと付き合うってなったら祝福してくれる。まゆちゃんだって、春香ちゃんとりょうちゃんが付き合うってなったらきっと祝福するでしょう?」
 りっちゃんの問いかけにまゆは頷いて答えた。
 「春香ちゃんもまゆちゃんもりょうちゃんのことを想っている気持ちは同じなんだからさ、頑張ってみたら?大丈夫、春香ちゃんならどんな結果になってもまゆちゃんを恨んだりはしないって」
 りっちゃんの言葉を聞いてまゆは少し楽になった気がした。モヤモヤした感情が少しだけ晴れた気がしたのだった。







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