月と太陽

表裏一体

俺は夢の中で、いつも崖のふちに立っている。

落ちれば海へ沈むように、重りが付いた足枷あしかせが付いている。

でも、足枷を外す鍵は自分の手の中にある。

俺にとって、死は近い存在。死んでも未練はない。

だけど

いざ落ちようと思えば恐怖がいきなり襲いかかる。

だから、いつも逃げてばかりの死に損ないの人間になった。

なんでだろうか。

あの崖から落ちたら、すぐ楽になれるはずなのに――

『夜空の星のような、輝いていて明るい子になりますように』
そう願いを込めて両親からつけられた名前。
だから、いつもやんちゃなふりをして、家族を安心させる。
誰も違和感がないと思う。バレることもないと思う。
無意識に死の道へ進もうと思ってしまう自分がいる。なんて。

「おはよう。今日もギリギリだな。」
「おう!」
学校に行き自分の席に着く。そのために一つ演技をする。
いつも遅刻ギリギリで家から出る。ただ……
「お前、まだ長袖?そういや、お前の半袖見たことねーよな。家でもずっとそうだし」
「暑くねーの?ここんとこ三十八℃くらいだぜ?」
「いーだろ、センコーにもなーんも言われねーし。俺、人に肌見せたくないもん」
そう。いつも長袖。夏は流石にブレザーは着ないけど。
「ブハハハ!乙女かよ!」
「そうだよ~ん。お前らにこのスベスベピチピチ肌なんかあるわけねーだろ、バァカ」
「ぷくく……り、流星てめ、どこのいやみババに言ってんだよ!アッハハハハ、腹いてー!」
こんな感じで過ごしてる。見た目だって校則破らない程度でチャラくしている。それが表。
「早く席につけー、速坂、お前教室内で寝ころんだまま笑うなよ。汚ねーだろうが」
担任の稲戸が言う。速坂(本名:速坂圭はやさかけい)は小学校からの同級。もう一人木野(本名:木野渚きのなぎさ)は机に突っ伏したまま肩を震わせている。
「稲戸ー、こいつおかしいから廊下だしといていい?」
「流星、先生と呼ばんか。まぁいいが。出せば?あんまうるさかったら粗大ゴミで出すのもいいかもな」
怖…!教室にいる全員がそう思っただろう。
「ま、まじかよ!だって先生こいつ自分の肌のことスベスベピチピチとか言うんすよ!?」
「おい、学級委員。粗大ゴミ用の袋を事務室から……」
「わかった!座る!座るから、それはカンベンして!」
アハハハハ!
クラス中に笑い声が響く。

――こんな感じで毎日を過ごしている。
でも誰も気づいていない。俺が演技していることなんて。
怖くて打ち明けられない、ということではない。皆知らない方が幸せだろうと思うからだ。
考え事をしていて稲戸が話しながら見ていたことを俺は知らない。

「昼だァァ~!メシだ!流星!食おうぜ!な!なっ!」
昼休みになった。教室がザワザワうるさい中、ひときわ大きい声で速坂が俺の耳元で言う。
「うるせーよ!聞こえてるっつの。耳悪くなったらどーすんだよ」
「大丈夫!ボリューム調整はバッチリだぜ!」
速坂は俺の前にブイサインをだしそういった。
「おもいっきし壊れてるの間違いだろ」
「流星、メシは?」
「購買だし。木野も行くだろ?速坂はうるせーからここで食え」
「なっ…!俺にだけ酷くない?!」
「カリン、かまちょすぎるよ。ほら流星行こーぜ」
「な、渚!その名で呼ぶなー!」
「木野、“カリン”って誰?」
「ヒ・ミ・ツ」
ふーん、この二人俺に何か隠してるな。まぁ人のこと言えないけど。
階段を降りようとしたとき、急いで下ってきたのか肩にドン!と誰かがぶつかった。
「きゃっ!」
「うぁっ!」
俺とぶつかってきた誰かは階段からゴロゴロと落ちた
「いたた…す、すみません!あ、本が……」
ぶつかってきたのは名前も知らない女子だった。
「良かった、本は無事…。あなたは?」
「いや、大丈夫だ。気をつけろよ」
顔を上げるとその名も知らぬ女子は固まっていた。その目線の先には裾がまくられた俺の右手首があった。
「っ…!み、見たことは忘れろ!いいな?!」
俺はあいつらには聞こえないよう小声で、でも強めに言った。
「は、はい……。で、では、私はこれで…」
少し怯えてながらもその子は去って行った。
「び、びっくりしたなぁ…。おい、ケガしてねぇよな?」
「は、速坂、大丈夫。なんともない。」
「災難だったね。でも、早く行かないと購買閉まるよ?」
俺は木野にそう言われ腕時計をみる。
「うわ!やっべ!なぁ二人とも、俺の分買ってきてくんね?ちょっと体まだ痛いからよ」
「あ、あぁ…無理すんじゃねーぞ?」
「おー」
速坂と木野は走って階段を下りていく
――最悪だ……見られてしまった。しかも知らない奴に……
俺は自分の手首を見つめて教室へ戻ろうとゆっくりと立ち上がった……。

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