文学異世界
壱話 始まりは静寂のうちに
木漏れ日が射し込む図書館、その独特の雰囲気は発言はおろか、行動さえも停止させてしまう。
 いわば絶対領域。しかも空調管理もされ、夏は涼しく、冬は暖かに、今は前者なので涼しいわけだが、快適すぎて永遠にここにいられそうな気までしてしまう。
 机の上に積み上げた本。それは文学小説と呼ばれる類の小説で今はあまり好んで読まれなくなっているらしい。
 その一ページには著者の思いが詰まっている。それを毎回目を閉じ本を開く――。
 目を開くと眩い光に目が痛む。少し時間が経つと、その場所の全貌が明らかになる。
 広大な草原、嫌になる程晴れた空、おまけに今凭れ掛かっている木も、見たこともないくらいに大きい。
 それにもかかわらず、土で汚れたジーンズ、灰色のパーカー、野球の贔屓しているチームのキャップ。辺りに人は見当たらないが、この景色には溶け込めていない。
「なんだこれ」
 先程まで図書館で本を読んでいたのに、次の瞬間にはこのザマだ。特別何かした訳ではない。なのにこのザマだ。
「⋯⋯ なんでだ!」
 広大な草原に不満をぶつけても、何も解決しないのだが、叫ばずにはいられなかった。
自分広岡括弧は別次元に転移してしまったみたいだ。
「あの、ここって何処なんでしょうか?」
 日の位置を見るに、真昼間から同じく草原に横たわり日向ぼっこに明け暮れる男にそう質問した。寝起きだったからなのか、自分の大きな声が耳に障ったのかはわからないが、少し不機嫌な顔をしてこちらを見てきた。
「ここかい?島だが、君は異国の民なのか?」
 ヰタ・セクスアリス、なんとも聞き馴染みの深い単語だった。それも図書館で読んでいた本が、彼の森鴎外さんの作品、ヰタ・セクスアリスだった。
「えっと⋯⋯ 」
 ここからどうすればいいのか、勿論無一文だ、住まいもなければ、宿もない。
「君身なりを見るに、宿がないんだろ?」
 心情をピタリと的中され、少しの動揺と微かな希望が同時に押し寄せどうしようもなく混乱している最中、彼はある提案を持ち掛けてきた。
「君、うちで働かないか?」
 今押し寄せてきたのは、先程の感情で表すなら、後者の方の希望だった。
「あなたは?」
 その人物は、顔はシュッとし、話題の塩顔というやつで格好の良い顔立ちはしていたが、少し纏まりのない髪型に、薄汚れた和服装に下駄という現代ではあまり見ない身なりをしていた。
「僕は横溝正史、何でも屋を営んでいる」
 彼の後ろに輝く日は傾いていた。
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